閑話3-28 氷の微笑が鬼神に変わったとき 28
翌朝、アレンたちはバランタイン伯爵邸に再び訪れていた。
アレン、エリザベス、クリシアの三人で来たのだが……
「なんでクリス様がこっち側?」
アレンは思わずツッコんでしまった。
クリシアはバランタイン伯爵側の人間。
それなのに、どうして一緒にバランタイン伯爵邸に入ろうとしているのだろうか?
そんなアレンの反応にクリシアは笑みを浮かべながら答える。
「もちろん、アレン様の味方だからですよ」
「いや、俺の味方だからって、こっちにいる必要はないでしょうよ。というか、昨晩は屋敷に帰っていないんですか?」
クリシアの答えにアレンはツッコむ。
ツッコみどころが満載なせいで、アレンは若干息を切らしていた。
魔物と戦っているときには息を切らす姿すら見られないのに……
「昨晩はリズの部屋に泊めてもらいました。初めて、パジャマパーティーというものをしましたよ」
「リズ先輩っ!?」
クリシアの言葉にアレンはエリザベスに視線を向ける。
まさかそんなところに協力者がいるとは思わなかった。
まあ、クリシアがバランタイン伯爵家以外で頼ることができるのは少ないだろうから、仕方がないのかもしれないが……
非難の目を向けるアレンにエリザベスは言い訳をする。
「だ、だって……「帰りたくない」って悲しそうな表情で言うから……」
「いや、恋人に言われた男じゃないんですから……」
エリザベスの言葉にもアレンはツッコんでしまう。
彼女はまるで女性と付き合ったことのない男のような反応をしていた。
女性から甘えられれば、素直に受け入れてしまう──経験がないゆえに、お人好しになってしまうわけだ。
そういう男は下手な女に引っかかる可能性があるので、注意した方が良いだろう。
まあ、エリザベスにはすでにアレンがいるので、その心配はないはずなのだが……
「それに、女の子の友達って初めてだったから……」
「……」
エリザベスの言葉にアレンはこれ以上何も言えなかった。
そういえば、エリザベスに同性の友達がいなかった。
いや、言い方が悪いな。
正確に言うと、男女問わず対等な友達がいなかった、と言うべきか?
エリザベスは平民の中でも貧乏な家の出身であり、その時点で他の冒険者からも侮られるような状態だ。
だが、その才能と絶え間ない努力により瞬く間にランクを上げていき、トップクラスの冒険者へと成長したのだ。
その結果、周囲の人間は彼女のことを好きな者と妬む者に分かれていた。
好きな者は彼女のことを頼り、崇拝していた。
妬む者は彼女の評判を下げるようなことを噂にして流していた。
後者はともかく、前者は彼女のことを好きではあるが、友達とは言えない存在だった。
そんな奴らしかいなかったので、彼女には今まで友達と呼べる存在はいなかった。
そういう意味ではクリシアはエリザベスにとっての【初めての友達】と言えるわけだ。
そんな記念すべき出来事でエリザベスに色々言うのはかわいそうだ。
ならば、クリシアに言うべきなのだが……
「そういえば、執事の方がいましたよね? その人はどこに?」
アレンは昨日のことを思い出し、クリシアに質問する。
クリシアの後ろには、常に初老ぐらいの執事が立っていた。
時折睨みつけられていたので、ものすごく印象が残っている。
なんで、あれほど睨みつけられていたのだろうか?
いや、睨みつけられて当然なのかもしれない。
アレンはクリシアと結婚するだけでなく、重婚をするわけだ。
クリシアの幸せを考えているであろう執事にとって、アレンは敵同然の可能性がある。
流石にバランタイン伯爵だけでなく、あの執事も相手にするのは流石にきつい気がする。
「もちろん、屋敷に帰しましたよ」
「……つまり、貴族の令嬢が護衛も連れずに一晩帰らなかった、と?」
「まあ、そういうことですね」
クリシアの言葉を聞き、アレンは問いかける。
その問いかけにクリシアはあっさりと答える。
彼女は何とも思っていないようだが、アレンの中では特大の警鐘が鳴っていた。
昨日、アレンはバランタイン伯爵からクリシアとの縁談を提案された。
その晩、クリシアは屋敷に帰ってこなかった。
この二つの条件から、バランタイン伯爵はどのような結論を導き出すだろうか?
執事が正しい情報を伝えれば問題はないのかもしれないが、アレンに対してあれだけ敵愾心をあらわにしていた彼がそんな都合のいい事をしているとは思えない。
むしろ、バランタイン伯爵の怒りを増すようなことを伝えている気がする。
そう考え、アレンは体を震わせた。
これは恐怖だろうか?
「おかえりなさいませ、クリシア様」
「っ!?」
いきなり背後から声が聞こえ、アレンは驚き振り返った。
そこには、先ほど話していた執事がいた。
その表情は無表情──クリシアの前だからだろうか?
アレンに対しての怒りは微塵も感じられない。
「ただいま帰りました。お父様はいらっしゃる?」
「ええ。クリシア様のお帰りを首を長くしてお待ちですよ」
「ふふっ、たった一晩帰らなかっただけなのに、お父様ったら大げさね。これは嫁に行ったあとは大変じゃないかしら」
執事の言葉にクリシアは微笑を浮かべる。
彼女からすれば、娘のことを極度に心配する親だと思っているのだろう。
たしかにそれは間違ってはいない。
それはあくまでクリシアの視点での話だ。
アレンにとっては違う。
執事の視線がアレンに向かう。
「カルヴァドス男爵もお越しだったんですね?」
「あ、ああ……」
自分に向けられた視線に感情が感じられず、アレンはどもった返事をしてしまう。
怒りの感情があるならば理解できるが、まさかの感情が見えない──これでは逆に怖い。
だが、ここで怖気づくわけにはいかない。
そんな気持ちでアレンは返事をしたわけだが……
「旦那様はアレン様に対しても首を長くしてお待ちしていますよ? ご武運をお祈りしますね」
「……」
執事の最後の言葉にアレンは何も言えなくなった。
最後の言葉──つまり、戦闘が避けられないということだ。
しかも、最大限煽っている可能性も否定できない。
アレンにとって本当に不安でしかなかった。
だが、逃げるわけにはいかない。
クリシアもエリザベスも幸せにするためには、避けては通れない道なのだから……
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