閑話3-32 氷の微笑が鬼神に変わったとき 32
「ちぃっ!」
いきなりの先制攻撃を受け、アレンは思わず舌打ちをする。
自分が意識を逸らしていたせいではあるが、不意打ちをされたことにいら立ちは隠せない。
だが、バランタイン伯爵がしたのは、戦場を氷一面に変えたことだけだ。
ここまで周囲の状況を変化させるのはかなりの魔力を消耗することになる。
【氷属性】の彼にとって戦いやすいフィールドにはなったが、だからといって消耗もばかにならない。
初っ端のこれがどこまで戦況に影響するのか……
「死ねええええっ!」
氷の上を滑るようにバランタイン伯爵が襲い掛かってきた。
「相手を殺すことは禁止」と言った本人であるのに、その言葉には完全に殺意があった。
まあ、それをとやかく言うつもりはないが……
(ツルッ)
「くっ!?」
攻撃を回避するべく踏み出そうとしたのだが、足を滑らせて体勢を崩してしまう。
予想以上に地面が滑りやすくなっていた。
氷と言うのはここまで滑りやすいのか、アレンは思わずそんなことを考えてしまった。
そんなアレンに向かって、バランタイン伯爵の氷の剣が襲い掛かる。
(ギイイイイイイイイイイイインッ)
硬いもの同士がぶつかった甲高い音が鳴り響く。
氷の上を自由に動けるバランタイン伯爵と動きの不自由なアレン。
戦況は完全にバランタイン伯爵に有利であった。
だが、一面を氷にされている事は、アレンにとっても良い点があった。
滑りやすいためにしっかりと立つには不向きではあるが、相手の攻撃に対して衝撃を逸らしやすくなっている。
しっかりと受け止めれば、その衝撃を自身で耐えなければならない。
だが、滑りやすくなっているということで、相手の攻撃に身を任せることで衝撃を流すことができるのだ。
(サーッ)
攻撃を受け止められたのを確認したバランタイン伯爵はアレンから離れ、氷の上を滑るように動く。
その動きはとてもスムーズであり、このフィールドにおいては彼並の動きができる人間はいないのではないだろうか?
しかも、速いだけではない。
そのスピードを利用して、攻撃の威力へと転化することができるのだ。
「【幻氷乱撃】」
「くっ!?」
四方八方からバランタイン伯爵が襲い掛かってくる。
もちろん、同時ではない。
バランタイン伯爵がアレンに攻撃を加え、通り過ぎる。
そして、滑りながらアレンの死角へと移動し、再び攻撃を加える。
これを繰り返すことによって、アレンの反撃を許さない状況を作り上げていた。
氷の上で自由にかつ速く動くことにより可能になる戦術である。
動きが不自由なアレンにとって、対処することは難しい。
だが、ただただやられるわけにはいかなかった。
「ふっ」
(ガシッ)
「むっ!?」
相手が自分の死角から攻めてきているのはわかったので、アレンはあてずっぽうで腕を出した。
この行動は下手をすれば、腕を切り落とされる可能性のある賭けであった。
しかし、結果として成功することができた。
アレンの手はバランタイン伯爵の胸倉を掴んでいた。
「おらあっ!」
アレンはそのまま力任せに右腕を振るった。
歴戦の傑物とはいえ、年齢のせいで全盛期に比べれば衰えている──だからこそ、取れた戦術である。
バランタイン伯爵は勢いよく投げ飛ばされ──
(キュキュッ)
「くっ!?」
地面に叩きつけられると思いきや、バランスよく着地を決めていた。
それを見たアレンは悔しげな声を上げる。
流石に大ダメージを与えることはできないと思ったが、氷の上に倒れることを期待していたのだ。
だが、実際には何の苦労もなく、ノーダメージで切り抜けられただけだった。
しかし、その表情は少し驚いていた。
「どうやら私は君を舐めてしまっていたようだ」
「はあ? 俺を相手にえらい自信だな?」
バランタイン伯爵の言葉にアレンは言い返す。
アレンにも戦闘においての自信があった。
だからこそ、バランタイン伯爵の言葉にイラっとしたわけだ。
しかし、バランタイン伯爵はアレンのことを馬鹿にして、そのようなことを言ったわけではない。
「この戦場になった時点で私の勝利はほとんど確実だと思っていただけさ。私の功績のほとんどはこの魔法によって作られたものだからな」
「……なるほど。道理で恐ろしいぐらいに精度が高いわけだ」
バランタイン伯爵の言葉に今度は納得するアレン。
一連の流れを受けて、あまりにも手慣れすぎていると思っていたのだ。
相手を自由に動かせず、自分は自由にかつ速く動き、一方的に攻撃を加えていく。
即興でするようなレベルの攻撃ではなかった。
バランタイン伯爵の功績を作り上げた技であるならば、この手際の良さは納得できるわけだ。
「だが、同じ方法は通用しないぞ? 今度は腕を切り落としてやろうか?」
「……物騒だな、おい」
バランタイン伯爵の言葉にアレンは顔をしかめる。
【殺すことは禁止】というルールを平然と破りそうなバランタイン伯爵の言葉に対してではない。
いや、それもないわけではないが……
バランタイン伯爵の言った通り、先ほどの防御はできないと言われた点である。
先ほどはバランタイン伯爵の不意を突くことができたおかげでたまたま対処することができた。
しかし、次はおそらく警戒されている。
勘で手を伸ばしたとしても見当違いの方向になる可能性が高く、当たったとしてもバランタイン伯爵の剣で斬られるのがおちである。
初っ端からなかなか厳しい戦況である。
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