5 隠し事はよくありません
あれから半年。レオ殿下の夜遊びはますます酷くなっているらしい。当然学業に身が入るはずもなく、つい最近あった試験も卒業ぎりぎりの散々な結果だったとか。
もう少しすれば、ウィリアムと私は学園を卒業する。
もちろんレオ殿下も卒業だ。そうすれば本格的に王太子としての公務が始まる。しかし今の状況ではとてもそれどころじゃない。
すでに彼の王太子として資質に疑問を唱える家臣も出始めて入るらしく、陛下は頭を抱えているとのことだった。
そんなある日ーー
「え!? 殿下がロージーに……」
「そうなの……最初こそ私の話をいっぱい聞いてくれて、恐れ多くも素敵な方だな〜と思ってたんだけど、段々様子がおかしくなってきて……」
「それで……おかしな薬を作って欲しいって言われたのね」
うんうん、とばかりにロージーは何度も頷いた。
ある日、ロージーから相談がある、と持ちかけられた私。中庭のややひと目の少ないベンチで、ロージーに聞いたのは驚きの話だった。
なんでも最近よくレオ殿下がロージーを構ってくるのだという。最初こそ緊張ししたもの、レオ殿下はロージーの話す薬草についての話に随分興味を持ってくれたのだとか。ところがある時から、殿下はロージーがどんな薬を作れるか知りたがるようになったらしい。そしてある日、レオ殿下はロージーにある薬を作って欲しいと頼んできたらしかった。
その薬とはズバリ、「人を思いのままに操れるような催眠効果のある薬」。その言葉を聞いて私の心臓はドクンと大きく跳ねた。
「で、でも……そんな薬ある訳ないわよね?」
「少なくとも実用的なものは……理論上は可能かもしれないけど、研究が必要だし、そんな薬を作ろうとは思わないわ」
「そうなのね。安心したわ」
ロージーは、薬の可能性を示唆しつつもはっきりと「自分は作らない」と言い切る。そのことにとりあえずホッとしつつ、私はもう一つの心配事を口にした。
「それで……殿下はなんて? 断って逆上されたりしなかった」
「いえ……それもなかったわ。でもあの後も度々同じお願いをされてて……正直ちょっと怖いの」
「それはそうね……」
私はロージーの言葉に大きく頷いた。いまのところは紳士的に振る舞っているみたいだけど、それがいつまで続くかはわからない。
「分かったわ! 私からも殿下に話してみるし、それで駄目ならウィリアムにも相談してみるわ」
「え!? 殿下に話すって直接? そんなことできるの? それにもし何かされたら……」
「心配しないで、ロージー。殿下は昔からウィリアムと仲が良かったから、私とも面識があるのよ」
「で、でも……」
「大丈夫よ、話してくれてありがとう。ロージーもなるべく1人にならないようにして、殿下とも2人きりで会ったりしちゃだめよ」
「分かったわ、オフィーリア。ありがとう!」
実際のところは、レオ殿下に嫌われているらしい私。合う機会こそ何度かあれど、仲良くお話する機会などなかった(それにウィリアムは私と殿下が会うことをすごく嫌がるのだ)のだが、そこは隠しておく。
なんとかロージーに納得してもらった私は、ロージーをクラスまで送り、その足でレオ殿下がいるクラスへと向かった。
「ちょっと聞きたいんだけど、レオ殿下はいらっしゃるかしら?」
「レオ殿下ですか? でしたら……」
「何か用かい? オフィーリア嬢?」
同学年のレオ殿下。だけど2年の後半から急に成績を落とした彼は、私やウィリアムとは別のクラスだ。
入口近くにいた女子生徒に彼の所在を尋ねていると、不意にやや冷淡な声が私に降ってきた。
銀色の長髪を後ろで纏めた細身の美少年。彼こそがこの国の王太子殿下だった。
「ご機嫌うるわしゅうございます、レオ殿下。突然ですが、少しお話したいことがございまして、今少しお時間よろしいでしょうか?」
「はぁ……話したいこと? まあ大体想像はつくけど良いよ。ついてきて」
彼はそう言って踵を返す。ついて行って良いものか迷ったが、結局私は彼の背中を追いかけるのだった。
「……本当にオフィーリア嬢は良い子だね。僕が何か良からぬことを考えていたら、どうするつもりだったわけ?」
彼がやってきたのは、さっきまで私とロージーがいた中庭。そこは学園の各棟から様子が見える一方、声までは聞こえないため、生徒たちが秘密の話をするのによく使う場所だった。
ベンチに無造作に腰掛けた殿下は、そう言ってため息を吐く。不用心だったのは事実だったので、反論できずにいると、殿下は「それで?」とこちらへ冷たい視線を投げてきた。
「なにか用があったんじゃないの? 今日はこれから出かけるんだ。手短に頼むよ」
「わ、分かりました。最近殿下はレキシトン子爵令嬢をよくお構いだ、と聞きました。それをやめて欲しいのです」
「嫌だね」
「え……」
殿下は私のお願いを一刀両断する。そのあまりにも素っ気ない答えに私は思わず絶句してしまった。
「え……って、むしろ『はい、わかりました』って言われると思ってたの? オフィーリア嬢?」
「……」
「本当に良い子だね。でも使えない。優秀な婚約者がいなければ君の優しさなんて紙くずだ」
「な……」
「言い返せる? 本当に見てて嫌になるね。お節介ばかりで、お人好しで……僕には僕の目的があるんだ。邪魔はしないでくれ! じゃ」
彼は冷たい目で私を見ると、「フン」と鼻を一つ鳴らし、足早にこの場を立ち去る。私はそれを止めることも出来ず、しばらく立ちすくむのだった。
「分かった。レオ殿下には厳しく進言しておくよ。あまり酷いようなら陛下にも言ってもらうようにしよう」
「ありがとうーーウィリアム」
レオ殿下と話したその日。なんとか我に返った私は、その足で学年主任の元にロージーと殿下のことを相談しに行く。そしてさらに、ウィリアムにも相談を持ちかけた。
これではまるでレオ殿下が言う通り。そんな自分が嫌になるが、私に出来ることは限られている。
思わず下を向くと、スッとウィリアムが頬に手を当てて、私を上向かせる。
ーーそこで見上げたウィリアムの目は冷たく、怒りの感情をあらわにしていた。
「ど、どうしたの、ウィリアム?」
「ねえ、オフィ? 僕に何か隠してない?」
「ま、まさか……そんなことないわ」
突然の言葉に驚きつつも、慌てて否定する私。でもウィリアムは、ゆっくりと首を横に振った。
「嘘だ。何年オフィのことを見てると思ってるの?」
「そんな……私、嘘なんて……」
私はそう言おうとして、言葉をつまらせる。ウィリアムがとても悲しそうな目をしたからだ。
「前から気になってはいたよ。レオ殿下のことで何か隠してるんだろうなって思ってた。けれども、きっと事情があるんだろうって黙ってたんだ。ーーでも限界だ」
そうウィリアムが言うと同時に、突然視界ぐらりと揺れて天井が目に入る。ソファに押し倒されたのだ、と気づくのには少し時間がかかった。
「う、ウィリアム?」
「君のお人好しは美点だと思うよ。……僕はいつも心配ばっかりしてるけどね。それでも、オフィは困ったら必ず僕を頼ってくれるから、それで良いと思ってたんだ」
じっとりと舐めるような視線に私は思わず唾をのむ。肩を抱く右手も、腰を支える左手もその力は緩いはずなのに、私はピクリとも動くことが出来なかった。
「ただし……オフィが頼ってくれないなら話は別だよ。もしそうなら……僕は心配で君をどこかに閉じ込めてしまうかもしれない」
低い声音でそう言って、ウィリアムはそっと右手を頬に手を滑らせる。その仕草はどこまでも優しげだった。
「ねぇ? オフィは何を隠してるの?」
彼のエメラルドの瞳がじっと私のことを見つめる。私がそんな彼の追求に白旗をあげるまで、そう時間はかからなかった。
「ウィリアム……その……ごめんなさい!」
私はガバリと体を跳ね起こす。私は目を白黒とさせる彼の両手をギュッと握りながら、
「実は大事なことを隠していたの」と告げた。
「……じゃあ、小説の中ではオフィの婚約者は僕じゃなくてレオ殿下だったの?」
「で、でも! 最終的にはちゃんとウィリアムと結ばれるのよ! だからそんな怖い顔しないで」
地を這うような声を出すウィリアムに、私は思わず悲鳴に近い声を上げた。
私が黙っていたこと、というのは、私が前世で読んでいた小説では、当初私が婚約していたのはレオ殿下だったということだ。しかし彼の勉強嫌いや生活の乱れを度々諌めていた私は、だんだん殿下に疎まれるようになる。
そんな中で、レオ殿下は王国に対する復讐心に燃えていたロージーに出会う。ロージーの復讐心が私に対する憎悪へ変わるよう誘導したレオ殿下。さらに彼女に裏で資金と場所を提供して、『人を思いのままに操れる催眠薬』を開発させる。
そうして出来た催眠薬を、殿下は卒業式の後に開かれるダンスパーティーでみんなに飲ませて、私が『悪役令嬢』だと信じ込ませ、私との婚約を破棄しようとしていたのだった。
会場中を薬で操り、私を断罪して婚約を破棄する。そしてその後は、催眠薬を使ってロージーと共に思うがままに国を操る。
そんな恐ろしい計画を立てたレオ殿下だったが、それは彼の学友だったウィリアムによって見抜かれる。ウィリアムに証拠を押さえられ、逆に断罪された二人はその場で拘束される。違法な魔法薬の製造は重罪。ロージーは僻地の修道院に送られ、レオ殿下は王族から除籍された上で、辺境の王領に生涯幽閉されることになった。
その後、私は密かに思いを寄せてくれていたというウィリアムに求婚され、それを受け入れる。これが本来の小説にあるハッピーエンドだった。
「ああ、ごめん、オフィ。でもなんでまた、そんな大事なこと黙ってたの?」
「だって……婚約破棄も何も、私は殿下と婚約してないし……私は殿下とほとんど話さないじゃない? だからもう筋書きは変わっていると思ったの。それに……」
「それに?」
「昔から友達だったレオ殿下を断罪することになるなんて……できれば知らないでいて欲しかったの。ロージーの協力がなければ、殿下が堕ちることもないと思ってたし……ウィリアムに傷ついてほしくなかったのよ!」
話しながらも、段々と涙がこぼれてくる。結局殿下は危険な薬に興味を持ってるし、ウィリアムに隠し事をしたせいで余計に傷つけてしまった。
すると、大きなため息が聞こえてきて、そしてそっと涙が拭われた。
「殿下の学友となった時から、こういうこともあると覚悟はしてたよ。王になる者が間違った道に進んだら切り捨てるのも臣下の役目だ。あとね……」
そう言うと、ウィリアムは手を頬から肩に滑らせる。真っ直ぐな熱い視線が私を射抜いた。
「どうせ傷つくんなら……僕は君に傷つけられたい」
そう言うと、私は再びウィリアムに押し倒され噛みつくように口付けられる。これまでにない執拗な口付けに翻弄され、ようやく彼が唇を離した頃には私は肩で息をしていた。
「お仕置きだよ、オフィ」
「こ、これじゃ、お仕置きにならないわ……」
私がそう言うと、彼は目を細めて唇をまた塞ぐ。そうして再び、私は彼に翻弄されることになった。
どのくらいそうしていたか。ようやく満足したらしく体を起こす彼。それからウィリアムは私の体も起こしてくれて、ドレスのシワを整えてくれる。私は彼に背中を撫でられながら、ゆっくりと深呼吸をして息を整えた。
「そうだ。レオ殿下のことだけどね、きっと断罪の対象は僕に変わってるよ」
「ウィリアムに?! どうして?」
「君がウィリアムと婚約しなかった事で、彼をうるさく諌める役目が僕に変わったからさ。前から鬱陶しがられてはいたし、実は僕にあらぬ罪を着せようとしてるのも大方調べがついてる」
「なんてことを! ……で、どうするの?」
「本当は君が夢で見たように、大勢の前で断罪して切り捨てようと思ってたんだけどね。……でもちょっと作戦変更といこうか?」
そう言うと、それはそれは美しい笑顔を私に見せるのだった。
「ハッピーエンドじゃ物足りないんでしょ?」




