セミヌードモデル
縁が幽荘に来てなんだかんだ一月半が経ち、現在は幽荘の温泉改修を見守りつつ自身の勉強を進めていた。
これまでで何かしら住人の手伝いもこなし、今はドラム缶風呂に使っているドラム缶を掃除している。
本来は日中に温泉掃除を業務のようにしていたのだが、改修中は代わりにドラム缶風呂周りをリセットする流れになっていた。
「ふぅ、温泉改修も始まって折り返しくらいかな?たしか二週間ちょいの予定だったが……」
この間でドラム缶風呂は大変住人の役に立っている、特に喜んでいるのが狩りをしに山へ入るスズメが助かっているとの事。
「私は野生動物触ったり解体したりするからお風呂が無いと大変なんですよー」
たまに調理場から血塗れで出てくるスズメを見れば、大変さはよく分かる。
縁も最近は同行して狩りや採集の手伝いをしている、自然の中で触れる動植物には人体に危険な物もあるとスズメから教わった。
猪の解体はショックがあるのでまだ見せて貰ってない、覚悟が決まればお願いしてみよう。
そんな幽荘での最近を浮かべつつ、転がしたドラム缶を洗い上げてセットしなおす。
「中身無いからマシだが……そ、れで、も、おも、い!」
ドンッと焚き口の上に置いて、後は水張りをすれば完了だ。
「うーん……そろそろかしら」
突然後ろから声がした。
振り返れば体育座りをして頬に手を当ててるアーティストギャルのヘビメが、いつの間にか縁の仕事ぶりを見ている。
「どうしたんですか?ヘビメさん、日中外に出てくるのは珍しい」
大体この時間は自室で創作活動をしているのだが、今日は何か用があるようだ。
「脱いで」
「ん?」
「脱いで」
このやり取りは幽荘に来てヘビメと初めて会った時と同じだ……最近理解してきたがアーティストモードのヘビメは要望だけをストレートに伝えるようだ。
「あ、はい……」
大人しく上だけシャツを脱ぐ、大自然のお日様の下でギャルに服を脱げと命令されて脱いでいる成人男性。決して勘違いして欲しく無い、そんな癖は無い。
前回は上だけ脱いだところでもう良いと、失格の烙印を押されたのだが……
(あれ?え?上脱いだぞ?え?何を待って……)
「下も」
まさかの先に進めとの指示、想定外である。
「えっと……」
「脱いで」
逃すつもりはないと鋭い眼差しだ、これは観念して早く終わらせてしまうのが良いのかもしれない……
「は、はい……では……」
ズボンも下ろしてパンツ一枚だ、ここは自然豊かな山間のポツンとアパート。日差しと風が妙に心地良い。
「もう良いわ、ありがと」
しっかりと全身上から下まで観察し尽くされお許しが出た、急いで服を着る。今温泉改修工事の指揮を取っているのはヘビメの父、ジャノメなのだ。娘の目の前でパンツ一枚になってる男なんぞ見たらどうなるだろう?間違いなく温泉の下の土にされる。
「縁、育ってきた」
「へ?」
「身体付きが変わってきた、スズメとの狩りが効いてきている」
確かに幽荘に来た当初より筋肉が締まってきた感はある、山の中での活動は地面の不安定さや純粋に獲物を引きずり持ち帰ったりで、かなり筋肉に効いてくる実感はある。
「第一段階は合格、明日家に来て」
「家に?」
「育つ過程をスケッチしたい、頼むわよ」
「はあ……まあ、わかりました……」
そう言えば育てると以前言っていた気はする。自分がモデルと言う事か……少し恥ずかしい。
「二段階目に向けてもっと食べなさい」
既に次の指令が下る、司令官ヘビメは自室に帰って行った。
——翌日
「じゃ、始めましょう」
縁は腰にタオルを巻くだけの姿で椅子に座らせられた。
「別にそんなの無くとも良いのに……」
タオル一枚あるのが不満気な様子のヘビメだが、これは縁が先手を打ったのである。
昨日に工事終了をしたジャノメを捕まえ、それとなくヘビメのモデルをやる流れになった事を伝えたのだ。すぐさまジャノメはヘビメの下へ飛び込んで行った。
「ヘビメ!男のヌードはダメだ!」
「何でよ!気にしないわよ!」
親子喧嘩を聞く事約五分……
ぐったりしたジャノメがヘビメ部屋から出てきて言った「アートになるとアイツは……」と。
言い合いの中でタオルで隠す事で落ち着いたらしいが、ほぼほぼヘビメの勝ちなんだろう。
そうやってなんとか一枚タオルを勝ち取った状態で縁のセミヌードモデルが始まる。
(麻痺してるけど、人生そうそうこんな事無いよな)
とりあえず座ったまま考えていたら指示が飛ぶ。
「縁、左腕を後ろに右手を前気味に」
自らポーズを交えポージングさせてくる。
「……よし、なるべく動かないで」
決まったポーズは足を組み上半身を捻るような体勢で止めている、これは長時間は辛いかもしれない。
動くなだけならまだいけるかもだが、ポーズの維持を意識してしまうと負担が掛かるものだ。
「出来るだけリラックスしてていいから」
鉛筆を動かしつつ声を掛けてくれるヘビメ、一応気は遣ってくれているのが分かる。しかし、縁はリラックスまでは出来ない。
何故なら窓からジャノメが鬼の形相をして覗いているからだ。
そんなジャノメを知った事かと無視し、ヘビメは真剣にスケッチを進めている。
シャッシャッと鉛筆がスケッチブックをなぞる音だけが響く、遠くで温泉改修の音もする。鳥の鳴き声も聞こえるし、何度か聞こえたバァンと響いたのはスズメが狩りをしてる銃砲音だろう。
(静かだけどそうでもなく、不思議な感覚と空間に居る)
縁はスケッチされている者として、ヘビメの視線を浴びる内に見られてる箇所がわかるようになってきた。
首から右肩に掛けて……左腿と右手……腰周り……
とにかく今人生で一番見られている、「視る」なんだろうか?表面の皮膚から中の筋肉、血管や骨に至るまで見抜かれてる感覚だ。
そして凄まじい集中力で尖るような視線から広がって覆い見る視線と使い分けてるヘビメ。間違いなく芸術に浸かっている者の目だろう。
芸術に詳しくない縁だが、今この時ヘビメは今芸術に命を削っている。それだけは確信できた。
ぶっきらぼうなとこがある見た目はギャルだがアーティストだ、父親のジャノメが職人の目を見せるのとそっくりでそこは親子だなと思える。
縁はなるべく応えれるように「何もしない」時を維持した。
「……ん、よし」
どれぐらい時間が経っているのだろう、縁からでは時計が確認出来ない。
「縁、動いて良いわよ。休憩しましょう」
休憩の合図が出て少し伸びをする、身体が固まっているのがわかる。
「ヘビメさん、進捗どうですか?」
「まあまあね、やっぱり生の身体を見ないと進まないわ」
「俺見ても良いですか?」
「良いわよ」
スッと描かれたスケッチブックを眺める。
素人目だが相当リアルに描き込まれているし、左右のページで同じポージングだが違いのあるスケッチがいくつも並ぶ。
「うぉ……すご……」
圧巻に感じるスケッチの数々だがモデルが自分なので、変な感じもある。
「アンタの身体付きはまだ肉の影が弱いわ」
「あ、すいません……」
ダメ出しを食らってしまった。
「それでも来た時より逞しくなってるから」
「だと良いんですが……ヘビメさんはどうして俺を描いてるんですか?バキバキのお父さんが……」
「アンタ、実の父親の裸を描きたいと思える?」
まあ、そう言われたらまあそうだが……
「幽荘には男が居ないから本当に貴重な機会なのよ、感謝してるわ」
ツンツンしてるヘビメが感謝の気持ちをはっきり伝えてくる、だからぶっきらぼうでも嫌な気にならない子なんだろう。
「女性陣は何回も描かせてもらったけど、男と作りが違うのよね」
なるほどね、確かに同じ人間でも男女の差はある。
ヘビメはスケッチブックをパラパラめくりサッとページを見せる。
「これは少し前に描いた狐音とユウメね」
油断していた、ノータイムで見えたスケッチは二人の女性が裸で抱き合っている絵だ。確かに狐音とユウメに間違いない、特徴を捉えているが何故にその裸で抱き合うポーズ?
「いや!それはヘビメさん見せちゃダメな……」
「ああ、アンタ恥ずかしがり屋だもんね」
そう言う事じゃないが、本人達の許可無くはマズイ気がするのだ。
「あと、ネコメのヌードもあるわよ」
「ダメです、しまいましょう」
どっからどう見ても未成年なネコメはダメだ、自分の中で閉まってて欲しい。
しかし、幽荘の皆羞恥心とか無いんだろうか?平気で温泉に乱入してくるし、薄着は当たり前だし。
縁が来る前は女だけのアパートで、周囲に民家の一軒も無い所だからそうなるんだろうか?
「さて、お昼食べたら続きするわよ」
忘れていたがまだ休憩だ。と言うよりもうお昼の時間な事に驚く。
「後半はポーズを変えていくから身体的には楽よ」
「はい、わかりました」
前半に比べれば動きがありそうでホッとする。
せっかくだからと調理場でお昼を一緒に食べようと、二人は調理場へと向かい待ち構えていたジャノメが合流。
やましい事は無かったかの尋問に遭う縁であった。




