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無職と行く迷宮冒険譚  作者: 賽ノ目seven
無職、弟子をとる
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第五章 其の一 気弱な格闘家が弟子になりたそうにこちらを見ている

 逮捕されてから五日目の朝。ドミニクの指示通り、イチ達は証拠不十分という取って付けたような理由で釈放された。久方ぶりの日差しに四人は目をしょぼつかせ、腑に落ちないまま帰路につく。そしていつもの酒場で遅めの朝食を取りながら今回の逮捕に不満を表す。

「まったく急に逮捕されたかと思えば、急に釈放って何だったんだよ」

「わざわざ騎士団が出張ってきたんだ、何か裏はあるだろうな。騎士団を動かせる人間で思い当たるのは」

「団長…ドミニクさんぐらいしかいないね」

「偉い奴の考えはわかんねえな。ま、あの場所から出られるなら何でもいいけど。さすがに檻の中には何日もいられねえ」

「ご飯は美味しくないし、布団は硬いし薄いし狭いし、おまけに地下にあるせいでジメジメしてかび臭いし」

「あんな環境じゃ身体が鈍って仕方ねえ」

「そりゃホテルじゃねえからな。これに懲りたらしばらくは大人しくしとけよ」

「はいはい了解ですっと」

「本当にわかってんのかよ」

 ゾイドが疑惑の目を向けるが、イチは呑気に明後日の方を見る。その視線の先ではあからさまにガラの悪い男が数人集まり何か騒いでいた。

「何の騒ぎだ?」

「どうせいつものくだらねえ喧嘩だろ。ほっとけ」

「でも様子が変だよ」

 サクヤの言う通り男達の声は涙を含んでおり、どうやら一人を囲んで非難を浴びせているらしい。その人物は男達の間を押し出されるよう抜け出し、四人の前に転ぶ。転んだ人物はまだ幼さの残る十六、七ほどの青年だった。

「へい。大丈夫かよ」

「おや、美人さんだ」

 サクヤが言うように青年の顔は中性的であり、大きな黒目にそれを囲む長いまつ毛、無駄のないシャープなラインを見せる鼻筋に少し赤らんだ唇は薄ら紅を引いたようだった。芸術的美しさを持つ青年を前にイチは首を傾げる。

「あれ?この顔どっかで見たような」

「有名人か?モデルか?それとも俳優?」

「いやもっと別のところで見たような…」

「あ、あの!」

 まとまりのつかないイチの思考を青年の声が遮る。青年は勢いそのまま用件を述べる。

「ボクを弟子にしてください!」

「はあ?」

 突然の申し出に呆気にとられる四人だった。

 ひとまず青年を座らせ、いまだ男達の恨みの目線が多くある中、詳細を聞く。青年は勢いをすっかり失い消え入るようなか細い声で事情を語ろうとする。

「あの、ボクはジュン・サンハニーと言います。これでも、その…格闘家で攻略者をしていまして」

「ああ!思い出した!」

 ジュンの名前と攻略者であることを知ったイチは突然声を張り上げる。

「ちょっとイチ、いきなり大きな声出さないでよ」

「お前、あのハーレムパーティーの!」

「……はい」

「ハーレム?なんだそりゃ」

「ボク、一応五人でパーティーを組んでいるんですが…ボク以外は、その、みんな女性でして」

「それで、一部からはハーレムパーティーと揶揄されていると?」

「それだけじゃねえよ!ピンチに陥れば戦士のお姉さまに抱えられ、ケガをすれば回復役のお姉さまにやたら密着されながら治療を受け、その他も色々と…!。合計四人の美女によるくんずほぐれつのムフフな展開を俺らのような寂しき男どもに見せつけて!俺も…俺もそんな人生を送りだがっだ…!」

「泣くほどか」

「人のぬくもりに飢えているんでしょ。最近檻の中だったから余計に」

「話が進まん。イチ、ちょっと向こう行ってろ」

 イチは涙を流しながら男達の元へ足を運ぶ。

「アマノよ。お前の気持ちわかるぜ」

「こんな時代だ。誰だって優しさが欲しいよな」

「同じ境遇の俺達、時間なんて関係ねえ。もうマブダチだぜ」

「お、お前ら……!」

 男達は熱い抱擁を交わし友情の涙を流す。

「…つまりさっきの騒ぎはモテない野郎どもの情けない嫉妬ってわけか。にしてもよくそんな性格で攻略者になれたな」

「それは…おそらく、面接の時に社長さんに気に入られたから、かと」

「あの社長が?うーん…まあいいか。それでジュン君はそのパーティーを抜けて私達のパーティーに入りたいの?」

「いやそうじゃないんです。今のパーティーに不満は無くて、ただ情けない自分を変えたいんです。ハーレムと言われるのもみんながボクを必要以上に構うのもボクが弱くて意気地がないせいなんです。だから自由の冒険団のもとで自分を鍛えたいんです」

「鍛えるだけならもっと適したパーティーがあると思うが」

「いいえ!皆さんじゃないとダメなんです!」

「お、おう。そこまで言うなら、まあ協力くらいしてやるか。お前らもいいだろ?」

「人にものを教えるのは苦手なんだがな。たまにはいいか」

「やるからにはビシバシいくよ!……って言いたいところなんだけど」

「俺らもちょっとここ最近色々あってな。悪いが鍛えるのはまた後日からでいいか?」

「はい!もちろんです!これからもよろしくお願いします!」

「おう。こちらこそな」

 再会の約束を取り付け三人はジュンと別れる。

 突然の弟子入りという、未体験の出来事に三人は少し浮足立つ。

「にしても弟子、か。なんだかしっくりこねえな」

「どちらかと言えば後輩がニュアンス的には近いんじゃない?」

「お、なるほど。後輩か。学園にいた頃はよく面倒見たもんだな。あいつみたく私らに憧れて目をキラキラさせて」

「…最長でも五日で愛想を尽かされたけどな」

「あの軽蔑の目も懐かしいものだね」

「そんなものを懐かしむな…」

「ところでよぉ、あの馬鹿どうする?」

アンジーが指さした先には男達と打ち解け、この短時間でジョッキ三杯を空にしたイチの姿があった。イチは男達と共に世知辛い世間を嘆き大泣きしていた。

「確か明日は燃えるゴミの日だったな」

「南無三。安らかにねイチ」

「成仏しろよ」


 まだ朝日が出て間もない時間、四人は噴水広場にいた。普段は待ち合わせ場所の定番として多くの人で賑わうがこの時間では四人以外ほとんど人はいない。

本日四人は弟子の育成としてまず迷宮に行きジュンの実力を確かめようとしていた。指定の時刻にジュンはやけにやつれた足取りで四人の前に現れる。

「お、おはよう…ございます」

「…一応聞くが、何があった?」

「昨日、パーティーのみんなにしばらく別行動をとることを伝えたんです。そしたら…」

「そしたら?」

「みんなしてボクのこと引き留めるんですよ。泣いたり羽交い絞めにしたり抱きついたりして、夜通しもみくちゃにされながらなんとか説得を」

「それはうっかりここらのボス犬のテリトリーに入って朝一からバトルをこなした俺への当てつけか?負けないぞこの野郎」

「なにで張り合おうとしてんだ」

「やけにボロボロだと思ったら…朝から何してんのお前?」

「あれは中々見応えある戦いでした。ここ最近のベストバウトだね」

「ちなみにどっちが勝ったんだ?」

「犬」

「犬かよ」

「……もしかしなくても、そいつらがお前を引き留めた原因は俺らだろ?」

「いや、まあ……はい」

 ゾイドの問いかけにジュンは申し訳なさそうに項垂れながら頷く。

「ボクが自由の冒険団で修行すると伝えると、錯乱してるとか言い出して。あやうく病院に連れて行かれるところでした」

「よし。そいつらの言ってることは正しい。今すぐ考え直せ。こいつらといると人として大事なものを失うぞ」

「ひでえ言われようだ」

「なんだよゾイドまだ学生時代のこと根に持ってんのかよ」

「小さいことを気にするのは精神的によくないよ」

「あの…過去に一体何が……」

「思い出させるな。あれは封印した記憶だ」

 ゾイドの陰鬱な表情にジュンはそれ以上の言及を避ける。そんな二人の背後でイチ達はこそこそとゾイドの封印した記憶について話す。

「ちなみにどれのこと言ってるんだろうな」

「あれかな?それともあれ?はたまたあれのこと?」

「軽く思い出しても候補が五つは超えるぞ」

 ゾイドはジュンの両肩を持ち、真剣な表情で訴える。

「これを見てもまだ俺達に弟子入りするつもりか?まだ間に合うぞ。引き返すなら今だ」

「うっ…いや、それでもボクは強くなりたいんです…!」

「そうか…」

 ゾイドは天を仰ぎ逡巡する。深く息を吐き切ると覚悟を決める。

「よしっ!お前の気持ちはよく分かった。その気持ちに応えてこの俺がお前を強くしてやる…!」

「はい!お願いします!」

 ゾイドとジュンはすでに熱い師弟関係を築いていた。蚊帳の外にされた三人はぽつねんとその様子を眺めていた。

「今しれっと私達戦力外にされた?」

「俺って言ったな。私達を関わらせないという強い意志をひしひしと感じたな」

「それなら俺達何したらいいの?応援?ポンポン持ってくる?」

「お前はじっとしてろ」

「余計なことしないでね」


 ジュンの決意を改めて確認したところで一行はまず腹ごしらえのためにイチ達行きつけの食堂へ向かう。その道中ジュンはどこか浮かない顔をしていた。

「あの…ボクそこまでお金持ってないので…あまり高い所は」

「心配するな金が無いのは俺らも一緒だ。今から行く所は万年金欠の味方だからな。それに弟子の朝飯くらい奢ってやるよ」

「さすがゾイド師匠。ゴチになります」

「テメエは自分で払え」

 そうしてジュンは四人に連れられ大衆食堂へ向かう。大きく開け放された戸をくぐると多くの客と従業員で活気づいていた。店内のスペースをほとんど客席に割き厨房は奥へと押し込んだ印象だった。その厨房では休む暇なく料理を作り続ける料理人たちの姿が入口からでも見えた。

「いらっしゃいませ!ようこそ『大食らい亭』へ!」

快活な店員に案内され一行は店内中央一際大きいテーブルへと案内された。

「なんというか、いい雰囲気のお店ですね」

「だろ?ここは安い!美味い!多い!の三拍子が揃った店だからな」

「私達みたいな金欠でも週に二回は満足に食べれちゃうからね」

「店内も広くて開放的なのもいいですね」

「客は兵士や大工、俺達と同じ攻略者と体力仕事の連中がほとんどだからな。図体のでかい奴らが集まっても問題ないようにしてるんだろう」

「ハイ四人共。注文は決まった?あれ?今日は見ない顔がいるじゃん」

 四人の知り合いらしきウエイトレスが愛想のいい笑顔をジュンに向ける。

「悪いこと吹きこんだらダメだかんね。ゾイドしっかり見張ってなよ」

「言われずともいつも最大限やってる」

「つーか悪いことってなんだよレイ。前に質の悪い酔っぱらい集団追い払ってやったの忘れたのか」

「あー、そういやそんなこともあったね。ついでに机三つと椅子六つ壊したうえに皿十三枚割って、挙句の果てに壁に大穴を開けたあのことならよく憶えているけど」

 レイは壁をちらりと見る。壁の一部だけ明らかにキレイで修復した箇所が言われずともわかる。四人は壁から顔を背ける。

「人間生きてりゃ失敗することもあるわな」

「それより注文だ。いつまで喋ってちゃ他の客に迷惑だからな。うん」

「誤魔化しても壁は直らないからね」

「いつも通り適当に頼んどくぜ。ジュンは決まったか?」

「ここは何でも美味しいから外れは無いから何でも頼んじゃって」

「えっと、それじゃあボクは炒飯の特盛で」

「それじゃあ俺達はこれとこれとあとここら辺、量はいつものね」

「はい了解。超スピードで持ってくるから待っててね」

 レイの後ろ姿を見送るとジュンは重々しく口を開く。

「…壁に穴開けたんですか?」

「あれは事故だ」

「何をどうしたらあれだけの穴が開くのか未だに謎なんだよな」

「世界は謎に満ちてるんだよ。人が知ってることなんて世界の真理のほんの一部に過ぎないんだよ」

「あれを事故や謎で済ますな。一種の事件だ馬鹿垂れ」

「まあ俺らからすれば日常茶飯事だあまり気にすんなよ」

「気にするなと言われましても…」

 ジュンは弟子入りを少し後悔しつつ何とかモチベーション保とうとするなか注文の料理が届く。

「はいお待ちどうさま。炒飯特盛でーす」

 軽くご人前はありそうな山盛りの炒飯が置かれる。

「おっ意外と食うじゃん」

「はい。食は身体を作る基本、しっかり食べるべしとお師さんの教えです」

「お師さんって、お前師匠がいるのか?だったら猶更私達よりその人に鍛えてもらえよ」

「できればそうしたいのですが…実のところ昔別れたきりあの人がどこにいるのか見当もつかなくて」

「そのお師匠さんってどんな人なの?」

「そうですね…。お師さんはすごい格闘家らしいんですよ」

「らしいって自分の師匠が何者なのか知らねえのか?」

「恥ずかしながら…。お師さんは武者修行の旅の途中で少しの間ですがボクに稽古をつけてくれたんです。旅立ちの時にこの帯と訓練の書をくれて、そこからは一人で修行していました。正直言うと、名前も知らなくて、本当に強かったのかもわかんないんです。けれど憧れの人なんです」

 輝くジュンの目に四人は会ったことの無いお師さんの人柄を見る。

「良い師匠なんだな」

「だってお師さんはボクの中ですっごくカッコ良くて…僕の夢を笑わないでくれた人ですから」

「そっか。それじゃあしっかり食べて強くならなきゃね」

「はい!」

「はーいお話の途中失礼。注文の料理特メガ盛でーす」

 ウエイトレス数人がかりでいくつもの料理が運ばれてくる。そのどれもが十人前は軽く超えていた。パスタにサラダにサンドイッチ、ベーコンエッグにシチューなどなど巨大なテーブルが特メガ盛の料理で埋め尽くされる。

「それじゃあ俺達も腹ごしらえといきますか!」

四人は「いただきます」と手を合わせると勢いよく料理を食い尽くしていく。

ジュンはあまりの食い気に圧倒され軽い胸焼けを覚える。それでも師の教えを守るべく自分の料理を何とか胃に詰めていく。全ての料理がキレイに無くなり四人は満足そうに腹を撫で、ジュンは逆流しかけるものを何とか抑える。そんなジュンの前へ一つのグラスが置かれる。

「はい大食らい亭名物、食後にスッキリ特製スムージー」

 ジュンは恐る恐るグラスの液体を一口飲む。するとさっきまでの胸やけが嘘のように引いていく。

「美味しい…!」

「でしょ?四人には…はい!特大ジョッキお待ちどうさま!」

「え…」

 ジュンに出されたグラスの数倍はあるジョッキを四人は躊躇なく手に取り勢いよく飲み干していく。四人のジョッキが空になった際には周りの客から歓声と拍手が起こった。

「よっしゃいくぜ!」

「おう!」

「また御贔屓に~」

 支払いを済ませ四人は意気揚々と店を出る。食事前よりげっそりとした様子のジュンが後を追う。それを見た店内の客たちは皆口を揃えて気の毒だと語ったそうな。


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