17話 マサムネ、HP0
「マサムネ……進退窮まらざるを得んか……」
観客席から眺めるクロが、幼馴染の窮地に震える声で呟く。
あれからマサムネは、対戦相手のNPCと八百長判定に翻弄され続け、ついにはあと一撃でも攻撃されれば敗北までに追い込まれていた。
観客席はやはりクロ1人。他7試合も同時に進行しているために仔細を知る者は1人も集まらない。
またクロは選手でもあるため、感情に任せた抗議は出場停止処分の危険性もある。
「終わりだな、カムイ使い」
「許さない……ズルばっかり」
2度目のテクニカルファウルという事態を恐れ、悪態をつく声も鳴りを潜めている。
内心匙を投げているのもあるだろう。それほどまでに四面楚歌の一言。
試合の結末が見えてきたその時。
「お姉さーーん! まけないでーー!」
観客席から少女の声がマサムネに届く。
はっきりいってマサムネには顔も知らない、これといって特徴もない単なるNPCの少女であった。
それと同時に。
「マサムネさぁん! 絶対勝てるって信じてますから!!」
「ハグたんそなた、ようやく参ったか!」
内気で弱気なハグたんが、応援席の最前列から今日一番の大声を出す。
特にこれが、マサムネの消えてなくなりかけていた闘志に再び火を灯したのだ。
「……へへっ、あっしがしょぼくれている場合じゃないよね」
自分のための声援を受け止めたマサムネは心に誓う。
ハグたんに負けないほどに強く気高くあるべきと。試合そのものを投げ出さないと。
「ほぅ、こいつはドラマチックな展開になったというべきかな」
NPCの男性は、そんなマサムネを嘲笑いながら含み針を口に潜ませ。
「応援の力で逆転なんて絵本の中で十分。この試合じゃあな、強い方が勝つだけなんだよ! オラッ!」
「ぐへええっ!!」
違反を隠そうともしない含み針の一撃が決まり、その瞬間マサムネのHPが0となる。
これが現実。応援の力が何人集まろうとも、努力なくいきなりパワーアップなどするはずがないのだ。
「ブヒャヒャヒャ! 俺の勝ちだカムイ使い! さあ審判、高らかにジャッジをつけな!」
まさしく決着がついた。
彼の言葉通り、駆け寄った審判が試合結果を宣言する。
「ニンハン選手、規定違反により失格! よってマサムネ選手、第二試合に進出決定です!」
「ひゃっはっはっはああああ!? こいつじゃなくて、俺が失格!?」
手のひら返したかのように下された判定。
思わぬ裏切りにより、否、元の鞘に収まった審判により、隠すべきはずの動揺が止まらなくなってゆく男性。それと仮死状態で倒れながらも呆気に取られているマサムネの姿。
「やっぱウチ勝っちった? いやぁ分かればいいんだよ分かれば」
「待て待て待てぃコラ! テメェ頭でもトチ狂ったか!」
審判に対して寛容な対応のマサムネに、違反が納得いかないと殺意を顕にする男性の姿。
実際、殺しが関係する裏事情だ。
「ただ負けたってならまだしも、この俺を失格にさせでもすりゃ、テメェの娘の命がどうなっても……娘? むす……め……」
自分で喋った単語を復唱しつつ、男性にとって不都合な真実を物語る応援席へとぎこちない動きで顔を向ける。
そう、ハグたんと共に応援席へ駆けつけた女の子のNPC、それこそ人質にしていたはずの審判の娘であったのだから。
「お、終わった……」
とうに救出されていたのだ。だから審判は公正にジャッジし、そのNPC男性をおおやけに憎むことが出来る。
ステータスに関わらない単なる応援も、場合によっては陰謀を暴く重要な意味を持つものなのだ。
「……クソッタレが! こんなチンケな催しで捕まってたまるかよ!」
男性は踵を返して全速力で逃走開始。
きっと逮捕状も出ている頃だ。
そんな無意味に近い悪あがき、マサムネの友達が決して逃さない。
「【自爆】っ!!」
「ぎゃあああああああ!!」
「ウチまで巻き込まれえええ、あ、死なないんだった☆」
観客席から飛び降りたハグたんにより、男性NPCはHP0の身動きのとれない状態へと報いを受ける。
これも現実。試合に勝っても力に敗北したといえるだろう。
「犯人確保! さあ来るんだ!」
「ちくしょおおおっ!!」
そしてユロクや衛兵らが会場に押し入って、そのまま男性NPCは共謀共同正犯として御用となった。
「ハグたん君の協力に感謝する」
「ユロクさんも、私のわがままを聞いてくれて、あ、ありがとうございます」
「うむ、諸事が片付き次第、儂もハグたん君の応援に向かうとしよう!」
ユロクとNPC衛兵達からハグたんに礼を申し、彼らは事後処理へと向かっていった。
「なるほどなるへそ、ハグたんのお手柄だったんだね」
名高いクランしか受注できない極秘クエスト『人質救出作戦』。フレンドチャットから呼び出されていたハグたんは救出班の一角としてユロクらに手助けしていたのだ。
ハグたんの爆弾のカムイの爆音により、立てこもり犯の注意を引いたのが決定打だそうだ。
無事救出した少女に対し、マサムネの応援を兼ねて審判の父親に無事を知らせるために応援席に向かわせたのも、ハグたんの粋な計らいだ。
「はぁあ〜ウチもハグたんが活躍するとこ見に行きたかったなぁ」
マサムネはハグたんの髪をもみくちゃに撫でながらはにかんだ。
ところが、段々と笑顔にぎこちなさが入り混じるようになっている。撫でる手の動きもピタリと止まる。
「……やっぱ上手くいかないな。本当はまだ先輩ぶってなきゃいけないんだけども、でも今回は流石にヤバかったからさ」
「マサムネさん、そうだったんですか……」
自分のその低い目線からでは姉貴分のマサムネも、やはりまだまだ子供だと再認識する。
試練を耐え抜いたマサムネに、ハグたんは慰めるための抱擁をする。
「応援に遅れてごめんなさい。2回戦目は絶対応援しますから!」
「ありがとう。なんか今日は、ハグたんがウチのお姉さんみたいになっちゃったね」
2人は強く深く抱きしめ合う。起こり得てしまった苦しく心細い戦いに対し、自分達なりに労うように。
その後ハグたんは、従業員から審判に至るまで盛大なる感謝の意を受けた。
しかしこのトーナメントは善行ではなく実力のみを競う場。それぞれが恩に報いたい気持ちも山々だったが、特別扱いなどとは別の話。
そうしていつしか、通常通りハグたんの第一試合の出番となり、マサムネら2人は観客席へと移る。
「おいおい何だ? 俺の相手がチビのガキかよ! こりゃ1回戦は楽勝だな」
対戦相手はプレイヤーではなく、陽光に反射するスキンヘッドが一際目を引く大男のNPC。
「よ、よろしくお願いします」
侮ってかかる相手であれ、ハグたんは礼儀正しくお辞儀をする。入場直前に大会側からレンタルした木製の槍(攻撃力+10)を横向きに握りしめながら。
持ち込める武器は1つのみ。徒手空拳でもいいが、何かしらあるに越したことはない。本来は選手が試合中武器が破損したといった事故に配慮のため、無償で簡易的な武器のレンタルが可能だったのである。
ハグたんの場合これまで武器無しでも何とかなっていたが、試合で【自爆】を使って相打ちとなれば勝者無しと誰も得しない結果となってしまうので、とりあえずリーチの長い武器を借りたのだ。
「ハグたん勝ち確だよ! だってそいつコテコテのテンプレ噛ませキャラ丸出しだもん!」
「貴様今度こそファウルされても知らんぞ」
その観客席にはマサムネの口を塞ごうとするクロの他にも、人質救出の一助となったハグたんの噂を聞いた観衆がちらほらと集まっていた。
それほどまでに、ハグたんは一躍時の人となっているのだ。
なお審判はマサムネの時とは別の人物へと変更。これからは陰謀などが二度と関与しない、公正なる試合のみが始まるであろう。
「試合開始!」
時を置かずして、試合開始の号が鳴った。
人質救出が間に合わなかった場合、なんやかんや違反者が捕まるイベントが起きて2回戦目進出するので大丈夫。
次回、昼か夕方か




