6-7 死んだ社畜は休みを満喫できる?
「……」
「「……」」
僕はただただぼうっとしていた。
せっかくの休日なのだから、子供らしく外に出た方がいいのかもしれない。
「……」
「「……」」
王都であるのだから、俺がまだ行ったことのない場所はある。
だから、そういうところに行ったりするのも選択肢の一つだ。
だからこそ──
「あの……」
「「動かないで。グレイン成分の補充中だから」」
「……はい」
自分の意見を述べようとした瞬間、ティリスとレヴィアが文句を言ってきた。
彼女たちの強い語気に俺は言葉を引っ込めてしまった。
そんな状況を見て、シリウスとアリスがにやにやと笑っている。
くそっ、そんな他人事みたいな顔をして……いや、これに関しては完全に他人事か?
外野から見て楽しもう、って腹だな?
さて、なんでこんな状況になっているのかというと……
「やっぱり婚約者だからいちゃいちゃしないとね?」
「学院に入学してからグレイン君も私たちも忙しかったから、なかなかこうやって時間をとることができませんでしたからね」
ティリスとレヴィアが各々の気持ちを述べる。
彼女たちが俺に抱きついていたのは彼女たちの言っている通りだ。
入学してから忙しくて婚約者らしいことができていない、だから休みの日にはしっかりとその分を補ってもらいたい、と。
言わんとしていることはわかる。
俺だって婚約者たちをないがしろにするつもりはないし、彼女たちの希望は叶えたいと思う。
しかし……
「こんな風に抱きつく必要があるか?」
「「嫌なの?」」
「う……別に嫌じゃないけど?」
ティリスとレヴィアの言葉に俺は思わずしどろもどろになってしまった。
可愛らしい女の子二人に抱きつかれているのだから、男として嫌なわけではない。
むしろ、かなりの役得と言えるだろう。
しかし、ここは俺の精神力も試されているのだ。
可愛らしい女の子から抱き着かれて、その女の子たちの存在を身近で感じている状況下で、情欲を抑えないといけないのだ。
これは男としてかなりつらい。
いや、彼女たちの家族は俺が手を出しても問題ないというかもしれない。
しかし、まだ婚約者の段階で下手に手を出すわけにはいかないと思っている。
「ねぇ、グレイン?」
「なにかな?」
いきなりアリスが話しかけてきた。
一体、どうしたのだろうか?
どことなく、声が冷たい気がする。
「私の前でいちゃつくなんて……婚約者のいない私に対する当てつけかしら?」
「違うわっ!」
思わぬ誤解に俺は思わず叫んでしまった。
どうして、そんなことを言われないといけないんだ。
そもそもアリスに婚約者がいないのは、アリスに原因があるのではないだろうか?
「アリス姉さんも婚約者が欲しいんだったら、申し込まれたときに受け入れればよかったんじゃない?」
学院に入学してから、うちのメンツはファンクラブができるほど人気ができていた。
アリスも見た目が可愛らしく、中身もさばさばとした性格で親しみやすいため、男女問わず人気が高かった。
入学当初から貴族の子弟が何人も婚約を持ち掛けてきたほどだ。
しかし、現状では彼女に婚約者がいない。
なぜかというと……
「あんな軟弱な男に嫁ぐつもりはないわ、最低限、私よりは強くないと……」
「それは難しいんじゃないかな?」
アリスの言葉に僕はどうしたものかと思ってしまう。
それは他のメンツも同様である。
アリスの好みは自分より強い男だそうだ。
まあ、脳筋の彼女らしい希望だと言えるだろう。
しかし、この世の中で彼女より強い男などどれほどいるだろうか?
いや、いないことはないが、基本的には戦場に出たことのある、歴戦の猛将のような人間しかいないだろう。
そんな人物はすでに高齢だろうし、当然奥さんもいるはずだ。
アリスなど受け入れられるはずがない。
ならば、学院の中で探せばいいのかもしれないが、学院には近接戦闘で彼女に勝つことができる者はすでにいないらしい。
なんせ、学院に入学してわずか一週間で近接戦闘における学院上位5名を叩きのめしたからだ。
なんでそんなことをしたのかというと、その5人がアリスが強い者と婚約するという話を聞いて、勝負を挑みに来たのだ。
多少のいい勝負はしたのだが、勝つことはできなかった。
そして、10歳の少女に負けたことでその5人は自信を失っていた。
そんな彼らの心を救ったのが……
「ねぇ、アリス? あの5人を引き取ってくれないかな?」
「いやよ。そもそもシリウスが悪いんじゃないかしら? やられて意気消沈している男に優しくするなんて、惚れられても仕方がないじゃない」
「僕は男だよっ!?」
なぜかシリウスだった。
アリスにやられて自信を失っている5人に彼は笑顔で治療してあげたのだ。
ルックスはアリスと同じ──いや、活発なアリスと対照的に落ち着いた雰囲気であることから、アリスよりも女性らしいシリウスだ。
そんな彼に優し気な笑顔を向けられれば、落ちない男はいない。
現にその男たちはシリウスに惚れてしまった。
現在、シリウス親衛隊を名乗っているらしい。
「最近、私はシリウスが双子の姉かと思っているの」
「いや、僕は男だよ? 小さい頃から一緒だから、わかってるよね?」
アリスの言葉にシリウスが泣きそうになる。
そんな彼に追い打ちをかけるような言葉を俺に抱きついている二人が言った。
「アタシたちの中の誰よりもかわいいもんな。しかも、性格はおとなしめで優しいし……」
「私もシリウスさんと並ぶと、女性としての自信を失くしてしまいますね。私はできる限り女の子らしくあろうとしていますが、それでもシリウスさんには勝てないですもの」
「だから、僕は男なんだけど……」
ティリスとレヴィアの追撃にシリウスの声から元気がなくなっていく。
自分は男であるつもりなのに、周囲が女性よりも女性らしいと言っているのだ。
男として自信が亡くなっても仕方がないかもしれない。
でも、いいんじゃないかな?
そういうのも個性の一つだとして考えれば……
「お話し中、申し訳ございません」
「「「「「うわっ!?」」」」」
いきなり声が聞こえてきて、全員が驚いてしまった。
声のした方を向くと、そこにはいつの間に現れたのかリュコがいた。
なぜ彼女がいなかったのかというと、彼女は俺たちの下宿先であるバランタイン伯爵家でメイドの修行をしているらしい。
俺たちがせっかく休みなのだから一緒にいればいいのに、なぜか彼女は頑なにメイドの修行をしようとしているのだ。
一体、どうしてだろうか?
「あの……急に現れるのはやめてくれるか?」
「すみません。ですが、早急に伝えるべき要件がありまして……」
「なに?」
「ミュール商会のモスコ様がグレイン様にお会いしたいそうです」
「モスコさんが? わかった、会いに行くと伝えてくれ」
「かしこまりました」
僕の言葉にリュコが一礼すると、瞬く間に姿を消した。
その光景に全員が唖然とした表情を浮かべる。
「……最近、リュコが人間離れしているよね?」
「前まで普通のメイドだったと思うけど……」
「少し身体能力が優れているぐらいだったと思うけど?」
「これがメイドの修行の成果?」
リュコの動きを見て、各々の感想を漏らしていた。
俺も同様の思いを持っていたが、口に出すことはなかった。
とりあえず、モスコに会いに行くとしよう。
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