幽荘温泉ツアー
温泉に男女別脱衣所が欲しいのです。
そんな幽荘唯一の男住人であり、管理人である縁の願いから始まった温泉改修工事は様々な要望も巻き込んで完成間近になっていた。
工事最終予定日、朝の職人朝礼。
幽荘住人の一人であるヘビメの父、ジャノメ親方を筆頭に約二週間と少し。大変尽力頂いて完成の時を迎える。
「ジャノメさん、今回の工事は難易度的にどうでした?」
「難易度か、たけぇ方だよここはどうしてもな!」
「あ、やっぱりそうなんですね……」
「おう、一番は場所だそれに尽きる」
「田舎……ってかもう山ん中にある謎の場所ですからね……」
「ある程度の資材用意はしてるがな、頑張ったぜ!」
「ジャノメよ、儂の温泉で酒飲めるスペースは出来たかの?」
「おう狐音さん!本当に要るのかそれ?一応作ったが、まあ仕上がったら声掛けるしのんびりしときな!」
「狐音さん、温泉でお酒は危ないですって……」
「なんでじゃ!何しに温泉があるんじゃと言うに」
「いや、単純に風呂入る為なんですって」
朝っぱらから不毛なやり取りをしてしまったが、工事は仕上げに向かっている。
「おう、縁のにーちゃん。アレやるぞ!」
「了解です、行きます」
「あら、男の方お二人でコソコソとどうされたのでしょう?」
「あ、スズメさん!実は——」
「まあ!嬉しいですわ〜お手伝いしますよ」
——ユウメとネコメがスマホを手に話しこむ。
「ユウメさん、見てコレ」
「どれどれ……わぉ!ネコメちゃんこれはまた罪な物ですわよ〜!」
「ユウメさんは?」
「ふっふっふ、ネコメちゃんが質なら私は量で勝負です〜」
「わっ!こんなに?持てるかな……」
「大丈夫ですわよ、この日の為に用意はしましたから」
——狐音とヘビメはヘビメ宅にて会議をする
「……じゃろ?ヘビメにとっては悪い話ではあるまい」
「狐音、天才」
「問題はどう加工するかじゃが、ヘビメよ職人達でいけそうなのおるかえ?」
「ん……あそこ、今防音シート剥がしてるのが若手独身、いける」
「ホッホッホ、ちょっくら行って来るぞい」
——縁、ジャノメ、スズメ
「いやぁスズメさんはさすがだ!そんな華奢で美人なのにパワーある!」
「うふふ、ジャノメさんには敵いませんわ〜……縁さん大丈夫ですかー!」
「何で僕が一番重い鉄板なんですか……」
「仕方ねぇだろ俺はドラム缶で両手塞がるし、スズメさんはコンクリブロックで台車一台しかねぇんだから」
「……だが理不尽な、うっ」
縁達はドラム缶風呂を解体して温泉へと運んでいた、三人の中で一番非力な縁が何故か鉄板担当だ。
「ほれ、あと少しだ!」
「ファイトですよ縁さん〜」
「……つ、着いた」
「よし!図面はこれだ、穴はあるから埋めるように……」
「あら、ホース通せたんですね」
「あーここからシャワーに繋がるんだ」
脱衣所小屋の横、向いになるよう設計されたもう一つの小屋の中で三人は作業を始めた。
——ユウメ、ネコメ
「じゃあ行きますわよ〜」
「わーい」
ブロロロ……
——狐音、ヘビメ
「のう、良いではないか!良いではないか!」
「早く首を縦にした方が楽になれる」
「いや、勘弁してくださいよ!狐音さん、お嬢!」
目星を付けられた職人は際どいとこが見えそうな服の美人、狐音に至近距離で纏わりつかれている。更に親方のジャノメの愛娘、ヘビメにも纏わりつかれ動けなくされている。
「あーあ!お主がちょっとやってくれたら儂、すっごい嬉しいのになー!」
「アンタ、パパの教えに背くの?職人たるもの要望に応えてこそ」
「たすけてー!」
——再び縁、ジャノメ、スズメ
ガコ!
「よし、完成だ!良いじゃねえかこの個室風呂!」
三人は温泉側に出来たスペースにドラム缶を移設して、個室風呂を作ったのだった。
これはジャノメ発案で、何らかの不具合で温泉がダメな時やサッと一人で浸かりたい時に使えるようにとの配慮であった。
「ジャノメさん、使い方は今まで通りですか?」
「ああ、基本はな。ただここの上に通した温泉管から温泉引っ張ってこれるから水入れは楽だぞ。」
温泉管と書かれた管は頭の位置より高くある、等間隔で穴がありレバーもある。
「温泉が溜まってりゃ吸い上げてレバー開けりゃシャワーだぞ」
「嬉しいわ〜」
スズメはうっとりしている、これだけで温泉が凄い進化したようなものだ。
ホクホクの三人は他の場所はどうなのかツアーを始めた。
「うん、完璧」
「お主やれば出来るではないか!ほれご褒美じゃ!」
「ダメですよ仕事中で……あぁ……」
なにやら狐音とヘビメが若い職人を捕まえている、文字通り捕まえて狐音が全身を押し付けて抱擁している。
「何やってんだおめぇ、仕上げはどうした?」
「親方!?すぐに仕上げますんで!」
若い職人は逃げる様に走り出して行った……何かあったのか?
「狐音さん、ヘビメさん何してたんですか?」
縁が問うも二人は目を逸らし「何も」と返してくる。明らかに何かをしたようにしか思えないが……
「狐音さん〜ヘビメさん〜そろそろ完成なので皆でツアーしませんか?」
スズメがニコニコと二人を誘いすぐに食いついてくる。
「賛成、入り口から見たい」
「儂も入り口から順に見たいの!」
何かが気になる二人だが、歩き出してしまったので付いていく事に。
(ん?……気のせいか?)
縁はさっきまでと何か違う風景の違和感を感じた。
「縁さーん、行きますよ〜」
スズメに呼ばれ違和感が切れた、慌てて皆に追い付く為走り出した……
「二人程見当たらなくないですか?」
縁は姿の見えないユウメとネコメはどこに居るんだとキョロキョロする、温泉エリアでは見かけない。
「そう言えばそうじゃの、まあ部屋におるんじゃないかの?」
「アタシも知らない」
狐音もヘビメも見てないようだ、スズメは一緒に居たし。
「居ないのら仕方ねぇ、時間も無いし設備使い方教えながら説明してくぞ!」
ジャノメを先頭に温泉と幽荘を繋ぐ入り口からツアーが始まる。
「まず始めの温泉への道だな、今までは夜は明かりを持って温泉に来ていたが脱衣所までの明かりを設置した」
ジャノメの撫でる電灯は等間隔で設置され、奥に見える脱衣所まで連なる道になっている。
「ありがたいですね、夜真っ暗だったし」
「ちなみに電力は幽荘の立地を活かしてソーラーと近い川から水力で賄っている」
意外にも現代的な発電方法である、確かに周りが自然に囲まれた幽荘だから出来るやり方だろう。
「お次は、にいちゃん要望の脱衣所……いや脱衣小屋だな」
縁一番の要望、これの為に改修工事が出来たと言って差し支えない。
外観は丸太で組まれたように見える丸太小屋となるが、細かくみると濡れても大丈夫なように床にコンクリートも使われている。ちゃんと男女別で女子側がもちろん広く取られてる。
女性側脱衣所に入ると銭湯の脱衣所のように棚はもちろん、ベンチも有りスキンケアスペースも複数ある。
「きゃ〜凄いですわジャノメさん〜」
スズメが歓声を上げる、これまで温泉本体しか無かったので皆自宅に着替えに戻りドライヤーやスキンケアをしてたのが一気にこの脱衣所室内で完結するのだ。
「一昔前の銭湯脱衣所イメージだがな、味があるだろう?」
ジャノメ自身も納得できる出来だそうだ。
「パパ、アタシが女目線でリメイクしたの忘れないで」
どうやら女性目線の設備やデザインはヘビメ監修のようだ。
ちなみに男子脱衣所、つまり幽荘では縁専用になるとこは狭く最低限のスペースしかない。
それで良いのだ、女性陣と裸で交差さえしなければ。
「む?なんじゃ?見えにくいが遮られた壁の奥に行けるようじゃが」
狐音が何かに気付き近づいて行く……
「おお!皆来てみろ!」
狐音が声を上げる、何だ何だと行って見ると……
「これは……」
「わあぁ〜」
「パパやるじゃん」
「へへ、脱衣所から繋がるバルコニーだ」
かなり開けたスペースを取り幽荘も側に見えつつ、目の前に山の自然と空が見える語らい空間がある。
照明スイッチはここだと説明するジャノメの側には、大きなガラス戸の冷凍ストッカーと中が見えるボックス型冷蔵庫が設置されている。
「あ、あれって狐音さんとユウメさんが買ってきた冷蔵庫達」
「なるほどのう、ここで儂とユウメの要望に応えたんじゃな」
狐音は酒飲みスペース、ユウメはお風呂上がりのアイスや牛乳が飲みたい。それを温泉上がりに皆で集まれるバルコニーとして叶えてくれたのだ。
「これならにいちゃんも気兼ねなく参加出来るだろ?」
「嬉しいです!いや、ほんと凄いです!」
「やるじゃんパパ、ここは図面に入れてなかった」
「おう!ヘビメから貰ったデザイン案を図面に落としたらスペースが良い感じに空いてな!ま、これも幽荘の土地の広さだから出来た事だ」
まだ脱衣所だけなのに至れり尽くせりだ、しかし冷蔵庫冷凍庫はスイッチ入ってるが中身が無い。特に楽しみにしていたユウメは何処へ……
一行は脱衣所を出て温泉へ。
まだお湯は張ってないが、改修前と随分様変わりしている。
以前は一つ浴槽の温泉だったが、大浴場と小浴場になるよう衝立が設置されている。広い方が女性陣で狭い方が縁だろう、それでも一人にしては充分すぎる広さだ。
「大浴場側だけになるが今回浴場を増設したぞ、一人風呂だがスズメちゃん要望の薬草湯にしてくれ!」
ジャノメが指す所にちょこんと小さな浴槽が出来ている、確かに一人しか入れないだろうが薬湯なら問題無いだろう。
「ジャノメさんありがとうございます〜これで薬草採り過ぎた分を無駄にしなくて済みますね〜」
スズメはどんな薬草湯にしようかウキウキしている。
一つ気になる物が縁にはあった。
「ジャノメさん、あれはなんですか?」
「おう、あれは……滑り台だな」
薬湯用の浴槽横に、明らかに材質が人工物のツルツルした傾斜ある台が大浴場に向けられている。
「一番悩んだ末に採用したのがあれだ」
「ああ……ネコメちゃんのプール」
ネコメはプールが欲しいと言っていたのだ。
「ネコメちゃんの願いが一番難儀しててな……滑り台付けて大浴場で泳いでもらう事にした」
ジャノメは苦笑しながら言う、どうやら純粋なプールは作るには厳しいようだ。
「にいちゃん、上手い事しといてくれや……ネコメちゃんには申し訳ないが」
「ハイ、上手く誘導しておきます」
男同士秘密のやり取りをした後、全体を見る為それぞれがバラけて色々と見て周る。
大きな増設は脱衣所だが、温泉本体のスペースはそんなに変わらない。上手くやりくりしてバージョンアップさせたジャノメ率いる職人達に舌を巻く。
再度皆が一箇所に集まった時に、作業していた職人達が何かテントの設営を始めた。
「アレはなんじゃ?まだ何か作るのか?」
狐音は不思議そうに見つめている
「そうよ狐音さん!ささやかだがアレは俺達からのプレゼントだ!」
「プレゼント?」
幽荘メンバーが首を傾げてる内にテントがどんどん出来上がっていく。キャンプで見るようなテントとは少し違う。
「親方ー!オッケーです!」
「おう!ごくろうさん!さ、皆こっちへ」
ゾロゾロと設営したてのテント前に集まる。近くで見ると材質がやけにしっかりした黒いテントだ。
「にいちゃん、上脱いで入ってみな」
「へ?」
「縁、脱ぎなさい」
ジャノメ親子に服を脱ぐ様指示され、上だけとりあえず脱いだ。皆に見つめられるのが少し恥ずかしい。
テントの入り口は二重構造になっており黒い布地の内側はアルミシートだろうか?
中に入ると二人くらいしか入れない狭さ、テント中央に熱を放つストーブがあり石が積まれている。非常に蒸し暑い。
外から声が聞こえてくる。
「にいちゃん!横にバケツと柄杓あるだろ?中の湯を一掬い石に掛けるんだ!触んなよ!」
縁は言われたまま湯を石に掛けてみた。
シャアアア!ブワワ〜!
「えっ!何!?あつ!熱っ!!」
一気に温度湿度が上がって汗だくになる、堪らず外に逃げ出した。
「ガハハ根性が足りんな〜にいちゃん!」
ジャノメは大笑いしている。
「これは……サウナ、しかもロウリュ付きの。どうしたのですか?」
スズメはテントの中を眺めながら聞く。
「実はウチの職人共が宴を開いてくれたスズメちゃん始め、幽荘へ贈り物がしたいと言い出してな!急遽取り寄せたってわけよ!」
「まあ!そんな気を遣って頂いて……」
「良いんだよ!スズメちゃんには毎日ウチの職人共を気にかけてくれたんだ、お互い様だ!ガハハ!」
気持ち良く笑うジャノメに呼応するように職人達も手を上げたりポーズを決めたり、皆心からの贈り物をしたかったんだろう。
「感激です!」
スズメは感極まって泣きそうだ、憎い演出をしてくれる。
ふと狐音とヘビメが話す姿が見える。
「…まずいぞ、ここに置かれたら」
「うん、予定外」
「どうしたんですか?」
狐音とヘビメはまた揃って目を逸らし「何でも」と言う。さっきもこの場所でコソコソしてたが……
もう少し探ろうと縁は言葉を出そうとした時、幽荘の方でジャリジャリジャリと車が入ってくる音がした。
「ん?車の音?誰だ?」
余程の事が無い限り訪問者皆無のこの幽荘だ、皆が気になりアパート玄関まで見に行くと……
「皆様ただいまですわ〜」
満面の笑みで軽トラから降りてくるユウメとネコメが居る。
「あっ!また勝手に軽トラ乗ったんですか!?」
温泉側で作業や確認していたので、縁は気付けなかった。ユウメとネコメは軽トラで出ていたから居なかったのか。
「ごめんなさいね〜管理人さん忙しそうだったから〜」
大して反省してなさそうなユウメの後ろ、荷台の荷物を解いているネコメ。
「ユウメお姉ちゃん、急がないと」
「あ、そうよ急ぎませんと!皆さん手伝って下さい〜」
何だ何だと皆近くに寄り、理由が判明。
荷台に沢山の段ボール箱、ラベルは種類様々のアイスだ。他ドリンクにお菓子お酒とよりどりみどりである。
「職人さんにお願いして冷凍庫は冷やして貰ってるので、運んで下さいまし〜」
欲望に忠実と言うか行動力の塊と言うか……皆笑って手分けしてアイスを救出していく。
「ネコメちゃん、面白かった?」
「うん!大人買いって初めて見たよ!」
縁はネコメが楽しそうにしてるのを見て、軽トラを勝手に使った事は不問とした。




