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異世界派遣社員の憂鬱  作者: よぞら
徨の章
21/36

特式

 ペルは目の前に広がる惨事に頭を抱えていた。

 クリアな立体映像で空中に五つの首が浮いているのだ。苦痛に顔を歪め、穴という穴から流血の跡を残し、開いたままの虚ろな瞳がギョロリとこちらを見ている。その横には2メートルを超える大男と150センチメートルに満たない少年が立っている。心なしか満足そうな顔で。

 ネズミを狩った飼い猫が主人に褒められようと見せに来たような姿だと場違いな思考が過り、ペルの脳は無意識に現実逃避をする。。

 彼らの主人であるシドはというと目を開いたまま意識を飛ばした。直立姿勢のまま前方に倒れる前に両隣を陣取っていたメリとコールにより腕と肩を支えられ、連行されるエイリアンよろしく支えられている。

 何がどうしてこうなったのか。

 事の始まりは20日程前に遡る。


『は?何でボクが?』


 重度のワーカーホリックである上司にまともな栄養摂取をさせるためにペルがトレー片手に入室すると不満そうなボーイソプラノがシドの執務室に響いていた。


「ネブリーナ内部は今やアーシーの遊び場じゃないですか。案内人としては貴方程の適役はいないでしょう。それに毒は毒をもって制するものです。」


 諭すように穏やかに告げられたシドの言葉に立体映像のアーシーは笑顔のまま固まる。


『え?統括?毒って言った?ボクの事毒って言った?』

「今度から毒ホワイトね。」

『黙れよメスカマキリ。』


 色女のようにシドの腕に抱き着くメスカマキリことメリと毒ホワイトことアーシーが火花を散らす。稚拙な暴言を吐く二人に挟まれるシドは慣れたもので椅子の肘掛を軽くノックして音を出し場を収めた。


『で?その特式様は何してるの?』

「コールの戦闘指導受けてます。ネブリーナへ送るならアキシオン対策が必要ですから。」

『おじいちゃんの指導じゃ生ぬるいんじゃない?』

「彼に仲間を痛めつけろなんて命令できませんよ。」

『教育ならボクがやろうか?』

「考慮しましょう。」

『ふーん。どうでもいいけど決行日が決まったら教えてよ。』

「ええ、よろしくお願いします。」


 話がまとまったようで通信が切れたため、邪魔にならぬよう気配を消していたペルはシドの前に食事を乗せたトレーを置く。


「ああ、ありがとうございます。」

「ペルたん、あたしのは?」

「統括、適度に休息を入れなければ倒れますよ。」


 メリの言葉も存在も目前から消去したペルは簡素な給仕を終えると空いている椅子に座る。

 神の領域の女王と協定を結んで3年。彼女が派遣した有能な神使の協力でα元素の研究が飛躍的に進んでいた。

 調律師の持ちうる旧時代の科学とα元素を融合することで新式の調律師の自由度が増したのだ。

 しかし、ネブリーナ皇国の防壁は高いままだ。最深部にとどまっていたアキシオンは悠然と地上で活動を始めている。調律師でなければ知らない技術と知識が確実に徒をなしているのだ。裏切り者の存在は確実だ。

 ジゼルを失った屈辱の敗戦より9年。シドとレイはは旧式の調律師を見分け粛清する能力を持つ特式調律師の転移を3節前に成功させたのだった。


「彼の調子はどうですか?」


 食事を機械的に口へと運ぶシドへ遠慮がちに問えば長い息を吐いて目頭を抑え込む。


「ジェネレーションギャップ……いいえ、カルチャーギャップが激しくて。」

「あたしが言うのもなんだけどレッドゾーンに分類される危険種よ。」


 一万枚ほどのオブラードに包んだシドの返答はメリのフォローで台無しにされる。


「コールと二人きりにして問題が生じなければ良いのですが。」

「レイについてもらってますし監視機器で見張ってますから問題ありませんよ。」


 特式の調律師は壊滅的な性格破綻者であり地球での分類は猟奇的殺人鬼であった。

 202センチメートルの長身と122キログラムと大柄で筋肉質な体。会話は成立するが意思疎通は難を要するという狂人。精神異常者ではないかといくつかの検査を経た結果は正常であり正気という信じがたいものだった。

 慈悲と寛容、一般的な良識が欠如しているが理性的であり、言葉にするならば異なる常識の世界の人間と表わせばよいだろうか。

 灰色の髪をした赤と青のオッドアイを持つアーロンの通称を与えた特式の調律師。


「ねぇ、シドちゃん。本当にアーシーちゃんに道案内させるの?」


 メリの意見は最もである。適役同士とはいえ危険人物の道案内を問題児に任せるのだ。相乗効果でどのようなトラブルが起こるか想像もつかない。


「メリ、私は信じています。マイナスかけるマイナスはプラスになることを。」


 弊害の合算を数式に当て嵌めた楽観的思考である。過剰労働によるワーカーズハイを疑ったがシドはもともと変なところで間の抜けた人間だ。

 好転しようと悪化しようと今するべきことは膠着状態の打開。なるようになるだろうとペルはあえて口を挟まなかった。

 口を挟まなかったことを後悔するなど脳裏の片隅にも思い浮かばなかったのだ。



。+・゜・☆.。.+・゜melancholy゜・+.。.☆・゜・+。




『はじめまして、特式。ボクが直々に案内してやるから感謝しろよな。』


 シドの通達より20日後。道案内役に抜擢されていたアーシーは2メートルを超える巨漢を見上げながら高慢に振舞った。


『おいおいおい。このお人形ちゃんが案内人だって?勘弁してくれよ。ファンシーランドで親子デートにしけこむんじゃねぇんだぞ。』


 初対面の失礼は発言に、アーシーは100人中100人が騙される友好的な笑顔のまま固まった。


『こいつ頭おかしいんだけど。』

『お人形ちゃんほどじゃねぇ。』

『見下ろすなよ木偶の棒。』


 アーシーは首を真上に仰がないと見えないアーロンを睨みながら人形のような容姿で下品なハンドサインを示しながら、甘いボーイソプラノでFワードを吐いた。


「2人とも初対面の挨拶は程々にしましょうね。」


 静かに諫められた二人は渋々ながら任務開始の為に目的地へと移動を開始する。流血沙汰を予想していたシドにとっては穏やかな挨拶だった。しかしながら取り巻く雰囲気は最悪である。

 2人の間には電撃が可視化されそうなほどピリピリしていた。

 シドの後方で控えているコール、メリ、ペルはその場にいなくて良かったと心から思うほどだ。

性悪同士、諍いが絶えないかと思えばとアーシーは黙ったまま歩き進んでアーロンを先導する。特に出すべき指示もなく重い沈黙のなか響く二人の足音を聞きながら最深部へ繋がる通路までの道のりを見守った。


「アーロン、何人います?」


 ネブリーナの中枢機関が置かれた指定区域に入ったところで問えばアーロンが思案する様に目を閉じた。


『5人。』


 帰ってきた答えにシドは溜息のような長い息を吐く。管理街の旧式がいると確信はしていたがせいぜい1人か2人だと予想していたのだ。


「思ったより多いですね。アーシー出来るだけ大きな騒ぎを起こせますか?」

『ボクが顔を出したらそれだけで大騒ぎだよ。』

『下にはいねぇ。全員上だ。しっかりやれよお人形ちゃん。』

『お前、先輩様に向かっていい気になるなよ?』


 アーロンの暴言に糸を伸ばすアーシー。しかし特式のアーロンの前で調律師の能力は無効となる。糸は体に触れる前に焼け消えた。


『お子様はテディベアでも抱っこしてすっこんでろよ。あ、お前は抱っこされるほうか。』


 少しでも力を入れれば折れてしまいそうな細いアーシーの首を持って持ち上げると、アーロンは白い肌にナイフを走らせた。新式の調律師に普通の刃物を突き刺したとしても痛覚もなく切ったと同時に再生するが多少の流血は避けられない。


『綺麗な赤だなぁ。』


 ナイフ付着した血を舐めたところで、アーロンの体から力が抜けて崩れ落ちた。解放されたアーシーは華麗に着地を成功させて見下ろす。


「いい加減になさいアーロン。あなたに特別な能力がありますが全ては私が許容しているから使用できるのです。貴方は髪一本に至るまで私の支配下にあるという事を忘れないでください。」


 調律師を処分するための能力を持つアーロンには特殊なプログラムを施してある。シドは飼い犬に手を噛まれないようにしっかりと首輪をつけたのだ。


『ちっ』


 大きな舌打ちをしながら起き上がったアーロンの目つきに築かれぬように怯えながら、シドは自身の準備の良さを心の中で称賛した。


「アーシー。あなたも相手をあまり煽らないように。」

『はーい。』


 気の抜けるような返事であるが素直に司令を聞いてくれる分、アーシーの方が可愛げがある。

 なんて思っていた数分前の自分の思考をぶん殴りたいと思ったのはシドだけでないはずだ。

 シドに諫められても馬が合わずに張り合っていがみ合いを続けたアーシーとアーロン。

 アーシーの陽動の陰でアーロンがこっそりと旧式を処分する筈が2人で騒ぎを起こしハンターゲームよろしく派手にターゲットの首を捥ぎ取ってきてしまったのだ。

 命じた作戦は密殺だったはずが水と油のファンタジスタで公開虐殺へと錬金されてしまった現在の状況に、司令官は意識を飛ばし参謀補佐官は両膝を床に着いて頭を抱えている。


「……どうすんだ、これ。」


 経験と年の功でこの空間の中では正気を保っているコールが天を仰ぐ。全員狩りとってしまっては意味がない。せめて一人は話を聞ける状態で残してほしかったというのが本音である。


「なぁ、アーシー。お前さんの糸は思考と記憶を読めたよな?」


 一縷の望みをかけて提案してみるが本人は毒々しい赤紫色をしたロリポップキャンディを舐めながら鼻で笑った。


『無理無理。死んだ脳細胞に電気を流したところで記憶も思考ももどらない。死人に口なしだよ。』


 義手となってそれなりの時を刻んだ右手を器用に動かして煙草を取り出すと火をつけてコールは紫煙を吐き出した。

 一服したところで明暗が浮かぶはずもなく、コールが出来たことは気持ちの切り替えだけだった。

 起こってしまったことを悔いても後の祭りである。現状できることもなければ打開策もない。そうとすればやる事は後始末だ。


「よし、作戦終了。後片付けは各自で適当にな。解散。」


 それだけ言うとコールは通信を切りる。


「こっちはあたしがなんとかするからそっちはよろしくね。」


 未だに意識の戻らない司令官を然るべき場所で寝かせるためにメリはシドを横抱きに抱えて退出した。コールは頭を抱えている参謀補佐官、ペルを床から立たせてソファーへと導く。

 コーヒーの一杯でも注いで渡せば落ち着くだろうかと咥え煙草でお湯を沸かす準備へとはいった。

◆特式…新式の調律師のプログラムに更に特定の特殊プログラムを追加した調律師。

◆アーロン…旧式の調律師を見分けることが出来る特式の調律師。性格破綻した巨漢。

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