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90.悲しき魔物



 倒れ伏す、贄川。

 無論、全裸だった。


 瓦礫の上に投げ出された肢体は、月光を浴びて白磁のように輝いている。

 華奢に見えていたが、意外にも豊満な胸が重力に逆らわずに横へと流れ、艶めかしい曲線を描いていた。

 乱れた長い黒髪が、白い肌に張り付いている。ぐったりと意識を失っているその姿は、背徳的な美しさを放っていた。


 おっと、じろじろ見るのは失礼だったな。

 俺は反則剣チート・キャンセラーを消し、何もない空間に手を突っ込む。


 アイテムボックスであるそこから、にゅっと手を引く。

 俺の手には、一枚の毛布が握られている。


 異世界の時に獲得した物が今もなお、ボックスの中に入っているのだ。

 いざってときに使えるかもってな。

 もとより、このアイテムボックスの容量は無限だしね。


 毛布を、ひょいっと贄川にかける。

 パサリと、彼女の体に被さる。


「このままだとえっちだからな。えっち、厳禁」


 うちの妹は、なぜか俺が女を見ているとキレるんだよな。

 えっちな女を見ていたら多分もっとキレるだろうから。


 だから、えっちを毛布で隠した……んだけど。

 うーん。


「これは……逆にエロいかもな……」


 贄川は仰向けで眠っている。

 毛布が、彼女の体を隠してはいる……んだけど。

 薄手の生地が、豊かな胸の膨らみや、腰のくびれ、太もものラインにしっとりと張り付き、体の凹凸を逆にはっきりと浮かび上がらせてしまっていた。

 隠すことで逆に想像力を掻き立てる、高等テクニックみたいになってしまった。


「お兄ちゃん……」


「咲耶さん。みてくださいよぉ、えっちじゃないよ? ほらほら。ちゃんと配慮してますよ」


 はぁ……と大きく、咲耶が呆れたようなため息をつく。


「……まあ、そこは評価するよ」


「あざます!」


「でも……」


 ギユウウウウウッ!

 咲耶が、俺の頬を無言でつねり上げた。


「あだだだだだ! なんすか……!?」


「お兄ちゃんはさ……ズルいよね」


「え、なにが……?」


反則剣チート・キャンセラーだよ。そんなのもう……チートすぎるよ。それがあれば、全部なんでもできちゃうじゃん」


「うーん……そういうわけでもないけどね」


「そうなの?」


「おう。この剣使ってる間は、それ以外の魔法使えないし、アイテムボックスも使えないしよ。それに……」


「それに?」


「これ、俺の魂だからさ。壊れると俺が死ぬ。魔法で蘇生も不可能」


「は……?」


 ポカーン……とする咲耶。

 ん?


「どうした?」


「え、それって……心臓が、むき出しになってるようなもの……ってこと?」


「そうだな」


「そんな、心臓を手に持って、心臓でチャンバラしてるわけ?」


「そうだよ」


「そうだよって……」


 ジワ……と咲耶の目に涙がたまる。


「どったの?」


「もう……お兄ちゃんの……鈍感馬鹿……心配してるの……」


「え? 心配? なんで? 相手は贄川ざこだったけど?」


 俺がきょとんとして答えると、咲耶の我慢が限界を迎えたようだった。

 ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、彼女は俺の胸を叩いた。


「相手は! なんか才賀さいがとかいう、やばい敵だったじゃん! ヤバい力使ってきたじゃん!」


 ベシベシベシ!


「あいたたた……」


 痛くはない。物理的には。

 でも、咲耶の必死さが、痛いほど伝わってくる。


「それでお兄ちゃんの反則剣チート・キャンセラーが、壊れちゃう可能性だってあったじゃん!」


「ないない。だって雑魚だもん。1に1かけても1だろ?」


「だとしても! 億が一! 京が一! 無量大数が一! お兄ちゃんの剣が破壊される可能性があったかもしれないじゃんっ!」


「ないないないない」


「お兄ちゃんのばかー! もー! そういう大事なことは、ちゃんと最初から言ってよ! もーーーーーーー!」


「え、言ってなかったっけ? てかなんで泣いてるんだよ……?」


「もーーーーーーーーーーー!」


 なんか咲耶さくやさんを泣かせちまったなぁ。

 なんでそんなに怒ってるんだ? 俺、勝ったのに。


『勇者……なんとも、悲しきモンスターよ……うう……ぐす……』


 魔王さんもなんか脳内で泣いていた。

 何で泣いてるの、君たち?



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