閑話2 とある鉱山街にて
ここはロックック銀山の麓にある街。
その街にある唯一の酒場は夜になっても──いや、夜だからこそ、活気に満ち溢れていた。
酒場の中には屈強な男たちが集っており、ジョッキを片手に飲み食いをしていた。
「マスター、エールをおかわり」
「こっちもだ」
「エールに合うつまみでも作ってくれ」
「うるさいぞ、お前ら。少しは落ち着いて食え」
次々と跳んでくる注文に酒場のマスターは客に怒鳴ってしまう。
マスターの気持ちもわからないではない。
ここ最近、ずっと酒場は繁盛しているのだ。
別に繁盛すること自体は良い事だ。
売り上げが上がることで、マスターの生活は楽になる。
それに鉱山街で酒場がにぎわっているということは、その客である鉱山夫たちが元気である──つまり、仕事をしっかりできているのだ。
それについて文句を言うつもりはない。
だが、ここまで忙しくなると、文句も言いたくなるのだ。
「まったく……ここまで元気になるとな……」
料理を作りながら、マスターはため息をつく。
この鉱山街はつい先日までは街中が失意のどん底に落ちていた。
この街最大の産業であるロックック銀山の採掘現場に強力な魔物が現れたせいで、仕事ができなくなったせいだ。
魔物が現れること自体は割とよくある。
ただの魔物であれば、普通の鉱山夫達でも追い払うことができていた。
伊達に毎日採掘をしていない。
だが、今回現れたのはとんでもない化け物だった。
ただの鉱山夫には太刀打ちできないほどに……
怪我人が出る前に逃げ帰ることを決めてなかったら、かなりの被害が出ていただろう。
しかし、そのせいで仕事ができなくなってしまった。
仕事ができなくなれば、街の活気がなくなってしまった。
そんな中、その魔物を討伐するためにやってきた冒険者がいた。
その姿は明らかに子供で(実際に子供だったわけだが……)、鉱山夫達は彼が冒険者であることを信じなかった。
まあ、襲い掛かって返り討ちにあったので、信じざるを得なかったようだが……
そんな彼は鉱山に巣くう魔物を討伐してくれた。
それだけでなく、一番の大物以外をすべてこの街の復興のために残してくれたのだ。
子供なのに、素晴らしい人格者であった。
最初はその大物も残してくれようとしたが、流石にそれは良心が咎めたので無理矢理にでも渡した。
それ以外のものだけで十分復興できると思われたからだ。
実際に、ここまで復興できた。
「はぁ……店員を雇いたいな」
マスターは思わずため息をつく。
町が活気づいたのは良い事である。
そのおかげでマスターとしての仕事が増えるのもいい。
だが、ここまで仕事が増えてしまうと、マスターの方の体力がかなり消耗してしまう。
休めばいいのかもしれないが、唯一の酒場である以上は休むのは申し訳なく思っている。
仕事の後の一杯を楽しみにしている鉱山夫たちも多いのだ。
そんな鉱山夫達の楽しみを奪うわけにもいかない。
だから、マスターは毎日酒場を開いているのだ。
自分が消耗することになったとしても……
「マスター、おかわりはまだ?」
「追加のエールとつまみを」
「勘定、頼む」
「はぁ……」
次々と呼ぶ声にマスターは大きくため息をつく。
呼ぶ声はすべて野太い声だ。
客のほとんどが鉱山夫──屈強な男たちだからだ。
この街の住人のほとんどが鉱山夫とその家族である。
鉱山夫達は鉱山で仕事をし、家族たちは鉱山夫の帰りを待ちながら家事をしている。
誰も酒場を手伝うほどの余裕はないのだ。
外からでも来なければ……
「あの~」
「ん?」
酒場には似つかわしくない声が聞こえてきた。
気になったマスターが視線を上げると、そこには一人の女性がいた。
年のころは10代後半といったところか、マスターとは一回り以上年が離れているように見える。
身長は屈強な鉱山夫達の胸のあたりまでしかなく、周囲に鉱山夫達がいるせいでかなり小さく見える。
そのせいか、彼女が怯えたように震えている。
いや、これは彼女が単純に緊張しているのか?
「お? 嬢ちゃん、かわいいじゃないか?」
「こっちで一緒に飲もうぜ」
「ひっ!」
女性の存在に気付いた鉱山夫達が声をかける。
声をかけられた瞬間、女性は悲鳴のような声を漏らした。
強面の男たちにいきなり声を駆けられれば、怖いと思うのは当然だろう。
ただでさえ、人相が悪いのに……
とりあえず、マスターは調理を一段落させ、厨房から出た。
「おい、お前ら」
「おっ!? 料理がき……ひっ!?」
「どうし……たっ!?」
料理が来たことを喜ぼうとした男たちがマスターの顔を見て、慄いた。
そのことにマスターは少なからずショックを受けた。
マスター自身も自分が強面である自覚はある。
だが、ここに来るような鉱山夫達だって、似たような強面なのだ。
そんな奴らに慄かれたくはなかった。
しかし、今はそんなことを考えている時ではない。
「うちの店で無理矢理女を口説くのは見過ごせないな」
「ちょっ、無理矢理って酷いな」
「俺たちは彼女におごってあげようと……」
「お前らの顔で言い寄られれば、彼女だって断れないだろ?」
「「うぐっ!?」」
反論しようとした男たちだが、マスターの一言で言葉を詰まらせる。
彼らも自身の顔が強面であることを自覚しているのだ。
「あ、ありがとうございます」
「いや、構わんよ。ところで、こんなところへどうしたんだ?」
女性が感謝の言葉を告げてきたので、マスターは答えつつ質問する。
鉱山夫達の仕事が終わってから、つまり夜になってから少し時間が経った頃──飲み始めの時間ではあるが、女性が一人で出歩くのには少し遅い。
しかも、こんな男だらけの場所に来るのは違和感があった。
「実は、先ほどこの街に到着したんですが……」
「こんな時間にか?」
女性の言葉にマスターは驚いた。
こんな夜に女性が一人で街にやってきたというからだ。
女性の一人旅にしては、時間が遅すぎる。
それにきた場所もこんな街だ。
かなり違和感がある。
「はい……もう少し早くつもりだったんですが、思ったより時間がかかって……」
「ふむ……」
女性の言葉にマスターは彼女を観察するように見る。
女性をそのように見るのは不躾かもしれないが、彼女の様子からどのような人物であるかを考えるのだ。
見たところ、旅慣れた様子はない。
馬車でここまでくる時間を推測できないだろうな。
「それでこの街に何の用かな? 君のような可愛らしい女性が来るような場所ではないと思うが……」
「か、かわっ……い、いえ……えっと……」
マスターの「可愛い」という言葉に照れ、その後は質問にどう答えようか悩んでいるようだった。
その表情からどこか訳ありなんだな、とマスターは推測した。
どういう理由があるかはわからない。
誰にだって、隠したいことの一つや二つはある。
だが、彼女が悪い人物ではないことは少し会話しただけでも理解できた。
そんな彼女をこのまま荒くれ者がいる街にほっぽり出すわけにはいかない。
「とりあえず、何か飲むか? お酒は……飲めなさそうだな」
「の、飲めますっ! 私、もう成人ですし、20歳も超えていますから」
「なにっ!?」
このとき、マスターはかなり驚いた。
なんせ、女性が予想よりも年上だったからだ。
といっても、マスターの方がかなり年上ではあるが……
こうしてマスターはとある女性と出会った。
彼女がこの先酒場で働き始め、いろんな出来事に巻き込まれることになるのだが、その話はまた別の機会に……
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続きが気になる書き方をしてみました。
といっても、続きはほとんど考えていませんが……
とりあえず、苦労人気質のマスターに春が芽生えればな、という気持ちで書いてみました。




