カエルバショ
何故だかは分からないが、とても気分が良かった。何だか、宇宙を漂っているような感じだった。五感は全て機能していなかった。何も見えないし、何も聞こえないし、何の感触もない。でも、でも懐かしい感覚ならした。まるで、懐かしい母親に抱きしめられているような優しい温かさだった。太陽の微笑みに身体中が”楽”を求め、意識が彷徨っていた。
サイトリールなんて、世界なんて、魔王なんて、神なんて、王子なんて、クラスメイトなんて...全てが全て、どうでも良いと感じた。この場所にずっといられるのなら、私は全てを捨てても良かった。何もない場所だけど、唯一私が楽でいられる場所だと思ったからだ。
しかし、「静寂」という名の旋律は、痛みによって打ち砕かれた。美しい自世界は、長い爪で引き裂かれた。
「っ...アァ...ハァ...ハァ...」
なんで、いたいの?
気がつくと、私は真っ赤になっていた。生暖かい液体を全身から浴び、濁った目は色を無くしていた。ふと下を見ると、人のようなでも不完全な形をした肉塊が転がっていた。
此処は何処だろう。これは何だろう。私は...誰だろう。
傷一つないこの体は、痛みに悶えていた。痛い...痛い。痛い痛い痛いいたいいたいイタイイタイイタイイタイ。
「ふっ...クッハッハッハッハ! アッハッハハハハハハハハハ!!」
肉塊を踏み潰し、血糊が足につくと、何故だか笑いが腹の底からこみ上げてきた。実に愉快だった。実に痛快だった。実に素晴らしい感覚だった。こんな感情になったのは初めてだ。
この肉を踏み潰し、刻み、引き裂く事で、私は快楽に襲われた。何て美しい色だろう。何て美しい光景だろう。
快感に溺れたこの体は、温かい血液を感じたこの意識は、何者かによってプツリを切られてしまった。
*
痛みはもう存在しなかった。温かみだけが残っていた。私は柔らかいモノに全身を包み込まれているようで、誰かが片方の手を両手で握っていた。その手は何よりも温かかった。優しかった。
体に力が入らず、僅かな体力で私はその手を動かした。途端に声が聞こえてきた。
「リン...?! 起きたのか?!」
その声は、甘いお菓子のようだった。私の耳がふんわりと包み込まれ、身体中に熱を灯した。アーレイ、私の愛しい人。貴方の声なんだね。
私は薄らと目を開け、その声の持ち主が誰なのか確信を持とうとした。上には、若干掠れて見えるが、狼の勇ましくも優しい私の王子様の姿があった。あぁ、帰ってこれたんだと思うと、自然と笑顔が綻びた。彼はそんな私の様子を見て酷く安心したようで、私を強く抱きしめた。
「良かった! またリンの声を聞けて良かった!!」
「アーレイ...大好き」
「あぁ俺もお前の事が大好きだぞ! 愛してるぞ!! だから、絶対に俺の元からもう離れないでくれ!!」
「う、ん...」
フワフワした感覚だった。愛しい人は、私の体調も気にして優しく抱きしめてくれた。あの幻想世界やそこの住人や悪魔や肉塊は、一体何だったのだろうか。
そして、アーレイが離した時私はふと髪を見たが、短く切られてはいなかった。あの時、確かにジュノアに切られたはずだけど...
「アーレイ...私、長い夢を見てた気がする」
あれが本当にあった事なのか、ただの夢なのかは分からない。でもこの事を誰かに伝えたかった。自分だけに押し込みたくなかった。よく、怖い夢を見た時は人に話すと良い...と言う。まぁ、自分で怖い気持ちを溜め込むよりも、人に話した方が楽になる。ある程度のネタにもなる。
夢...いや、そんなわけないか。あんなにも痛い思いもしたんだから。夢じゃないわけない。いや、あれは夢なんだ!
「長い夢か...でも、俺はリンとまたこうやって言葉を交わせて、目を合わせて...とても幸せな、目覚めたくない夢を見ているようだ」
「もしかしたら、まだ夢を見ているのかもしれないね。こうやってアーレイが心配してくれているのも...本当は私の妄想にすぎなくて、本当は全く愛されていなかったりして」
「んなわけないだろ。何でそんな事言うんだ?」
「...だよね! 良かった...」
「...誰かに何か言われたか? 嘘はつくなよ」
アーレイは少し悲しそうな表情を浮かべて私に聞く。こんな事言わなければ良かった、という後悔の波が私の心に押し寄せた。でも、嘘をつくなと言われてしまった。
「夢の中でね...まぁ、ただの夢だけど...君は誰にも必要とされていない。愛されていないって言われて...それで、ちょっと気になったの。アーレイが私を愛してくれているのは分かっているけど...本当はどうなんだろうなって。嫌な顔されるかもしれないけど、あの人の言葉を聞いてたら、アーレイはアリスさんと婚約破棄したから、他に婚約者探さなくちゃいけなくて...勇者だし、魔力無制限で、使い勝手が良さそうな私に近づいたのかもしれないなんて...考えちゃって」
「凄い裏設定だな。...なぁリン、そんな酷い事言ったの、誰?」
「えっ...?」
「俺がぶっとばしてやるから、教えて?」
彼の目は若干濁っていた。ただ浮かべている笑みには、「許せない」という念の籠った怒りが露わにされていた。嬉しかった。あぁ、私はこんなにも彼に愛されているんだなと思うと、心が熱くなった。
「う、うーん...自称悪魔の変な男の人」
「悪魔...? もしかして、ナイトモアか?」
「分からない。分からないよ...でも、器がどうこう。意味が分からなかったよ」
「そう...でもリンはー、そんな訳ワカメな奴の言う事に耳を傾けちゃったんだねーこれは俺のお仕置きに値するねー」
「...て、てへ」
私の必死な逸らしも虚しく、アーレイは私をそのまま押し倒し、強引に唇を押し付けてきた。顔が真っ赤になったのを感じたが、やっぱり嫌じゃない。寧ろ嬉しかった。しばらくお互いの熱を感じていたが、突然プツリとアーレイの唇が離れた。
「こういうのって...リンは嘘だと思う?」
「...」
「まぁ、リンが嘘をついてると思うのならそれで良いよ。でも、俺はリンを愛してる。リンがどんなに俺を信頼できなくても、嫌いでも、それだけは変わらない。嘘は誰だってつける。誰だって偽れるし、騙せる。お人好しなリンなら尚更だ。
こうやってキスをするのも、愛を囁くのも...リンの目には嘘に見えるかもしれない。でも、そんな事誰にも分からない。人の心って複雑だし、読む事なんてできないからな。
リンの気持ちも境遇も理解できる。俺は、リンがサイトリールの全てを敵に回しても、リンを愛し続ける自信があるし、リンが誰にも必要とされなくなっても...俺にはリンが必要だ」
「...あーもう!! 私って本当にバカだ!! こんなに愛してくれている人がいるのに...何で私、あんな事...」
もう嘘でも本当でも良いや。私は彼を信じたい。悪魔なんかの言葉に揺り動かされて、私は何て弱いのだろうか。
ただ、今理解した。今改めて理解した。アーレイは私を愛してくれている。そして私も、アーレイを心から愛しているという事を。
アーレイの言葉は全て私の心に染み込み、傷を癒していった。あぁ、人って温かい。
お目覚めシーンが多い? 投稿オセーよばっきゃろぉ?
うん...気にしないで




