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悪女は正しい  作者: Dちゃん
第四章「重なるものに、形が見える」

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第52話 悪役令嬢、三週目の月曜日を歩む

月曜日の朝、帝国からの書簡は、なかった。


オットーが、朝の業務一覧を持ってきたとき、その紙の上に、書簡はなかった。


(――土曜日に出しましたのね)


(返信は、また、数日後かもしれませんのね)


(でも――「まだ来ていない」ですのね)


今日の王都の空は、月曜日だった。


(――また、曜日で呼んでいますのね)


(先週の月曜日は「知っている青」でしたのね)


(先々週の月曜日は「気合いの入った青」でしたのね)


(今日は――その二枚が重なった上に、三枚目が重なる日ですのね)


(「気合いの入った青」と「知っている青」が並んで――今日、そこに三枚目が来ますのね)


(二枚重なって「線」になったものが、三枚目を迎えると――どうなりますかしら)


(「線」が、どこかへ伸びていきますかしら)


窓の外の青を、しばらく、見た。


(――「気合いの入った青」の緊張は、ありませんのね)


(「知っている青」の、知ったことへの新鮮さも、今日は違いますのね)


(今日の青は――ただ、そこにある感じがしますのね)


(知っているということも、気づかないほど、当たり前になっていますのね)


(「当たり前の青」ですのね)


(でも――「当たり前」という言葉では、足りない感じがしますのよね)


(もう少し、この青の中にいますのね)


――――――


月曜日は、定例の文官報告が二件と、午後に西区水路の月次巡回があった。


オットーが、朝の業務一覧を差し出した。


「――今日の予定は、以上でございます」


「わかりましたわ」


一件目は、南区診療所の週次確認だった。


「担当医師からの所見:「今週、これまで来ていなかった子どもが新しく来ました。受付で緊張していたのですが、待合室にいた別の子どもが「ここは大丈夫だよ」と声をかけていました。声をかけた子が誰なのか、こちらでは確認できませんでしたが、新しい子は安心した様子で受診しました」」


レオノーラは、その言葉を、しばらく、見た。


(――「ここは大丈夫だよ」という言葉が、ありましたのね)


(来たことのない子どもに、来たことのある子どもが、声をかけましたのね)


(誰が声をかけたか、確認できなかったとありますのね)


(でも――その言葉は、確かに、あったのですのね)


(「来た」「連れた」「教えた」「お使いで来た」「機能した」「自己判断で来た」「動かした」「感謝を届けた」「円を描いた」)


(そして今週――「場所にいた誰かが、新しい誰かに声をかけた」)


(円が閉じた後に、また新しい波紋が生まれましたのね)


(十枚目のページに、なりましたのね)


「――オットー」


「はい」


「――「来たことのある子が、来たことのない子に「ここは大丈夫だよ」と声をかけた」という事実を、十枚目のページに記録してください。誰が声をかけたかは確認できなくとも、「声がかけられた」という事実と、「声をかけた子がいた」という事実は、どちらも残してくださいませのよ。円は終わりではなく、また次の波紋が生まれましたのね」


老執事は、少しだけ、目を細めた。


(――十枚目のページが、加わりますね)


(一人の子どもから始まった記録が、今日は「場所にいる誰か」という、名前のない存在が次の誰かを迎え入れる形になりましたよ)


(場所が、子どもたちの間で受け継がれていく文化を持ち始めていますよ)


二件目は、周縁部第一区の緑地化工事の週次報告だった。


「担当者からの所見:「計画外の草花ですが、今週、新しい葉が一枚増えました。これで四枚になりました。隣の苗も、先週よりわずかに高くなった気がします。二つが「一緒にいる」感じは、今週も続いています。それがだんだん、「当たり前の景色」になってきた気がします」」


レオノーラは、その言葉を、もう一度、読んだ。


(――「当たり前の景色」という言葉が、ありましたのね)


(今朝、窓の外の青に感じたことと、同じ言葉が来ましたのね)


(草花も苗も、「一緒にいる」ことが「当たり前」になりましたのね)


(「向き合う」→「並ぶ」→「一緒にいる」→「当たり前の景色」)


(関係が深まると、気づかないほど自然になりますのね)


(「気がします」という言葉も、今週もありますのね)


「――オットー」


「はい」


「――「草花に四枚目の葉が増えた」という事実と、「二つが一緒にいることが当たり前の景色になってきた」という担当者の言葉を、どちらも記録してください。「当たり前の景色」という言葉も、そのまま残してくださいませのよ。当たり前になることは、深まることの一つの形ですのよ」


オットーは、少しだけ、間を置いた。


(――「当たり前になること」を「深まること」と定義されましたよ)


(以前のお嬢様は、変化のないことに価値を見出さなかった)


(今は――「気づかないほど自然になる」ことが、確かな根づきの証だとご存知です)


――――――


昼過ぎ、マリアが昼食を持ってきた。


「――今日は、どんな空ですか」


「月曜日の空ですのね」レオノーラは言った。「でも――先週の月曜日とも、先々週の月曜日とも、少し違いますのよ」


マリアは、トレイを置きながら、少しだけ、目を細めた。


「――どう違うんですか。先週が「知っている青」でしたよね」


「ええ」レオノーラは言った。「先々週は「気合いの入った青」で、先週は「知っている」感じがありましたのね。今日は――知っているということも、もう、気にならない感じがしますのよ。ただ、そこにある感じですのね」


マリアは、少しだけ、考えた。


「……なんか、それって、毎日使う道具みたいな感じですよね。最初は「これが包丁か」ってドキドキして、次は「あ、これが包丁だ」ってわかって、三回目は――もう手が勝手に動いてる、みたいな」


「「手が勝手に動いている」」レオノーラは言った。「――ええ。意識しないで、そこにいる感じですのね。「気合いを入れた」でもなく、「知っている」でもなく――もう、わたくしとその青が、同じ場所にいる感じがしますのよ」


マリアは、少しだけ、窓の外を見た。


「……今日の空って、なんか、声をかけなくてもいい感じっていうか。黙っていても一緒にいられる感じがしませんか。仲のいい友達と、何もしゃべらなくても居心地いい、あの感じっていうか」


「「黙っていても一緒にいられる」」レオノーラは言った。「――ええ。「気合いの入った青」は、まだ距離がありましたのね。「知っている青」は、距離が縮まりましたのね。今日は――距離を、意識しない感じがしますのよ。「一緒にいる青」とでも言いますかしら」


マリアは、それを聞いて、少しだけ、止まった。


「――「一緒にいる青」って、もうその青がお嬢様のものになっている感じですよね。知っているとかじゃなくて、もうそこにいるのが普通みたいな」


「ええ」レオノーラは言った。「「当たり前の青」と言いかけましたのよ、今朝。でも「当たり前」では、何かが足りない感じがしましたのね。「一緒にいる」の方が、近い気がしますのよ。距離のなさを、「一緒にいる」と呼ぶ方が、ずっと近い感じですのよ」


(――「一緒にいる青」)


(言ってから、少し、止まりましたのね)


(「気合いの入った青」と「知っている青」と「一緒にいる青」が――同じ月曜日の名前として、三枚、並びましたのね)


(一枚目は「出会い」で、二枚目は「再会」で、三枚目は「一緒にいること」ですのね)


(出会って、知って、一緒にいる――それが、三枚重なる形ですのね)


(草花の報告にあった「当たり前の景色」と、今日の「一緒にいる青」が――同じことを、言っていますのね)


「――マリア」レオノーラは言った。「今週も、あなたの言葉から出てきましたのね。「黙っていても一緒にいられる」という言葉から、「一緒にいる青」が生まれましたのよ」


マリアは、少しだけ、にこりとした。


「――三週目にして、またお嬢様に言葉をもらいましたよ。「一緒にいる青」って、なんか、今日の空にすごく合っている感じがします」


(――「合っている感じ」)


(マリアも、今日の空と「一緒にいる」ということを、感じていましたのね)


(言葉が生まれる前に、感じはもうそこにありましたのね)


――――――


午後、西区水路の月次巡回に出た。


西区の水路は、今月も、安定していた。


(――「安定が続いている」ですのね)


(先月も、先々月も、安定していましたのね)


(三ヶ月続いて――「安定していること」が、もはや「当たり前の形」になりましたのね)


担当者が、今月の数値を報告した。


「――今月も、先月と同様の安定した数値です。特筆すべき変化はございません。ただ――三ヶ月連続で同じ数値が続いていることで、担当者の間で「これが基準だ」という感覚が生まれてきたようです。以前は「今月も安定していた」と報告していたのが、今月は「安定している」という、続いていることが前提の言い方になっています」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


(――「続いていることが前提の言い方」ですのね)


(「今月も」から「安定している」へ――言葉の形が変わりましたのね)


(言葉の形が変わるのは、認識が変わったからですのね)


(「安定が続いた」という記録が、「安定であること」という状態になりましたのね)


(記録が積み重なって、新しい「当たり前」が生まれましたのね)


「――担当者」


「はい」


「――今月の数値と共に、「担当者の間で「これが基準だ」という感覚が生まれてきた」という事実も、記録に残してください。数値の安定だけでなく、「安定が当たり前になった」という認識の変化も、記録に値しますのよ。三枚重なって初めて、「流れ」が「根」になりましたのね」


担当者は、静かに、一礼した。


(――「流れが根になる」)


(今日の巡回で、その言葉が出てきましたのね)


(先週の「厚みが流れになる」の次が、今日、見えてきましたのね)


――――――


温室に戻ったのは、夕方近くだった。


二つの芽が、そこにあった。


植木鉢の前に、しゃがんだ。


エーデルローゼの芽は――先週より、わずかに高くなっていた気がした。葉が、三枚のままだった。でも、今日の光を受けて、全体に、そこにいることが当たり前になっているような落ち着きがある気がした。


(――「そこにいることが当たり前の落ち着き」)


(一週目の「落ち着いた深さ」、二週目の「週を持ち越してきた落ち着き」の次の三週目ですのね)


(「深さ」が「持ち越し」になって、「持ち越し」が「当たり前」になりましたのね)


(三週分の積み重ねが、今日、「当たり前」という形になりましたのね)


子爵の庭の薔薇の芽は――葉が、今日は五枚になっていた。


(――葉が増えましたのね)


(四枚のまま、何週も続いていましたのね)


(でも――今日、五枚になりましたのね)


(「変化なし」が続いた後に、来た変化ですのね)


(「一緒にいる」と思っていたところで、また動きましたのね)


懐から紙を取り出した。二十三枚目を開いた。


「――エーデルローゼ。高さ、約三十三ミリ。葉、三枚。そこにいることが当たり前の落ち着きがある気がする。今日の光、一緒にいる青」


書いて、止まった。


「一緒にいる青」


(――光の名前に、なりましたのね)


(「気合いの入った青」「知っている青」に続いて、三枚目の月曜日の名前が、揃いましたのね)


(三枚並んで――月曜日の「感じの流れ」が、線から面へ、面から根へと、形を持ちましたのね)


「――子爵の庭の薔薇。高さ、約十五ミリ。葉、五枚(一枚増加)。変化がないと思っていたところで、今日、動きましたのね。ゆったりとしていて、でも確かに進んでいる気がする。今日も、一緒にいる青」


書き終えて、二十三枚の紙を、ぱらぱらと、めくった。


(――二十種類に、なりましたのね)


(数えるつもりはありませんでしたのに、わかりましたのね)


(三枚目の月曜日に、二十枚目の節目が来ましたのね)


紙を、丁寧に折って、懐にしまった。


――――――


夕方、オットーが書斎に入ってきた。


「――お嬢様。本日の定例業務、以上でございます」


「ええ、ありがとう」


オットーは、少しだけ、間を置いた。


「――本日の記録についてでございますが」


「ええ」


「――診療所の記録に、十枚目のページが加わりました。「来た」「連れてきた」「教えた」「お使いで来た」「来なくても機能した」「自己判断で来た」「渡した言葉が動かした」「感謝を届けた」「円を描いた」に続いて、本日「場所にいた誰かが、新しく来た誰かに声をかけた」という記録でございますね。今回は初めて、記録の中に「名前のない誰か」が現れた記録でございます」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


(――「名前のない誰か」が、現れましたのね)


(これまでの記録は、みんな「あの子ども」というひとりの存在から始まっていましたのね)


(今日は――誰なのかわからない子が、声をかけましたのね)


(場所が、もう「誰か一人の物語」ではなくなりましたのね)


(場所そのものが、「声をかける文化」を持ち始めましたのね)


「――ええ」レオノーラは言った。「十枚重なって――記録の中に「名前のない誰か」が現れましたのよ。一人の子どもの物語が、円を描いて、場所に「文化」を宿しましたのね。「声をかける」という行為が、誰かから誰かへと受け継がれて、場所の一部になりましたのよ。記録に名前がなくても、それは確かにそこにあることですのね」


オットーは、静かに、一礼した。


(――「名前のない誰か」が「確かにいる」)


(お嬢様が、初めて、その言葉を使われましたよ)


(十枚のページが重なって、一人の子どもの存在が、今日「場所の文化」という形になりましたよ)


「――また、温室の二十三枚目には「一緒にいる青」という記録が入っております。「気合いの入った青」「知っている青」に続く、三枚目の月曜日の名前でございますね。光の名前は二十種類になりました」


レオノーラは、それを聞いて、少しだけ、考えた。


(――「気合いの入った青」「知っている青」「一緒にいる青」が、三枚、並びましたのね)


(一枚目は出会い。二枚目は再会。三枚目は――一緒にいること、ですのね)


(三枚重なって、月曜日の青に「流れ」が生まれましたのね)


「――ええ」レオノーラは言った。「三枚重なって――「流れ」が「根」になる感じがしてきますのよ。先週の「厚みが流れになる」の次は、今日「流れが根になる」感じがしましたのね。流れは動いていますのに、根は――そこにあり続けますのよ。動いているものが、深く根づく感じですのね」


老執事は、深く、一礼した。


(――「流れが根になる」)


(先週の「厚みが流れになる」の次の言葉が、今日、出てきましたよ)


(点が線になり、線が面になり、面に厚みが生まれ、厚みが流れになり、流れが根になる――)


(第四章の深まりが、今日、新たな段階へと進みましたよ)


――――――


夜、書簡を書いた。


「アドリアン。今日は三度目の月曜日でした。「気合いの入った青」「知っている青」に続いて、今日の月曜日の光を「一緒にいる青」と名付けましたのね。一枚目は出会い、二枚目は再会、三枚目は一緒にいること、でしたのよ。距離を意識しない感じが、三枚重なって初めて生まれましたのね。光の名前が二十種類になりましたのよ。診療所の記録が十枚目になりました。場所にいた誰かが、新しく来た誰かに「ここは大丈夫だよ」と声をかけたそうです。名前のない誰かが、記録に現れましたのね。場所が「声をかける文化」を持ち始めましたのよ。円は終わりではなく、また次の波紋になりましたのね。計画外の草花に四枚目の葉が増えて、二つが「一緒にいることが当たり前の景色」になったそうです。子爵の庭の薔薇に、今日、五枚目の葉が出ましたのよ。「変化なし」が続いた後に来た変化ですのね。西区水路が三ヶ月続いて、担当者の間で「安定していること」が当たり前の基準になっていました。三枚重なって、「流れが根になる」感じが、今日しましたのよ。返信は、また、数日後かもしれません。同じ時刻で。――好意として」


書き終えて、レオノーラは、その書簡を、しばらく、見た。


(――「今日は三度目の月曜日でした」から、書き始めましたのね)


(「二度目の」から「三度目の」へ――変わりましたのね)


(「二度目の」という言葉には、先週があるという発見がありましたのね)


(「三度目の」という言葉には――先々週と先週が、どちらも当たり前にそこにある感じがしますのね)


(「三度目の」は、驚かない言葉ですのね)


(驚かないことが、当たり前になることですのね)


封をして、オットーに渡した。


「――今夜中に」


「かしこまりました」


オットーは、それを受け取って、少しだけ、間を置いた。


「「三度目の月曜日」という書き出しに、なりましたね」


「――ええ」レオノーラは言った。「「二度目の」という言葉には、先週への気づきがありましたのね。「三度目の」という言葉には――もう、気づかなくなった感じがしますのよ。「当たり前にそこにある」という感じが、言葉の形に出てきましたのね」


オットーは、深く、一礼した。


(――「当たり前にそこにある」)


(「二度目の」が「発見」の言葉だとすれば、「三度目の」は「根づき」の言葉ですよ)


(お嬢様の言葉が、また、一段、深くなりましたよ)


――――――


夜、寝室の文机の上に、冊子があった。


レオノーラは、それを、手に取った。


最初のページから、ゆっくり、読んだ。


「今日は晴れ」から始まって、光の名前が並んでいた。「気合いの入った青」があった。「気合いが馴染んだ光」があった。「流れの中の真ん中」があった。「週末の気配」があった。「週末の入り口」があった。「着いた光」があった。「知っている青」があった。「いてくれる青」があった。「見えている真ん中」があった。「知っている気配」があった。「知っている入り口」があった。「戻ってきた光」があった。


そして、今日――「一緒にいる青」が、加わった。


(――二十種類に、なりましたのね)


(先々週の月曜日から今日の月曜日まで――三週分の月曜日の光が、三枚、重なっていますのね)


(「気合いの入った青」「知っている青」「一緒にいる青」が、月曜日として並んでいますのね)


(三枚並んで、月曜日の「感じの流れ」が、確かな形を持ちましたのね)


患者の書簡が、挟まれていた。十枚のページが、並んでいた。


(――十枚のページが、並んでいますのね)


(一枚目の「来た」から、今日の「名前のない誰かが声をかけた」まで――記録が、場所の物語になりましたのね)


(次のページには――何が来るでしょうかしら)


「エーデルローゼ。高さ、約三十三ミリ。葉、三枚。そこにいることが当たり前の落ち着きがある気がする。今日の光、一緒にいる青」


「子爵の庭の薔薇。高さ、約十五ミリ。葉、五枚(一枚増加)。ゆったりとしていて、でも確かに進んでいる気がする。今日も、一緒にいる青」


(――「そこにいることが当たり前の落ち着き」と「ゆったりとしていて確かに進んでいる」)


(どちらも「気がする」ですのね)


(確認できませんのね。でも――消えませんのよ)


(これが――「信じている」ことですのね)


(そして今日――三枚目の月曜日に、「流れが根になる」感じがしましたのね)


冊子を、静かに、閉じた。


窓の外に、夜の王都があった。今夜は、穏やかだった。


南の診療所は今夜も機能しているはずだった。名前のない誰かが声をかけたように、今夜もそこに「声をかけられる場所」があるはずだった。西区の水路は今夜も通っているはずだった。三ヶ月分の安定が、今夜も静かに続いているはずだった。周縁部の計画外の草花は――四枚の葉で、今夜も隣の苗と「一緒にいる」はずだった。


温室には――二十三枚の記録を持つ、二つの芽があった。一方はそこにいることが当たり前の落ち着きがある気がする。一方は今日、五枚目の葉が増えた。


帝国では――今夜、殿下が、「三度目の月曜日」という言葉を、読んでおられるだろうか。


(――三枚の月曜日が、冊子の中で、並んでいますのね)


(「気合いの入った青」「知っている青」「一緒にいる青」が、一週間ずつを挟んで、三枚、重なっていますのね)


(三枚重なって、月曜日の「感じの流れ」が、根を持った形になりましたのね)


(これが――「流れが根になる」ということかもしれませんのね)


冊子を、文机の上に、戻した。


今日の月曜日を、思った。「三度目の月曜日」という言葉で書簡を書き出した朝。「場所にいた誰かが声をかけた」という十枚目が加わった午前。「一緒にいる青」という光の名前が生まれた昼。「三ヶ月の安定が当たり前の基準になった」という発見のあった午後の巡回。「流れが根になる」という感覚を持った夕方。


(――これが、今日の「あったこと」ですのね)


(三度目の月曜日の、積み重ねですのね)


(明日は火曜日ですのね)


(「気合いが馴染んだ光」「いてくれる青」と来て――三枚目の火曜日は、どう重なりますかしら)


(「いてくれる」の次に来るものが、また、ありますかしら)


(重なって初めて見えるものが、また、ありますかしら)


(――それを、楽しみにしていますのね)


(以前は、なかった感覚ですのよ)


――――――


(第五十二話 了)

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