閑話3-38 氷の微笑が鬼神に変わったとき 38
「ひゃう~」
いきなり抱きつかれたエリザベスは顔を真っ赤にして、放心していた。
今まで彼女に対して、ここまで親しげな人はいなかったためだろう。
人からの愛情に対し、耐性がないのだ。
そんなエリザベスをよそに、伯爵夫人は満足そうな表情を浮かべた。
そして、旦那の方に視線を向けると、その表情な先ほどとは違って真剣なものに変わっていた。
「さて、あなた?」
「……なんだ」
声をかけられた伯爵は少し機嫌が悪そうな表情をしていた。
一体、どうしてだろうか?
夫婦仲は良いと聞いている。
夫人から離しかられたことで機嫌が悪くなるとは思えないのだが……
「状況を説明していただけますか? バランタイン伯爵の当主ともあろうあなたがどうしてこんなところで、こんな派手な戦闘を?」
「……」
伯爵夫人の言葉に伯爵は黙り込む。
あまり言いたくないようだ。
まあ、娘を奪おうとしている相手に返り討ちにあったとは話しにくいか?
実情は少し違うが……
「あなた?」
「カルヴァドス男爵と決闘したんだ。それで負けた」
「どうしてそのようなことを?」
伯爵の言葉に夫人は首を傾げる。
どうしてそのようなことになっているのか、理解できていなかったのだろう。
そんな彼女に伯爵は説明をした。
「この男がクリスだけでなく、そこの女性も娶ろうとしていたからだ。そんなクリスが不幸になる可能性のある重婚を認めるわけにはいかんだろう」
「……あなた」
「わかってくれるか?」
夫人の声に伯爵は少し嬉しそうな表情を浮かべる。
自分と同じ立場であることから、夫人も同じように重婚を反対してくれると思ったのかもしれない。
しかし、それは幻想だった。
「馬鹿なんですか?」
「え?」
突然の馬鹿呼ばわりに伯爵は呆けた声をだす。
もちろん、そんなことを言ったのは伯爵夫人である。
彼女は呆れた表情で旦那に文句を言う。
「アレンさんにリズちゃんがいることは調べればわかることでしょう? それを怒ったうえ、それを理由に決闘なんかして……馬鹿としか言いようがないでしょう?」
「知っていたのか?」
伯爵夫人の説明に伯爵が驚く。
伯爵が知らなかった情報を伯爵夫人は知っていたためである。
いや、この場合は伯爵の方が共感できるのではないだろうか?
普通、何の関係のない人間の交友関係なんて、知ることなどないのだから……
しかし、そんな驚く伯爵に夫人は説明を始める。
「クリスちゃんからアレンさんの話を聞かされたときから、私は彼の周囲を調べることにしました。クリスちゃんを幸せにできないような男であれば、その話を進めさせないためです」
「……確かに必要だな」
夫人の言葉に伯爵は納得する。
たしかに夫人の言っていることはもっともであるからだ。
娘を大事に思うからこその行動──そういう意味では、伯爵自身も行動はしていた。
アレンと直接対談することである。
しかし、事前に情報を得るべきではあったのかもしれない。
調べられたアレン側からすれば、勝手に情報を手に入れられているので怖いのだが……
「アレンさんの情報を集めていれば、自然とリズちゃんの情報も手に入りました。そして、リズちゃんとアレンさんが相思相愛であることも」
「「えっ!?」」
突然の暴露にアレンとエリザベスが驚き、顔を赤くする。
この人はどこまで情報を集めているのだろうか?
というか、どこで集めれば、そんな情報を手に入れられるのだろうか?
そんな疑問を二人は感じていた。
まあ、冒険者ギルドで話を聞けば、そのレベルの情報は簡単に手に入るわけだが……
知らないのは本人たちだけである。
「なら、リナリアもクリスが嫁ぐことに反対するんだな?」
夫人の言葉に伯爵はそんなことを言い出した。
この期に及んで、何を言っているのだろうか?
恋愛結婚した二人だからこそ、重婚に対して同じような嫌悪感を持っていると思ったのだろうか?
だからこそ、賛同者を得ようとしているのかもしれない。
そのための決闘で負けておいて、何を言っているのだろうか?
当然、そんな意見が通るはずもなく……
「あなたは決闘で負けたんですよね?」
「うぐっ!?」
「そして、クリスが嫁ぐことも認めたのでしょう? だったら、今さら何を言っているんですか?」
「うぅ……」
夫人の正論に伯爵はどんどん気持ちが沈んでいく。
最初に出会ったころの怖い雰囲気が今ではまったく感じることができなかった。
完全に尻に敷かれているではないか。
こんなところにもそのタイプの夫婦がいたとは……
「それに私は情報を集めた結果、クリスの嫁入りに反対するつもりはありませんよ」
「なぜだっ!?」
「そんなこと当たり前じゃないですか。アレンさんが誠実で、周囲の人から信頼される人格者だからですよ」
「こんな若造が?」
夫人の言葉に伯爵が驚く。
夫人のアレンへの評価が高いのも驚きではあるが、伯爵のアレンに対する悪感情もどうかと思う。
一応、昨日出会ったばかりではあるが、そんな呼び方はどうだろうか?
いくら貴族としての位も年齢も上だとしても……
「アレンさんは冒険者仲間、ギルド関係、その周囲の職種の方々だけでなく、王都の一般市民たちからとても信頼されています。もちろん【英雄】だからと言う理由ではありません」
「なんだと?」
「むしろ、彼が信頼されていたからこそ、先のギガンテス討伐を成し遂げられたのだと私は考えます。彼とそのパーティーがギガンテスと戦うことができるように、他の人たちが様々な準備をしてくれました。完璧ではありませんでしたが、その結果被害が少なくなったはずです」
「だが、クリスが殺されそうになったのだぞ?」
夫人の言葉に伯爵が反論する。
伯爵の言っていることは正しい。
クリシアがアレンに一目惚れをしたのは、彼女がギガンテスに襲われそうになったところを救ったからである。
だが、逆に言えば、クリスがギガンテスに殺されそうになったということでもあった。
そのことを伯爵は指摘したかったようだ。
ブックマーク・評価・レビュー等は作者のやる気につながるので、是非お願いします。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。




