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異世界派遣社員の憂鬱  作者: よぞら
徨の章
20/36

魔窟

 上空1万5千メートルまで上昇すると宇宙に近い藍色の世界が目前に広がる。シドは懐かしい景色にホッと息を吐いた。


「さて、行きますか。システム、安全運転でお願いしますね。」


 電子音が鳴り、シドが乗っているボルスパイラと呼ばれる球体の飛行型有人船が重力加速度がかからないようゆっくりと加速しながら動き出す。ジュビア東方連合国より空路を目的の座標まで移動して垂直効果する予定だ。時間も短縮できて安全な移動手段である。

 今の技術では燃料となる人工発火鉱石液が造れないので多様化できないことが雑念である。限りある燃料は移動が極端に少ないシドのみが利用していた。

 多忙のトップのみが使用するのだから公平である。


「2人とも、体を休めなくて良いのですか?」


 シドは後部座席で寛ぐ2人に声をかけた。爪を研ぐ女性と弦楽器を奏でながら歌う男性。


「ネブリーナでの汚名返上しないといけないしぃ、弱いシドちゃんを守ってあげないといけないしぃ。」

「ネブリーナでの汚名返上しねぇといけねぇしぃ、リハビリの成果と義手の威力をお披露目してぇしぃ。」


 メリとコールが困ったように笑いながら、内心は楽しそうに答えた。久しぶりの外出なのだから年甲斐もなくはしゃいでいるのだろう。


「戦闘でも潜入でもなくて会談に行くんですよ?」

「道中襲われたらどうするわけ?」

「あんた戦闘力ゴミじゃねぇか。」


 辛口の返答にシドは吐血しそうになる。

 新星歴787年、雨節。北半球にあるジュビア東方連邦国は暦上は乾季であり、南半球にある目的地は雨季にあたるが今のR=0009に季節はない。

 ジゼルが犠牲となった1度目のネブリーナ皇国最深部への潜入から6年。新種のアキシオンが3種類造られ、2年前からはナルが別任務に就き表舞台で動き出した。

 派遣軍として潜入していたメリも見破られそうになり表向きに殉職した事にして帰国していた。


「まったく、旧式は働き者で困ります。」

「ブーメラン脳天直撃案件~。」


 弦楽器を鳴らしながら歌うように言われた憎まれ口にシドは口を閉ざした。


「蒼天の底深く、深海の小石が如く、夜の訪れまで沈む光~♪」


 コールは義手を器用に動かし弦を弾き、陽気に詩歌うのだった。

 数年前よりネブリーナ皇国が神の領域へ進軍を始めた。アキシオンによる侵略。小さな集落から大きな町まで力のあるα元素変異体もとい神使がいる所を中心に荒らされていた。

 新たな実験体を求めてα元素変異体狩を始めたのだ。

 魔術に長けた実験体を手に入れたことでアキシオンはかなり強化した。ナルほど強い個体は造られなかったが、調律師の脅威となっている。

 ミセリコルデを解明してアキシオンの私用する疑似魔術は調律師の再生能力を鈍らせるため、ジゼルの二の舞を防ぐため旧式の調律師を使えなくなった。

 旧式の調律師の戦力でなければアキシオンに渡り合えず、潜入は平行線のままである。


「それにして今更神の領域と手を結ぶなんて森の軍師様はご健在ね。」


 美しく磨き上げた爪を眺めながらメリが溜息を出す。

 腑抜けて隠居していたと思われていたペルは時々ジュビア東方連邦国から抜けだしていた。息抜きになればと誰も何も言わなかったが、神の領域内にある一番大きな国、ココメロ王国の幹部と謁見し、数年かけて協定を結ぶための下準備をしていたのだから驚きだ。

 生活安定のため浄化地帯に移住したい神の領域の民と浄化地帯の人間を護る為に侵略をやめてほしい調律師。相反する勢力だが、アキシオンの侵略という問題を抱えていることは同じである。

 調律師への協力を条件に浄化地帯内への移住計画をちらつかせたことでとんとん拍子に話は進んでいたのだ。

 イエロ連合王国は唯一同盟を結んでいるが受け入れに限りがある上に、全ての神の領域の民と同盟を結んでいるわけではない。今回は神の領域の民全てに支配の手が届く王国との同盟だ。彼らにとっては願っていもいない条件であった。

 あとは首脳会談にて同盟を結ぶのみという段階まで進んだ分厚い計画書を渡されながらプレゼンされたときはシドは百数十年ぶりに気絶したのだった。


「ペルもよく独断でここまで動いたもんだな。」


 直立姿勢まま倒れたシドを目前で見たコールはペルの鬼才ぶりに呆れるほかない。

 各々が時間を潰しながら空路を移動すること4刻。亜音速とはいえ移動距離が1万キロメートルを超えるとそれなりに時間がかかる。目的の座標に近づいたボルスパイラは絶叫系はおろか飛行機すら苦手なシドにあわせて加速時と同様に重力加速度がかからないようにゆっくりと減速した。

 目前に広がる黒から藍色にグラデーションがかかり明るい青になる宇宙と空の狭間。そして下に広がる紫がかった灰色の分厚い雲。ここが汚染地帯の中心にある神の領域の上空ということが見ただけでも判断できる。


「なぁ、まさか上昇時みねぇに何十分もかけて降下するとはいわねぇよな?」

「3分くらいで降りられないの?」


 広いとは言えない船内での長時間移動に痺れをきらしたコールとメリがオートパイロットにて降下準備に入るシドに問う。


「1万5千メートルから3分ってスカイダイビングより速いじゃないですか。私の心臓止める気ですか?」


 非難の目を向けるシドを無視してコールはベルトを外して後部座席から移動した。


「大丈夫、大丈夫。衝撃的すぎて逆に動くって。」

「こら、コールっ。勝手に操作しないでください。」


 オートパイロットからマニュアル操作に切り替えるコールをシドは慌てて止めようとするが後ろから伸びてきた白い手に捕まり後部座席へと引きずり込まれた。


「大丈夫、大丈夫。わたしのおっぱいエアバックで守ってあげるからん。」

「ちょっと、メリっ。あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。」


 メリの豊満な胸部に顔面を半分埋めながらシドは肺の空気が空になるまで叫んだ。

 上昇時は不快な重力加速度がかからないようにゆっくり40分かけて上昇したが、下降は咥え煙草のシドのマニュアル操作により急加速急減速の荒すぎる運転で40秒程で地上へ降下した。

 最高速度はメーターを振り切り時速1800キロメートルへ到達しただろう。地球人に育てられた宇宙猿が乗る雲のスピードである。


「うっし、着いたぞ。座りっぱなしでエコノミー症候群になるわ。」


 あっけらかんと操縦席から降りて体を伸ばすコールをシドは睨みつける。


「……コール。……私を、怒らせたこと、絶対に、後悔させますから。」

「ちょっと弱すぎじゃね?」


 恐怖のあまりメリに抱き着いたまま、青白くなった冷や汗まみれの顔で力なく悪態吐くシドにコールは呆れるほかない。

 シドが戦闘はおろかちょっとした衝撃すら耐性皆無な腰抜けだと知る者は多いが予想を上回る。いつかレイが面白おかしく語っていたシドの転移から1節は失神ばかりでまともに会話が成り立たなかったという話題をコールは大袈裟だと信じていなかったが信憑性が生まれたのだった。





。+・゜・☆.。.+・゜melancholy゜・+.。.☆・゜・+。





 コールの操縦で予定時刻より早く目的地に着いたシド達は待ち構えていた使者に連れられて女王の謁見の間にいた。

 球結膜が黒色である黒強膜族(ディーアイン)の統治するCocomero(ココメロ)王国。

 深夜のような青みがかった黒髪に赤い恒星のようなゴールデンイエローの瞳。華奢で小柄な夜色の女王が一国の主にしては質素な椅子に座っている。

 同等の立場であると配慮するかのようシドも通されて早々に着座を促された。


「拝謁の栄を賜り光栄に存じます。女王陛下。」

「其方が人を支配する影の王かのう。まずはゆるりと休まれよ。しかるのちにまともな顔色で話すがよい。」


 鈴を転がすようなソプラノで顔色の悪いシドを気に掛ける女王の言葉に傍に控えるメリとコールは全身全霊で笑いをこらえる。


「あ、いや、……温情痛み入ります。こちらは問題ございませんので予定通りに。」


 シドは咳ばらいをして誤魔化すとリノールと呼ばれる5センチ程の薄茶色をした正八面体の電脳装置を取り出し会談に必要なデータを空中結像させた。


「改めまして、管理調律師統括の紫藤(シドウ)夕弦(ユヅル)と申します。シドの通称を使用してますが好きに呼んでいただいて構いません。」

「ココメロ王国が女王、Lucia(ルチア)Margarete(マルガレーラ)Einhorn(アインホルン)じゃ。妾の事も好きに呼ぶがよい。」


 シドは郷に従っ通称でなく本名を名乗り、同じく名乗った女王ルチアと握手を躱す。


「管理調律師統括専属護衛のColwyn(コールウィン)Rowe(ラウ)、通称コールでっす。」

「管理調律師統括臨時護衛のAmelia(アメリア)Henderson(ヘンダーソン)、通称メリよ。」


 女王の御前で軽すぎる二人に若干の頭痛を覚えながらシドは話を進めた。


「無理にかしこまってボロが出たら恥ずかしいので失礼ながら能書きは省略させていただきますね。」

「妾と其方は対等なのじゃ。かしこまる必要もなかろう。その堅苦しい話言葉も崩すがよい。」

「話し言葉は自前ですのでご寛恕(かんじょ)賜りたく。」


 仕事柄、何十年も遜って生きてきた癖は調律師になってからも抜けることなくシドは誰に対しても低姿勢で敬語を使用する。甘くみて見下す調律師もいるが全ての決定権と命までも握っているのだから逆らうものは皆無だ。


「難儀な男じゃのう。」


 笑いながらルチアはシドの用意した契約書の詳細に目を通しながら規約に対する同意のサインを入れていく。とある項目で文章をスクロールする手が止まり視線をシドに向けた。


「お主ら、珍妙な能力を持っておろうや。魔術まで手にする気か?」


 ルチアが目をつけたのはα元素汎用術もとい魔術研究の項目だ。


「習得する気はございませんが対抗策のために予備知識が必要になりまして。」

「北の人造魔導士か。」

「ここではアキシオンの事をそう呼称するのですね。」


 新型のアキシオンは魔動式の武具による疑似魔術を使用する。百数十年前の神の領域との侵略戦争でも散々苦渋を舐めさせられた魔術という解明できない未知の能力には未だに頭を抱えていたのだ。

 アキシオンはさることながら、この場で口にできないが破壊神(アポック)に対抗するにはα元素について理解し対抗策を見出すしかない。

 魔術を生業とする神の領域の民の協力を得られるならば多少無理難題を突き付けられても藁にも縋る思いで手を取りたいのだ。


「今、ここで我々がα元素汎用術と称している魔術についてお聞きしても?」

「妾に答えられることなら。」


 手を止めたまま、ルチアはシドを見据えた。


「もし、わたしが大規模な魔術を使用するとしたら習得までどのくらいの帰還を必要としますか?」

「お主の理想とする規模にもよるが小規模の術式すら使用経験のない者が扱おうなど現実的に不可能じゃ。術式の発動を補助する陣や魔道具を使用すれば出来ぬこともないだろうが反発に耐えられぬだろうて。」

「反発とは?」


 聞き返すシドを鼻で笑うとルチアは足を組み替える。


「人を統治する影の王が知らんわけでもあるまい。ダブス・エンドレじゃ。其方らは塩化症候群と申したかのう。耐性のない状態で扱えば蝕まれよう。術式の発動とともに通常の何倍もの速さで進行し命尽き果てる事となろうや。」

「前例はありませんが調律師も例外でない可能性がある以上むやみに手を出すべきではありませんね。」


 未だに画期的な治療法の見つからない不治の病。レイの付与によりα元素に対して耐性があるとはいえ調律師も塩化症候群に罹患しないとは言い切れない。レイとは異なる始祖の転移者、破壊神(アポック)の力の残滓なのだから。


「そもそも魔術の血筋と才は前提として鍛錬と知力も必要なのじゃ。例えば指に火を灯す簡素な術式であろうとも血筋も才もなき人ならば数年を要するじゃろうて。」


 一応、魔術には感覚的に取得する方法と理論的に取得する方法がある。

 魔術は空想現実であるがあくまで実現可能な現象の具現なのだ。魔力で強制的に化学反応を起こす術式。

 つまり仕組みを完全に理解し構想を組み立てて発動を促すか、確固たるメージを魔力へ反映させるか。ただし、感覚的に発動する魔術は不安定であり現実的でない。ならば、数ある術式の構想を理解する所から修練ははじまり、一朝一夕で身につけられるものではない。


「ただの人が数十年も費やし魔術を覚えるなど現実的ではあるまい。」

「なるほど。では魔術を扱えるあなた方の協力が必要不可欠ということですね。」

「卑しくも奥ゆかしい男じゃのう。」


 契約書の各規約事項に同意する作業を再開させながら、ルチアはシドを見つめる。


「して其方らに手を貸して如何な見返りを望めるのかのう。」


 こちらの提示する条件を聞いているだろうがわざとらしい事だ。一国のトップだけのことはある。試すような腹の探り合いは若か知り頃に経験した取引先との営業を思い出させる。


「アキシオンの標的となる神使の保護と浄化地帯への移住がこちらの提示する同盟条件です。」


 ネブリーナ皇国が狙っているのは強い神使。世界中の人々が納得する理由で守る必要がある。

 第一歩として軍人としてパイロープ帝国へ迎え入れる。一定の任期を全うすれば浄化地帯での身分証を発行する。浄化地帯の身分証を持つ者を流石に狩ることは出来ない。

 身分証入手後の移住先はイエロ連合王国、ウォール諸島共和国、パイロープ帝国、ジュビア東方連邦国。アルド公国は城壁外の辺境に領地を作り、城壁内への移住は不可とする。

 派遣軍の一人がアキシオンに殺されたパイロープ帝国はネブリーナ皇国を敵対しており、国の上層部はかなり乗り気だからこそ実現可能となった事だ。


「なるほどのう。我らとしては破格の好条件ということか。こちらに臨むことは?」

「人の領域を制するうえで不都合な一部の情報に箝口令を。そして対魔術の研究の講師として有識者を数人わたしに預けていただけますか?」

「よかろう。妾とて民の安全と平穏が一番じゃ。お主らを手に回すと国ごと滅ぼされそうじゃしのう。かよわい妾ではとても国民を守れそうにないしのう。」


 全ての規約にサインを終えたルチアは庇護欲をそそる素振りをする。これでは脅して契約書にサインをさせたような絵面だ。


「あの、こちらが極悪非道な悪人みたいに聞こえるんでその言い方やめてもらえます?」

「武人と色を侍らせて言われてものう。」


 そこでシドは膝に頭を預けてもたれかかるメリと護衛よろしく背後に控えるコールの存在を思い出して顔色を青くする。2人の行動が日常的過ぎて完全に失念していたが今の状況は異常である。

 これでは悪役の大将が部下を連れて脅迫めいた命令をしているようだ。


「まぁ、正義の味方には見えねぇわな。」


 笑いをこらえながらいうコールの小さな独り言はしっかりとシドの耳に届いていた。

◆ボルスパイラ…球体の飛行型有人船。最高速度は時速1800kmで宇宙空間も飛行可能。

◆ダブス・エンドレ…塩化症候群の別名。神の領域での呼び名。

Cocomero(ココメロ)王国…魔術を得意とする黒強膜族(ディーアイン)の統治するC神の領域内で一番大きな国。

Lucia(ルチア)Margarete(マルガレーラ)Einhorn(アインホルン)…ココメロ王国の女王。華奢で小柄な女性。

Colwyn(コールウィン)Rowe(ラウ)…コールの本名。

Amelia(アメリア)Henderson(ヘンダーソン)…メリの本名。


神の領域では人の領域のように個人情報を厳重管理していないので通称は必要ない。

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