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死兵の開拓民と幸福の天秤  作者: 木田一二三
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とりあえず悪者2

おそらくは日が落ちたのだろう。喉も渇いてきたし腹も減ってきた。それなのに、室内の温度はどんどん下がるので参ってしまう。さすがに俺も涼しい顔しているのがきつくなってきたし、ローラは先ほどから怯えたように俺の顔を覗き込んできて、もう手の届くくらい近くに座っている。こんなに弱気になる女だと以外だった。

なまじ力があるだけに、こういうじわじわと命が削られるような状況に遭遇したことがないのかもしれない。ため息をついたり、体を動かしたりするたびにその音が辺りに響く。静寂は俺たちの動作一つ一つを音に変えていった。


「ねぇ、エリッサが連絡よこすの遅くない?」


ローラが不安の言葉を漏らす。かなりの確率でエリッサの文書はスティールされている。もしかしたら、発信者を偽って何らかの連絡も入れられているかもしれない。しかし、エリッサ自体かなりの力をもった通信術者だ。いずれ、連絡をよこすと信じている。この寒さだ。二、三日もこのまま放置されたらおそらくは死ぬ。


「まぁ、エリッサの事だからな。飯でも食ってその後連絡入れるつもりなんだろう。二人で歩いている時に目撃もされてるしな、まだそこまで大事にはなってないんじゃないか」

「そっか……後であったら怒ってやらないとね」


その寂しげな様子をみて、何とかこいつを助けてやりたいと、心の底から思った。


「ねぇ、寒いからさ、近くいっていい?」


膝を立てて座る彼女は膝に顔を押し当てて、それから横目で俺を見るとそう呟いた。


「なあ、火起せないのか? ほら、お前火の魔術得意じゃん」


どうにか、暖がほしかった。真冬の山岳地帯。しかも、地下となれば相当寒い。


「出せるけど……いまはやめておいたほうがいいと思う。小さな火球でもずっと出すのはしんどいから……いざというとき魔術使えないと脱出できないよ」

「そうだね、じゃあ今は何とか乗り切るか。そのうちチャンスがくる」


しばらく、沈黙。お互いに微妙な距離のままどうするべきかを悩んでいた。


「ねぇ、近くに行っていい?」


それだけ言うと、ローラは少しだけ顔を赤くして俺ににじり寄ってくる。俺の肩に頬をぴったりくっ付けると、俺の肩に冷たい感触が広がる。とりあえず、彼女と話をしながら俺は方法を考えねばならない。静寂の音が加速して、それから冷気が辺りを包む。土の壁から染み出す水は凍りついて茶色の壁を光沢のあるものにしていた。俺に寄りかかっている赤毛の女は口をかたかたと鳴らして、呼吸をするたびに白い息が宙を飛散していた。


「クリスはさ……なんであんな辺鄙な所に飛ばされていたの?」


震えた声で問いかけられる。何か喋っていないと不安で押し殺されそうなのかもしれない。

俺もとにかく寒くて、今は肩に当たる彼女の熱だけが唯一のぬくもりだった。白い息を吐き出しながら俺も喋る。


「簡単な話だよ、命令に逆らって単独行動したらああなった」

「それってどんな」


たまに水滴が落ちる音だけが室内を支配して、あとは俺たちだけの声だけが響く。


「ある街をテロリストが占拠したんだよ。それでさ、俺は中にいる重要人だけを開放する任務を受けてたんだけど……」


そこまで言って冷気が肺に入り咽てしまう。苦しそうに咳をすると、彼女は俺の背中をゆっくりさすってくれた。


「ごめんね、つらかったら話さなくてもいいよ」

「いや、話でもしてないと死にそうだ」


それだけ言って、右手で彼女をゆっくり抱き寄せる。少しだけびっくりしたのか、右手でつかんだ体は少しだけ揺れて、それからすぐに預けるように俺のほうへ寄りかかってきた。

今まで以上に体が密着して、少しだけ温かくなったような気がした。彼女の吐息が聞こえる。彼女が寒さで歯を鳴らす音が聞こえる。彼女の温もりが伝わる。


「それで……その任務で重要人よりパートナーを優先しただけだ。重要人はしばらく、殺されないと思っていたし後で必ず助ける自身があったけど、その時のパートナーは俺のことを信じて自害せずにいたし、遅れれば拷問にかけられる。俺の中でどっちを優先するかは明白だったんだ」


「軍隊にいる以上、命令は絶対だからね。それは飛ばされるかもね。そのパートナーって言うのは……もしかしてさ、エリッサ?」


何かを探るように彼女はエリッサの名前をだす。こういう時はなんと答えればいいのか本当に迷ってしまう。もちろん、俺自体エリッサの事をやましい存在だとは思っていないが、今ここで優先して助けた人物がエリッサだと肯定してしまったら、彼女は傷つく。そんな気がした。


「まぁ、相手が誰かなんてのは些細な問題さ。大事なのは俺が国境に飛ばされちまったって話だ」

「そうだね」


彼女も何かを察してくれたのか、それ以上は聞かないでくれた。俺とローラはお互い見詰め合って、自然に目が合うと、二人で同時に力なく笑う。また会話が途切れて、冷たい沈黙が辺りの空気と混ざり合って消えていく。ともかく、どうにかしなければならない。

このまま二人で死ぬなんて話は今時犬も食わないだろう。それから、彼女が寝てしまわないように話しかける。このまま眠ったら朝になってもおきないんじゃないかという、そんな不安感があったのだ。


「それで、お前はなんでこの部隊に配属されたんだよ? ここにいるのはおそらく問題児ばかりだ」

「……私は要らない子だから軍に売られたんじゃないかな」


力なく彼女が答える。それから彼女は声に寂しさを乗せて話し出す。


「私の実家って治癒魔法の名家でさ、血筋はほとんど治癒魔術の素質があるんだけど、私ってば攻撃魔術でしょ。だから小さな頃から軍の学校に入れられたのよ」


俺は彼女の話を聞きながら相槌を打つと、彼女の体は少しだけ温かくなったような気がした。治癒魔術の名家というのは、大抵人を傷つける事を良しとしない方向がある。何か、宗教的なものも絡んで、攻撃魔術の素質がある人間を悪魔の子なんて呼ぶ所もあるくらいだから、その偏見はかなり根深いのだろう。手元に置かず軍の学校に入れたという事は、事実上勘当に近いのかもしれない。


「私いらない子だったから、軍ではがんばらなきゃと思ってね、一生懸命結果出していたんだけど、治癒魔術の名家としては、それは余り喜ばしくないんだろうね」


だから危険性の高い部隊に回されて、死ぬ事を望まれているのだろう。もしかしたら、この部隊に回されたのは彼女の実家の意向かもしれない。


「だから……もしかしたらここで死んだほうが実家は喜ぶかもしれないね」


有能である事に彼女が拘るのは、無能である事を求められたから故なのだろうか。なんとも、悲しい話ではあるなと思った。頼むから無能でいてくれと言われた人間の気分はどうなのだろう。


「まぁ死なせねぇよ」


そういって彼女を一層強く抱き寄せる。冷たくなった彼女の体温を肌で感じる。彼女の体から石鹸の臭いがして、それから彼女の吐息を感じる。お互いの視線はお互いを外れることなく絡み合っていて、その距離が徐々に近づいていく。吸い込まれるように。惹かれあうように。彼女の唇から出る息が俺の唇にあたりそうなくらい近づいたとき、ローラはそっと目を閉じた。これがばれたら、エリッサは後でどんな顔をするかな。もしかしたら自殺くらいしてしまうかもしれない、そんなことを思って少し苦笑してしまう。アイデアというのは、しばしば予想もしない所からやってくる。一生懸命その事を考えている時には尻尾も出さないくせに、諦めて「どうとでもなれ」と構えていると、いきなり姿を現すのだ。アイデアというのは最高に意地が悪くて、最高にエンターテイナーだ。

目を閉じているローラは、なかなか唇に感触がない事を不思議に思ったのか、やがてその閉じていた目をゆっくりと開く。再び彼女と目が合う。もちろん、彼女とキスをしようとしていた流れは覚えていたのだが、今はただそのアイデアを思いついた事がうれしくて、彼女の肩を両手で押さえると、その距離を少しだけ離した。


「これだ!」

「ど、どれ?」


勢い良く話す俺の言葉に返す彼女は、少し驚いたようながっかりしたような、そんな印象を受ける。だが、今はそんな事はどうでもいい。大事なのはこのクソったれな場所からうまく逃げるという事なのだ。嬉々として、彼女に思い浮かんだアイデアを話してやると、ローラは少しだけ嫌な顔をしたがやがて納得したように首を大きく縦に振った。だめだったら、多少まずい事になるかもしれないが、この際それを考慮したら冷たい牢獄で二人で衰弱死するだけだろう。もちろん、エリッサの事は信じていたが自分でできる事があるならそれを試さない手はないだろう。心配してる事といえば彼女の綺麗な髪の毛が少しばかり汚れてしまうという事だけだ。二人で軽く覚悟を決めると、俺はガンホルダーから銃を取り出して、俺を撃ちぬいた。全ては二人で帰るために。

静寂の中に銃声が響くと、俺とローラは死んだ。頭から生温い血液が顔を伝うのが分かって、それは徐々に地面へと滲んでいく。俺とローラは重なり合うように倒れていて、彼女の周りにも血液が広がっている。ともかく、こうして俺たちは「死んだ」。銃声を聞きつけたのか廊下のほうから一人の中年が歩いてきて俺たち二人を確認すると驚いたように、鉄格子についている扉を開けた。そう、開けてしまったのだ。隣で死んでいる彼女が何かを一言つぶやくと、彼女の手のひらからどす黒い色した炎の槍が出現して、その槍は扉を開けた男へ一直線で駆けていった。深く、それから抉る様に男の胸を貫通する。


「脱獄! 脱獄だ!」


深く胸を抉られた男は搾り出すようにそれだけ言うと、息絶えた。先ほど打ち抜いた右手からはいまだに血が滴り落ちていて、余り時間をかけると、こちらもまずい。考え付いたトリックというのは意外と簡単な物で、これがミステリーな創作物ならだれもが容易に想像できる物だった。しかしながら、そういう簡単なトリックというのは実際にやられると思った以上に解く事が出来ない。謎は単純であればあるほど良いのだ。つまりは、俺は自分の手を打ち抜いて、あふれ出す血液を彼女の額から顔にかけて垂れ流したという事だ。

それから、自分の頭と顔にも擦り付けて、手を額に当ててぐったりとしたのだ。ほら、傍から見ると死んでいるように見えなくもない。たった、それだけの事で脱出不可能な牢の扉は開いたのだ。この牢獄で衰弱死するくらいなら自害を選ぶ。なんとも、理解しやすい理由であろうか。ジャケットのうちポケットから布を取り出すとそれを手のひらに巻きつける。出血が激しいので、余り時間をかけると俺はその場でぶっ倒れるだろう。

「さぁ、早いところ帰りたいもんだな」

「そうね、暖かいシャワーを浴びて暖かいベッドで眠りたいわ」


先ほどの男の声で人が集まる。おそらくここはレジスタンスの本部なのだろうか、河原に落ちている砂利みたいに人が集まる。


「出来るだけ、殺さないようにとか出来る?」


一応聞いてみる。


「がんばるけど、期待しないで」


彼女は真剣な顔をしながらこちらにウィンクすると、短い詠唱をはじめ、両手に火で作る創作物を具現化していく。細い廊下には縦横無尽に火柱が舞い、左手で紋を斬ると無数の炎の矢が人ごみに向かって駆けていった。


「じゃあ、俺はちょっと奥にいる転送魔術の女の子をナンパしてくるよ。一人で大丈夫?」

「当然」


詠唱の切れ目に一言だけ彼女が返してくる。その一言を確認すると、俺は前へと駆け出す。

倒れている人をまたぎながら駆けていくと、六人くらいの男に守られるように囲まれている一人の少女を発見する。銃を取り出し、近づきながら周りの男たちの頭を正確に狙って射撃する。相手も突撃銃を乱射していて、それをかわしながら正確に射撃していく。壁を蹴り上げて大きく宙を舞った状態から着地で一気に状態を低くして動くと相手は俺を捕捉できなくなる。距離を詰めたところで相手の突撃銃を右手で制して、そしてその勢いのまま柄の部分を持ち主の顎に当たるよう押し出してやると、気持ちいいくらいあっけなく崩れ落ちる。スカウトならばだれもが知っている常識だ。少女を守る男達は徐々に床に這い蹲り、先ほど砂利のように集まった人間も今は大地に伏している。俺の左手は巻いた布越し血が止め処なく流れていて、少しずつ夢を見ているようなそんな感覚に陥り始めていた。

とにかく、今残されているのは俺と少女とローラの三人。なんとなく既視感がある。その既視感の中では配役が多少違うものの何か少しだけ懐かしいようなそんな感覚だ。そんな事を言っている場合ではない。彼女の詠唱を止めないと元の木阿弥である。彼女のあごを無理やり押さえつけて口を閉じさせる。


「ローラ、なんか咬ませるもの持ってるか?」


そういうと、ローラは自分のポケットやら何やらをごそごそとまさぐり、やがて一枚の布を俺に渡してきた。彼女の口に布をきつく咬ませて固定すると、少女は何かを観念するように目を伏せた。


「じゃあ出口まで案内してもらおうか、俺も手が痛い」


少女の頭に銃を突きつけて前を歩かせる。おそらく、この基地の中にもまだ人がいるとは思うが戦意を失っているであろう事は明白であった。迷路のような廊下を歩いていくとたまに、銃を構えた男たちがこちらを向き戦意を見せてくる。ローラはそういう人間を確認すると、すぐに詠唱を開始して次の瞬間に、相手は床にはいつくばっているから、本当に敵に回さなくて良かったと思ってしまう。プロと素人というのはここまで違いがあるものなのだ。やがて大きな鉄製の門が見えて、少女がそれをあけると大きな階段になっていて、その先にはうっすらと星が見えていた。地上へと続く道、レジスタンスからの生還である。


「ローラ、俺は転送魔法を使う少女を取り逃がした」

「は?」


ローラは、間抜けな声で返事を返していたし、布をかませられている少女も驚いたように目を見開いていた。


「転送魔法で地下牢に幽閉され、その後自力で脱出、レジスタンスの多くの戦力を壊滅させるも、転送魔法の使い手は自分を含めた多くの人間を転送させ逃亡」


しばらく沈黙があって、俺はいたたまれずに「どう?」と追い討ちをかけるように聞いてみる。ローラは少しだけ笑って「いいんじゃない?」と同意してくれた。


「よし、お嬢さん。俺たちはこれで行くよ。お前の知り合いを沢山殺したからな。恨むといい。戦争が終わったら俺のところへ来い。お前がまだその気なら俺を殺させてやる」


それだけいうと俺は少女に咬ませた布をはずしてやる。少女は詠唱する気もなく、ただ小さく言葉を発した。目から涙を流しながら。


「どうしてこんな事になるの? なにがいけないの?」


声にならない声が響く。その音は薄暗い廊下に反響して冷たい空気を震わせていた。


「私たちは反抗しなければ蹂躙された。反抗したら殺された。いったいどうするのが正解だったの。教えてよ、答えてよ!」


生憎、俺もローラもその答えを持ち合わせていない。そんな答えを持ち合わせている奴はおそらくこんな世界にはいないはずだ。何も答える事無く俺は地上に続く階段を上る。

まるで夜空に向かって進んでいくようで、なにか気持ちの良い、清々しい気持ちになった。

最後に一度だけ振り返る。目に涙を浮かべてこちらを睨みつける少女と疲れたのかやや目線を落とすローラ。


「じゃあ、またな」


冷たい空気の中にその言葉だけが浮遊して、やがて宙に消えて行った。これからいつまでこんな事を続けないといけないだろうか? 夜空に問いかけたが、答えは返してくれない。

転送魔術の少女と出来れば、もう会わない事を祈って発した「またな」という言葉はしっかりと彼女に届いたのだろうか。

とにかく、左手の激痛と血が足りないクラクラした感覚で作戦本部へと戻ってきた。ローラはこちらをしきりに見てきて「大丈夫?」と何度も問いかけてきていて、そのたび「余裕」なんて答えていたがそろそろそれも辛くなってきた。門の前に立つ歩哨たちが俺たちに気が付くと、中では意外と大事になっていたのか、すぐにシュバルツやその他の人間と連絡を取ってくれた。俺とローラはとりあえず、医務室に連れて行かれる。


「クリス、心配したよ! どうしたの? 大丈夫怪我ない?」


一番初めに俺たちの元に来たのがエリッサで医務室に入るなり俺に抱きついてくる。ローラはその光景を冷めた目線で見つめていたが、俺とエリッサの話が落ち着くとゆっくりと口を開いた。


「あのさ、エリッサ。あなたって、その、クリスと付き合っていたりするの?」


本心を悟れないようにしたかったのだろう、その口調はとても冷めていて、昨日の夕飯でも聞くような自然さではあったが、今その話題を出すこと自体が違和感な事にローラは気付いていないのだろうか。エリッサもまた何かを感じたのか、俺を抱きしめる手に少しだけ力を入れて返答する。


「付き合っているって言う訳じゃないんだけどね……なんていうのかな、大事な人って思っているのは真実だよ」

「そう」


二人は妙な静寂を共有していて、その間に挟まれる俺はどうすればいいのか迷ってしまう。

ローラの事は心底愛らしいと思っているし、エリッサは失ってはならないパートナーだ。


「で、でも、いくら大事な人だからってそうやってスキンシップするのはどうかと思う。人前だよ」


なにかを焦るように赤毛の魔術師はそういった。エリッサはその言葉に俺とローラがなにかあったことを悟ったのか、体を離すと俺に向かって「ごめん」と一言つぶやいた。また気まずい沈黙が辺りを包んで、その静寂は扉の開く音で破られる。


「よう、よく無事に帰ってきたな」


シュバルツが入ってきて、その後ろからリースも顔を覗かせる。


「何とかなりましたが、ご報告自体は余りいい結果ではないかもしれません」


俺がそう答えるとリースは苦笑いしながら俺の事を見てきて口パクで「ご愁傷様」と伝えてきたと思う。なんと言っても口パクなので余り自信がないのだが多分そう言った。


「よし、報告しろ」


なにかを喋ろうとしたローラを手で制してから俺は話し始める。ここはうまく話さなければならない。


「本日、作戦本部へ帰還する際、レジスタンス所属と思われる三人組に襲撃されました」


そこまで言って一息つく。シュバルツの顔色は変わらなかったが、エリッサは少し心配するようにこちらを覗きこむ。少し深い呼吸をしてから続きを話す。


「その三名中二名を殲滅後、残り一名が転送魔術を発動、レジスタンス本部の強固な牢に飛ばされ監禁されました。その後、牢を破ってレジスタンス本部の敵は大方殲滅しましたが、途中、転送魔術を使う女が自分を含む戦闘員を転送させて撤退。レジスタンス自体無力化しましたので帰還しました。以上」


妙な沈黙が流れ、その後ローラが付け加えるように話始める。


「今回、私たちは取れる中で最良の手段を選択した自負があります」


この話に転送魔術という言葉が出てこない、ただのレジスタンスの壊滅ならば、もったいないお言葉をいただいた後に褒美の一つでも取らされるところだろうが……。話に転送魔術と言う言葉が出てくるとその状況は一変する。例えば、一撃で街一個壊滅できる兵器の存在とその少女は同列なのだ。首都ドーランドに一気に何千という兵を送られたらどうなるだろう。子供でも想像できる問題だ。そして、兵器はいくらでも作ることが出来るが、転送魔術はこの世界に使える人間が二、三人しかいない。シュバルツは右手を顎に添えるとしばらくなにかを考えるように宙をみた。その、視線になにか言いようのない雰囲気が漂っていて、修羅場を多く潜って来た事を連想させる。


「まぁじゃあ、俺たちが出る前に当初の目的はクリアーしているわけだな。レジスタンスは無力化しているわけだろう」

「ただ、転送魔術師と多くの戦闘員を逃しています」


自分で補足するように言ってしまう。自分が不利になる発言ではあるが、俺はこのシュバルツという男を信用していたので、全てを正直に話しておいたほうが良いように思えた。無論、この報告自体が嘘であることは口が裂けても言えない。


「正直な話、転送魔術師を逃したのは痛いな。まさかダイラオンに使える人間がいるとも思わなかった」


転送魔術とは、失われた魔術。使える人間が余りにも少ないので廃れていったというのが真実なのだが……


「ともかく、大きな問題にはならないだろう。ひとまず良くやったといっておこう」

「でさ、転送魔術で飛ばされるってどんな感じなの?」


扉の近くで暇そうにしていたリースは、嬉々として質問してくる。こいつにとっては転送魔術もどこかのテーマパークのアトラクションの一つに過ぎないのかもしれない。


「ふわふわ宙に浮いた感じになって、気付いたら別の場所だった。あれはなかなか気持ち悪いぞ」

「へー、またどこかの戦場であったら僕もかけてもらおう」


リースと話していると、寂しげな表情でこちらを見ているエリッサに気付いた。


「まぁ、俺はちょっとアダムスミスと話してくるよ。転送魔術師がいるとなればこれからの話は大きく変わるだろうな。みんな、少しばっかり覚悟しておけよ」


医務室の中は、少し焦げたような臭いが漂っていて、その臭いが鼻を突くのと同時に打ち抜いた右手が少しだけうずいた。顔を歪めた俺に気付いたのか、ローラは、怪我した手を本当に柔らかく握って、赤い顔してこちらを見ていた。俺がローラのほうを向くと当然の事ながら目があって、目が合うと彼女は握っていた手を離し、それから目を逸らした。顔は相変わらず赤いまま。なんとも愛しい。そんな様子をエリッサは表情の無い目で見ていて、それから何かを呟いた。その時彼女が何を言っていたのかは分からないが、俺たちの関係が変わる予感がその呟きには混ざっていたのかもしれない。とにかく、今日は疲れた。

今はただ眠りたい。


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