ヘビメの想い
——昼食後
今度はモデルポーズを色々変えるらしい、さっきとは反対を向く背中を強調するポージングでスタートした。
「縁、アンタは背中が一番強い」
ヘビメに褒められた背中だが、自分で見る事が無いので反応に困る。
「男は肩と背中と胸、上半身揃うと美になる」
芸術的な話なんだろうか?個人的好みなんだろうか?判断が付かない。ただ意識して軽くでもトレーニングするのが良さそうだ。
タオル一枚の姿も慣れてくるもので、ヘビメがセミヌードな縁を凝視する空間も当たり前になってきていた。
相変わらず窓から鬼の形相で覗くジャノメがチラチラ見えるが、縁も気にしなくなっている。
前半とは違ってある程度描いたらポーズを変える指示が出るのでやりやすい。
「……やはり男の違いは直線」
ブツブツと漏らしながら高い集中力で見てスケッチブックに落とし込む。ふとヘビメが立ち上がった。
「ん?どうしました?」
「……」
何も言わないまま目の前に立ち間近で身体を見つめているヘビメ、何を考えてるのか全く読めない。
そしてヘビメは動く。
ペタペタ、モミモミ
「へ、ヘビメさん!?」
何も思考する暇を与えずに肩から胸、腕に背中を触り倒してくる。
さすがに触れてくるのは予想外だ、全く縁のお構い無しに長く触っては揉んで触る。
「ふむ、見た目より硬い女性陣とは違う身体」
ブツブツとメモをしながら自分の椅子に戻る。
「縁、この絵を見てどう思う?」
パラパラめくったスケッチブック、また見て良い物か心配なのだが……
「大丈夫、セミヌードだからスズメの」
セミヌードなら大丈夫理論なんだろうか?しかし知ってる女性のをとなると抵抗はある。
「ほら」
やっぱりお構い無しだ……恐る恐るスケッチを見てみる。
そこにはスズメが髪を上げてうなじから腰のところまでの上半身が描かれている。大事な部分が隠れてて助かった……
「どう、気付く?」
気付くとは……?とりあえずじっくり見てみる。
絵として見るなら文句なしに上手いと思うしスズメの女性らしい身体付き、肌の柔らかさすら感じられる。
スズメには温泉で密着された事もある、それが思い出されてしまい赤くなる。
「何で赤くなる、これ見てスズメが普段何してるかを考えて」
スズメが何をと言われても山に入り狩りをして……あっ
縁は気付いた、綺麗すぎるのだ。
「俺なんかよりずっと山に行ってて力仕事なのに綺麗なままだ」
「そう、対してまだまだ日の浅い縁はこう」
今さっき描いた縁像と見せられたスズメ像では、明らかに縁像の方が強くしなやかな表現になっている。
「男女の違いだけで見たら正解」
「正解?」
「そう、でも本来ならスズメの方が内に秘めてる力が強いはず」
確かにスズメは女性らしさを感じる事が多いが、縁も含めて力は誰よりもあるはずだ。
「私はまだその人の芯を引き出せない、表面的な形しか表現出来ないのがまだまだ観察が足りない」
悔しそうに語るヘビメ、これが芸術にのめり込む者の感性なのか。
パッと見だけじゃなくオーラや被写体の本当の姿も引き出したい、しかし技量が足りない。画家とかの求める姿の一端が垣間見えた。
「まだまだ私は成長する……最後は後ろ向いて」
ヘビメに火がついた事が伝わる、本当に彼女はアーティストだ。
その想いに応える為、最後のポーズに気合いを入れた縁は指示に従う。
「そのまま椅子に両手を掛けて右膝を椅子に乗せて」
手を掛け膝乗せて……ヘビメとの位置関係では、お尻が丸出しになってしまうのだが……
「縁の一番ポイントはやはりお尻ね、女性陣とは違うわ」
最後の最後に物凄い恥ずかしい、ヘビメの熱に応えたい反面ポーズは尻を出す男なのだ……
「そのままね、良いわよ動かないで」
スケッチ集中モードに入ったヘビメに声は届きそうにない、縁の出来る事は動かないで居る事だけだ。
三十分ぐらいでスズメが鉛筆を置いた、終わりのようだ。
「ん、お疲れ様。貴重な体験出来て嬉しいわ」
「俺も初体験でした、ありがとうございます」
服を着ながら自然とお礼を言った。
「はい、モデル料よ受け取って」
「え?良いんですか?」
「私はモデルには皆渡してるわ、そんなに多くはできないけど」
まさかの謝礼付きとは……
「二段階目はまた一ヶ月後くらいかしらね」
本当に育成記録していくんだと縁は筋トレを頑張らないといけない。
「そういやスケッチって事は額縁に飾るような絵じゃないんですか?」
「そうね、絵の為のメモを書き溜めたってとこかしら。言わば練習記録のような物よ」
となれば朝から夕方までずっと練習をしていた事になる、休憩を挟んだとは言え尋常じゃ無い集中力だ。
「ん〜今日は熱が入りすぎて疲れたわ」
ぐぐ〜っと伸びてヘビメは脱力し身体を休めてる。
「ヘビメさん、お風呂沸かしてきますよ」
「あら?良いの?アンタも疲れてるのに」
「俺も入って身体ほぐしたいですし、用意してきますね。準備出来たら呼びますから休んでて下さい」
縁はドラム缶風呂を準備すべくヘビメの家のドアを開け、何かにぶつかった。
「いて、何だ?……!!」
顔を上げたらそこにはヘビメを溺愛するヘビメの父、鬼の顔をしたジャノメが立ちはだかっている。
「おうにいちゃん、二人きりで変な事はしてないだろうな?」
「してません!」
なんなら裸にされたのは縁であり、じっくり観察されてスケッチされている。
「パパ、今日の工事終わったなら早く帰る」
後ろからヘビメが援護をしてくれた。
「そんなんだから子離れ出来ない」
「ヘビメよ〜うぅ……」
もうジャノメは泣きそうになっている、とぼとぼと車に乗って帰って行ってしまった。
明日の工事に影響がないか心配だ。
気を取り直しドラム缶風呂の火を焚き湯を作っていく。
「ん?今日は早い時間から仕掛けてるのかえ?」
通りがかった狐音がどうしたんだと聞いてくる。
「ええ、ヘビメさんのスケッチ手伝ったんですが中々疲れちゃいましてね」
「おーヘビメはアートになると手は抜かんからの〜儂もやっておるが、一日仕事になるでの」
「あ、狐音さんのも見せ……」
ハッと思い出した縁は言葉を濁した。まさか狐音とユウメが抱き合う裸の絵を見たとは正直に言いにくい。
「ん〜?そうかお主……見たんじゃな?」
勘付かれた!ニヤニヤしながら詰め寄ってくる。
「何を見たんじゃ?のう?のう?」
「いや、その、良いじゃないですか!お風呂沸いたんでヘビメさん呼びに行かなきゃ!」
「いつまでもウブな奴じゃのう」
背中に浴びせられる言葉を聞かなかった事にしてヘビメを呼びに走った。
コンコン
……
「あれ?返事が無い……入りますよヘビメさん」
扉を開けて見てみるとヘビメはベッドで静かな寝息を立てていた。疲れたのだろう、体を動かす疲れと言うよりは集中して精神を疲弊した疲れか。
寝顔を見ると年相応の可愛い顔をしている、気の強さが言動に現れるヘビメだがギャップが凄い。
(ヘビメさん何歳なんだろ、俺よりちょっと下だけどネコメちゃんよりは上ってくらいかな)
学校に行っている様子は無く、ひたすらアートに打ち込んでいるイメージだ。
「ん……ママ」
夢を見ているようだ、寝言が聞こえた。
見ときたくなる可愛さではあるが、風呂を沸かしてしまったので放置も出来ない。起こすのが残念なくらい幼い顔を見てジャノメが溺愛するのも分かる気はする。
「ヘビメさーん、お風呂沸きましたよーおきましょうー」
控えめに声を掛けて腕をトントンと叩いた、そしてヘビメは流れるように縁の腕に絡みついてきた。
「え?……まいったなこれは」
絡まってしっかりホールドされてしまった。寝ぼけているのか、すべすべもちもちとした頬を手に擦り寄せてきている。
完全に無防備な寝姿に困りながらも、無理には起こせない。むしろ少しの間見ていたいぐらいには可愛いと綺麗が強い。
もし、ジャノメがまだ帰っておらず近くに居たとしたら……恐怖で背筋が凍る。
腕を絡ませられたまま身動き取れず、体勢的にもキツいので膝を曲げる。すると目線の位置が合い、より顔が近くになる。
「本当に寝てる時は幼いな」
そんな感想を呟いているとヘビメはゆっくり目を開けた、腕は縁にホールドしたまま……
ヘビメは状況をゆっくり認識して、みるみる顔を染めバッと跳ね起きた。かなり慌てているようだ。
「お、おはようございます……あの、お風呂沸きましたので……」
「……ありがとう、行くわ」
恥ずかしさの余り最低限しか言葉を発さなかった、寝顔を見られ恥ずかしい羞恥心はあるんだなと縁は思う。
しばらくして、ヘビメが入浴準備を済ませドラム缶風呂まで来た。
チャプチャプと湯加減を確認した音が聞こえ入ったようだ、壁で見えないが音で判断出来る。
「ねぇ……どんな顔してた?」
壁越しにヘビメは聞いてきた、先程の寝顔の件だろう。誇張せずにありのまま感じた事を伝える。
「可愛かったですよ」
バシャーン!と音がして空からしぶきが降ってくる。
「あ、あのヘビメさん……?」
返事が無い、大丈夫かと思っていると今度はザバッと音がした。どうやら可愛いに反応して風呂の中に潜ったようだった。
「……油断したわ、寝顔を晒すなんて」
「可愛かったです」
バシャッ!!
今度はお湯が空から降ってきた、これは壁越しに湯を掛けられたな。
「何度も言わなくて良い」
「はい、すいません……」
少しの間沈黙が流れヘビメが口を開く。
「久しぶりに良い夢を見たわ」
「夢?」
「小さい頃の夢、ママが絵の描き方を教えてくれとパパが大はしゃぎで褒める夢」
なんとも微笑ましい雰囲気の夢だ、だから幸せそうに眠っていたのだろう。
「アタシが大きくなったから、ママはまた世界に出て私も家を出たけど絆は変わってない」
「それは……」
「あ、勘違いしないでよ。パパママ離婚したとかじゃなくて単純にママがアートを求めてパパが応援してる形なんだから」
重い話かと思ったら違うようでホッとした。
「まあパパはアタシまで家出るのは想定外だったようね、泣いてたもん」
「ジャノメさんって逞しく見えて結構打たれ弱いですよね……」
「まあ最終的に幽荘でならって事で落ち着いたわ、説得するのに時間掛けたけど説得して良かった」
「ヘビメさんは良かったんですか?ここ、結構不便じゃないですか?」
「確かに色々揃えやすい街は便利よ、でもそれを補う静かな環境があるもの。今は満足よ」
確かに縁も今日のモデル中に感じた自然の音や遠くに聞こえる生活の音、それらが落ち着いた空間を作り出していた。街の中では恐らく難しい環境になるだろう。
「ヘビメさんは毎日あの絵の空間の中に居るんですね」
「そうね、そこに変化を与えてくれるのが幽荘の皆」
「皆優しいですもんね」
「そう、だから今の内に吸収して表現したい。そして学んだ事を持って世界を見たい」
「……いつかはヘビメさん出るつもりですか?」
少しの沈黙の後にヘビメは言った。
「ええ、だってここの魅力を表現しなければ忘れちゃうでしょう」
「風景とかって事……ですか?」
「それもある、でもアタシが表現する物の中にここの空気が息づくの」
中々難しい話をされている気はするが、概念や経験が作品に入り込むといったところだろうか。
「縁も皆もアタシが世界に連れていく」
「そりゃ嬉しいですね!」
ヘビメの想いが伝わる。
ちゃんと幽荘のメンバーに入れてくれてるのは嬉しい事だ。
「ふー、喋り疲れたわ。ほら交代するわよ」
「え?」
「アンタも入るんでしょ、火は見てあげるから」
「あ、ありがとうございます」
ヘビメはドラム缶風呂から上がって脱衣所に入っていく、程なくして交代を告げられる。
縁とヘビメ、入れ替わりでポジションを替えた。
ドラム缶風呂運用から一週間、ようやく縁も慣れてきた。壁を作ったとは言え薄い壁越しに女性が居る感覚は特殊なものであるのだ。
ドラム缶風呂に浸かり、今日モデルポージングで凝り固まった筋肉が柔らかくなる気持ち良さに浸る。
「アンタは裸見られるの嫌なの?」
ヘビメが突然の質問を投げかける。
「え、嫌とかじゃないですが、そのですね、恥ずかしさがある、と言うのが普通と言うか……」
「ふーん」
ヘビメの感覚からすると違うのだろうか?
「アタシはよくわからないけど、その感覚は幽荘の皆もよくわからないんじゃないの?」
それはごもっともだ、じゃなければ温泉に笑顔で乱入したりしない。しかし、それは長い事信頼できる女性陣で暮らしていた幽荘と言うアパートが特別だろう。
世間一般では恥ずかしいが勝つはずなのだ、ここに暮らしてると薄れてしまうが。
「パパがうるさいけどアタシに常識を求められてもね、ここに住んでるし絵しか描いてないし」
「うーんまあそう言われたらそうですが……」
「常識があるから芸術がハッキリするけどね、こればかりは経験しないとわからないわ」
ヘビメは確かな事を言っている、そしてそれこそが常識的な事であるような気もするが。縁はふと思い付いた事を提案してみた。
「ヘビメさん街に遊びに行きませんか?」
「街に?何かあるの?」
「何かは必ずありますよ、いやヘビメさんの新しい?久しぶりな?刺激を求めて都会で遊ぶって事もどうかなって」
ヘビメは少し考えてるようだ、絵を描く環境としては良い所かも知れない。だがもう少し都会の娯楽を経験するのが良いんじゃないかと縁は考え提案をしたのだ。
「まあせっかく足も出来た事だし良いかもね」
「ええ、是非お連れしますよ」
「じゃあ温泉改修終わってからにしましょ、アンタしばらく忙しいじゃない」
管理人として毎日の清掃作業やドラム缶風呂のリセット、スズメの狩りなんかもルーティン化されて来ている。
「まあなんとかしますよ、こないだもネコメちゃん連れて街に出ましたし」
「ああ、聞いたわ。ネコメ喜んでたわね、あそこまで喜び表現するのは中々無いわあの子」
「行きたい所あれば調べといてください、俺も合わせてルート考えますから」
「ん、じゃあ調べとく」
今日はヘビメに付き合い、距離が縮まった気がする。
想像以上に命を削り生み出そうとする危うさも感じるが、もがいてるが故なんだろう。
縁は自分ももう少し頑張らねばなと夜空に輝き出した星を、ドラム缶風呂から見上げていた。




