人は命を賭してこそ 5
これから決めるのは旅のルートだ。どのようなルートで行くかによって、時間、危険度、代償が異なる。一番安全なルートとしては、獣大陸、精大陸、魔大陸の順で渡る事だが、時間がかかる。一番早いルートとしては、このまま魔大陸で直行だ。しかしこれはかなりハイリスクだ。海上は戦場となるし、人大陸側海辺には、魔族が見張っている。最も条件の良いルートとして、一度獣大陸に寄り、孤島を通って魔大陸へ。これなら食料も安定するし、比較的安全だ。
「これが地図です」
第一航路:一番安全なルート
第二航路:一番危険なルート
第三航路:一番条件の良いルート
「手書きか。随分と拙いな」
「仕方ないじゃないですか、持ち出し禁止だったんですから、書き写したんです」
事情はわかる。詳しい所まで書かれている地図は、基本的に国宝とされる。軍や個人が使う地図は全て、商人などの手書きなのだ。
サイトリールの最果ては確認されていない。皆、帰れなくなる事を恐れているのだ。だから、まだこの地図より向こうは誰も行った事がない。
「ねぇ徳永くぅん、この『タクト島』って何なのぉ?」
「さぁ? シュウはご存知ですか?」
「...この島の周りには、三つの小さな島もあり、そこには特殊な魔法植物や生物、獣人が住み着いている。基本的に結界で守られているため、獣人に許可を取らないと入る事すら愚か、近づく事すらできない。魔族らは人間以外には手を出さないので、この島からは離れて戦うだろう」
「じゃあ、この第三航路も安全ッスなぁ〜」
サエキが頭を下品に掻きながら言う。かなり前の言葉だが撤回させていただく。ラギンスには似ていない。あいつの俺に対する無礼さは半端ないが、礼儀はわきまえる奴だ。だらしない服は、後で注意してやろう。
「あ、何ですかシュウ、そんなジッと見つめて...俺氏、そんなイケメン?! いやぁ〜困っちゃうなぁ〜俺氏男にもモテちゃうんだな〜、すんません、俺女の子が好きだから」
「誰もそんな事は言っていない。誰がお前みたいな不良を...」
「そっかぁ〜愛しのリンちゃんがいましたね〜」
性格だけラギンスに似ている。もうこれ以上撤回したり訂正したりする気はない。もしあいつと会わせたら意気投合しそうだ。それだけは避けたい。
俺は少しメンバーの顔を見ていった。興味深そうに地図に見入っていたり、ニヤニヤしていたり、勇者をジッと見つめていたりと様々だったが、ただ一つだけ共通している事があった。全てが全て、心の中に大きな思念のようなモノを感じられた。俺自身の勘なのだが、そんな気がする。それぞれが強い決意を心の手で握り、一歩を踏み出そうとしていた。
勇者の意図は、そこにもあったのだろうか。こいつらが何を考えているのかは俺にはさっぱりだが、自分と似たモノが感じられた。ただそれだけだ。
「煽りに乗るつもりはないぞ」
「チェー、すまらんなぁ」
「すみません、こんな奴で」
勇者はサエキの代わりに謝る。こいつに謝る義理はないが、仲の良い奴らなのだろう。勇者とサエキは何処か、俺とラギンスにも見えた。ラギンスもサエキも幼馴染で、無礼者で、自由で、無法者で、でも何処か優しさを感じる。俺はラギンスに、勇者のように接する事が出来ているのだろうか。あいつにとって良き友人なのだろうか。しばらくはあいつと離れる事になるだろう。つまり、俺が心を許せる相手はもういないという事だ。
俺にとって心の許せる相手とは、お互いに自分の気持ちを暴露した仲の事だ。俺はまだ、リンに心をさらけ出していないし、リンもあまりそういう話をしてくれない。しかし、いつも俺の話を聞いてくれていた。リンとは、ラギンス以上の仲になりたかった。勇者と王子ではなく、友人同士でもなく、親友でもなく、それ以上の関係になりたかった。
望んでも叶う事のないこの願望は、持つ事が出来るだけで十分俺の心の支えになってくれている。目の前にいなくても、手が届かなくても、こうやって想う事が出来るだけでも俺の心は十分温かくなった。
あぁリン、お前の姿を想像するだけで、俺は幸せに包まれる。早く会いたい...リン。
「いや、大丈夫だ」
「...シュウ、人前ではあまり蛇名さんの事を考えない事を推奨します」
「何故、だ?」
「目が虚ろになり、口角が上がり、鼻息も荒くなる。一言で言うと『キモい』から。以上」
「えっ...」
リンの事を考えている時、そんなに気持ち悪いとは知らなかった。ラギンスは何も言わなかったが...それはあいつなりに楽しんでいたのか、それともあいつなりの気遣いだったのか。勿論前者なのだろうな。
カラスマに指摘されてしまったので、今度からリンの事を考える時は顔を手で覆い隠そうと思う。
「んで、結局どうしますか? ルート。俺が考えられる範囲ではこの三つが限界ですが...」
「俺氏、食料安定してる方が良いなー」
「私は比較的早い方が良いですね」
「私はぁ、安全な道が良いなぁ〜」
皆好き勝手に言っているが、此処にリンがいたらどうだろうか。あいつは戦う事を好いていない。だから世界にとっても、自分にとっても有効的且つ安全な方法で進むはずだ。リンならきっと、第一航路の一番安全な道を行くだろう。俺としては、同じ道を追いかけるのもありかもしれない。しかし、それで追いつかなかったら...? 何とか先回りをしたい。
確か、勇者によるとリンは「魔王に会いに行く」と言っていたらしい。それならば、魔王を倒して魔王城で待っているのも良いかもしれない。まぁ何れにしても、時間がないのだ。
「...危険な道は避けたい。かと言って、遠回りをする気にもなれない。第三航路を俺は進みたい」
「獣人が我々に有効的とは思えない。ただでさえ、戦争で迷惑をかけているのに。そもそも、シュウは何がしたいのですか? 蛇名さんを連れ戻す? それとも魔王を倒す?」
カラスマは、メガネの奥の冷たい眼差しを俺に向ける。俺は迷わず答える。
「リンに謝るためだ」
「...そう。てっきりシュウは、自分勝手で高慢な人間かと思っていましたが、実際そんな事はないようですね。わかりました。できるだけ、私も協力します」
「お前は何が言いたい」
「私も第三航路に賛成。以上」
第二航路を希望していたカラスマは、どういう意図か変えてきた。こいつは一体、何がしたいのだろうか。メガネの奥の黒い瞳は、まるで何も感じてなどいないように光がなかった。詮索するつもりはなかったが、一応これから一緒に旅をする。後で、全員の決意を聞こう。
「となると、第三航路賛成が佐伯、烏丸、シュウになったわけだけど...河合夏はどうする?」
「私はぁみんなと一緒で良いよぉ」
「じゃあ、第三航路で決定だ」
*
一先ず話し合いが終わり、出発は二日後。遅いような早いような、そんな時間だったが、これでリンにもう一度会うための道を一歩踏み出せるのだ。
思い出は捨て去った、過去の自分ももういない。新しい俺になって、リンに謝るんだ。
「殿下ー、ニヤニヤしてますねー」
しばらくやる事はないだろう、最後の執務を済ませている時、珍しく近くにいるラギンスが言う。
「お前に言われたくない」
「またリン様の事を考えていたのですね。恋は盲目と言いますが、殿下の場合はもう全神経麻痺しちゃってる感じですね〜」
俺は手を持つ羽ペンをインクに浸すと、怒ったり反論したりする気もなく、書類にサインした。すると、ラギンスは不機嫌そうに口を尖らせる。
「ちぇー、殿下いじりが私の唯一の楽しみなのにぃー」
「お前の楽しみはペットと戯れる事だろう」
「いやぁ、殿下いじりには敵いません」
金の花の装飾で縁取った大きなガラス窓から、涼し気な風が吹き込んできた。風は赤い絨毯に触れ、やがて俺の元へと舞い込んでくる。変な感じだ。今この時に、人間が魔族を殺し、魔族が人間を殺しているかもしれないのに、王子である俺がこうやって紅茶を飲んで駄弁りながらペンを動かす。しかし、俺もうもうすぐ外の世界へ行くのだ。危険で、尚且つ美しい世界へ。
「...ラギンス、しばらく国を頼んだぞ」
「えぇ勿論。...殿下、ご武運を」
こうやってこいつと言葉を交わす事さえもう、俺はないかもしれない。




