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12.初出動と、そして。

 私の初任務の内容はこういうものだ。

数日前街中で銃を乱射し、通行人や住民を無差別に十数人射殺する、

という事件が起こったらしく、その犯人を探し、罰するということ。

罰の内容については状況に応じてということだった。




 午前一時。冬という季節柄、黒い防寒コートを羽織っていても寒さが身に沁みるなか、

点々とある街灯だけが頼りの路地裏を小走りで、前を行くシヅキの後に続いた。

背中にはボスにもらった細身の刀、DEATHBREAKERを背負って。

 とあるビルの前でシヅキが突然立ち止まり、振り返って人差し指を立てて唇に当て、

静かにと仕草で伝え、ビルの中へと消えた。

透はその場に立ち止まり、静かに頷いて応えた。




恐らく、このビルの中に先日の事件の犯人はいるのだろう。

そして数秒後か数分後か、決して遠いとは言えない未来にそいつらと戦う。






これが、初めての命を賭けた大博打。






 それから一分も経たないうちにシヅキが戻ってきて、背中から何かを抜く仕草をした。

それが透に対する準備しておいて、の合図だと気づくと、DEATHBREAKERを音を立てずに抜いた。

ちなみにシヅキは剣を腰から下げている。




いよいよなんだ、と思うと少しだけ鼓動が速くなった。

それを落ち着かせるためにほう、と息を吐く。

そしてそれより効果的な落ち着くための処置をとろうとシヅキを見たときだった。

シヅキが透へ手で招いて見せた。

こくん、と頷くとシヅキは真剣な顔つきのままビル内へ走って侵入して行った。

口の中で小さくだいじょうぶ、と呟いてその後を追うと随分とゴミや埃と言った類のものがたまっているせいで

汚らしい階段を三段飛ばしぐらいの勢いで上がっていく後姿が見えた。

遅れないように全力で着いて行く。




途中で何度もシヅキの姿を見失うたびに私の身体のどこかが手伝ってあげようか、と尋ねてくる気がしたけれど、

無視した。

今はぼうっとしてる場合じゃないから。




前を駆けていく足音が急に消えて、一瞬完全な静寂が訪れた。

だけどそれは本当にたった一秒あるか無いかのごく短いもので、

直後には男の人の荒々しい叫び声や銃声で煩くなった。

これは近所迷惑だ。

と場違いなことを考えると同時にシヅキが飛び込んだ部屋の中へ足を踏み入れた。




中肉中背でとくに特徴の無い男が四人銃を構えて立っている。

その足元には既に胸に大きな切創を刻んだ元人間だった、今はただのでかい肉塊が三つ転がっていた。

シヅキの剣が乾ききっていない赤い血で濡れている。




さすがだ。




「今回は随分とカワイイガキが来たもんだ」




 私たちを挑発するためか、スキンヘッドに右目の下に古傷のある男が嘲笑うような表情で言った。




「……そりゃどーも」






 聞いたことのない、冷たい声音だった。

誰の声なのか一瞬分からないほど。

でもそれは確かにシヅキのものだった。

聞き間違えるはずがない。いつも私の名を呼んでくれる声だ。




いつもとは、全く違う温度だけど。

これが、きっとこれが、シヅキの仕事という名の人殺しを行うときの声なんだ。




 スキンヘッドの両脇に石像のように直立不動で立っている四人の男が再び銃を構えた。




「俺たちの仕事はあんたたちに罰を与えることだ。ちなみにその罰が何かはまだ決まってねえ。

今からのあんたたちの行動次第だな」




 シヅキがポケットから煙草を取り出して火をつけた。

もう嗅ぎなれた匂いの煙が鼻を掠めていった。




「大人しく俺に捕まるってんなら、命を取ることは見送ってやる。

けど、もしまだ反抗するんなら俺らはあんたらを容赦なく殺す。

年齢は関係ない。

ここにいる俺らは一流のシュッツァーって考えるんだな。逃げきることは不可能だと思え」




 冷静でどこまでも冷たくて、やけに落ち着いているその言葉使いはむしろ、ボスのものに似ている。




「へっ」




 男が鼻で笑った。




「生憎ガキの遊びに付き合ってる暇はないんでね」




 四人の男の人差し指が銃の引き金へと伸ばされるのが見えた。






「そうか。――透」






 名を呼ばれたときにはもうすでに私は向かって左側の男に向かってDEATHBREAKERを振り下ろしていた。

一瞬のうちに一人仲間を失って動揺したのだろうか。

完全に臨戦体制を崩していた、もう一人の男の首元を刀で掻き切った。

働きが良くなったのか、急に音が聞き取りやすくなった耳で、

背後で二度何かが地に崩れ落ちる鈍くて重い音がし、

それが人の命が途切れたものだと気づくのにそう時間はかからなかった。




「さてと、あとはお前だけのようだが」




 シヅキが鋭い目つきでスキンヘッドを睨んだ途端に、あたりの気温が一気に急降下したような気がした。

階段をものすごい勢いで駆け上がってきたおかげでだいぶ身体が温まっていたのだが、

それすら一気に冷めてぶるっと身震いをした。




そんな視線を向けられたスキンヘッドはこの数メートル離れたこの場所からでもわかるほど震えた足で後ずさり、

腰のホルダーから拳銃を抜いてシヅキに向けた。

無駄な抵抗をするなんて、こいつは一体どれだけ馬鹿なんだろう。






どうせそんなことをしたって死ぬのに。シヅキに勝てるわけないのに。






だけど、スキンヘッドは透が予想したのとは違う行動を取った。

背にしていた窓ガラスにそのまま背中から体当たりして、ガラスを割るとそこから飛び降りた。

 シヅキがすかさず窓へ駆け寄って下を見て、溜息をついた。




「透。追うぞ」




「りょーかい」




 ここ、一体何階だったっけ。

急いで上がってきたから覚えていないや。




シヅキは剣で残ったガラスを叩き割り、穴を広げるとそこから飛び降りた。

私も続いた。想像していたよりももっと高い場所からのダイブだったけれど平気だった。

スキンヘッドが意外なほどの速度で走って逃げていくのが見え、シヅキも駆け出した。

スキンヘッドとシヅキの間にはすでに五十メートルぐらいの距離がある。




シヅキは気づいていないのか無反応だったけど、アイツ、ケイタイデンワを耳に当てながら走ってるよ? 




嫌な予感が過ってそれをシヅキに伝えようとしたが、それより追いかけて息の根を止めてしまったほうが早い。

そう思い、足を動かすことに専念した。

スキンヘッドの持久力はなかなかのもので、

命を賭けた追いかけっこが始まってから十分が経っても三十分が経っても一向にバテて、座りこむ気配は見せなかった。




私はというと、同じく全然辛くない。

というよりむしろ、走れば走るほどもっと速度を上げられるような気さえする。

身体がもっともっと! と叫んでいるのが聞こえる。






だから今はダメなんだってば。






 スキンヘッドが街角を左へ折れて見えなくなる。

シヅキが走る速度を上げて後を追って左へ消えた。

私もその後を追って左へ曲がると、そこは大きな円形の広場になっていて、

その広場の四方から見るからにガラの悪い連中が両手で数えても足りないほど

それぞれ各々の得物を手にして押し寄せてきた。

真ん中にはスキンヘッドが勝ち誇った笑みを浮かべて立っている。




さっきの電話で呼んだのか。

舌打ちしたい気分だ。




 スキンヘッドが自分の腕時計に目をやった。




「もう二時過ぎだ。ガキはもう寝な!」




 スキンヘッドが腕を大きく透とシヅキに向けて振り下ろすと、

湧いて出た虫のようにガラの悪いやつらが波となって押し寄せてきた。

シヅキに視線をやると静かに頷いていた。

言葉にしてもらわなくてもわかってる。




やればいいんでしょ。

どくん、と心臓が高鳴った。

まるで待ってましたと言わんばかりに。

私の見ている世界に赤い線が生まれた。

私はその線に沿って走っていき、線が示した通りに敵の攻撃を交わし、

線が描いた軌道で刀を振ると目の前のゴツい男たちを一瞬でしとめることができた。




その瞬間に得た感覚は、言葉で表すとしたらすっきりした、というのだろう。

ガラの悪いやつらの攻撃を防いで斬る。

それのくり返し。

危ないとか怖いとかは全く感じなかった。

というよりも何も考えなかった。

身体が勝手に動く。

まるで腕や足に糸がついていて、自分じゃない誰かが動かしているようにさえ思える。




だいぶ厚さの減った人でできた壁の向こうで薄い紫色の髪が揺れているのが見えた。

シヅキも戦っている。




いや、戦っているとは言えないのかもしれない。

一方的に、殺している。

ただそれだけ。

彼らとシヅキの間にはそれだけの目に見えるほどの力量の差があったのだ。




 二十分も経てば辺りは再度、完全な沈黙に包まれる。

はあ、と深い溜息を吐くシヅキの淡い紫色の髪が月光を浴びておぼろげに輝いているように見えた。




「さあ、あとはあんただけだ。もう終わろう。そろそろマジで眠いんだ」




仲間の屍で埋め尽くされた広場に立っているスキンヘッドがひっと何とも情けない声を上げた。




「大丈夫。痛くはない」






 そのことばは私を安心させてくれる時と同じ言葉なのに。






「一瞬だから」




 やけに、冷たい。

冷たすぎて凍えてしまいそうなほどだ。




 シヅキが剣を振り下ろした。

スキンヘッドは呻き声を上げることさえなく、地面に倒れた。

もうそれは生命ではない。

ただの、大きな肉の塊。




 シヅキは布巾を取り出して、刃についた血脂を拭った。

それをぼんやり眺めていた私の視線に気づくと、もう一枚汚れていないきれいな布巾を取り出して差し出した。




「拭っとかないとすぐ錆びちまうぞ」




 私は突然糸が切れたように力が抜けて、

自分の意志ではなく重力に引っ張られるようにして頷きながらそれを受け取り、

DEATHBREAKERの刃を拭った。




「んー、さすがに疲れたな」




 シヅキが剣の手入れを終えて煙草を吸い始めた。

不意に聞こえた言葉につられて顔を上げると、そこからもう視線が逸らせなくなった。

完全に月も沈み、あたりを照らしたのは頼りない街灯の明かりのみ。

暗いけれど、でもその表情ははっきり見える。




悲しげで寂しげで。

それを無理矢理心の奥へ押し込めて笑っているその表情が私を惹きつけて離しはしなかった。







この真っ暗な夜の中で私は、今にも消えてしまいそうな儚げな月を見つけた。






「シヅキ、タバコおいしい?」


「ん、まあな」


「ちょうだい」




 その歳に似合わない表情に煙草がよく似合う。




「だーめ」


「なんで」


「これは身体に悪いんだぞ」


「でもシヅキはすってるよ」


「俺は病気になろーがどうなろーがどうでもいいけど、お前が病気になったらヤなの」


「私だってべつにびょうきになってもいいよ」


「だめ。お前が病気になったら俺がヤだ」




 私が見つけた月は、ただただ優しくて穏やかな春に吹くそよ風のように笑うだけだった。












  翌日。

朝と言ってももう昼過ぎに目を覚ますと、やけに腰が重くて気のせいか少し痛む。

とりあえずトイレにでも行こう。

隣で眠っているシヅキを起こさないように慎重にベッドから降りてトイレに入る。






そして、昨晩階段を駆け上がった時ぐらいの速度でトイレから出てきて熟睡中のシヅキを揺り起こした。




「んん、どうした……」




 突然起こされてまだぼうっとしているのだろう、虚ろな目でシヅキが透を見上げた。




「私、びょうきになったよ」


「なっ」




 透の言葉にシヅキが飛び起きた。




「ど、どうしたんだ? 落ち着いて言ってみ」


「トイレいったらパンツにへんなのついてた。シヅキ、私びょうき?」


「わかんねえ。とりあえずボスんとこ行くぞ!」




 そう言うより早くシヅキは片手で細くて軽い透を抱えて、パジャマのまま部屋を飛び出し、

任務の時よりも早いぐらいのスピードでエレベーターなんて目もくれず、

階段を一気に最上階まで駆け上がってボスの部屋の前にたどり着くと、

一秒間に三十打するぐらいの勢いで大きな木製のドアを叩いた。




「……なんだ」




 と呆れた声が返ってくるなり、

失礼しますも何も無しで部屋へ飛び込み「とととととととととと透が病気!」とだけ叫んだ。




「どうしたんだ? 透。自分で説明してくれ」




 ボスは病気になったらしい本人よりも動揺しまくっているシヅキではなく、

透のほうを見て落ち着いた口調で問いかけた。




「朝おきてトイレ行ったらパンツにへんなのついてた」




 それを聞くとボスは困ったような表情をしてから誤魔化すようにこほん、とわざとらしい咳払いをし、

アルーはまあ、と声を漏らした。




「それは、アルーに相談しろ」


「アルーさん、私びょうき?」


「いいえ」アルーさんは口元に手を添えて上品に笑った。

「透の身体が大人に近づいたってことよ。さあ、私と一緒に来て」




 差し出された白くて細い手を握ると、アルーはもう一度笑ってからボスに視線を投げ、

「そろそろ透とシヅキちゃんの部屋を分けたほうが良いかもしれませんね」と言った。




 そして、その日の晩。

私はシヅキの部屋の隣にある空き部屋へ移された。

隻眼テディベアに来てからシヅキと別々の部屋どころか、

違うベッドで眠ることは初めてだったから、なかなか寝付けなかった。

布団に包まってしっかり目を瞑って口の中で何度も何度も繰り返し唱えるように呟いた。






「シヅキ。ボス。アルーさん。シヅキ。ボス。アルーさん。透。シヅキ。ボス。アルーさん。シヅキ。ボス……ボス」






 身体の中の何かがゆっくりと蠢いた。

心地よいとは到底思えない感覚に襲われて、冷や汗が頬を伝って落ちた。

もう一度、確かめるようにゆっくり呟く。ただの勘違いだといいと祈りながら。




「……ボス」




 身体の中の何かが、またも蠢いた。

 
























My first work and then.

初出動と、そして。


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