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レギン砦の戦い


勇者――おっさんが到着してしばらく経過したまだ日が高い頃、その者は現れた。

漆黒の鎧を纏った騎士風の風貌。

首のない漆黒の巨大馬に跨り、自身も首から上が欠如している。

柄の長い両手斧を片手に、ゆっくりと歩を進めていた。

その姿を、砦の最上階に集まる勇者と帝国軍将校は視認した。


「数は1万と言ったところでしょうか」

「想定より少ないですね。これで兵力差はほぼないと言えるでしょう。ヨシオ様のおかげです」

「だが、まだやつがいる」


ケイネスの言葉に同意しながらも、反発したのはフェルマーであった。


「やつは強い、単騎でこの砦――いや、国を堕とせるだけの力を持っているだろう」


フェルマーはその整った顔を撫でる。

既にそこに傷跡は残っていないが、フェルマーの脳裏にはその者に斬られた感触が今でも残っていた。


「どうなさいますか勇者様」


不安げに問いかけるアシェリー。


「そうですね――」


答えかけたその声は、異形の騎士によって遮られた。


「ガズラン帝国軍に告げる!拙者は魔王軍八雷神が1人、『鮮血』のディアノックと申す!先の大魔術、誠に見事なり!ついては貴国の大魔術士殿に、一騎打ちを所望する!」


その者のどこから出ているかわからない声が、戦場に響き渡った。


「はーい、わかりましたー」


息を呑んでいた将校達をよそに、間の抜けた声が広がった。

たまらず隣を陣取っていたアシェリーが声を上げる。


「ゆ、勇者様!?お受けになるのですか!?」

「? いけませんか?」

「相手はフェルマー卿すら敗れた武人ですよ!?わざわざ勇者様が出て行く必要なんてありません!」


元来戦闘に於ける魔術士の役割は、遠距離、中距離から攻撃できる砲台である。

いくら強い魔術士でも、刃の届く近距離まで姿を晒すメリットはほぼないと言える。

仮に実力が拮抗した相手であるなら、それは自殺行為と同義であった。


「あちらの狙いはこちらが一騎打ちを断るのを見せ、自軍の士気を上げることでしょう。ですが、その様な口車に乗る必要はございません」


アシェリーの脇についていた少女――キューエルが告げる。

その至極まっとうな意見にその場にいた者は同意の意を示した。


「でももう返事しちゃいましたし、ちょっと行ってきます」

「あの!勇者様!?」


アシェリーの制止を振り切り、見張り台の窓から飛び降りるおっさん。


「何をお考えなのだ勇者殿は」

「っ、仕方ありません。フェルマー卿、私達も下りましょう。もしもの時は私達が――」

「わかっている」


フェルマーも飛ぶ。


「――皆さん、後を頼みます」


アシェリーも続いた。

そして先を歩くおっさんに追いつく。


「勇者様!」

「あ、来たんですね。待っててもらってもよかったのですが」

「そんな、それより何か策があるのですか」

「いえ、特に」

「! 本気で正面から戦うおつもりですか!?」

「いくら勇者殿でもそれは無謀かと」

「まあ、なんとかなりますよ」


2人は困惑した。

およそこれから生死を掛けた戦いに赴く者のそれには見えなかったからだ。

しかし、自分達で奴に勝てない以上、おっさんを頼るほかない。


「……勇者様、失礼かと思いますが、傍で控えさせて頂いてもよろしいでしょうか」

「少し離れていてもらえれば、構いませんよ」

「ありがとうございます」


アシェリーとフェルマーは、互いに顎で頷いた。

やがて、おっさんと漆黒の騎士――ディアノックが対峙する。


「……貴殿があの魔術を?」

「そうです」

「……ふふ、ふはははは!素晴らしい!外見に似合わぬ魔力の奔流!よくぞ人の身でそれほど魔力を手に入れられたものだ!おもしろい!」

「おもしろいですか」

「貴殿、名はなんと申す」

「ヨシオです」

「ふむ、聞かん名だな。だがよい。貴国の歯応えのなさに少々退屈していたところであった。最後に貴殿の様な者と巡り合えたことを感謝せねばなるまい」

「エリン様にですか?」

「馬鹿を申すな、魔王様に決まっておる」


何か言いたげに、おっさんのポケットが震えた。


「ところで、その者達は」


おっさんの脇に控えた2人を指して騎士が述べた。

アシェリーとフェルマーが強張る。


「見学です」

「そうか。よもや、一騎打ちに水をさす訳ではあるまいな」

「大丈夫です。お2人の手は煩わせませんよ」


おっさんの悪意のない挑発が、ディアノックを刺激した。


「……よかろう」


おっさんがにこにこと2人に目配せする。

するとアシェリーは不安げに、フェルマーは不満げにおっさんから距離を取った。

と言っても、2人の実力であればすぐに接近できる間合いだ。


「合図はありますか?」

「よい、貴殿から参られよ」

「ではお言葉に甘えて」


ディアノックに左手の人差し指と中指を向ける。


「……あの、もういいんでしょうか?」

「参られよと申した筈だが?」

「いや、まだ馬上にいらっしゃるので」


その言葉を聞き、ディアノックから魔力が漏れる。

それに呼応する様に、アシェリーとフェルマーは臨戦態勢を取った。


「拙者に下馬しろと申すか」

「ええ。危ないですよ」

「……クク、貴殿は本当におもしろいな。……よかろう」


ディアノックは馬から降り、馬を離れさせた。

そして構える。


「参られよ」


一呼吸置いて、おっさんの指先から放たれた雷撃により火蓋は切られた。

紙一重のところでディアノックが避ける。

避けるのと同時に巨大な斧を払い上げ、辺りは砂塵に包まれた。

が、おっさんは構わず砂塵目掛けて雷撃を放つ。

3発、4発と放ったところで、おっさんは構えを変えた。

右手の甲を相手に向け、目線より高い位置に合わせる。

左手は腰に添えるように握しめた。

構えた直後、砂塵からディアノックが抜け出た。

2人が肉薄する。

大上段の構えから繰り出される――三鎧天の1人を容易く葬った――ディアノックの一撃。

ただの振り下ろしに見えるが、その威力は大地を別つほどであった。

その必殺の一撃が、おっさんの頭上に迫った。

いざと言う時勇者に加勢するべく控えていたアシェリーとフェルマーは、その瞬間を目にするも、あまりの速さにその場から動けずにいた。

ただ脳裏には両断される勇者の光景が浮かんでいた。

その光景が現実になろうかと思われた、瞬間。











「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」











雄叫びを上げ、地に足を擦りながら、ディアノックは後方に吹き飛んだ。

予想外の光景。

アシェリーとフェルマーには、何が起こったのか全く理解できなかった。


ただ『戦っていたのが自分であったら、為す術もなく両断されていた』と言う思いと共に汗が噴き出していた。



何が起こったのか。次回。解説はディアノック。

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