ネコメとデート
完全に都会へ入り込んで、縁にとってもはや懐かしい全国チェーン店の看板風景。ネコメにとっては初めて見聞きする物ばかりで溢れる大きな駅にやって来た。
「さて、車は……あぁ空いてるな停めて少し歩くよ」
「はーい」
時間貸しパーキングに車を入れ、縁とネコメは並んで顔を上げる。
「おっきい……」
「この辺のシンボルかな?ターミナルビルだね、あそこに本屋もあるし色んな物見れるよ」
「ふぉぉ」
ネコメの身長からすれば普通の建物ですら四方八方を囲まれてるのに、目指す場所はその中で群を抜いて大きな建物だ。目がまんまるになっている。
「逸れないようにね?」
人の数も経験した事が無い多さだから迷子が怖い、スマホはあるにしても縁も土地勘の無い初めての地なので気を付けねばならない。
ネコメはそっと手を繋いできた。
「離れない」
うむ、非常に可愛らしい。だが色々大丈夫な見た目かが気にはなる……悩んでも仕方ない、これが一番確実な注意の仕方なのだから。
キョロキョロ周りに惹かれるネコメと、また職質されたらどうしようと強張りながら縁は歩き出した。
駅の改札前広場を通り上に向かうエレベーターを探す。平日とは言え大規模な駅なので人は多い。
「人って沢山居たんだね」
ネコメはなかなかに新鮮な言葉を呟いてくる。
「そうだね、幽荘と山向こうの市街地よりもスケールが違いすぎる所だから。人に酔ったりしてない?」
「大丈夫、あ!あそこは何?」
示した先は飲食店立ち並ぶフロアのようだ。
「どうやらここら辺全部飲食店ゾーンだね、ほら看板に店の名物の写真あるよ」
「ご飯食べる所がこんなに……」
基本的に幽荘ではスズメが山で獲ってくれた動物に山菜や果実が主で過ごし、街に出た者が各々買い溜めしたりだ。ネコメは一人で街に出る事も無い為、通販で冷凍食品やカップ麺を補うらしい。
「そっか……飲食店が珍しく見えるんだな」
「ご飯作る人は本当に凄いの、でもこんなにあると迷っちゃう」
それなりの都会で生きてきた縁にはそれまで風景の一部でしか無かったが、幽荘で暮らし始めチェーン店のバーガーや牛丼が恋しくなる事が正直ある。
少し離れただけで便利さを支え、しかも毎日を回し続ける店の偉大さが分かる。
それを存在は知っていたかもだが、本当に存在する様を見たネコメにはインパクトが大きかったようだ。
飲食店エリアをチラ見しただけで頭から煙が見えるネコメに笑いながら、本日の目的地である本屋を目指す。
案内板に沿ってエレベーターを発見、乗り込んで八階を押す。本屋はビル内の上階にある。
どうやらエレベーターも初めてのようで握る手が強くなった。二階……三階……と上がり突然景色が開けて階下の様子が丸見えになる。
ガラス張りから景色が見えるような造りのエレベーターだが、広がった景色にネコメは固まっている。
(怖いかな?大丈夫か?)
少し心配したがそうでもないらしい、「わぁ」と小さな声で驚き景色に魅入ってる。山の風景と違う人工物で覆われた景色がネコメを魅入らせてるのだろう。
チンと目的階を告げる音がした。
エレベーターを出てフロアを歩けば見えてきた、恐らくはこの地域に最大の本屋だろう。木の温もりを演出している内装とそれを活かす明るすぎない照明、お洒落な本屋と言った感じで縁もこのタイプは初めてだった。
「おお、本屋らしくない本屋だな……」
「お兄ちゃんも知らない本屋なの?」
「うん、俺の行ってた本屋はもっと店内白く明るくて本が一杯並んでるだけのシンプルな所だったからね」
「じゃあ凄いんだ」
「うん、凄いよ」
月並みな感想だが凄いしか言えない二人で入店する、縁は勉強の問題集をネコメは参考書をとテーマ的には固まってるはずなのだが。
「あ、参考書や資格書はあっちだね」
案内板に従い店内を見ながら歩いていく、ビル内と思えない広さで取扱いも多い。探せば好みの物が見つかるだろう。
参考書コーナーと書かれた案内板の下で本棚にズラリと、平積みでズラリと。結構な数がある、ネットや電子が主流になりつつある現代だがまだまだ紙も頑張ってると思えた。
「高校生範囲ならこの辺りになるね、とりあえず一冊ずつパラパラと中見てこれだ!ってのアタリ付けると良いかな」
「うん、探してみるね」
「じゃあ俺も自分の見て見ようかな……こっちか、困ったら呼んでね」
「わかった、ありがとうお兄ちゃん」
ネコメは気になるタイトルの本をめくり確認し出した、自分も探そう。
紙の本を読み出す、これは想像以上に時間が進む。
「……ハッ、意識持ってかれてた」
我に返った縁は合いそうな問題集を数冊手に取り購入を決めた、別コーナーで参考書を探してるはずのネコメを探す。
(あれ……どこ行ったネコメちゃん)
別れた所にはおらず探してみる、広いとは言え本屋から出る事は無いだろう。
本の島を渡り歩いていく内に見慣れた少女を見つけた。
「……ネコメちゃん、見つかった?」
ビクッ!と跳ねるネコメ、集中していたのだろう。
「ごめん、お兄ちゃん集中しちゃってた」
「良いよ良いよ、欲しいの見つかった?」
「うん、一杯あって迷っちゃうね」
ふと見れば本屋の袋を提げてる。
「あれ?もしかしてもう買ったの?」
「うん!どうしても選びきれなかったから沢山になっちゃった」
ちらっと見えた袋の中はパンパンだ、重なって気づかな買ったが袋は二つ程ある。
「け、結構買ったね……」
「本屋って凄いね、一杯ありすぎるんだもん」
ネコメはご満悦だ、喜べたようで何よりだが……今居るコーナーは旅行書のコーナーだ。
「日本を旅しよう」
そう書かれたタイトルで割と厚めの本を抱えてる。
「参考書は買ったけど、これも買う」
「すっかり本屋にハマったね、ほら袋持つから行っといで」
「ありがとう!」
満面の笑みでレジに向かっていった。しかし受け取った本の重さが尋常じゃない、参考書や問題集のようだが浪人の縁より倍以上量がある。
(なんか……俺も、もっと頑張らないといけないな)
密かに自分を奮い立たせてそっと一冊自分の問題集を足した。
会計を終えて時間を見れば昼を過ぎて十四時前となっていた、本に夢中で時間感覚がおかしくなる。
「ネコメちゃん、下でお昼食べようか」
「え?あそこに行くの?ほんとに!?」
「ああ、遅くなったけどお昼にしよう。さあ行こう行こう」
エレベーターで降りて飲食店エリアを前にする。
「どこが良い?」
店の一覧が並ぶ案内板を見て悩む。
「結構な数あるなぁ、ここでイメージ出来ないなら歩きながら見ても良いよ」
「歩きながら見てみたい」
ネコメの手を繋いでざわざわと活気がある飲食店通りを練り歩く。案内板ではわからない詳細メニューや空き状況を間近にしながら、悩めるのもこういう所の楽しみだ
「……あ」
ネコメが何かに吸い込まれるように手を引いた、店の前にあるショーケースの中で本物に見えるサンプルが並んでいる。
「凄い綺麗……」
綺麗と呟くネコメの目線の先には目を引く黄色に包まれ独特の型を持ち、ブラウンやホワイトにトマトソースで更にビビットカラーとなるオムライスの店だった。
このオムライスの店も高そうな洋食屋とかでなく、全国展開しているいわば大衆的なオムライスチェーン店である。
「ここにする?」
数ある店から今一番ビビッときたのだろう、その感覚はネコメ的に新しい感覚かもしれない。
「……うん!」
決まりだ、早速店に入り案内をされる。席に着いてメニューを見ていく、縁的にはブックタイプのメニュー表が好きなのだが今は大きな店や店舗数がある所はタブレットで注文が普通になっている。
店員とのやり取りが少ないのは機械的で効率は良いが温もりは減ったなと思っている。
とは言え気になるだけで今後スタンダードになる時流だろう、どこかで慣れる。
今は目の前の画面に映るよりどりみどりのオムライスを選ぶのだ。ネコメも選んでいる、それはもう何かを賭けているのかと思うぐらいに眼差しがいつもと違う。
「ネコメちゃんはどれにする?迷うよね」
こくりと頷きタブレットから目を離せないでいる、一台だけなので待つしかないかと壁側を見た時に気が付いた。ブックメニューもあるじゃないか。
「ネコメちゃん、こっちで悩んでみる?」
スッとブックメニューを差し出すとネコメは開いて更に集中し出した。
(思った通り本タイプは没入感があるんだろうな)
タブレットと交換して縁自身のメニューも決めていく。このオムライスチェーン店は利用はあれどヘビーユーザーでは無い、思った以上のメニュー数に目を丸くする。
「へ〜……こりゃ迷うな……」
定番にするかせっかくなら変わり種にするか、特に山の中の幽荘に住んでいる事から来れる機会も多くはあるまい。
「……よし、決めたよお兄ちゃん」
先に決まったのはネコメだった。
「私、このトマトチキンオムライスにする」
ネコメが選んだのは王道中の王道、オムライスと聞けばまず浮かぶ赤と黄色のツートンカラー、中にはチキンライスが詰まるオムライスだ。
「おお、王道か〜じゃあ……俺はこのデミグラスチキンオムライスにしよう」
こちらも洋食屋のオムライスと言えばデミグラスブラウンが掛かるシチュー系オムライス、中身もシチューライスらしい。
タブレットで注文をしてようやく二人は一息を吐いた。
「迷ったね」
「うん、私初めてだから定番って付いてたのにしたの」
ネコメはメニューを見せて指してみせる、確かにメニューブックのチキンオムライスの文字横に「定番!」の一言がある。
「ん?ネコメちゃんオムライス初めて食べるって事?」
「うん、店の前であんなに綺麗なの初めて見た」
ショーケースサンプルに釘付けだったのは珍しい物を見た反応でもあったのか。
「きっと気にいるよ」
「たのしみ」
オムライスが来るまでは、本屋でどんな本を見ていたかや幽荘の温泉がどうなるだろうかの話で盛り上がる。
そうしていれば注文の品が運ばれ、ネコメは全身から感嘆の空気を溢れさせて震えている。
(泣くのは止めてね、俺が吊し上げられちゃうから)
縁はそんな事を思いながらスマホでネコメとオムライスのツーショットを撮った。
シャッター音に気付いてネコメも応戦してくる。お互い撮り終えたら、ついにオムライスを頂く。
見事な半熟玉子のドレススカート状と言うのか、デミグラスソースが螺旋状に広がって見た目が美しい。
対してネコメのトマトソースが掛かるオムライスはオムレツになった玉子が乗っていて、中はきっと半熟にされているだろう。
ふと、縁は思い出して「見ててごらん」とスプーンでオムレツを抑えてナイフで一筋の線を入れてあげた。スッと入った線が左右に広がりチキンライスを覆い隠していく、ネコメの目が見開き驚きを隠しきれていない。
「……っ!……凄い」
しっかり溜めて一言漏らす。
「はいスプーンどうぞ、さあ食べようか」
「うん!」
縁はまず一口、久しぶりに食べたが美味しい。しっかりしたデミグラスソースと中のシチューライス、それらを包む半熟の玉子。たまに食べると嬉しくなる味わいだ。
ネコメも縁の様子を見て一口、すぐに顔付きが緩み聞くまでも無い美味しさを全身で溢れ出させている。
「オムライス気に入った?」
こくこくと頭を上下に振りながらスプーンが止められないようだ。それでもしっかり味わって食べてるのがわかる。
「おいしい……こんな物があったなんて」
オムライス自体作れなくは無いだろうが、幽荘でとなると作ろうとしなければ中々作らないメニューになるだろう。料理をしないネコメにとっては不思議な料理に見えたのかも知れない。
これを機に練習してみても良いかもなと縁は思った。
オムライスを堪能しつつ、せっかく種類違いで頼んだのだからこっちも味わって貰おうと声を掛けてあげる。
「ネコメちゃん、こっちも体験してみる?」
「え!いいの?……ありがとう、あーん」
「んん!?」
声を掛けたは良いがまさかの「あーん」体勢を取られ縁は狼狽える。雛が親鳥に餌をねだるような口を開け軽く前のめりになるネコメ。
可愛げある少女が餌を待っている、なんだかいけない事のような気がする。しかし、この状況長く続いたらヒソヒソと何か言われてしまう。
(ええいままよ!)
サッと一口分を小さな口に入れてあげ、すぐに自分のポジションに戻る。人生でトップクラスの素早い動きをしたかもしれない。
ネコメは味の違うオムライスをこれまた違う刺激として美味しく味わっている。
「……お、美味しかったかな?」
縁は軽く挙動不審さを出してしまいながら平静を保とうとする。
「すっごくおいしい」
「それは良かったです」
流れ的に気付くべきだったのだ、あーんとしてあげたらどうなるのかを。
「お兄ちゃん、はい!あーん」
無垢なネコメがこうする事は想像出来たはずだった、縁は固まる。
「あ、いや、その……」
「?」
もうスプーン一口を掬い手を伸ばしてしまってるネコメを止める事が出来なかった。観念して一口を素早く頂く。
(まさかこの歳でこんな子に外であーんされようとは……)
後悔は無いものの羞恥心が凄まじい。「ウブじゃのー」「可愛いわねぇ」と脳内の狐音、ユウメが畳み掛けてくる。
目の前のネコメはご機嫌のままオムライスを食べ終え余韻に浸っている。
(まあ……喜んでるから良いか)
終わった事だと切り替え赤くなりながら縁も食べ終えた。




