08.少女に、最愛の人の面影を重ねて。
ゆっくりとした動作で鞘からそれを抜くと、細身の刃は一つのくもりも無く、
天井に吊らされたシャンデリアの光を受けて銀色にきらりと輝いた。
透がそれを見て目を輝かせたのだが、
これがもともとは誰のものだったのかを知っている紫月とアルーははっと息をのみ、俺を凝視した。
手にした刀を振り上げて振り下ろす。空を斬る鋭い音がした。
やはり、軽い。これぐらいだったら幼い透でも無理なく扱えるだろう。
「透」
腕を伸ばして刀の切っ先を透に向け、その目を隻眼テディベアのボスとしての威厳を含み半ば睨むようにして見た。
これで腰が引けてしまうようなやつにはこの刀を渡すことはできない。
「はい、ボス」
「この刀は名をDEATHBREAKER――死を破壊せし者と言う」
「デス、ブレイカー……」
「そうだ。この刀はな」
できるだけあのときの記憶を鮮明に呼び起こすために目を瞑った。
暗い瞼の裏に当時の光景を思い浮かべる。立ち込める硝煙や鼻を突く人の血の匂い。
そこは、確かに戦場だった。
悪事を働く者たちの組織を潰すことは俺達治安維持組織の使命だった。
俺もまた己の命と正義を賭けてその場に立ち、剣を振るっていた。
たった一人、愛していた者に背を預けて。
混じり気の無い黒一色の髪。
ニホン人らしい茶色の切れ長の目。
そのいでたちは例えそこが死と隣り合わせの戦場であっても人の目を惹きつけた。
ああ、今思い出せば似ているな。
「俺の、妻が使っていたものだ」
「ツマ……? 今はもう使ってないの?」
「ああ。あいつは死んだんだ」
紫月とアルーが苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめた。
「しんだ」
「そうだ。当時のボスがやられてな。仇を討つことしか考えず周りが見えていなかった俺を庇って死んでいったんだ」
――危ない!
いつも冷静沈着なあいつにしては珍しいやけに切羽詰まった声音だった。
おかしいとは思ったが別段気にも留めなかった。
すると間もなく細い影が俺の前に躍り出て、そして崩れ落ちた。
やっと状況が飲み込めた俺はこれまた滅多にないことなのだが、激しくうろたえた。
目の前が揺れて揺れて、身体が思うように動かなくなったんだ。
そんな俺を見上げてあいつは途切れ途切れになりつつも最後までずっと呟き続けていた。
おちついて。ボスの仇を討ってもアンタが死んだんじゃ意味ないじゃない。
この期に及んで俺の心配かよ。
当然でしょ、アンタは私がいないとすぐ暴走するんだもの。
うるせえ。
そんなんじゃ次期ボスは務まらないわよ。
もともと俺にはボスの器なんてねえよ。
いいえ、あるわ。
なんでわかる?
わかるに決まってるじゃない。アンタと何年一緒にいると思っているの。何年アンタを愛し続けてきたと思っているの。
俺は笑った。
時々苦しげに顔を歪めるあいつを見て、もう長い間存在を否定し続けてきた神様ってやつに祈ったりもした。
俺にはまだこいつが必要だから奪っていかないでくれって。
でもよ、やっぱり神様なんていないのかもしれないな。
あいつは最後に愛してるわ、とだけ言い残して死んだ。
俺を残して死んだ。
いつかずっと一緒にいるって約束したんだけどな。
動かないあいつの唇にひとつだけ優しいキスを落として、握りしめていた刀を取った。
これは、俺が持っていく。そしてお前ぐらい強くなりそうな戦士に出会ったらそいつに渡すよ。それならいいだろう?
「俺はこいつを渡すならそれは、俺の妻と同じぐらい強くなりそうな戦士と決めていた。透、俺はお前に期待している」
刃を上に向ける形で透に差し出すと透は一瞬だけ逡巡し、それから俺の目を見て静かに頷いた。
「はい、ボス。この刀の名を汚すようなことは一切いたしません」
そう答えた少女の目はやはり、あいつのそれにそっくりだった。
I could see my dearest in the little girl.
少女に、最愛の人の面影を重ねて。