21.月は太陽よりも明るく輝く。
目を開けるとすでに日が落ちていた。
随分と長い間眠っていたようだ。
ベッドから降りて、両手を組んで伸びをすると肩がポキポキと音を立てた。時計を見ると、午後十一時。
そろそろ行こう。
ベッド脇に脱ぎ捨てた赤いVネックのセーターと黒のプリーツスカート、同じく黒いジャケットを着て、ブーツを履く。
壁に立てかけておいた二本の刀を背負って宿を出た。
この小さな町では早くも出歩いている人影はなく、特に周囲の目を気にすることなく廃教会のある暗い森へと入っていく。
灯りはないけれど、木々の葉の間から僅かに降り注ぐ月の明かりさえあれば夜目の利く透にとって苦になるものではない。
森へ入って十分弱ほど歩くと、廃教会が見えてきた。
外壁には植物の蔦などが纏わりついていて、ところどころ窓が割れているのが伺える。
割れた窓からは月の明かりより遥かに明るい光が漏れ出ていて、それこそが人間がそこにいるという証拠になっている。
相手に感づかれないように慎重にゆっくり歩いて行く。
建物の壁に張り付いて、割れた窓から聞こえる声に耳を澄ますと、喋り声でおおよその人数がわかった。
中にいるのはたぶん、五人前後。
意外と少ない。
外へ出ている者もいるのだろうか。
まあ、どっちでもいっか。
DEATHBREAKERを抜くと、刀身が月光を浴びて輝いた。
その姿はお楽しみにやっとありつける野良犬のように嬉々としているようにさえ思える。
刀を構えて窓の前に立つ。
突入まであと三秒。
深呼吸をして息を整える。
大丈夫。
音ははっきり聞こえる。
ちゃんと目も見えている。
二秒。
一秒。
刀で窓ガラスを叩き割るのと同時に室内へ飛び込んだ。
なんだ! とかシュッツァーか! という焦った声が飛び交っているのを聞くと、なんだか笑えてくる。
だが、さすが麻薬密売組織。
裏世界に身を沈める者だけある。
突然のことに一瞬たじろいだものの、すぐさま各々の得物を手にし、身構えた。
六人いるうちの、一番がたいの良い男が酒焼けした声を上げた。
「何者だ?」
「なにものでもない」
話している時間はもったいない。
私は、あの女を追わなくちゃいけないのだから。
でもそれならなぜ暗殺の仕事なんて引き受けるんだろう。
ひたすら情報を得るためだけに時間を費やせばいいのに。
なんか、イライラする。
がたいの良い男が発砲した。
静かな室内に大きな音が反響して、耳がキンと痛む。
DEATHBREAKERを水平に構え、駆け出す。
すれ違いざまにとりあえず、銃を持つ手首を斬り落とす。
それから急ブレーキをかけ、完全に止まりもしないうちに方向転換をし、後頭部に刀を突き刺す。
勢いよく引き抜くと、血しぶきがあがる。
ああ、汚いな。せっかく風呂に入ったのに。
倒れ掛かってくる男の身体を左足で蹴り飛ばす。
瞬きをするほどの間に起こったことに、目を奪われている残りの五人めがけて走りだす。
一人を斬り倒したころにやっと、残りの奴らが現実に引き戻されたような表情をしてトップスピードで走る私に向けて銃を乱射するが、当たらない。
それも当然だ。
男たちが放った弾が私の所に到達するときにはすでに数メートル先を走っているのだから。
無駄に撃ちまくったせいで、一人の男が弾切れしたようで、ズボンのポケットを叩いていた。
そのすきに走り寄っていて横の男に足払いをかけつつ、鳩尾に空いている左手を打ち込んだ。
計二人の男が倒れきりもしないうちに刀で素早く二人の胸にバツ印を刻んだ。
残るはあと二人。
時間をかけて立ち上がり、振り返って残りを睨みながら唇を舐めた。
斬り殺した男の血の味が口の中へ広がった。
「バ、バケモノだ……!」
片方の男が銃を放り投げて割れた窓から逃走を図った。
とりあえずそっちは放っておいて、残ったほうの男に刀を向けた。
「えらいね。ひとりでも戦うなんて」
「バ、バカにするな!」
私は笑いをこらえきれずに、小さく噴き出した。
「かた、ふるえてるよ」
「うるさい!」
震える指で引き金を引いたのだろう。
少し動けば簡単に避けられるような位置に弾丸が飛んできた。
一発ぐらい当たってやってもいいかな。
弾丸が左肩を掠めていった。
たぶん、ジャケットのその部分は切れているだろう。
「ジャケット、もったいな……」
自分が避けなかったから悪いんだけどさ。
さて、逃げたほうも追わなくちゃいけないし、そろそろ片付けよう。
走りだしても男は逃げもしなかった。
直立不動でまっすぐ前を見ていた。
最後の瞬間に、教会の罅割れたステンドグラスに描かれた宗教の偉い人に許しを請うつもりなのだろうか。
祈りを捧げる時間は、与えない。
首を斬った。
その男の頭部は面白いぐらいきれいに吹っ飛んで、二、三メートル離れた床に転がった。
残るはあと一人。
そう思って教会を出ようとしたときだった。
「うわああああああああああああああああああああああああああああ」
絶叫が静かな森に響き渡った。
獲物を盗られたんじゃかなわない。
森の中を小走りで進むと、仲間を置いて逃げた男が胸から血を流して倒れていた。森に棲む獣の仕業だともとれるが、傷口が明らかに違った。
刃物で斬られた、切創。
ということは、今ここに自分のほかにもう一人剣士がいるということだ。
刀を握る手に力が籠る。
よく耳を澄ませて。
どんな小さな音でも聞き逃すな。
相手はどこに隠れているのかわからないのだから。
しかし、その人間は隠れることもなく堂々と歩いて現れた。
その姿を目にして、息が止まるかと思った。
いや、一瞬確実に止まっただろう。
見るも美しい金色の瞳。
右目の下にある古傷。
それから、木々の間から微かに零れ落ちる光を浴びて輝く金髪。
シヅキみたいに、悲しげで寂しげで今にも消えそうだけど、それを悟らせまいとして一生懸命明るく輝く月とは違う。
自らが己の力だけで輝き、周りの小さな星たちにまで光を分け与えられるぐらい強い光を放つ、まるで太陽だけどでもそれは月にしか見えない。
そんな男が、立っていた。
金色の一点の曇りもない目が、透を捕らえて離さなかった。
整った顔の、形の良い唇が嬉しくて思わず顔が綻ぶように釣り上がった。
The moon shines brighter than the sun.
月は太陽よりも明るく輝く。




