走ったおっさん
敵を吹き飛ばす件が保存ミスで消えていましたので、追記しました。
私はひどく困惑していた。
なぜなら、今抱きかかえている女性が号泣しているからだ。
なんで?
まさか私が抱いているからか?そんなに嫌なのか?
くっ、可能性を否定できないところが寂しい。
いや!よく見たら体中ボロボロではないか!
手足も折れているみたいだし、痛くて泣いているのかもしれない。
きっとそうだろう。そうに違いない。決して私のせいではない。
とりあえず【ヴェノムヒール】を使って治してみる。
みるみる顔の腫れが引いて行くのがわかる。
うわお。泣き顔でぐちゃぐちゃになっていてもわかるほど美人さんだ。おっふ。
さて、これでどうだろうか?
傷が癒えたことに気付いたのか、泣き止んだ――と思ったらまた泣き出した。
やっぱり私か、私のせいなのか、離れればいいのか。
彼女を降ろそうとしてみる、と、治った腕で私の首をロックする。
がっしりと離れない。
えー……なんなのこの人。
美人に抱きつかれて嬉しくない訳ではない。ないが、泣いている女性を前に性欲を露にできる程落ちぶれてはいない。……いないよ?
仕方ない、とりあえず残っている魔族さんを吹き飛ばしてしまおう。
ここに来るまではアシェリーさんを吹き飛ばしてしまうとまずいので、魔族の人達のみを選んでいた。
もう気にする必要はなさそうだし、まとめて吹き飛ばせるので楽だ。
魔力を集中させて、放つ。
【ウィンドレイジ】
使ったのは中級風魔術。
これは任意の場所に風を巻き起こす術だ。
魔術には、供給する魔力量によってその効果を拡大、縮小できる物がある。
この術もその1つで、下はスカートがめくれる程度から上は人を吹き飛ばす程の強さまで調節できる。
その調節が難しくはあるが、強くするだけなら魔力をたくさん供給すればいいのだ。
多めに魔力を流し、前方で呆然としていた魔族さん達を彼方へ吹き飛ばす。
次々と宙を舞う人達。
「ぬおおおおおおおおおおお!!」
うわ、1人だけ変なのがいた。
手足からてかてかした触手の様な物が地面に伸びて、紐で括られた風船の様に引っ掛かっている。
背中からも触手が出ているじゃないか。
「なんですかあれ」
「あ、こいつ不定形族ですよ」
「ショゴス?」
「不定形で体がぐにゃぐにゃなやつらのことです。あれは根を張るみたいに地面に触手を張り巡らせているんでしょうね」
「ぬおおおおおおおお!なんなんだおまえええええええ!おろせええええええ!」
「へー」
「なんかキモいので嫌です」
「な!?」
地面に伸びていた触手を【ウィンドナイフ】で切る。
「お、覚えてろおおおおおおおお!!」
不定形なら死にはしないでしょ。たぶん。
とりあえず危機は去った。
さてと。
「あの、アシェリーさんでいいんですよね?」
「ひぐっ、ふぐうっ、ふあい、ひっ、あぢぇりいでずっぐっ」
なんて?
肯定してくれたのか不安が残る返事だ。
これが実は別人で、本物のアシェリーさんは彼方へ吹っ飛んでいたらウケる。
いや気を付けてはいましたよ?
でも可能性がない訳ではないんですよね。
「ヨシオさん。私に任せて下さい」
胸ポケットから顔を覗かせるエーリンさん。
「ほれほれー。落ち着いてー」
エーリンさんが羽をはためかせる。
「何をしているんですか?」
「妖精香と言って、妖精の匂いには沈静効果があるんですよ」
「へー。エーリンさんのでも?」
「失礼な!ちゃんと効きますよ!見てて下さい!」
ん、確かになんかいい匂いがしてきた。しかし癪な感じだ。
「はぐっ、ひぎっ、ふぐっ……っ……はあっはあっ」
おお。効いているみたいだ。が、やはり癪だ。
ドヤ顔してくるのがまたなんとも言えないのだ。
「あ……あの……」
「落ち着きましたか?」
「は、はい。おかげさまでっ」
「それはよかった」
「はう!」
はう?
「顔が赤いですよ?まだどこか痛みますか?」
「いえ!大丈夫です!なんでもありません!」
「ぷぷ、ヨシオさんも隅に置けないですねー」
何を言っているんだこの豚は。
45年間隅っこ暮らしだぞ私は。
もうこの人は放っておこう。
「あの、アシェリーさん?」
「な、何でしょうか」
「魔族さんもいなくなりましたし、とりあえずお味方のいる所まで戻りましょうか」
「そ、そうですね」
「つきましては、その……腕を離して頂けると」
「え」
彼女も冷静になってきた。
そうなると私も意識せざる終えないし、歩きづらくなるのは必死。
というか離れて貰わなければ、命が危ない。
ほら、もう心臓がドクンドクンとスタンバっている。
「も、申し訳ありません!」
腕を解き、私から離れる。
「あの、助けて頂いて、私……」
顔を赤くして俯いている。
色々整理がついていないのだろう。
彼女を落ち着かせる為、少し順を追って説明することにした。
「えーっと、そうそう。ここに来る前にキューエルさんに会いましたよ」
「! あの子は無事なのですか!?」
「無事ですよ。しきりに貴女のことを心配されていました。彼女に貴女を助けると約束していたのですが、果たせて本当によかった」
「あぁ……」と安堵の溜息をつくアシェリーさん。
本当に彼女の事が心配だったのだろう。
「あの、あの子は今どこに?」
「こちらに来ると言っていましたよ」
「そう……ですか」
少し複雑そうな表情だ。
なんとなくしか事情はわからないが、まあ悪い事にはならないだろう。
「彼女も戻ってくるでしょうし、一旦集まりましょうか」
「……わかりました。では私共の砦に」
先程私が飛び越えて来た建物を指す。
「それじゃあ行きましょう」
「あ、あの!まだどちら様か伺っていないのですが!」
「あ、ああ。そうでしたね」
「私はヨシオ、ただのおっさんです。一応勇者をやっています」
「こっちは妖精族のエーリンさん」と付け加えて答えた。
アシェリーさんは、しばらく目をぱちくりさせていた。
「アシェリーさまあ!」
「キューエル!」
しばらくして、砦にキューエルさん達が戻ってきた。
今は軍の偉い人達が部屋に集まっている。
一応キューエルさん達には、王国に向かってもいいと言ったんですけどね。
「アシェリーさまのばかあ!アシェリーさまがいなくなったら、私が生きてる意味なんてないのに!ばかばかばかあ!!」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいキューエルっ」
「うわあああああん!アシェリーさまああああ!ほんとによかったあああああ!」
んー、涙ぐましいですね。
年のせいか涙腺が。ホロり。
ってうお。
隣で号泣しているおじさんが抱きついてきた。
「ふおお!不肖このゲルト!感激の極み!勇者殿には感謝の言葉もございませぬう!」
「お、お気になさらず」
感動しているのはわかるが、ちょっと苦手なタイプだ。
しかし周りの人達も彼女達を暖かい目で見守っている。
いい人達な空気を感じるなー。
「ゲルト殿、勇者殿が困っておられる。離れられよ」
止めてくれたのは金髪長髪の超イケメン男性、フェルマーさんだ。
「ぬう!?申し訳ございませぬ!不肖このゲルト!なんとお詫び申し上げればよいか」
「だ、大丈夫ですよ。ありがとうございますフェルマーさん」
「礼を言うのはこちらの方です。勇者殿には傷を治して頂いたご恩があるので」
「あの、そんなに気を使われなくても……」
「なにを言いますか、このハルベルト・フェルマー、このご恩は生涯忘れることはないでしょう。いや子々孫々にまで語り継ぐ所存です」
「はあ」
彼はキューエルさん達と一緒にいた人で、重症だったから砦に戻ってきた時に傷を治してあげた。
するとどうだろう、近寄り難い雰囲気だった御仁があら不思議、随分慕われてしまった。
……いい人なんだけどな。視線が熱いんですよ。
「みなさん。感動の再会はそれぐらいにして、一旦状況を整理しましょうか」
パンパンと手を叩いたのはケイネスさん。
軽く挨拶をさせてもらったが、軍師をやっていてけっこう偉い人らしい。
優しそうないい人だ。
いい人ばっかりだなこの国は。
「ではヨシオ様は、王国に私共の使者が来られたことを知り急いで来て下さったと言う訳ですね」
「はい。王国は援軍を送るとのことでしたがどうしても時間が掛かってしまう為、一足先に私だけ向かう許可をもらったんです」
「それはいつの話でしょうか」
「2日前ですね」
「王国から2日でいらっしゃったのですか」
辺りがざわめく。
そう。
結局私は3日はかかると思われていた道のりを2日で来た。
(なんだかんだ、ヨシオさん急いできましたもんね)
(どうせ向かうなら間に合った方がいいですから)
やはり間に合った方がルミさんやサクヤさんに褒めてもらえるだろう。
その為に急いだ来たのだ。
「そして道中にキューエルさん達の一団に遭遇したと」
「あ、その前に近くにいた魔族さんを倒しましたね」
「やはり勇者様が倒してくださったのですね」
「やはり?」
「私が対峙していた魔族が言っていたのです。網を張っている仲間からキューエル達の一団を見つけたと報告があったって。その時はもうだめかと思いましたが」
「ヨシオ殿が来るのが1日遅ければ、と思うと恐ろしいですね」
「勇者様、本当にありがとうございました」
「私、最初は勇者様の魔力が敵のものだと思って怯えてしまいました。ごめんなさい」
「いえいえ、気にしないで下さい」
キューエルさん達の一団を見つけた私は、そこでキューエルさんから簡単に事情を聞き、また走って走ってここまでやって来たのだ。
「王国軍も急いで来ると言っていましたから、あと5日程じゃないでしょうか」
「そうですか。それはありがたいお話しです」
「あの、魔王軍の情報はありますか?」
「ええ。先刻ヨシオ殿が吹き飛ばしたのは先方隊で、数は2万でした。しかしまだ本隊が控えており、その数は3万程です」
まだそんなにいるのか。そりゃ大変だ。
と思う私とは違い、ケイネスさんは随分余裕な顔をしている。
なぜだ?
「勇者殿、1つお聞きしたいのですがよろしいですか?」
集まっていた将校の1人が声を上げた。
なんだろう。
私は「どうぞ」と促す。
「勇者殿が先程見せた風魔術は凄まじいものでした。しかしなぜ敵を吹き飛ばすのみに止めたのでしょうか? 勇者殿であれば他に何か方法があったのでは?」
えー……。
特に考えていないんですが。
邪魔だったから吹き飛ばしたとしか。
まあ確かに魔族さん達は結構頑丈そうだったし、吹き飛ばしただけでは生きている可能性が高い。
無事ではないだろうが、燃やしたり雷を落とした方が確実に殲滅できたかもしれない。
「馬鹿者が」
なんと答えるべきか悩んでいると、ものすごい威圧感が場を包む。
声の主はフェルマーさんだ。
質問した人は唖然としている。
フェルマーさんが続ける。
「勇者殿のお考えがわからぬのか。帝国騎士の恥さらしが」
ちょ、なんなの、急に険悪なムードになったんだけど。
というか私の考えってなんだ。
「落ち着いて下さいフェルマー卿。私から説明します」
「ふん」
アシェリーさんが制止する。
2人は同じ『三鎧天』と言う、王国の『四方聖』の様な役職で、軍の中では最も位が高いらしい。
「勇者様が敵を吹き飛ばすに止めたのはもちろん理由があります。まず吹き飛ばされた敵兵は死なないまでも負傷は免れないでしょう。そうなれば、敵軍は2万近い負傷兵を抱えることになります。それだけの負傷兵を抱え、まともに進軍できると思いますか?」
アシェリーさんが淡々と説明してくれる。
周りの人達は頷く人もいればただ黙って聞いている人もいる。
私は黙って聞いている派だ。
というか、アシェリーさんはいったい誰の思惑を解説しているのか気になって仕方がないのだ。
「そして、驚くべきことですが……敵兵の落下地点は敵本隊のど真ん中だそうです」
また場の空気が変わった。
なんというか、畏怖の念が私に向けられているのがわかる。
ちょっと待ってくれ、それは偶然だ。
私は適当に吹き飛ばしたに過ぎない。
「豚牙族の体重は軽くても60キロ、小型の小邪族でも30キロはあります。それが上空から降ってくるのです。2万の投石となって。その意味がわかりますね」
「つまり勇者殿は先方隊を処理しつつ、本隊にまで大打撃を与えたのだ。わかったか馬鹿者」
だめだ。
特に何も考えてなかったなんて言える空気じゃない。
もし言えば、2人の印象は最悪のものとなるだろう。
すごいドヤ顔してるし。
そしてキューエルさんの尊敬の眼差しったらない。
おい、なに笑ってるんだそこの豚。
「し、失礼しました。浅はかな私をお許し下さい」
質問してきた人が謝ってくる。
別にあなたはなにも間違ってない。
ないんですけど、ごめんなさい、この空気を壊すことは私にはできません。
ここはもうそういうことにしよう。そうしよう。
「あ、あはは、お2人には読まれていましたか」
「いえ、勇者様が実行されたからわかったまでで、私共にそのような発想はございませんでした」
「勇者殿、部下の失礼をお詫びします」
「あと残る問題はあちらの強者ですね」
「そうだな……あちらにはまだ八雷神がいる」
八雷神。
やっぱりここにも来ていたのか。
正直数万の兵を相手にするよりそちらの方が大変だ。
アルマゼルさんと同格の相手なら、勝てる自信はない。
「勇者様は、八雷神についてはご存知ですか?」
「魔王軍の幹部の人達ですよね。王国でその内の1人と戦いました」
「それは!……勝たれたのですか?」
「まあ、なんとか」
周りから感嘆の声が上がる。
アシェリーさんは少し複雑そうだ。
「いま帝国に来ているのは『鮮血』のディアノックという者。その者は三鎧天の1人を屠り、フェルマー卿に深い傷を負わせました。相当な手練です……」
やっぱり強いのか。
しかし、これはいい機会だ。
「その人の相手、私に任せてもらえませんか?」
「勇者様お1人でですか?」
「私に考えがありますので」
「……勇者様のことです。私共では及ばぬ智謀を巡らせておられるのですよね」.
全然そんなことはない。口からでまかせだ。
「わかりました。八雷神は勇者様にお任せします。どうか宜しくお願いします」
ああ……胃が痛いな。
なんか持ち上げられ過ぎて居心地が悪いんですよ。
――早くルミさん達来ないかな……。
次回。おっさんVS八雷神。




