アスタロッテとおっさん
インベントリから左腕を取り出し、傷口にあてがう。
【ヴェノムヒール】
魔術の光が生まれ、消失する。
2度3度、拳を握っては離し、感覚に問題ないことを確かめた。
まだ完全ではないが、シェリルさんのおかげで予定より早く魔力が回復したおかげだ。
「どう?おっさん」
「問題ないみたいです」
よかった~っと息をつくルミさん。
当然かもしれないが、随分気にしていてくれたらしい。
「腕も戻りましたし、女王様とマリアンヌさんの所に行ってきますね」
「あたし達はいいのかな」
「もし必要であれば呼んでもらいますから、とりあえず待ってて下さい」
「わかったよ☆」
「そういえばヨシオ様。エーリンちゃんの姿が見当らないんですけど、何か知りませんか?」
あれ、確かに姿を見てないな。
パーティの時はいた筈だけど、それからは覚えがない。
「私も知りませんね。マリアンヌさんなら何か知っているかもしれませんし、聞いてみます」
「お願いします。あの時から姿を見ていないので少し心配で」
あの時――ルミさんが寝込んだ時か。
まあ彼女なら最悪の事態はありえない訳だけど、敵に捕獲されていたりって可能性はあるのかな?
案外ごはんの食べ過ぎで動けないだけだったりして。ありえる。
エーリンさんのことはどうでもいいが、サクヤさんが心配していると言うなら仕方ない。
「じゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい☆」「いってらっしゃいませ」
騎士の方に案内され、女王様達のいる部屋に通された。
そこには10人程着席できるであろう円卓があり、1人女王様が座っていた。
「お待ちしておりました勇者様」
にっこりと可愛らしい笑顔で声を掛けてくれる女王様。
その横にはマリアンヌさんもいる。
ちょっと顔色が悪い、二日酔いって言うのはどうやら本当らしい。
「ご報告が遅くなり申し訳ありませんでした女王陛下」
「気にされなくても結構ですよ。勇者様も大変でした様で」
「ご厚情痛み入ります」
あれ?なんか違和感があるな。
「どうぞお座り下さい。作法は気になさらず。ここには私とマリアンヌしかいませんので」
「はい、失礼致します」
促されるまま、女王様の対面に座る。
女王様はなにか敷いているのであろう、しっかりと目線が合う。
「あの……」
「はい、なんでしょう?」
やっぱりそうだ。
今の女王様からは威厳と言うか、王様としての風格が薄れている。
凛としてはいるが喋り方、表情は年相応の少女のそれだ。
今までは少し恐いくらいだったのに……なんで?
「その、申し訳ないのですが、いつもの女王様とは違うような……」
「……失礼でしたでしょうか」
顔を伏せ、目に見えて落ち込む女王様。
「いえ!決してそういう訳では!ただあまりにもギャップがあったものですから」
「勇者様、それは――」
手を上げ、マリアンヌさんの口を制した女王様。
少し目配せをして語り出した。
「私は先代の国王――お父様が崩御してからこの国の王になりました。お父様を強く慕ってくれていた臣下達は、こんな年端もいかぬ小娘の私にも忠誠誓ってくれました。しかし、そうでない人達もいました」
寂しそうな表情を浮かべる女王様。
私は黙って聞いた。
「けれどそれはその人達が悪いのではありません。ただ私に皆さんをまとめるだけの力がないからいけないのです。ですから、私は慕ってくれる臣下の為にも、この国の民の為にも、王としてあらねばならないと考えました。その1つとして、王たる威厳を表せるように口調や振る舞い方を変えたのです」
それがあの態度か。
確かに王様らしいと言うか、威厳はあった。
私も感心したものだ。
「ここにいるマリアンヌは私を支える為に四方聖になってくれました。もちろん四方聖になるだけの実力はあります。けれど周りからはまだその実力を認められていません。だからいつも四方聖として相応しい態度を崩そうとしませんでした。……私やシェリルの前以外では」
ふむ。3人は随分仲がいいみたいだ。
女王様が女王様になる前からの付き合いと言うことだろう。
それでその話がどう繋がるのか。
「それで……」
「それで?」
「マリアンヌが話すのです。勇者様はとても強くて、優しくて、かっこいいお方だと。それを聞かされているうちに思ったのです。勇者様なら、本当の私を受け入れて下さるのではないかと」
「」
誰の話をしているんだっけ?
私か?そんな訳ないですよね。
強い←わかる 優しい←まあわかる かっこいい←!?
「勇者様のお話をするマリアンヌがなんだか羨ましくて。是非私もお近づきになりたいのです」
「」
「あの、勇者様?」
は!?
いけない、どうしても『私』と『かっこいい』が結びつかなくてフリーズしていた。
「……お嫌でしたでしょうか」
おおっと。
そんな泣きそうな顔をされては困りまする。
事情もわかったし、何も問題ない。
女王様と仲良くなるのは悪いことでもなかろうし、かっこいいかはこの際置いて乗っておこう。
「全然嫌じゃありませんよ。むしろ私からお願いしたいです」
「本当ですか!?」
見ていてこちらが嬉しくなるような表情を浮かべる女王様。かわいい。
やっぱり子供は笑っていないとね。
「よかったですね陛下」
「マリアンヌのおかげです!ありがとうマリアンヌ!大好きです!」
「大好きだなんてそんな……フヒ」
女王様に抱きつかれてマリアンヌさんがにやついている。
私の視線に気づいて咳払いをするがまだ口元が緩い。
マリアンヌさんも最初は恐かったけど、随分可愛らしくなったものだ。
これが本来の姿なのだろうが、それだけ私が認められたと思うと嬉しくはある。
っと、女王様が私の所まで歩み寄ってきた。
私も席を立って迎える。
「では勇者様!私のことはロッテとお呼び下さい!」
必然的な上目遣いのこの破壊力よ。
アスタロッテだからロッテか、わかりやすくていい。
私は膝を着いて目線を合わせる。
「わかりました。では公の場でない時はそう呼ばせてもらいます。ロッテ様」
「様もいらないのですが……」
「しかしロッテ様も勇者様と」
「あ!そうでした!でも勇者様は勇者様ですから」
「ではお互い様と言うことで」
「……ふふ、そうですね!わかりました!」
とてとてと席に戻るロッテ様。
鼻歌でも聞こえてきそうな背中。
喜んでもらえてよかったよかった。
「オホン、ではさっそく事の顛末について聞かせてください。あのパーティのあと何があったのか」
「はい、これを見て下さい」
懐からハンカチを取り出し、卓の上に置いた。
そしてハンカチを広げる。
「これは……糸?いや、針ですか?」
「その通りです。これが私の連れに刺さっていました」
途切れ途切れでボロボロの針。
そう。これがルミさんを狂わせた魔力の発生源だった。
ルミさんと戦った後に発見した物だ。
「どんな方法かはわかりませんが、この針で彼女を操り私を襲わせたようです」
「マリアンヌ、わかりますか?」
「いえ、存じあげません」
「アルマゼルさんが現れる直後、彼女は首筋に違和感を覚えたと言っていました。恐らくその時に」
「タイミングから考えれば魔族の手の者……でしょうか」
「確証はありませんが、可能性は高いと思います」
「アルマゼルではないのでしょうか?」
「違う……と思います。彼は純粋に私に勝てると思っていましたから。こういう小細工はしないと思うんです。これに宿っていた魔力もアルマゼルさんのそれとは違いました」
「では他にも魔族がいたのでしょうか?」
「わかりません。ただ、問題は相当な手練れだと言うことです。彼女の実力は確かで、その彼女が敵の存在に気付けなかった」
「勇者様の片腕を落としたのであれば、そうなのでしょうね」
ロッテ様は納得したように目を伏せた。
私も懐にハンカチをしまう。
「それで、勇者様はこれからどうなさるおつもりですか?」
予定ではタケルヒコ様との約束を果たす――サクヤさんを『ヤマト』にまで届けること。
その為に港町『ウィンポート』に行って海路を使うつもりだった。
そう言えばタケルヒコ様がラクロア王に話を通しておくって言ってたけど、どうなったのかな。
「予定では『ウィンポート』に行くつもりだったのですが、何かご存知ですか?」
「聞いています。と言うより、あの方から知らせがあったので勇者様を探していました」
「お知り合いだったのですか?」
「王家はあの方に色々とお世話になっていまして。と言ってもわらわはあまり会ったことはないのですが」
そうだったのか。
まあ初代勇者な訳だし、顔は広いのかもしれない。
「船を出す準備はさせています。『ウェンポート』に行けば問題なく『ヤマト』までお送りしますよ」
そう。当初の予定ではその筈だった。
でも今は。
「実は相談がありまして――」
「「『ウィンポート』に行かない!?」」
ルミさんとサクヤさんが驚いた声を上げた。
ロッテ様との話を終え、部屋に戻った私は2人に今後のことを伝えた。
それは、私が『ウィンポート』には行かないと言うことだ。
「どしたの急に?意味がわかんないんだけど?」
「どうしてですかヨシオ様」
当然質問が返ってくる。
「私は用事ができてしまったので、『ウィンポート』にはお2人で向かって欲しいのです」
「用事ってなにさ」
「大事な用事です」
「だから何だって聞いてるの!」
やはり「はいそうですか」とはいかないか。
できれば言いたくないのだが。
「ヨシオ様、話して下さい。でなければ納得できません」
「聞いても納得するかは別だけどね」
仕方ない、なんとか説得しよう。
しかしこれは、アルマゼルさんより骨が折れそうだ……。
アスタロッテ・ローリー・ナイン。9歳。他意はない。




