4 婚約者はお疲れのようです
物語序盤を上手く乗り切ってはや2年。その間に私とレキシトン子爵令嬢は友達になる。今では互いに名前で呼び合う仲だ。
ところで王立学園には通いの生徒と、寮生活を送る生徒がいる。
もともとは王都の中心に家を持てるような、お金持ちの貴族や商人だけを受け入れていた王立学園。しかし私の両親の頃から徐々にそれ以外の生徒も受け入れ始める。それに合わせて寮も整備されたのだ。
ちなみに私とウィリアムは通いで、ロージーは寮生。この前は、ついに初めてロージーの部屋に招待してもらった。
そんな訳で、この日の私は興奮覚めやらぬまま、彼女とのエピソードをウィリアムに披露していた。
「でね、ウィリアム? ロージーったら新しい本を借りるとお昼ご飯も食べずに夢中になっちゃうの。まあ、私が食堂に引っ張って行くんだけどね」
「ハハッ、オフィらしい。けどあんまり無理強いはしちゃだめだよ。ほら、小説の中にはレキシトン子爵令嬢が『ヴェルモア伯爵令嬢に度々読書の邪魔をされるんです』って周りに訴えるシーンがあったろう? それでなくても君はちょっと強引なところがあるんだから」
「うぅ……肝に命じます……」
今日は学園が休みの日の恒例となっているウィリアムとのお茶会。つい先日の体験にウキウキとしていた私だけど、ウィリアムが少し眉を寄せていった言葉はあまりに図星だ。
正直、やや舞い上がっていた感は否めない。私は、少し気まずい気持ちで肩をすぼめた。
それはそれとして、本来ならもうそろそろロージーの裏工作が本格化する時期なのだが、もちろんそんな気配は微塵もない。
という訳で、「ロージーの『ヒロイン』化阻止計画」は至って順調なのだが、それとは別に少し気になることがあった。
「ところでウィリアム? なんだか最近疲れてない? 夜な夜な出かけている、という噂も聞くし……」
結構な頻度で会っている私達。ただこの一月ほど、会う度にウィリアムの表情が疲れていっているような気がするのだ。それに学園ではウィリアムを夜の街中で見た、という噂がまことしやかに囁かれている。彼に限って夜遊びってことはないだろうけど……やっぱり気にはなっていた。
「あ、あぁ……ちょっとレオ殿下がね……」
「レオ殿下? ……王太子殿下がどうかされたの?」
王太子であるレオ殿下とウィリアムは同い年で、昔から学友関係にある二人。さらに学園ではレオ殿下が生徒会長、ウィリアムが生徒会副会長という関係でもある。
「最近、悪い遊びにハマっているらしくて、夜中に王宮を抜け出しては街に遊びにいってるんらしいんだ。しかも賭博場に行って、柄の悪い連中と仲良くなっているからタチが悪い。」
「まあ! 賭博場? ……学生が行くような場所じゃないわね」
賭け事自体は違法じゃない。実際、貴族の嗜みの一つとされるカードには賭けが付き物だ。
ただし下街の賭博場で、となると話は別だ。時に犯罪者集団もたむろするそこは、当然私達みたいな学生が出入りすべき場所ではなかった。
「ああ。王家の名誉に関わるからやめさせろ、と陛下にも父にも言われてるのだが、なかなか苦労している。流行り病の一件以降、急に殿下の評価が上がったし、ストレスを感じていたのかもしれない。……とはいえ当然学業はおろそかになるし、陛下はカンカンだな」
そう言ったウィリアムは、明らかに疲れたような表情をしていた。
「それで、夜な夜な彼を連れ戻すために街へ出かけているんだ」
「陛下から何か言ってもらえないの? 昼間学園で忙しいのに、夜も殿下を探しにいってたらいずれ体を壊すわ」
「まずは同世代で解決しろと。まあ、このくらいのこと、対処できなければ将来の側近としては不合格ということだろう。いわば試験みたいなものだ」
「そんな……」
ウィリアムの言葉に私は思わず絶句した。けど、彼が納得して行動している以上、私が止める訳にもいかない。
それでも彼の体は心配。そう考えた私は「よしっ」と一つ気合いを入れてから、向かいのソファに座るウィリアムのすぐ隣へと移動した。
「ん? どうしたのオフィ」
「その……夜寝れないのでしたら、せめてお昼寝ぐらいしていただきたいと……」
私はパンとドレスを軽く払って、手近にあったクッションを膝にのせる。そして彼にポンポンと私の膝を示して見せた。
「寝心地が良いかはわかりませんが、お膝をお貸ししますので、すこしお休みなさいませ」
「いや……でも、重いだろう? オフィ?」
「ウィリアムの頭を支えられないほど柔じゃありませんわ」
私はそう言って再度、ポンポンと膝を叩いてみせる。やや逡巡したウィリアムだが、結局
「じゃあお願いするね。辛くなったらすぐ言うんだよ」
と言って、私の膝に頭を乗せた。……ただしクッションはどこかへやって。
「あら? 寝心地悪くありませんか?」
「いや、この方がずっと良い。それにせっかくなら君の体温を直に感じたい」
「そ、そうですか?……」
彼の言葉に赤面するしかない私。一方ウィリアムはと言うと、本当に寝不足だったらしく、目を瞑るとあっという間に寝息を立て始めた。
「良い夢を……ウィリアム」
私はさらりとした黒髪を撫でつつ、美しく整った寝顔を眺める。まるで絵画のような美しい顔を間近で眺めるなど、普段なら羞恥で出来ないのだけど、ウィリアムが眠っていると考えれば、不思議と恥ずかしくなかった。
扉の外に侍女と護衛がいるとはいえ、今ここは私とウィリアムだけの世界。そんな幸せな時間を私は噛みしめるのだった。




