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14話

 龍舎の中で、ノルヴは一人佇んでいた。

 彼の目の前にいるのは、彼と幾度も戦いを共にしてきた黒龍。先程ノルヴがやった石を咀嚼している。


「この数週間、色々ありすぎたよなあ」


 思わず独白が口から洩れた。

 戦闘開始一時間前、準備も終え、あとは出発を残すのみ、といった状況だ。今回の戦闘は、前回ほど大規模なものではない。戦力は五騎編成で、敵の仮拠点を襲撃する、といったものだった。目標の仮拠点は、ミストとアドウェルが姿を晦ました西鉱山基地から最も近い場所にあるものだ。つまりそれだけ、二人が潜伏している可能性も高かった。


「隊長、そろそろ」


 龍舎内に入ってきた兵が、ノルヴに言う。

 短く返事をすると、彼は龍を連れて外に出た。


 広い離着陸場に、龍が四騎。その中には、レアの姿もある。この襲撃は本部が主体となっているため、沿岸基地の者が参加することはまずない。しかし今回は、特例、といった奴だった。


「本当に、いいんだな」


 出発直前、ノルヴはレアに聞く。

 レアは、あまり浮かない表情ではあるが、確かな意志をもって頷いた。


 戦闘前とは思えない程、酷く哀愁を伴った龍達が、一斉に飛びたつ。空は果てがないくらいに青く広がり、所々に雲が浮いていた。

 動くものが一つも無くなった広い更地には、泡沫のような小さい花が二本、風に揺れている。


――


 戦闘場所は、矢張り森の上空だった。ノルヴ達が白龍と出会った洞窟のある森とよく似ているが、別の場所だ。このような森は、大陸内に複数個所ある。

 アドリア国軍の龍の数は、シュピネー帝国軍と同数の四機。各々が一対一になる形で戦闘が進行していた。

 通常の兵であれば、一回の戦闘で平均して二匹、ノルヴが撃墜するのだが、今回は違った。言うまでもなく、姿を現したミストの相手をしていたからだ。彼はやはり手練れらしく、決着がすぐにつく気配はなさそうだった。


「聞えるー?」


 ミストの龍を追うノルヴの耳に、突然声が聞こえる。通信装置を介しての声だ。


「お前! 何故通信ができる!」


 咄嗟に怒鳴るノルヴ。通信装置は、事前に紐づけされた石同士のみでしか通信は不可能であるので、国を出て以降ミストにそんな細工をできる筈がなかった。


「君のに通信できる奴を一つくすねてただけだよぉ。ふふ、ちゃんと受けてくれたんだねぇ」


 変わらない口調で話すミスト。

 やはり癪に障るらしい、ノルヴは旋回すると発砲した。

 しかし、その行動をミストは想定済みだったのか、避けられてしまう。

 旋回を終了するとすぐに、ミストは一気に急上昇する。高度が上がり、全体が上下逆さまになっていた。ノルヴの上方にいる位置関係のまま、連続で攻撃をする。

 その機動の間に、ノルヴは旋回し軌道を右に反らしていた。

 自分の機動が読まれたことに、軽く歯噛みするミスト。


「流石だね」


「お互いさまだろ」


 短くやり取りした後、ノルヴをミストが追う形になった。

 通常の弾を、ミストは連続で撃つ。

 左右上下、細かく動いて、それをいなすノルヴ。

 その時、飛来した弾の一発が、彼の背中に当たった。


「......ほう、騎龍戦用の弾でも防ぐんだ、その防弾服。凄いねぇ」


 感心したような声が、通信機器から聞こえてくる。


「交配云々は俺が口出しした。この国で作れる、最強の繊維だ」


「なるほど、糸職人の知識も伊達じゃないってことか」


 そして高度を下げるノルヴ。

 同時に急旋回し、ミストの下側に回った。

 ミストの龍の腹が狙える位置に来た瞬間、二発対龍弾を発射する。

 空中を転がるように回転し、弾を避けたミストは、その回転を保ったまま高度を下げ、ノルヴの横に並んだ。彼の表情は、いかにも戦闘を楽しんでいる、といったものだった。

 それを見て、ノルヴは舌打ちする。


「楽しんでんじゃねえぞおい。俺は遊んでるんじゃねえんだ」


 言いながら、更に発砲。

 一瞬速度を下げてそれを避けたミストは、笑い声を上げる。


「じゃあさっさと終わらせてみてよ」


 半ば彼の煽りに乗るような形で、ノルヴは攻撃をした。


――


「ノルヴ......ミスト......」


 自分も戦闘中の身でありながら、レアの意識は完全に二人の方へと向けられていた。

 先程から数回危ない目にあっているのだが、本人はそんなことにすら構っていられないようだ。

 レアは、言いようのない気分を味わっていた。自分の命を救った男と、古くからの親友が、目の前で争っている。しかも、恩人は今や敵軍に所属する猛者なのだ。先日西鉱山基地でミストが正体を現して以降、彼はどことなく無関係の者であるような立ち位置に立たされていた。しかし実際は、一連の事件に関わる人間の最も中枢にいる。傍から見ていなければいけない状況に、歯がゆい思いをしていた。


 それでだけではなく、彼の顔には根拠のない焦燥が浮かんでいるのだが――


 ふと気づくと、隊列を崩しそうになっている。先程からこれの繰り返しだ。

 慌てて龍の向きを調整した。

 連続した発砲音を聞いて、レアはノルヴ達に視線を戻す。勿論、隊列への集中も切らしていない。

 先ほどノルヴは、相対しているミストと何か話をしているように見えた。見えた、といっても、そうとでも考えなければというほど、互いの攻撃の感覚が長かったからという話なのだが。

 それが今度は互いに激しく打ち合っている。話が終わった、ということなのだろうか。


「......ア、レア! 聞こえるか!」


 突然通信装置から声が聞こえた。


「の、ノルヴ? どうしたの、戦闘中でしょ?」


 思わず驚愕の声を出すレア。

 それと同時に、彼の元にも敵からの攻撃が飛来する。

 慌ててそれを避け、逡巡したレアは突然隊列から抜けた。他の者が戸惑う気配がするが、混戦に突入してしまった為に事情を聴く余裕がないようだ。逆に言えば、そうなるタイミングをレアが狙ったとも言える。

 戦地から離れ、ノルヴとミストが見えるギリギリの位置まで後退した彼は、龍を停止させてノルヴからの返事を待った。


「ああ。決着がつくまで、この通信は切らないでおいてくれ」


 激しい発砲の音交じりに、ノルヴの声がする。


「ど、どうして......」


 戸惑いながら聞き返すレア。

 少し間を開けた後、ノルヴの答えが返ってきた。


「......俺は、恐らく数分しないうちにお前の恩人を殺す。筋の通らねえ、意味の分からない理屈だと思うが、その瞬間まで、音だけでもお前に届けたい。だから、そのまま通信を切らずにいてくれないか。俺の自己満足だが」


 言い終えた直後に、ミストの龍が空中でよろめいたように見える。

 それを見て、レアは目を見開いた。遠目だが、龍の腹部から出血している様子が見受けられる。

 どう見ても、対龍弾によるダメージだった。

 しかし、ミストに戦闘を諦めたり、無事に帰ろうなんて気はさらさらないようで、戦闘は続行される。

 ノルヴの言う事は、希望的観測ではなさそうだった。

 レアは通信装置に反応されない程小さな声で、ミストの名を口走る。

 そして、数秒無言の時間。


「分かった」


 彼が想いを言葉にした直後――


――


 戦闘は、ますます激しくなっていた。互いに細かい機動を繰り返しながら、連続して攻撃を繰り出している。

 本来、大量消費が難しい対龍弾は決定打として放たれるものだ。しかし、互いにいつ攻撃が当たってもおかしくない状況の為、かなりの個数の対龍弾を打ち合うという状況になっていた。

 そして、ミストは龍の腹部に対龍弾を一発食らっている。つまり劣勢だった。

 だが互いに攻撃の手を緩めない。


 激しい膠着状態は、暫く続いた。


 戦闘の長さの割に、決着は一瞬でつく。


 ノルヴの放った弾が、ミストの龍の頸部に当たった。


 人と同様、龍にとっても弱点となる場所だ。


 鮮血を滴らせながら、龍は落ちていく。


 普通ならば、ノルヴは落ちていく騎に見向きもしない。しかし今回は違った。


 後を追うように、急降下する。


 そしてミストの直上に到達した。


 上を見上げたミストと、ノルヴの目が一瞬合う。


 直後、ノルヴは小銃を連射した。


 外れた弾は、皆無だった。


 内一つが、ミストの脳天を貫く。


 銃撃は停まった。


 ノルヴは、レアが息を飲む音を、装置越しに聞いた。


「ノルヴ! 避け――」


 そんな声が聞こえた瞬間、彼の視界は真っ白になる。


 悲痛な叫び声と、勝ち誇ったような笑い声が、聞こえたような気がした。


――


 レアは、唖然としていた。

 彼の目には、眩いばかりの白い光が映っている。

 それは煙のようなものだった。

 ノルヴがいる場所に、それは蔓延している。


 生けるもの全ての命を奪う、白龍のブレスだった。


 数瞬の後、雲の如く広がるそれから、何かが落下する。


 ノルヴと、ノルヴの龍だった。


 微動だにせず、ただ重力に従って落ちていく。


 死んでいるのだ。


「あー、あー、聞こえるか?」


 レアが、俄かには信じがたい事実を認識すると同時に、通信装置から、新しい声が聞こえてきた。


「ア......ドウェル......たいちょ......」


 返すレアの言葉は、震えて殆ど声になっていない。


「どさくさに紛れて通信装置を奪ったが、流石にあのブレスでもこれは壊せないみたいだな......」


 アドウェルの声は、至って冷静だった。


「どうして、白龍がここに......」


 未だ混乱したままのレアの呟きに、アドウェルが嘲笑する声が聞こえる。


「先日の、お前らが落とされた戦闘で、ミストも落とされてたんだ。あいつはアドリア国密偵、いくらシュピネーの情報を流さないといっても、この龍の情報はその範疇じゃない......あいつから全部聞いたぜ、お前らが何を見てたのか......」


 それを聞き、レアの脳裏に白龍の洞窟での事が蘇った。


 ――不自然に聞えた石の転がる音。


 つまり、あの洞窟でお起こった一部始終を、ミストが盗み見ていた、ということになる。

 そして、龍と契約する方法は、至って簡単なもの――


「全く、鬼に金棒って奴だ。俺がこんな龍を手にれられるとは......,,あの野郎、俺の接近に気づくことなく、呆気なく死んでったろ? これで多少は気が晴れるってもんだ。あとは、この龍でてめえらの国を亡ぼせばいい」


 勝ち誇っているのがよくわかる、上機嫌な声色だった。

 数百メートル離れたところで相対する二つの龍は、暫く互いに動かなかった。

 風の音が聞こえる。

 先に動いたのは、レアだった。

 銃を撃ちながらアドウェルに向けて飛んでいく。

 彼から見て左方向に、アドウェルは旋回した。弾は全弾外れる。

 白龍と暗赤龍では、暗赤龍の方にスピードの利がある。やや小型であるレアの龍は小回りも効き、アドウェルの斜め後ろから肉薄する。


「......よくも!」



 堪えていたものがあふれた、と言った感じに、レアは叫んだ。

 すると、通信装置から笑い声が聞こえる。


「親友だかなんだか知らねえが、大層ご立腹だねえ」


「うるさい!」


 レアは、それ以降何も言わずに攻撃を続けていた。

 無我夢中、という奴だ。本来彼が持つ実力を遥かに凌駕するほどの戦い様である。

 必死の表情の彼が、何を考えているのかは、くみ取れなかった。


 アドウェルを、真後ろからレアが追う形になっている。


 そして、レアの猛攻が止んだ一瞬の隙に、アドウェルは龍を急上昇させた。


 その意図をレアが察した時には、もう遅かった。


 速度が落ちたアドウェルの下を、レアが通り過ぎていく。


 アドウェルの龍が、頭を下に下げる――


――


「......今回は、本当に、事実なのですね」


 戦闘は、誰も見たことのない白龍の出現により、シュピネー国の即刻撤退という形に終わった。


「はい。白い龍と対峙した騎士二名を、失いました」


 レリスに伝達した兵の声は、沈んだものである。


 失った騎士二名の名は、ノルヴとレア。

 どちらも、白龍のブレスによるものだった。


「それで、白龍は」


 無表情に聞くレリス。


「一人で向かっていった一兵卒と、相打ちになりました。龍の方は不明ですが、騎手は死亡が確認されています」


「そう......ですか」


 顔に影を落としつつレリスは言った。そして、そのまま男を下がらせる。


「まさか......本当に......」


 珍しいほどに声を震わせるレリス。

 すると、低い唸り声が聞こえた。

 振り返ると、壁の端にガルドが立っている。


「遺体は、森の中に落ちたんだな......」


 そういう彼も、目が見えなかった。


「戦闘中レアから受けた連絡だと、ミストはノルヴが撃墜したそうだ」


 ガルドは続けた。

 椅子に座るレリスが、ほうと溜息をつく。


「四人とも、ということですね」


「そうだ」


 部屋が一瞬静まり返った。


「少し、広い所に行きませんか?」


 唐突に提案するレリス。

 ガルドは、何も言わずに扉へ向かった。


 二人が向かったのは、離着陸場だった。

 空は、悲しいほどに澄み渡っている。


「残念だが、俺でもあいつが死ぬ瞬間何思ったのかはわからねえ。死にたくない、以外だということだけだ」


 死ぬことに関しては、二人とも兵である以上覚悟していた筈だ。


「あの二人は、互いをどう思ってたのかわかりますか? 親友、というのは聞いていましたが」


 互いに目を合わすことなく、二人は会話を交わす。

 レリスの問いに、ガルドは首を振った。


「十年以上一緒にいるのに、その辺はさっぱりわからねえ。が、白髪の......レアは、ノルヴが死んだ後一人で白龍に向かっていったんだろ? ノルヴから聞いてた性格には似合わねえ。敵討ちというわけでもなさそうだから......やはり――」


 ガルドは、ふと足元に視線を落とす。

 彼の足元には、小さな白い花を咲かした草が生えていた。


「根と花みたいに、姿が見えなくても互いに必要な存在、みたいな感じだったんじゃないか......?」


 しゃがみ込み、花を見つめながら言うガルド。


「......貴方には、中々似合わないセリフですね」


 どこか遠くを見つめながら、レリスは言った。


「そうだな......でも多分、そういうことだと思うぞ」


 風が吹いてきた。

 泡沫のような花は、静かに揺れる。

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