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アトロシャス・デイズ6

前話を少々加筆修正しました。

大まかな流れは変えていませんが、台詞などは弄ってあります。



 一手、先んじて攻撃したのはラルドの方だった。

 ボーラを投げつけ、イヴの動きを牽制する。質量を持った鉄球が当たれば一溜りもないが、それは言ってしまえば“たられば”の話。イヴは迫る鉄球を何事もないように首を傾げるだけでやり過ごし、そのまま速度を落とさずに最短でラルドに肉薄する。

 対するラルドも、これまでのやり取りでそう来るだろうと読んでいたのか、驚く素振りもなく対抗して銃を発射する。一発、二発、三発。火花が散り、硝煙が撒かれ、小さな小さな銃弾(殺人鬼)が次々と飛び出していく。全てが当たる軌道で狙いは悪くない。しかしその悉くを、イヴは舞うようにして避け切った。



「フ——ッ!!」

「……んのやろッ」



 流れるように繰り出された刺突は、真っ直ぐにラルドの急所を狙っていた。しかし響いたのは肉を絶つ鈍い音ではなく、金属同士が擦れ合う金属音。ラルドが咄嗟にグリップの底でガードしたことで、ナイフが彼の急所に届くことはなかった。



 そして、攻勢は反転する。

 ラルドは伸ばしっぱなしの右腕を折り畳み、イヴの顔めがけて肘打ちを叩き込んだ。例え彼が前に出ずとも猛スピードで突っ込んで来ていたイヴには痛烈な攻撃だ。防ごうにも左手のガードは間に合わず、イヴの左頬に鈍い衝撃を与える。



「ぐ——、っ!」



 痛みを堪えるくぐもった声。口の中に鉄の味が広がり、遅れて痛みがやってくる。慣れたと思っているとはいえ、やはりこの感覚は不快だった。痛みよりも嫌な記憶が呼び起こされるからだ。先制したのは向こう側。しかしやられっぱなしではいられないと、イヴは意地だけで左脚の膝蹴りをラルドの胴にねじ込んだ。

 だがどうしても、予備動作が少なかったために期待したダメージは得られない。鳩尾を打っても大して呻き声が漏れないのがその証拠だ。イヴはダメージを与えられていないと見るや、右手で銃を牽制しながらその場を離脱し、後ろから迫っていた鉄球の射程から外れた。ラルドはまたも攻撃を躱されたことに顔を顰める。



「チッ。後ろに目でも付いてるのかよ。んな回避する奴見たことねぇぞ!」

「知らなかった? 人って暫く戦ってると、項から目が生えるんだよ?」

「生憎と聞いたことがねぇな。宇宙人の常識と間違えてんじゃねぇかッ!?」

「ボクよりよっぽど宇宙人な人は、これが当たり前らしいから、文句はそっちに言ってよね」



 口に溜まった血を吐き捨てて口元を拭うと、イヴはナイフを逆手に握り直して再び接敵した。武器の質は言うに及ばず、圧倒的にラルドの方が有利だ。殺傷性が高い銃に、牽制と一撃必殺を両立できるボーラ。組み合わせ次第では相手を翻弄し、何もさせないまま殺すこともできる装備だ。

 しかしそれに対するイヴはナイフ一本だけ。有利不利は明らかだが、しかし戦況は拮抗していた。それは単に、イヴにその差を埋められるだけの機動力があるからだ。直撃を貰わなければ死にはしないし、例え心許なくともナイフ一本あれば人は殺せる。その出鱈目なコンセプトを達成できるだけの力が、今のイヴにはあった。

 故にこそ———



———殺される前に殺し切る……!



 ブワリと、イヴの殺意が膨れ上がる。

 眼光は刃のように鋭く、ともすれば心臓を刺し貫くような妖しい光。ラルドは警戒を跳ね上げた。何か来る。その脳裏に響く警鐘に従い銃を構えたが、イヴはその瞬間を狙いあろうことかナイフを投擲した。



「んな……っ!?」



 リカッソを中心に回転しながら飛来したナイフは、呆けていたラルドの銃身に直撃した。弾かれたナイフは高く跳ね上がり、衝撃で銃の射線は外れ、無防備な胴が晒される。


 隙あり(好機)


 イヴはその僅かな間を見逃さず、ラルドの懐に入り込んだ。

 くの字になっていたラルドの膝に片足を乗せ、至近距離からラルドの顔を目掛けて超近距離戦闘(インファイト)を叩き込む。これほど隙ができるのはもうないだろう。それがわかっているからこそイヴは容赦なく顔を狙い、脳震盪を起こす(決定的な隙を作る)ためにラルドの脳を揺らしていく。

 右ストレートが顎に入り、続く左フックが頬に直撃し、左右に振れた顔を更に右肘で揺らしていく。ラルドも成すがままでいるつもりはなく、当然両手で防ごうとするが、イヴはそれもわかっており殴打の合間にガードも弾いていた。大人と子供の体躯の差。リーチは当然イヴの方が短く、この至近距離で小回りが利くのはリーチの短いイヴの方だ。



「この……、クソ、がっ……!」



 ラルドの声からは次第に余裕が消えていく。攻撃が入る度に、ガードする気も弱まっていた。



———これなら……!



 薄氷の上を進むような緊張感に汗が吹き出し、じっとりと服を濡らす。このままいけば間違いなく勝てる。だが、それはこの一手を決めてこそ。肩にのしかかるプレッシャーを撥ね退けるように、イヴが上に手をかざすと、まるで予定調和の如く上空に弾き飛ばされていたナイフがすとんと手中に納まった。

 ラルドの目が大きく見開いた。ナイフの投擲も、脳震盪を狙ったのも、全てはこの一撃のためだったのだ。脳を揺らされ対処の覚束ないこの状況は、これ以上ない好機。これで終わりだと、イヴは逆手に持ったナイフを勢いよく振り下ろした。



「舐め……んなッ!!」



 だがこの土壇場で、ラルドの意地がイヴの思惑を打ち砕く。

 我武者羅に振った右手の鉄球が、偶然にもイヴのナイフとかち合った。幾度となく鳴り響いた金属音が裏路地に木霊し、その音色は両者の顔色を二分する。互いの顔色が形勢とは真逆となっていることが、その意味を如実に表していた。

 形勢の天秤は今一度ぐらりと揺れ動き、イヴが掴み取った流れはたったの一手で断ち切られた。そしてその流れは向こう側に移る。それを読み取ったイヴはラルドから距離を取ろうとするが、引き際の隙をラルドは見逃さなかった。

 双方ともが相手の隙を狙う者同士。罠に嵌め、隙を作り、確実に仕留める策士タイプ。片や武器で翻弄し、片や機動力で翻弄していようと、その根底にあるコンセプトは変わらない。一瞬の隙。状況を詰みまで持っていく最善の刻。それを見極める目と嗅ぎ分ける鼻を持つのは、イヴだけではないのだ。



 脳が揺れ、思考も視界も覚束ないはずなのに、ラルドの投げたボーラはまっすぐにイヴの方へと向かってくる。鉄球とかち合い痺れが残っている腕ではガードし切れないイヴは上体を左に傾けて避けようとする。その目論見通り、鉄球は上腕と前腕で作られたV字の間を通り過ぎ、風圧が腕を押し退けるだけに終わった。次は銃の牽制か、そう意識を切り替えたイヴだが、ラルドはその思考の裏をかき、手首をくるりと回してワイヤーで綺麗なリングを作り、ナイフを持ったイヴの右腕を絡めとった。



「くっ———」

「ハッ。動きが止まったぞ!! さては元々(もと)の使い方を知らなかったなッ!?」

「あ゛ぐッ……!」



 自由を奪ったイヴの右腕からナイフを弾き飛ばし、丸腰になった脇腹にラルドは重い膝蹴りをお見舞いした。内臓に響くダメージがイヴの全身を駆け巡り、痛みが声になって出ようとしても口から吐き出されたのは肺の空気だけだった。明滅する視界。一瞬意識が霧に覆われるような感覚に陥るも、それは後頭部に伝わった衝撃で直ぐに晴らされた。

 蹴り上げられた後、壁に押し付けられているのだと気付いたのはその直後だった。



素早(すば)しっこい奴には相変わらずボーラ(コイツ)はいい効きだ。どうだ? 自慢の素早さを奪われた気分は。自慢の爪がなけりゃあ何にもできねぇだろ」

「あ゛、がギっ……!」

「苦しいか? そりゃそうだろうよ。殺すつもりで締めてるんだからな。……だが、俺は何も鬼って訳じゃねぇ。散り際の言葉くらいは聞いてやる。さぁ、何とか鳴いてみせろよ。宇宙人の今際の言葉ってのは初めて聞くんだ。何を言うのか、楽しみで仕方がねぇ」

「……が、ぁ」

「安心しろよ。お前の言葉は一言一句違わず、お前を連れてきたあの男にも聞かせてやるからよ」



 首を絞め上げられ、壁に押し付けられているイヴは手足をバタつかせて拘束を抜けようと試みるが、首を絞めつける腕の力は緩まる気配はない。ワイヤーを外して自由になった右腕を使っても、それは変わらなかった。

 だんだんと、顔から血の気が引いていき、肺が空気を求めてピクピクと身体を揺らし出す。意図しなくとも動く身体が、暗に生命の危機を知らせてくる。それはイヴ自身もわかっており、刻一刻と自分が死に近づいているのを脳裏で感じ取っていた。



「……ぇ」

「どうした? 言う台詞は決まったか?」



 イヴの口が、もごもごと動く。今にも意識が飛びそうだというのに、しかしその瞳には一ミリたりとも諦めの色はない。むしろ苦しみながらもその金色の瞳はラルドを睨み付け、そして唇は不敵に嗤っていた。



「くた、ばれ ……劣化模倣品(デットコピー)……ッ」

「………上等だ。その顔ズタズタに引き裂いてあいつに送り付けてやるッ!!」



 戦いの趨勢はほぼ決まり、自らの勝利を疑わないラルドにとってその言葉はまさに起爆剤だった。怒り昂った感情に任せて激昂し、ラルドは勢いよくイヴを投げ飛ばした。脳に酸素が行き渡らずぼやけた思考のイヴは受身を取ることもできず、力なく地面に打ち付けられる。散らばっていたガラス片が服を引き裂き、切先が服を突き破って彼女の皮膚を食い破る。体中を嬲られながらゴロゴロと転がり、反対側のゴミ捨て場に突っ込んで漸くその動きは止まった。



「ハ、ぁ………ハァ、ハァ……っ」



 息は絶え絶え、服はボロボロ、傷口から流れ出る血が赤染みをつくり、服の柄を変えていく。胸が上下していなければ死んでいてもおかしくないような様相で、それはかつて自分が戦場で殺した兵士の姿にそっくりだった。



———笑えない。ノエルにあれだけ言っておいて………結局自分はこの様か。



 自分の状態を把握し、そして思い知らされた自らの体たらくに、気付けばイヴは自嘲の言葉を吐いていた。掴み取ったはずの勝ちの目は白霧のように掌から零れ落ち、気付けば形勢はここまで傾いていた。戦いは水物だとよく言われるが、全くもってその通りだとイヴは身をもって思い知る。戦いの流れを読んだとしても、その中に紛れ込んだイレギュラー一つでこうも流れに呑み込まれるものなのか。なまじっか罠と戦術で敵を倒すことが多かった弊害が、ここに来て表面化していた。



 自信を飲み込んだ負の流れが、奥底に眠っていた諦観を呼び醒ます。それはスルリスルリと身体に巻き付き、疲れとなって身体の自由を拘束する。できるからとやっていた無茶な機動のツケが、今になってやってきたのだ。その諦観は身体だけでなく心まで浸食していき、徐々に心から活力までも吸い取っていく。ジワジワと追い詰められていく心。しかしそれに対して、未だ諦観に対抗する心は断末魔にも似た叫び声をあげていた。


 自分はまだ、何一つ幸せを掴めていないのだと。

 姉の屍を踏み台にしておいて、生きたいと願うだけの人生であってたまるかと。


 願うものは平凡なれど、求めるものは遥か彼方に。得るための道は険しくとも、求めずにはいられないという業を背負い。だからこそこんな場所で躓いてはいられないと知り、しかし躓いている現実に悔しさがこみ上げる。願いはしても、自分はこの程度なのかと。イヴは自分の情けなさに歯嚙みする。



 だが、得も知れぬ力と共に、彼女には悪運までもが味方に付いていた。戦いの賽子は未だ振られ続け、そして味方した悪運はここに来て最後の勝ちの目を引き当てた。

 ゴミ袋の山に突っ込んだ右手が悔しさで拳を形作る途中。中指の先が、何やら硬い感触のものを捉えた。



———っ、これは……。



 人差し指と親指で摘まみ、人差し指から小指で全体像を掴み、掌で握りしめる。その正体はイヴの心に希望を繋ぎ、曇りかけていたイヴの心に勝機の光を灯した。まだ、やれる。ラルドに見られないよう、イヴはそっとほくそ笑む。体中に鉛を流し込まれたかのように重くなった身体をゆっくりと寝返らせて、イヴは死に体を装いながら(ラルド)を睨み付けた。



 そんなイヴに、ラルドがゆっくりと近づいてくる。見下ろす者と、見上げる者。これほど勝者と敗者がわかりやすい構図はそうないだろう。だが、敗者の様相をしているイヴの瞳は、未だギラギラとしていた。圧倒的有利なのは自分なのに、まるでいつでもお前を殺せるぞと言外に訴えかけてくるその瞳が、ラルドの神経を逆撫でする。



「ハッ! 他人に劣化模倣品(デットコピー)なんていう割には、死に体なのはお前の方じゃねぇか。とんだペテン師がいたもんだ」



 威嚇するように、グルグルとボーラを回し出す。確実に息の根を止めるために、狙うのは頭だけ。イヴの遺言を聞くつもりなど、先ほどの激昂と共に失せていた。



「その“死に体”相手に………随分と、お喋りだね。……そんなに話し相手が、欲しかった?」

「チッ。本当に最期の最期までムカつく野郎だ。………あばよ。お前の顔をもう思い出さないよう、その面ぐちゃぐちゃにして殺してやる」



 ボーラを持つ右腕を、後ろに振りかぶる。一思いに殺すために、やや大きめに。


 そしてそれが、決定的な隙になるとも知らずに。



「………最後の最後に、勝ちを急いだね?」



 イヴが待っていたのは、まさにその瞬間だった。戦いに紛れ込むイレギュラーは、敵ばかりを味方しない。それは自分にも、意図せずともやってくるもの。隠していた右腕を引き抜いて、イヴは握っていたものをラルドに突き付けた。


 S&W社製 S&W M15


 それは、コンバット・マスターピースとも呼ばれる回転式拳銃。命中精度に定評のあるこの銃は、まさにこの土壇場に打ってつけの銃だった。



「なっ……」



 突然のことに、ラルドの思考は停止する。順当に勝ち筋を歩いていたというのに、いきなり足場が消えたような、足元から血の気が引いていく感覚。銃身はたったの2インチしかないその小さな銃が、ラルドには何倍にも大きく感じられた。今は右腕を振りかぶった最中、身体はその動作を遂行しようと既に動き出している。死に体のその身体にボーラを届かせるには………絶望的なまでに、時間が足りなかった。



「く、そがああぁぁぁッッ!!!?!」



 勝ち筋からの転落。死の淵へと落ち行く絶望の断末魔をあげながら、破れかぶれに撃ったラルドの銃声と、イヴの放った銃声が重なった。硝煙と鉛が奏でる死別の音。鈍い金属の音。弾かれた撃鉄が火薬を打ちつけ、銃口から発射された弾丸がまた一人、この街から人間に命を奪い去った。



「ぁ……———」

「……ばいばい。最後の勝ちの目は、貰っていくよ」



 ラルドが最期に見たものは、銃口から硝煙を燻らせ不敵に笑う敵の顔。僅かな吐息の中で何を言いたかったのか、終ぞ言葉にすることなく、額の銃痕から流れ出る血を滴らせて仰向けに倒れこむ。四肢を大の字に投げ出してピクリともしない様はまるで人形のようで。空を見上げるラルドの瞳には、もう世界を映す光はなくなっていた。



「は、………ははっ……」



 生きるか死ぬかの殺し合い。盤上から俯瞰するのでなく、自らの命を賭して行った殺し合いは今ここに終幕した。絶えず隣に佇んでいた死神はその鎌を収めてどこかに消え、どっと疲れが押し寄せてくる。しかし、その心はとても軽やかだ。剥がれ落ちた心の重荷が身体にのしかかったように、身体は重いのに心は羽のように軽かった。

 自身に起こった不思議な感覚に、イヴの口から乾いた笑いが零れ出る。自分自身ですら知らない感情の昂り。ただ心を満たすこの充実感が、とても心地良かった。



「あっははははは!! は、はっははははははっっ!!!」



 気付けば、声をあげて笑っていた。こんなにも心の底から笑えたのは、いつ振りだろうか。今までの暗い過去が全て吹き飛ぶような満面の笑み。否、その過去があったからこそ、積み重ねてきたものがあったからこそ、今の笑みが一際輝いて見えるのだ。



 “生きている”って……最高だ!



 ただ心を満たす“生”の充実感に身を委ねながら、彼女は少女のように笑っていた。

 その胸元では、弾丸の埋まったチェーンネックレスが、陽の光を反照して優しく輝いていた。




これでイヴの戦闘シーンは終わりです!この最後に繋げるのに非常に難儀しました笑

次はノエルのシーンですが、長めの一話くらいにする予定です。

SPI試験勉強やらで最近は忙しいですが、めげずに更新頑張ります。

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