第8話 日常の裏に潜む真実
翌朝、遼はいつになく早く目を覚ました。まぶしい朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋の中を淡い黄金色に染めている。だが、胸の奥には昨日の戦闘の感触が残っていた。
――夢のはずなのに。
リザードマンの咆哮、冷気をまとった自分の手。槍が突き刺さり、光の粒となって怪物が消える瞬間。あの興奮は、夢などではなかった。筋肉痛と打撲の痛みまで、確かに昨日の現実を裏付けている。
「はぁ……マジで異世界RPGかよ……」
遼は天井をぼんやり見つめながら、独り言を漏らした。昨日まではただの大学生。今日からは、政府認定の「探索者」候補だ。世界は一晩で変わってしまった。
ベッドから起き上がり、手首を回す。まだ力が入らない。だが、その感触すらも、胸の高鳴りを忘れさせるには十分だった。
「昨日の俺、マジで戦ってたんだよな……」
昼前、遼は真琴と待ち合わせて、新宿駅西口へ向かった。
街はいつもと変わらぬ喧騒に満ちている。通勤客が足早に行き交い、観光客はスマホで写真を撮りながら笑っている。だが、遼の目に映る風景は違った。昨日の惨劇の現場は――まるで何事もなかったかのように片付けられていたのだ。
割れたガラスは新品に交換され、血痕は洗い流され、地面の亀裂には工事用の鉄板が敷かれている。遼は思わず立ち止まり、周囲を見回した。
「すげぇ……昨日あんなにメチャクチャだったのに」
真琴は淡々と答える。
「隠蔽が早いのよ。さすが政府」
「お前……当たり前みたいに言うなよ」
通行人たちは、まったくいつも通りの日常を歩いている。怪物の存在など、誰も知らないし、知らされてもいない。
遼はスマホを取り出し、ニュースを確認した。
『新宿駅西口で小規模な爆発 テロの可能性は否定せず』
『複数のけが人が確認されましたが、死亡者は確認されていません』
「……爆発? は? あれだけ派手に暴れて、怪物のカケラも無しかよ」
真琴は冷静に頷いた。
「そういうこと」
遼はふと、真琴を見た。
「……なぁ真琴。お前さ、やたら詳しいよな」
真琴は一瞬だけ視線を外す。
「調べれば分かることよ」
「昨日の今日で、ここまで“調べられる”か?」
「……多分」
はぐらかされたようなその答えに、遼の胸にうっすらとした疑念が芽生えた。だが、それは真琴を信頼したい自分との葛藤でもあった。
その夜、遼は帰宅後にネット掲示板を覗いた。
【新宿駅で爆発】スレッド
1 :名無しの目撃者:昨日の夜、西口で変な黒いモヤ見たんだが
2 :名無し:またオカルトか?www
3 :名無し:いやマジで。人が吹っ飛んでた。あれ爆発じゃなくね?
7 :名無し:怪物いたってレス見たんだけどwww
12 :名無し:俺も。でっかいトカゲみたいなの
15 :名無し:通報しました^^
掲示板の文字を追いながら、遼は思わず苦笑した。怪物を見た人間は確かにいる。だがネットの海では、証言はオカルト扱いで終わる。それが逆に恐ろしかった。
誰も真実を知らない。
真実は存在するのに、簡単にかき消されてしまう。
遼はベッドに倒れ込み、天井を見つめた。
真琴。
昨日からずっと自分を導いてくれる。だが……あまりにも詳しすぎる。
まるで、最初から全部知っていたかのように。
「……お前、いったい何者なんだよ」
独り言は夜の静寂に溶けていった。
掲示板のスレッドをもう少し見てみる。
「昨日の夜、西口で変な黒いモヤ見たんだが」
「人が吹っ飛んでた。あれ爆発じゃなくね?」
「黒い穴ってゲームでよくある『ダンジョンゲート』じゃね?」
「あれ、探索者ってやつだろ?スクショ出回ってる」
遼は思わず声を出して笑った。
「なんだよ、現実でゲーム扱いかよ……」
だが同時に、心の奥では焦燥感が渦巻いていた。
誰も信じてくれない。だが、自分は確かに戦ったのだ。
「俺も探索者として、やってみせる……」
天井に視線を戻すと、真琴の顔が脳裏に浮かぶ。
冷静で、頼れる存在。だが謎めいている。
「真琴……本当に何者なんだろう」
夜は深まり、都市の喧騒も遠のき、静寂だけが遼の部屋を満たした。
その静寂の中で、独り言がまた溶けていく。
そして、遼の心には決意が芽生えていた。




