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継姉、冷えた食卓に戦いの予感を覚える

朝の光がやわらかく差し込む子ども部屋。

窓辺には絵本と積み木、ぬいぐるみが並び、穏やかな空気に包まれていた。


リセルは窓際の小机で、新しい絵本のラフを描きながら、ちらりと遊ぶ二人に目をやった。

セラフィオスは絵本のキャラクターを真似して木の剣を振り、セラフィーは積み木の家を大切そうに飾っている。


「……ふふ、いい感じ」


思わず微笑んだそのとき、控えの者が扉を軽くノックした。


「お嬢様、失礼いたします。――公爵様より、“ご家族そろって食堂にお越しください”とのお言葉です」


リセルの表情がわずかに強張る。

“ご家族そろって”――今まで、そんな呼び出され方をされたことは一度もなかった。


「……分かりました。すぐに参ります」


控えの者が下がると、セラフィーが不安そうにリセルの袖をつまんだ。


「お姉ちゃん……ごはん……なの?」


「うん。みんなで食堂に行くの。大丈夫、私が一緒にいるから」


そう言って二人の肩にケープをかけ、手を取って立ち上がる。


心の中には、拭いきれない不安があった。

(どうしてこのタイミングで、あの父が家族全員での食事なんて言い出したのか――)


けれどリセルは、二人の小さな手のぬくもりを感じながら、ゆっくりと歩き出す。


(守るって、決めたんだ。なら、どんな場でも、私がふたりの前に立つ)


その決意を胸に、三人は静かな廊下を、広間へと進んでいった。


朝食の席は、昨晩の騒動が嘘だったかのように静まり返っていた。

整えられた銀器、温かなスープ、焼きたてのパン。食卓に並ぶ料理は、どれも一流のものばかりだというのに――不思議なほど味気ない。


リセルは黙ってスープを口に運び、隣でセラフィーとセラフィオスが小さく食事を進めているのを確認した。二人とも、昨夜の出来事をどこまで覚えているのだろうか。セラフィーは時折ちらりとリセルを見上げ、セラフィオスは食器の音を立てないよう気をつけている。


テーブルの端では、公爵が書類に目を落としながら無言でフォークを動かしていた。フローラはいつものように口紅のついたカップを傾け、取り澄ましたまま場の空気には頓着しない。


誰も、昨夜の話題には触れなかった。

だが――その沈黙こそが、むしろ昨夜の衝撃を裏付けているように思えた。


やがて執事のクラウスが静かに姿を現し、公爵の後ろに控える。


「旦那様。……2週間後、前公爵様と奥方様がこちらにお立ち寄りになるとのことです」


その言葉に、テーブルに軽い緊張が走った。


公爵は眉をひそめ、フローラはティーカップを静かにソーサーに置いた。


「……あの方が? なぜ今さら」

「詳細は語られませんでした。ただ“孫たちの顔を見に行く”とだけ」


クラウスの言葉に、公爵は深く息をついたが、それ以上は何も言わなかった。

リセルは一瞬だけ、フォークを持つ手を止め、視線を落とした。


(前公爵夫妻……私にとっては義理の祖父母。でも、あの人たちがどういう人なのか、ほとんど知らない)


もしこの来訪が、昨日の騒動を受けてのものなら――何らかの影響を及ぼす可能性はある。

良くも悪くも、家全体が静かではいられなくなる。


リセルは目を閉じ、スープの余韻に乗せるように、心の奥でそっと呟いた。


(……守らなきゃ。あの子たちの居場所を。どんな波が来ようと、絶対に)


セラフィーが手を引かれるまま椅子に座ると、静かだった食卓に再び沈黙が戻った。


使用人たちが運んできた朝食は、いつも通り豪華なものだった。

焼きたてのパン、スープ、ハムと野菜のプレート。だがその色とりどりの皿に、誰も手を伸ばそうとはしなかった。


「……どうしたの? お腹すいてない?」


リセルが優しく尋ねると、セラフィーは小さく首を振った。


「……おじちゃんが、こわいの」


その一言に、テーブルの空気がさらに凍りついた。


「おじ……」


公爵が眉をひそめ、低い声を漏らした。


「……おじさん、だと? 馬鹿なことを言うな。私は貴様らの父親なのだぞ」


だが、今度はセラフィオスが口を開いた。


「ぼくたちは、お父さんもお母さんも知らない。僕たちをちゃんと見てくれたのは、リセルお姉さまだけだ」


公爵はわずかに表情を歪め、怒気を押し殺したような声で言い放った。


「馬鹿なことを言うな! 貴様たちが今までどうして生きてこれたと思っている!!」


その言葉に、リセルの中で何かが静かに切れた。


「生かせば、最低限の生活をさせれば子ども相手に何をしてもいいとお考えですか、公爵様?」


リセルの声は、感情を抑えた冷静な響きを持っていた。


「たった今、“父親”を名乗りながら、今まで父としてするべきことを何ひとつ果たしてこなかった貴方が、都合が悪くなると“立場”だけで正当性を主張するのですか?」


「貴様……」


公爵が険しい表情を見せるが、リセルは一歩も引かなかった。


「貴方がしてきたことは、育児放棄どころか――人としての責任を投げ捨てたに等しい行いです。もし違うとおっしゃるのなら、セラフィーとセラフィオスに、貴方が注いできた“愛情”について語ってください。父親を名乗るなら、それくらいできるはずです」


しんとした沈黙が、食卓を包んだ。

セラフィーはリセルの袖を握りしめ、セラフィオスも背筋を伸ばして父を見上げている。


その様子に、公爵は一言も返せなかった。


リセルはそっと二人の肩に手を置き、微笑んだ。


「ありがとう、ふたりとも。お姉ちゃんが絶対に守ってあげるからね…。」


その言葉に、ふたりは小さく頷いた。


公爵はナイフとフォークを置き、ゆっくりと姿勢を正した。

その顔には、かすかな困惑の色が浮かんでいた。


「……セラフィー。セラフィオス。私は、お前たちの父親だ。そんなふうに“他人”のように扱われるのは、本意ではない」


その言葉に、セラフィーはぴくりと眉を動かすが、黙ってリセルの手を握りしめる。

セラフィオスは皿の上の手を強く握ったまま、視線を下げていた。


「ですが、そう思われていない現実があることを、まず受け止めていただけますか?」

リセルの声は、澄んでいて冷静だった。

「私が来た時、この子たちは誰の顔もまともに見られないほど萎縮していました。言葉も、表情も、生活の輪郭すら薄れていたんです。そんなふたりが、やっと――やっと笑えるようになってきたのに」


公爵は言葉を失ったまま黙っている。


「生きてきたのは、使用人が最低限の世話をしてくれたからです。でも、父親としての“眼差し”も、“声”も、与えられてはいなかった。……それは、この家にいて、私が一番実感したことです」


「……感情的になりすぎているな」

絞り出すように、公爵が言った。

「私は貴様たちの生活を確保し、必要な資金も……」


「それは“管理”です。育児でも、愛情でもありません」

リセルは一歩も引かず、まっすぐに見返す。

「公爵様。これは、親が子に与えるべき最低限のものの話をしています。“生かしていた”ことが“愛情”になると思わないでください」


一瞬、公爵の手が揺れた。

言葉を返そうとしたが、喉の奥で詰まったまま、声にならない。


沈黙が、冷えた食卓の上に落ちた。

リセルは静かに言葉を添える。


「……ご自分を、子どもに“おじさん”と呼ばれるほどの距離にしてしまったのは、誰でしょうか」


公爵は目を伏せた。食卓に、ひときわ深い影が差し込んでいた。


公爵の表情が、ついに歪んだ。


「――黙れ、小娘が!」


食卓を打つ音が響いた。銀のカトラリーが跳ね、セラフィオスとセラフィーがびくりと肩を震わせる。


「誰に向かって口を利いているつもりだ! この私がどれだけ家を支えてきたと思っている! 忘れるな、貴様らは“私の庇護”がなければ何一つ得られぬ存在なのだ!」


リセルは、動じなかった。ただセラフィーの肩をそっと包むように撫で、セラフィオスにだけ目で「大丈夫」と伝える。


「怒鳴りつけて言い訳を並べても、“父親としてどうだったか”は変わりません。……今さら取り繕うだけなら、何もしないほうがましです」


「な……!」


その瞬間、横からフローラが口を挟んだ。


「いい加減にしなさい、リセル! あなた、自分が何を言っているか分かっているの? 公爵に口答えするなんて――どれだけ家の名に泥を塗れば気が済むのよ!」


「泥を塗っているのは、どちらでしょうか?」


静かに返すリセルの瞳は、まっすぐだった。


「私は、この家の未来を汚したくない。……だからこそ、見て見ぬふりはしません」


フローラは何かを言い返しかけて、唇を噛んだまま黙り込む。


公爵もまた、怒りと困惑をないまぜにした顔で、リセルを睨みつけたまま言葉を失っていた。


重苦しい沈黙の中、リセルはそっと立ち上がる。


「失礼いたします。……セラフィオス、セラフィー、行きましょう」


二人の手を取り、食卓を離れるリセルの背に、これ以上公爵は何も言えなかった。

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