34.失いたくない。
今度の今度こそ、本格的にマジでかなりヤバいと思った。
でもそう思った時点で時すでに遅し、ってわけで。
医療班を呼んでオレの攻撃で脇腹に大きな傷を負った透を医務室へ運ばせたあと、ずっと一人で悶々と考え込んでいたわけだ。
自分でもどうしてあんなことを口走ったのかわからない。
できれば今すぐ時間を巻き戻してすべて訂正してきたい。
そんなことできるわけないけどさ。
――オマエみたいな生きる目的も無く……、自分の命を軽く見ているようなヤツに負けるほどオレは弱くねえよ――だなんて。
荒い溜息が漏れた。
心を落ち着かせて考えてみると、でもやっぱりそれがオレの本心だったのかも知れない。
透は強い。
それは本当に真剣に思う。
けれどもその反面、どこかよわさや脆さを感じる。
ときどき今目を瞑ってしまえば、次に目を開けたときにはもう透が消えてしまうんじゃないか、ふと目を離した瞬間にふらりとどこかへ行ってしまう自由気ままな黒猫のようにいなくなってしまうんじゃないか、と思うことが多々ある。
そんなときに痛感させられるんだ。
ああ、オレ、透と離れることが怖くて仕方がないんだ、って。
だから不安だったのかもしれない。
今のままでは透はやはりいつか消えてしまうような気がするから。
だから、オレは透につよくなってほしかったんだ。
戦いが強い、とかそんなんじゃねぇ。
透という存在が、存在自体が決して消えることのない、太陽ぐらいにつよくなってほしかったんだ。
いつもオレのためなら己の命など惜しまないとでも言うような彼女の生き方を変えてほしかったんだ。
だって、そうだろう。
たとえオレが百年、いや千年生きたとしても透がいなけりゃ意味がねぇ。
痛いぐらいはっきりとそんな思いが、花開いた。
走馬灯のように透と過ごしてきた日々が頭の中を駆け巡った。
どのシーンもやはり、頼りなくて、寂しげで。
オレがずっとそばにいてやるから、だからそんな寂しげな顔するな。
気がつけばオレは、透が運び込まれた病室の前にいた。
さっき入った連絡では、怪我の治療も終わり、状態は落ち着いて眠っているとのことだったから、少し――まあ寝顔を拝む程度で。
横スライド式のドアを音を立てないように慎重に開けた。
その瞬間飛び込んでくる、真っ赤に染まった元白いシーツたちと床。
鼻を刺すような血のにおい。
左肩に刀が刺さった状態で倒れている、透。
なんだ、これは。
足が震えた。
情けないぐらいに震えた。
足だけじゃない、全身がガタガタいっている。
呼吸のリズムがおかしい。
なにもかもがおかしい。
透は一体、どうしてこんな。
「と、透…………?」
真っ直ぐ歩くことさえままならない足で、それでも彼女に歩み寄って名を呼んだ。
ひどく喉が乾いてうまく声が出せない。
唾を飲み下そうとしても、逆に胃から何かが上ってきそうだった。
「透、透、透、透、透、透……!」
なにをするべきなのか、わからない。
オレは一体どうすればいいんだ。
身体の奥底から湧き上がってくるのは虚無感と、自分の無力さへの苛立ち、だけで。
名を連呼することしかできない。
「透、透、透、透、透、透、と……」
身体と髪の一部を自分の血液で真っ赤に染めた透の口が、微かに動いた。
それに続いてオレよりも更にリズムの狂った呼吸の音が響いた。
「透、一体な……」
「ルーナ」
息も切れ切れなくせに、やけにはっきりとした声だった。
「わたし、ね……、いき、る、意味、わから、ないよ……」
彼女の声を聞いてようやく我に返ったオレは、慌ててシーツを掻き集めて、それから慎重にでも出来るだけ時間をかけることなく、透の左肩を刺し貫く刀を抜き、傷口に強くシーツを押しあてた。
透が掠れた呻き声を漏らして、身を捩った。
「わた、し、が、なんのために、……生きているのか、わからないよ……。シヅキ、に、教わ、てない…………、私の、……いのち、の、価値、もわからない…………、なんのために、使えばいいのか、わからない………………」
喋るな、本来はそう言うべきなのだろうけどオレはまるで言葉を知らない赤ん坊のように何も言えず、透の途切れ途切れになりながら紡ぐ言葉に耳を傾けていた。
「ずっと、ね……、シヅキの、ために生きようと、隻眼テディベアのみんなのために、生きよ、うと、…………思ってた。……み、んなが、し……死んだあ、とは、みんなを、殺した……女を、殺すた、めに、生きようと思ってた…………。ルーナに出会ってからは」
血に濡れていない、透の冷たい右腕がオレの頬に触れた。
氷のように冷たいその腕に触発されるように溢れた涙が頬を伝って透の上に落ちた。
「ルー、ナに、…………出会ってからは、ね…………」
この胸を突き刺すような思いを名づけることができたとしたなら、それはきっと。
「…………ルーナのために生きていこうと、思ったの……」
愛情でしかない。
「ルーナのため、なら……死んでもいい、そういうつもりで、生きてい、こうと思ってたの……」
透が息を詰まらせて大きくせき込んだ。
傷口に当てているシーツから血が滴り落ちている。
透の命が、零れていく。
「ねえ、ルーナ。……私、間違ってた……?」
抱きしめて、泣いた。
オレを突きとばすことも抗うこともできないぐらいに弱った透を抱きしめた。
ごめん。
ごめんな。
そんな謝罪の言葉だけが頭を駆け巡った。
オレがわかっていなかっただけだった。
考えなしに捨て身で戦っていたわけじゃない、透には透なりの考え方があって、それに従って精一杯戦っていただけだったんだ。
決して、自分の命を軽くみているわけじゃ、なかったんだ。
「違ぇ、違ぇよ、透……。オマエは間違ってねぇ。間違ってたのはオレのほうだ、透。ごめん……」
弱々しい笑い声が腕の中から聞こえた。
オレは涙を乱暴に拭って、ベッドの上のボタンを押し、ナースコールを飛ばした。
どうしました、という平坦な声に半ば叫ぶようにしてすぐに駆けつけるように言い、すっかり力を失った透の冷たい唇に軽い口づけをした。
数分後、数人の看護士と医師がやってきて透を再度手術室へと運んで行った。
赤い光の灯るランプの下、重い扉の向こうへ消えた透へ誓った。
「オレのいのちは、オマエのために使うよ」
オマエがオレのためにいのちをはるようなことが、なくなったとしても。
I want to never lose you.
きみを失いたくない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。もう少しで完結です。よろしければ最後まで透とルーナの物語を見届けてやってください。
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