7-94 死んだ社畜はとうとう観念する
「イリアさん、本気なんですか?」
俺はため息をついた後、イリアさんに問いかける。
彼女は初めて出会った三年前からずっと言い続けている。
本気で婚約者になる──いや、すでになっていると思っているようだ。
そんな俺の言葉に彼女は真剣な表情で答える。
「もちろんよ。冗談でそんなことは言わないわ」
「いや、確かに冗談で言う事ではないですけど……俺みたいな男爵家の次男と婚約者なんて、公爵家としてはどうかと思いますよ?」
「その点は問題ないでしょ? 現にシャルの嫁ぎ先として候補に挙がるぐらいだから、公爵家令嬢の私が婚約者としていてもおかしくはないでしょ?」
「たしかにそうですが……この話を公爵が聞いたら……」
「あっさりと受け入れてくれたわね。お父様は私のことも好きだけど、グレイン君のことも気に入っているようよ」
「えぇ……」
イリアさんの言葉に俺は思わず嫌そうな表情を浮かべてしまう。
公爵に気に入られる、この言葉自体は非常に喜ばしい事だろう、本来ならば……
だが、俺にとって権力者に好かれることはそこまで嬉しい事ではない。
力があるものにとっては、厄介ごとが舞い込んで来るルートが一つ増えることに他ならないからだ。
ただでさえ厄介ごとに巻き込まれることが多いのに、どうしてこれ以上の厄介ごとを増やそうと気になるだろうか──いや、ならない。
そんなことを考えていると、いつの間にか近づいてきたイリアさんが下から見上げてくる。
「グレイン君は、私のこと嫌い?」
「うぐっ」
いきなりの光景に俺は思わず口から変な音が漏れる。
普段はクールな彼女が突然甘えるような声音で聞いてくるのだ。
そのギャップはかなりの威力であると言わざるを得ない。
しかも、普通の状態でも男の目を惹きつけるぐらい美しいのだ。
これに耐えられるのは、女性に興味がない人ぐらいではないだろうか?
((ニヤニヤ))
「はっ!?」
にやけた表情で見てくるモスコさんとシャル王女に気が付き、俺はすぐさま意識を目の前のイリアさんに戻す。
流石にこんな姿を他の人の前で見せたくはない。
俺にだってプライドはあるんだ。
「お、俺にはすでに婚約者がいますし……」
「三人程度、問題ないわよ」
「正妻として受け入れられないですよ?」
「別にその程度のことでうだうだ言わないわ。そもそも他国の王族であるティリスとレヴィアがいる時点で、公爵家程度の私が正妻になれるわけないじゃない」
俺の言い訳をあっさりと論破してくるイリアさん。
普段ならもう少し悩ませることが出来るのに、やはり今の俺は焦っているのだろうか?
心を落ち着けないと……
「グレイン君」
「ひゃいっ!?」
心を落ち着けようとしたところに、いきなり声をかけられた。
自分でも恥ずかしいぐらい高い声が出てしまった。
イリアさんの方を見るが、彼女は笑うことなく真剣な表情でこちらを見ている。
二名ほど少し離れたところでくすくすと笑っているが、この際それは置いておこう。
今はイリアさんから目が離せない。
「私のことが嫌いなら、断られたら諦めるわ。流石にこっちが好きでも、相手に嫌われているのなら悲しいしね」
「……イリアさん」
彼女の言葉に俺はどう反応していいのかわからない。
別にイリアさんのことは嫌いではない。
むしろ、好意的に思っている自分がいる。
だが、前世の認識から、あまりハーレムというものにいい感情を持っていないのだ。
最初に惚れたリュコはともかく、ティリスとレヴィアも婚約者において何を言っているかと思われるだろうが、後の二人については成り行きなので仕方がない。
まだまだ子供だった俺に獣王と魔王からの圧力をどうこうできるわけがないだろう。
だが、だからこそこれ以上は婚約者を増やさないように決意したわけだが……
「でも、グレイン君が私のことを嫌いじゃないなら、私が諦める道理はないわよね」
「……たしかにそうだな」
「婚約者が多い事を理由に断ろうとしても、今さら一人増えたところで関係はないでしょ?」
「一概にそうは言えないけど……まあ、否定はしない」
どんどん理詰めで追い込まれていく。
やはり、俺はイリアさんに口では勝てないのだろうか?
俺の中で彼女への評価が上がっていく。
絶対に辿り着けない領域へと……
「私はね、助けられた三年前から、グレイン君のことが好きなのよ。運命の相手とすら思っているわ」
「うっ」
はっきりと好きと言われて、俺は言葉を詰まらせる。
真正面から好きと言われるのは、かなり恥ずかしい。
人に好意を告げることが恥ずかしい行為とは思わないが、真正面から言われるのはなかなか効く。
正直、少し離れたところからニヤニヤと笑みを浮かべて見ている二人が気にならないぐらいには……
「ここまで女の子に言わせているのよ? それなのに、男として逃げていいと思っている?」
「……」
「さあ、どうなの?」
「わかった」
俺は両手を上げ、降参の意思を伝える。
そんな俺の反応に納得したのか、イリアさんが笑みを浮かべる。
だが、そんな状況で俺に追撃を加える悪魔がいた。
「甘いわ」
「「えっ!?」」
会話に入ってきたのは先ほどまでニヤニヤとこちらを見ていた片割れのシャル王女だった。
口角はまだ上がっており、ろくなことを考えていない表情だ。
一体、彼女はこの状況で何を言うつもりで……
「グレイン君はまだイリアのことを「愛してる」と告げていないわ。結局、どっちなの? ねえ?」
「うぐ」
イリアさんを受け入れたばかりの俺に悪魔のような追撃をするシャル王女。
これが親友であるイリアさんの恋路を応援する気持ちでやっているのであれば、別に構わない。
だが、おそらく彼女はその気持ちもあるだろうが、ほとんどが俺をからかうことを楽しんでいるのだろう。
現に彼女の表情は徐々に楽しんでいるようだから……
「さあ、答えなさい。逃げられないわよ」
「う……俺は……」
追い詰められた俺は顔が熱くなるのを感じながら、言葉を告げようとするが……
「やめなさい」
(ガッ)
「いたっ!?」
シャル王女の頭にイリアさんがチョップをし、危機から脱することが出来た。
俺は内心ほっとした。
そして、シャル王女は涙目を浮かべながら、イリアさんに文句を言う。
「なんで止めるのよ。まだグレイン君はイリアのことを……」
「別にそれぐらいいわよ」
「え?」
イリアさんの言葉にシャル王女が驚いたような声を漏らす。
そんなシャル王女の様子にイリアさんは告げる。
「「好き」と言わせるのは、おいおいでいいのよ。少なくとも、自分が言いたいと思った時に伝えてくれればいいの」
「……イリア」
イリアさんの言葉にシャル王女は感嘆した声を漏らす。
俺もそんなイリアさんの笑顔に思わず見とれてしまった。
これはいつかはっきりと告げるべきだな、そう思ってしまうほどの笑顔だった。
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とうとうグレイン君は観念しましたね。
グレイン君は人からの好意に疎く、はっきりと好意を告げてくる人物に弱いです。
これからも彼に言い寄ってくる人物はいるでしょう。
果たして、女性陣は彼を守り切れるのか?
今後もご期待を……




