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第1話:当てのない歩み

その荒涼とした荒野を前にして、父親も娘も、あまりにも唐突な異世界転移のショックで立ち尽くしていた。


(質の悪い冗談だろ……。なんで俺たちがこんな場所にいるんだ?)


いさおは心の中で悪態をついた。目の前の光景は、およそ論理というものが通用しない世界だった。


「お父さん……何が起きているの?」


ゆめが震える声で尋ねた。無理もない。何の前触れもなく、いきなり見知らぬ世界へと飛ばされたのだから。


「分からない。でも……大丈夫だから。少し眠っていなさい」


功はできる限り声を絞り出し、娘を安心させようとした。自分がこの不条理な状況をコントロールしていると信じ込ませるために。ゆめは父親の気遣いを察したのか、背中に顔をうずめて静かに目を閉じた。


娘が落ち着いたのを確認し、功は歩き始めた。鬱蒼とした森が影となって威嚇してくるようだったが、彼はそれを無視した。今の最優先事項はここを抜け出すことだ。それに、ゆめは極端に寒さに弱い。背中から、彼女が激しく震えているのが痛いほど伝わってきた。


歩みを進めながらも、思考は激しく渦巻いていた。


(一体何が起きたんだ? さっきまでは日本の住宅街にいたはずなのに……。あの鈴の音が聞こえた瞬間、ここに現れた。俺はどうすればいい? 本当に何もない場所に飛ばされたとしたら、これは最悪の悪夢だ。どうする、どうするんだ、俺……)


森はどこまでも果てしなく続き、気温は一分ごとに下がっていくようだった。ゆめに「行き止まり」だと感じさせないよう、功は大きな声で話しかけ始めた。今日の仕事の出来事を語り、これっぽっちも疲れていないと、嘘の安心を並べ立てた。


どれほど歩いたろうか、功の足の指先からは完全に感覚が消え去っていた。靴は、積もった雪が溶けた冷水で完全に濡れそぼっている。


二時間近くの過酷な行軍の末、ようやく木々が開けた場所にたどり着いた。しかし、それは安堵の兆しではなかった。目の前に広がっていたのは、完全に白銀に覆われた広大な平原だった。他に選択肢はなく、前へ進むしかなかった。


その時、功は地平線の彼方に何かを見つけた。濃い霧と黒い雲が、猛烈な速さで近づいてきている。


(マズいな……。吹雪が来る。あんなものに直撃されたら、ゆめの体がもたない。避難所か、助けを探さないと。ここが本当に異世界なら、町の一つくらいあってもいいだろ!?)


だが、運命はそこまで甘くはなかった。嵐は容赦なく迫ってくる。必死に周囲を見回した功は、遥か彼方に洞窟のような入り口を見つけ、足早に向かった。ゆめの震えはますます激しくなっている。


洞窟の薄暗がりに足を踏み入れた瞬間、功の身体が凍りついた。目の前に、一匹の狼がいた。


しかし、その獣に敵意はないようだった。ただ地に伏せている。安全のため、功はすぐに引き返そうとしたが、ゆめが小さな異変に気づいた。


「お父さん、見て……。狼さんの足から血が出てる。苦しんでるみたい……。助けてあげて」


功にとって、この状況でリスクを冒すことは容赦できなかった。


「ゆめの気持ちは分かるよ。でも、まずは俺たちの安全が第一だ」


「でも、お父さん……。狼さん、怪我してるんだよ。助けてあげなきゃ。私、我慢できるから。本当だよ」


ゆめはすぐに食い下がった。功は驚いた。この状況で、ゆめがこれほど成熟した、思いやりのある反応を見せるとは思っていなかった。


(よかった……。こんな状況になっても、あの子は他人を思いやる優しい心を持ち続けてくれている)


功は娘の姿勢に心を打たれた。


「分かった……。でも、もし襲ってきたら、迷わずここを出るからな」


功はゆめを背中からそっと降ろし、自分のコートで彼女の身体を包み込んだ。狼に近づくと、それが普通の動物ではないことに気づいた。額には鋭い一本の角があり、毛並みは美しいほどに純白だった。しかし、その右足は血で真っ赤に染まっている。近くで確認すると、深い噛み傷があった。


功はその足を手に取った。驚いたことに、狼は抵抗することなく大人しく診察を受け入れた。ゆめの心配そうな視線を受けながら、功は自分のジャケットの裾を破り、即席の包帯代わりにその足に巻きつけた。手元にあるのはそれだけだった。


「よし……。思ったより大人しい奴だな」


功が声をかけると、狼はただ地面に身を横たえ、小さく息を吐いた。


ゆめを振り返ると、彼女の小さな身体がふらついていた。功は慌てて駆け寄り、冷たい地面に座り込みながら彼女を腕に抱き上げた。間近で見て、パニックが襲う。ゆめの顔は完全に土気色だった。


「大丈夫だよ、お父さん……。私、平気……」


最後まで言葉を紡ぐことなく、ゆめは目を閉じ、意識を失った。


「ゆめ! ゆめ、しっかりしろ! 目を開けてくれ!」


功は娘の身体を優しく揺さぶった。息をしていることは確認できたが、恐怖が彼を支配した。無力感が首を絞める。薬も毛布もない。彼にできるのは、自分の体温を伝えるために、ただ全力で彼女を抱きしめることだけだった。


(ダメだ、ダメだ、ダメだ……。これはマズい。糞、どうすればいい!? 考えろ……。焚き火だ!)


功にはサバイバル技術の知識などほとんどなかったが、まずは薪を集めることだと理解していた。彼は洞窟の一番安全な場所に、コートで包んだゆめを寝かせた。


「少しだけ待っててくれ、ゆめ……。お父さんがなんとかする」


彼は洞窟を飛び出した。幸いにも、まだこの場所には嵐は到達していない。一秒でも無駄にせず、薪になる木や燃えそうなものを探さなければならなかった。遥か彼方に、枯れた木の下に落ちている乾燥した枝を見つけた。功はそれを急いで集め、洞窟へと走って戻った。


中に入ると、予想外の光景が目に飛び込んできた。あの白狼が、ゆめに寄り添うように丸まっていたのだ。娘は獣の温もりの下で、ずいぶん楽そうに見えた。


功はその光景を感慨深く見つめた。


「娘を温めてくれてありがとうな……。お前を悪く思って悪かった。すまない」


狼は片目だけを開け、言葉を理解したかのように、すぐにまた目を閉じた。


薪を手に入れた功は、テレビで見た記憶を頼りに、木の棒同士を必死に擦り合わせ始めた。しかし、火花一つ散らない。不満を募らせた彼は手を止め、雪の中から拾ってきた枝が湿っていることに気づいた。


「クソ、濡れてる……。これじゃ火がつかないわけだ。どのみち、こんな方法じゃ無理だったかもしれないが……。これからどうする?」


挫折感が彼を蝕んでいく中、脳裏に一筋の記憶が閃いた。


(ライター……! ポケットにライターがあるじゃないか!)


功はたまに煙草を吸う習慣があったが、それはゆめには徹底的に隠していたことだった。ズボンのポケットを探ると、指先がプラスチックの感触を捉えた。安堵のため息が漏れた。


「よかった、職場のデスクに置いてこなくて……」


火種はあったが、枝はまだ湿っていて直接は燃えない。功は素早い決断で、自分の着ていたインナーのシャツを脱いで燃料にすることにした。地面の石を並べ、その下に服を敷き、上に枝を重ねた。ライターに火を灯す。極限の寒さのせいで何度か不発に終わったが、数回の試みの後、ついに布に火がついた。すぐに、暖かい炎の輝きが洞窟の壁を包み込んだ。


時間を無駄にすることなく、功はゆめを抱き上げ、炎のすぐそばに身を寄せた。狼も近づいてきて、功の隣に横たわった。


ゆめの体温が戻っていくのを感じて、功の胸の重荷がようやく下りた。しかし、すぐに疑問が頭をもたげた。


(よし……。一つ心配事が減った。でも、明日はどうする? こんな場所でどうやって生き延びればいいんだ? もしこれがよくある小説のような世界なら、俺たちを召喚した王様や神様の前に現れるべきじゃないのか? これは完全に、運命の悪質な嫌がらせだ)


悪夢のような一日の心身の疲労に耐えかね、功は眠気に抗えなくなった。焚き火の前で、娘を強く抱きしめながら、彼は深い眠りに落ちた。


目が覚めた時、夜は完全に更けていた。洞窟の入り口から外を覗くと、猛烈な吹雪が吹き荒れていたが、幸いにも洞窟の中の火は勢いよく燃え続けていた。


ゆめを見た。娘は穏やかに眠っており、その顔はもう青白くはなく、元の血色を取り戻していた。功は安堵の息を漏らした。


「よかった……。体温が戻ったんだな」


隣を見ると、角のある狼がまだそこにいた。彼らに懐いているようだった。功は、外の嵐では動くことは不可能だと悟った。明日の朝まで待つのが一番安全だろう。その時、彼の腹が鳴った。空腹だった。仕事帰りにポケットに入れていた、小さなプロテインバーのことを思い出した。ちっぽけなものだったが、彼はそれを二つに割った。


ゆめを優しく起こした。目を覚ました娘は、戸惑ったように周囲を見回し、何が起きているのか尋ねた。功は彼女を落ち着かせるように微笑み、バーの半分を差し出した。ゆめは彼の隣に座り、静かに食べ始めた。功も自分の分を口に運ぼうとしたが、強い視線を感じた。


狼が、物欲しそうな目でじっと彼を見つめていた。


「お前も欲しいのか? うーん……。ほら、食え」


功が動物にその破片を差し出すと、それは一口で丸呑みにされた。その光景を見たゆめは、心配そうに父親を見つめた。


「お父さん……。ご飯食べなくて大丈夫なの?」


ゆめの健気な姿に、功は愛おしそうに彼女の髪を撫でた。


「ああ、大丈夫だよ。これが起きる前に、会社でたくさん食べたからね、本当だよ。俺はかなり我慢強いんだ」


ゆめは、父親が自分を心配させまいと嘘をついていることをよく分かっていた。しかし、こんな恐ろしい状況でも、父親がいつも通り優しく頼もしいことに、深い安堵と温かさを感じていた。


まだ疲れが残っていた功は、もう少し休むことを提案した。ゆめはそれを受け入れ、功の肩に頭を預け、狼は娘の反対側に丸まった。功は目を閉じ、明日の夜明けに何が待ち受けているのかを考えた。


翌朝、焚き火は完全に消え、再び骨の髄まで凍みるような寒さが戻ってきた。温度の低下でゆめが再び青白くなっているのに気づき、功はパニックになって火をつけ直そうとした。しかし、燃料にした服はもうただの役に立たない灰の山だった。一瞬、残りの衣服を燃やすことも考えたが、それは自殺行為だと踏みとどまった。


突如、洞窟の地面が激しく揺れた。何か巨大なものが、一歩一歩近づいてきているかのようだった。


狼が跳ね起き、歯を剥き出しにして獰猛に唸り声を上げた。明らかに動揺している。差し迫る危険を察知し、功は寒さで朦朧としているゆめを腕に抱き上げた。


急いで洞窟の外に出た瞬間、彼の血の気が引いた。目の前に立ちはだかっていたのは、巨大な熊だった。狼と同じように額に角を持っていたが、こちらの角は遥かに大きく、鋭かった。人間を見つけるや否や、その野獣は空気を震わせるほどの咆哮を上げ、彼らに向かって真っ直ぐに跳びかかってきた。


白狼は、怪我のせいで四本の足で立っているのがやっとの状態だったが、猛烈にその熊に向かって吠え立て、間に割って入った。その怪物が放つ純粋な恐怖を感じ、功は戦うチャンスなど微塵もないことを悟った。彼は反転し、全力で走り出した。熊は獲物が逃げるのを見て、行く手の木々をなぎ倒し、破壊しながら激しく追ってきた。


ゆめを抱きかかえて必死に走る中、功の脳裏はアドレナリンの渦だった。


(なんでだ? なんでこんなことが起きるんだ!? あんな化け物に、娘の指一本触れさせるわけにはいかないんだ!)


彼の隣では、白狼が怪我をした足を明らかに引きずりながら、遅れまいと必死に走っていた。


チラリと後ろを振り返った功は、一瞬、木々の間に奴を見失ったかと思った。しかし、空気が激しく鳴り響いた。何もないところから、剃刀のように鋭い二つの風の刃が放たれ、木々の幹を紙のように切り裂いた。功は辛うじて身を屈め、危機一髪でそれをかわした。


「クソッ!」と叫び、彼はペースを上げた。


だが、地形は険しかった。速度と視界を遮る雪のせいで、功は小道の終わりを視認できず、崖から逆さまに転落した。


落下する最中、彼の唯一にして絶対のインスティンクトは、ゆめを胸に抱きしめることだった。空中で身体を回転させ、自分の身体を衝撃のクッションにするために。彼らは深い雪の層の上に落ち、それが衝撃を和らげてくれたが、それでも功の背中には引き裂かれるような激痛が走った。ゆめはその隣に倒れていた。


「よかっ……た……。少なくとも……お前には怪我は……ないな……」


功は息を切らしながら、辛うじてそう言葉を絞り出した。


気力を振り絞り、功はどうにか膝立ちになった。ゆめに向かって這い寄ると、白狼も近くに落ちていることに気づいた。動物は落下の衝撃で、瀕死の状態で弱々しく呻いていた。


地を揺るがす咆哮が、静寂を破った。恐怖に震えながら見上げると、熊が崖の縁から覗き込んでいた。獲物がまだ生きているのを見ると、その獣は迷うことなく、崖の底に向かって大きく跳躍した。


迫り来る怪物の巨大なシルエットを見上げて、功は自分の死の時が来たことを冷徹に確信した。熊は地響きを立てて着地し、その野生の目を彼らに定めた。太い唇の端からは、彼らを貪り食おうと飢えた、粘り気のある涎が垂れていた。怪物は二本の拠り足で立ち上がり、一歩一歩、距離を縮め始めた。


しかし、その絶望の極みの瞬間、後ろから女性の声が響いた。


「ちょっと、何よあの不快な生き物は?」


功は最後の力を振り絞って首を巡らせた。彼らの後ろに、二人の少女が現れていた。一人は長い杖を持ち、その顔に影を落とす尖った帽子をかぶっていた。もう一人は明らかに背が高く逞しく、騎士としての役割を物語る輝く鎧を身にまとっていた。杖を持った少女は、明らかな苛立ちの目で怪物を見ていた。


一秒も無駄にすることなく、尖った帽子の少女は杖を熊に向け、功には理解できない言語の呪文を唱えた。


男の驚愕の目の前で、空気が歪み、何もないところから巨大な火炎球が出現した。魔法の弾丸は猛烈な速度で放たれ、熊に正面から直撃した。炎は一瞬にして怪物の身体を焼き尽くし、その圧倒的な巨体は最後に一度だけ悲鳴を上げ、完全に炭化して地に崩れ落ちた。


戦闘が終わると、二人の少女は功の存在に気づいた。


「……助け……て……」


それが、男が口にできた唯一の言葉だった。


落下の衝撃で頭に負った深い傷のせいで、額から生暖かい血の線が流れ落ちていた。アドレナリンのせいで気づかなかった傷だったが、今になってその代償が回ってきたのだ。


地面が消え去るようだった。彼の身体が冷たい白銀の外套へと倒れ込み、意識の闇へと引きずり込まれていく中、功は二人の少女が心からの心配そうな表情で駆け寄ってくるのを、辛うじて視界に捉えていた。特に、あの尖った帽子の少女の顔を。

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