恋は盲目なのである 2
「ずっとこうやって触れたかったよ。リン」
「っ...」
目の前にいる彼女は何処か悲し気で、恐怖を感じていた。何故だか分からない。相思相愛な関係で、こうやって僕から触れられているのに...どうして悲しいの。
僕は彼女の頭を撫でた。
「あ、サラサラだね。いーなー、綺麗な髪の毛」
悲しい...そうだ。こんな方法で此処に連れて来ちゃったから悲しいんだね。真っ正面から来なかったから悲しいんだね。ごめんね。
僕はとりあえず、彼女の恐怖を和らげるように、長年連れ添った恋人のように話しかけた。彼女とは五歳も差があるけど、愛がある事には変わらないから。
あの時のように、緊張する事はない。
「ねぇ、もっとリンの事教えてくれないかな。僕も、自分の事教えるからさ」
「...」
彼女は涙目で固まったまま動かない。とりあえず、話して上げよう。
「僕は紀将院 奏斗。カナトって呼んでくれて構わないよ。まぁ好きにしてね。紀将院は、聞いた事あるよね。ほら、あの財閥の」
「...」
「はいって事でいっか。だから、お金なんて気にしないで。いくらでも強請って良いよ。足りないものがあったら持って来るし、欲しいものがあったらあげるから」
僕は笑顔で言う。自分で言うのもなんだが、この笑顔で、何人の女が堕ちて来た事か。長らく封印していたが、彼女のためならいくらでも使おう。
だが、彼女は表情を一切変えなかった。幾多の女をアヘ顔にさせたこの笑顔が、彼女には効かなかった。ただ、両手足を拘束された状態で、こちらを睨んで来るばかりだ。
僕は気にせず言葉を続ける。
「も〜、何で手紙に返事してくれなかったかな。僕悲しかったよ。あと、ストーカーの件だけど、見つからなくて。退治出来なかったんだ。ごめんね」
「え...」
「フフ♪」
僕は満足げに彼女の頭を撫でた。彼女は驚いた顔をしている。多分、ストーカーが見つからなかった事に驚いているんだろうな。ごめんね。
でも、そんな彼女もとても可愛い。今この場でもう食べてしまいたいくらいだ。色んな意味で。
「ねぇ...」
僕は、自分の唇と彼女の唇を重ねた。声にもならない驚きが感じられる。自分の舌を彼女の口の奥まで押し込み、彼女の舌と激しく絡め合う。
甘い、柔らかいーーこの二つの感覚が、僕を支配した。こんな甘い接吻は、この世に生まれて来てから初めてだ。
彼女の息が絶え絶えになってきた所で、僕は彼女の唇から離した。
「どうだった? 案外...上手く出来たと思うんだけどなー」
「っ...」
「あれ? もしかして、嫌だった? そうだったらごめんね。普通のにするから」
彼女の嫌がる事は、僕がとてもしたい事であっても、絶対にしない。嫌われるのは嫌だ。
僕は優しく微笑むと、彼女を強く抱きしめた。
「愛してる...」
「いたぞ! 此処だ!!」
僕の愛の言葉を同時に、背後で地下牢のドアを開く音がした。破裂音が聞こえ、僕の背中には激痛が走った。恐ろしさで震える彼女を境に、僕は意識を失った。
**
折角彼女を手中に収めたのに。折角彼女を自分だけのものに出来ると思ったのにーーー
「あ、起きたな」
僕が目を覚ますと、そこは真っ白な部屋だった。僕はベッドのようなもので寝ており、脇には男達と血液の補充パックがあった。
男達は僕が目を覚ますと同時に、訝し気な顔をした。
「ったく、良いとこの坊ちゃんは困ったものだよ。良いか? 普通監禁なんてするものじゃないぞ。一生のトラウマものだ」
頭がテカっている男が言った。僕は言う。
「リンは...?」
「あぁ、あの娘ならーー」
「おい、言うなよ。...良いかお前ーー奏斗くんだっけな。あの子、凄く怖がってたぞ。飯も碌に食えないくらいだ」
「え...」
何故、何故彼女が怖がる必要なんてあるんだ。彼女は、僕の事が好きなはずなのに...。いや、違う。こいつが嘘をついているだけだ。こいつが...嘘を...
「嘘を言うな...!」
「嘘じゃない。ちなみに、お前の家は完璧に捜索させてもらった。何だあの部屋は。あの子の写真ばかり。気味が悪かったぞ」
「あれは...僕の愛だ! リンも、僕の事を愛してくれてる!!」
「妄想はそのくらいにしろ」
テカおじさんはため息をついた。僕は歯ぎしりをする。背中が痛む。多分あの破裂音は、銃声だろう。背中は撃たれた...んだ。
「妄想?!」
「そうだ。お前はあの子の彼氏でも夫でもない。ただの陰湿な妄想型ストーカーだ」
「っ...」
この僕が...ストーカー?! もしかして、あの被害届は僕につけまわされていたから? 手紙を大量に送ったから? ねぇ、そうなのリン。そうなの...?
「泣きながら言ってたぞ。『もの凄く怖かった』って」
「...」
「まぁ、お前の親父さんが大量の保釈金を出してくれたから、お前は牢屋には入らなくても大丈夫だ。ただ、傷が完治するまでは此処にいてもらうぞ」
「...」
「だがな、裁判所からは、あの子の半径500m以内には近づかないという令状が出ている。それを守らなかったら、いくら金を出しても牢屋行きだ。分かったな」
「...」
**
僕は、傷が完治すると家に引きこもった。彼女に関するものは全て没収された。だが、見つからない場所に隠していた彼女の笑顔の写真一枚だけは無事だった。あれは宝物だ。
あれから数ヶ月経ったある日、蔭山がこんな知らせを持って来た。
「奏斗様、実はですね...リン様が、クラス全員と失踪されました」
「...ごめん、分からない」
「授業中、突然クラスごと消えたそうです。現在警察が捜索しているのですが...」
「そう、なの...」
僕の心は、キュッと締め付けられたようだった。彼女とはもう会えないが、同じ世界に、同じ大地に足を置いている事が分かっているだけで嬉しかった。場所ややっている事が分かっているだけで嬉しかった。
なのに、彼女が消えたという。
一瞬で、僕の中の生きる気力が抜き取られた。彼女がいないなんてーーもう生きたくない。
僕は蔭山が出て行くと、ナイフを手に持った。
うん、犯罪だこんにゃろ




