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シャーペンと消しゴム 7

 それはタダが言ったように私がタダに消しゴムを貸して、それでその次の日に貸した消しゴムと交換で別な消しゴムをタダに渡した話だ。


 タダに最初に貸した消しゴムは、ヒロちゃんが私にくれたものだった。

 私が消しゴムを忘れた時に「2コ持ってっからやる」って言ってくれたもので、私はもう嬉しくて嬉しくて、それはそれは大切に使っていたのだ。

 本当は使わずにずっと持っておきたかった。なんだったら中学、高校まで、そして行くとしたら大学生になっても、もう働くようになってもずっと持っていようってその頃から決めてたし。

 でもだ。ちゃんと使ってるっていうところをヒロちゃんに見て欲しかったのだ。だからヒロちゃんが近くにいる時だけ使っていた。もちろん、『あ、オレのやったの使ってんじゃん』て思って私を意識して欲しかったからだ。いじらしい私だ。そしてもちろんその消しゴムは今でも御守りのようにして家の机の一番上の引き出しに入っている。


 それで普段は私も2つ消しゴムを持っていたのだけれど、ピンポイントでタダに貸さなければいけなくなった日だけ自分の消しゴムを忘れていて…

 だから本当は、タダには貸したくなかったのだ。ものすごく大事な消しゴムだったから。でも当時私が使っていた一番前の席の、そのすぐ隣で先生に教わる事になっていたタダが移動して来てペンケースからシャーペンを出した後、「あれ?消しゴムない…」って聞こえるか聞こえないかの声で言うのが聞こえて、『あ~~消しゴム落としたのか…でも私は今日ヒロちゃんからもらったのしかないから。自分のを持ってきてたら貸してあげたのに』、って思いながらコソコソ帰る用意をしているところへ、その時の担任の高森美々先生から、『大島さん、タダ君に消しゴム貸してあげて?』って言われたのだ。



 タダがその時、『先生、大丈夫です』って言ったのも覚えている。たぶん私が、貸すのを一瞬ためらっていたのが分かったからだと思う。それで私はヒロちゃんからもらった大切な消しゴムを差し出した。せこいと思われたくなかったから。特に転校して来たてのタダに。

 転校して来たてのコミュニケーション能力のないタダは、私とちょっと似てるなとも思っていた。ヒロちゃんがそばにいてくれた事で、私はいろんな子と喋れるようにはなったけれど、それでも自分からはなかなか人の輪に入っていけなかったり消極的なところが似てるなって思ったいた。そんなタダに消しゴムを貸すのをためらうような人間だと思われたらいけない。


 でも次の朝すぐにタダが返しに来てくれなかったので、私はヒロちゃんからもらった大事な消しゴムを失くされたら大変だからとにかく早く返してもらわないといけないけど、今日もまた自分のを忘れて使ってるのかもしれないのに、「昨日貸したの返して」って言いにいくのもかなりせこい気がして、取りあえず自分のを貸してヒロちゃんのを返してもらおうと思ってタダのところへ消しゴムの交換に行った。

 


 結構むかしの事を鮮明に思い出したけれど、全体を通して私がせこい感満載の思い出だった。

 「それで大島が昨日貸した消しゴムとこっちの交換して使ってっていうから」と電話の向こうのタダが言う。「オレがゴメンて返そうとしたらちょうどそこにヒロトが来て」

 そうなのだ、その時他の子とふざけながら近くにいたヒロちゃんが、私が転校生に自分から話しかけるのが珍しいと思ったらしく「どうしたん?」て入ってきて、「あ、それオレが前にやった消しゴムじゃん」みたいな話になったって…

「それが?」と私はタダに聞く。

「あれきっかけでヒロトがオレにちょいちょい話しかけてくれるようになった」

そうなの?

「あれはオレの今までの中で結構デカい」

私の貸した消しゴムが?「でもそんなのなくてもヒロちゃんは結構誰とでもすぐ話すし」

「そうかもだけど、大島が貸してくれたのもすげえ嬉しかった。最初は貸したくなさそうに見えたけど、で、あの時『あ~このヒロトってやつの消しゴムだったんだな』って思って、大島がそのヒロトに話しかけられてる時には嬉しそうにしてんの見て、ああ、そういう事かって思って。次の日別な消しゴム取っかえに来たのはずっとオレにヒロトのやつのを貸しときたくなかったからなんだなって。その大事な消しゴムを貸してくれたんだなって思って」

 

 

 それで!?もしかしてその消しゴムが原因で私を今好きだって言ってんの!?

タダが言った。「オレはその頃実際ヒロトに言われた事ある。オレの事『なんかユズに似てんな』って」

「マジで!?…マジでっ!!」

「声大きい!」

「ごめんごめん。びっくりした…」

なんだろう…嬉しいけど…嬉しいのか?ビミョーな気もするけど…

 その頃タダとヒロちゃんが仲良くなってきて、コイツのせいで私はヒロちゃんと話す機会減ったって思って、私の立ち位置取られたって思ってたのはあながち思い込みでもなかったって事か。


 いやもうこの際だからド恥ずかしいけどちゃんと聞いてみよ!

「…もしかして…それで…私の事を…その…好きとかって言ってくれてんの?」

 やっぱすごい恥ずかしいっ!!

「それでってどの事言ってんの?」と逆に質問される。

「その…消しゴムきっかけでヒロちゃんが話しかけてきてって」

だってタダ、ヒロちゃんの事大好きだもんねぇ。


 「あ~~~…」とビミョーな返事をするタダ。

なに、あ~~て。『うん』て事?

「まあ」とタダが言った。「その一連の流れでずっとだな」

「え?」一連の流れ?一連の流れって何!なんでそんな言葉ここで使う?

 え?って言ったのにタダが何も言わない。これもう1回「え?」って言っていいやつ?

 が、「さっきな」とタダが言う。「大島がオレのシャーペンずっとカバンに入れてるって言った時、なんかすげえムズムズした」

「え!?」なにそれ…「どういう事それ」

「いやいい。言わない」

なんで!

「じゃあ」とタダが言う。「明日またな」

「や、ちょっと待って!ねえ一連の流れって何!」

ハハハ、とタダが笑った。「なんか思うんだけど『おやすみ』って言うの、すげえ恥ずかしいな」

「なんで!?」何言ってんのさっきからコイツ!


 私の『なんで!?』の声が大き過ぎたのか階段の下から母が叫んだ。「あんたちょっと声大きいよ!」

「じゃあ」と耳元のタダがもう一度言う。「また明日な」

 そう言って電話切れたけど。


 トントン、とドアが叩かれた。母だ。「声大きかったよ?誰と話してたの?なんか誰かともめてんの?」

「もめてないよ」

 そうだ、私はタダからラインと電話が来る前はハタナカさんの事を気にしていた。ハタナカさんから怒ったライン来たらどうしようって。ハタナカさんだけじゃなくて他の女子からも来たらって。でも誰からも来ない。今のところ。それが逆にすごく怖い。タダにも聞こうと思ったのだ…ハタナカさんから何か言われた?って。でももう電話切れちゃったし。『明日またな』って言ってくれた後に、ハタナカさんから何か言われた?ってラインするのはすごくダサいよね。



 「誰?」と母が聞く。

「…」

「誰よ?」

言いたくないな。「…タダ」

「タダ君!!」

ほら騒ぐ。「お母さんの方が声大きいって!」

「ちょっと…お父さ~~ん!」

「叫ばないでよ!お父さんには黙ってて!」

「付き合ってんの!?え?夏に海行って、花火大会も行ったよね?」

「行ったけど」…誕生日の事は母には言っていない。「付き合ってはいないよ」

じっと私を見つめる母を見返す私。だって付き合ってないもん。

「どうしたのそれで」と母。「何モメてんの?」

「だからモメてないって」

「好きなの?タダ君の事」

「…」

「好きなの?タダ君の事」

 …もう!やっぱりタダだって教えなかったら良かった!

「別にそういうのじゃ…」

そう言いかけた私を母がちょっと小バカにしたように笑って言った。「『別にそういうのじゃあ~~~』みたいな何?そういう事言ってたらもう。タダ君あんなにカッコいいのに。すんごいモテるでしょ?もう何にもしなくても女の子が寄ってくるでしょ?」

寄って来るよ!「もういいからお母さん。お風呂入るし出てって」

「それで?」とまだ居座る気の母だ。「何の話してたの?あんたがタダ君好きだけど、タダ君モテるから他の女の子と仲良くしててそれでモメて…」

「小学の時の話だよ!」母の勝手な妄想を遮る私だ。

「小学の?それで何でモメるの?」

「だからモメてないってしつこい!」

睨む私をかえって笑う母だ。うざっ!



 もう!と思う。母、首を突っ込み過ぎ。モメる要素なんてなかったよ。だって…

 だってタダは『また明日な』って言ってくれた。すごく優しい声で『また明日な』って。






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