序章
初作品のためお手柔らかにお願いします。
大日本帝国憲法の公布からちょうど一百年となる昨今、明治大帝が欽定されたこの不磨の大典について、改憲の是非が国を挙げて盛んに議論されている。
改憲派は激動する国際社会とアジアの盟主たる帝国の新たな役割に対応すべく、憲法第七十三条に則り、速やかに勅命の発令を今上陛下へ進言すべきであると声高に主張している。
対する護憲派は、そもそも時の政府がみだりに勅命を求めるなど僭越の極みであり、時局の変化にはこれまで通り法解釈の柔軟化や立法措置の範囲内で対処すべきであると激しく反発し、国論は二分されている状態だ。
連日のように新聞や論壇を賑わせる勅命あるいは勅令という言葉。
だが、議論を戦わせる識者たちのどれほどが、この国家の最高権威が放つ言葉が持つ真の恐ろしさと、それが歴史に落とした巨大な暗い影を正確に記憶しているだろうか。
我々は忘却している。
あるいは意図的に目を背けている。
この国の憲法公布から三十年も経たない大正の世において、憲法の根幹を揺るがす恐るべき『緊急勅令』が発せられていたという事実を。
大正七年(一九一八年)。
のちに『大正維新』と呼称される未曾有の社会騒乱とその末に強行された農地改革は、大日本帝国憲法第二十七条が規定する
「日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ」
という神聖不可侵の絶対原則を、いとも容易く蹂躙した。
政府は緊急勅令という超法規的措置を以て、地主階級が数代にわたって築き上げてきた広大な私有地を強制的に買い上げ、数百万の貧民へと分配したのである。
法治国家の根底を覆す、国家権力による合法的な財産強奪劇。
しかしこの劇薬とも言える構造転換こそがその後のアメリカに端を発する大恐慌とそれに付随する昭和不況という未曽有の経済的危機から我が国を救い出したとも言えるのである。
今日、我々が享受しているこの国の類まれなる経済的繁栄と、幾度もの国際的危機を乗り越えてきた強靭なる国家体制は、他でもない憲法を蔑ろにしたこの緊急勅令という原罪の上に成り立っているのだ。
ではなぜ当時の政府は、ロシア革命の波及という国家存亡の危機に直面していたとはいえ、議会を無視し、憲法を踏みにじるに等しいこの劇薬を呑み込まねばならなかったのか。
長らくそれは政府首脳部が主導した国体防衛策であったと説明されてきた。
だが官報や公的な歴史書をいくら紐解いても、そこに真実は存在しない。
緊急勅令が発令されるまでに至った過程で、誰が一体何をしたのかという根源の部分が意図的に削除されているからである。
大正維新という歴史の巨大な転換点の裏には、一人の男が暗躍していた。
僅かに残された資料と証言から、その男は常に洗い晒しの粗末な黒い着物を身にまとい、左目には不吉な野ざらし柄の眼帯、そして胸元には天皇から直々に賜った「功五級金鵄勲章」を無造作にピンで留めた異様な風体であったと語られる。
のちに『大正の怪人』と忌み嫌われ、昭和期を通じてその存在そのものが言論や歴史研究の完全なるタブーとして闇に葬り去られた男。
その名を荒澤玄蔵という。
彼は自らのイデオロギーの頂点に天皇を据えることで国家の治安維持機構を沈黙させ、怒れる貧しい大衆と軍までもを冷徹な算盤の駒として操り、政府首脳部に緊急勅令という劇薬を飲ませた。
我が国の禁忌など知らぬ存ぜぬな国外の研究家たちは言う。
国家の構造的欠陥を修正するためならば、法も権威も思想も、そして己の命すらも使い潰すマキャベリストの完成形であると。
彼が歴史の表舞台から消え去った後、彼の再来を恐れた旧支配層や政府中枢は、その行跡の一切を公の記録から抹消したのである。
だが、平成という新たな時代への一歩を踏み出そうとする今。
我々はこの男の亡霊と正面から向き合わねばならない。
改憲という国家百年の計を論じるのであれば、かつてこの国の憲法が、そして立法府がいかにして蹂躙され、いかにして国家の再設計を強いられたのか。
その暗部を白日の下に晒すことこそが、我々歴史家に課せられた使命であると確信するからだ。
かつて南洲・西郷隆盛は
「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」
と語った。
海外の識者から冷血なる戦略家と評され、国内では国体と財産権を足蹴にした国賊として存在自体を消し去られた荒澤玄蔵。
本書は歴史の闇に消えたこの始末に困る怪人の足跡を徹底的に追跡し、彼が為した大正維新の真の姿を解き明かすためのものである。
彼が真の維新志士を継ぐ者であったのか、あるいは単なる狂信者であったのか。
その判断は本書を紐解く読者諸賢に委ねたい。
一九八九年八月某日
本日中に投稿したかったので間に合ってよかったです。




