生け贄
「『赤城家』の伝統です。一定の次期当主が年齢になると、分家から一人が選ばれ、次期当主の元へやってきます。そして、『赤城家』を継ぐ者の覚悟としてーーその生け贄は殺されるのです」
「そ、そんな事...聞いてません」
「そりゃあそうでしょうね。『赤城家』は代々悪という道を辿って来ましたから。証明的なものでしょう。ただ、残念なのは、私が貴女を殺さなければならないという事」
「っ...」
赤城さんの口からこぼれ落ちた死の宣告は、私にとって信じる事の出来ないものだった。あんなに愛してくれた家族が、私を売るはずがないってーー信じていたからだ。
それに、私は死にたくなかった。
「ち、違う...私は...生け贄なんかじゃ...」
「では、貴女のおばあさんは何処へ行ったのでしょうか。家族からは病気だと言われていたようですが、本当は私の父に殺されたんです。
通常、生け贄は次期当主にあった時点で、殺されるものなのですが...貴女が私の条件を飲むというのなら、殺さずに生かしておいてあげますよ?」
「え...ほ、本当ですか?」
「えぇ」
彼は優しくつぶやく。だがその目は、さっきと打って変わって笑ってなどいなかった。
寒気が私の背中を襲った。怖いという思いが、私にのしかかって来ていた。目の前の赤城さんは、私を殺す事で次期当主としての覚悟が認められた事になる。でも、そんな彼は条件次第で私を殺さないでくれるという。此処は、彼を信じても言いのかもしれないーー少なくともあの時の私はそう思った。
「貴女は、私の想像を超える美しさと可憐さを備え持つ。到底十の少女だとは思えない」
「はぁ...」
素直に喜ぶべき所なのかもしれないけど、許嫁にこのような事は何度も言われていたから、今更照れるわけにもいかない。
「おや、口説かれていると自覚していないようですね」
「...え」
「さぁ条件です。私だけのものにおなりなさい。そうすれば貴女は殺さない。永遠に愛でて上げます」
幻聴だとその時は感じた。私には許嫁が居るし、永遠に愛でるって...。
「心配はしないでください。貴女を売ろうとした人間はみんな消してあげますし...許嫁だって平和に暮らさせて上げます。貴女はただ黙って、私だけのものになれば良いだけ。簡単でしょう?」
「っ...嫌、です」
私は、顔近くまで詰め寄って来た赤城さんを両手で押しのけた。彼は当然退こうともしなかったが、無理に近づこうともしなくなった。
「...残念です。大人しくしていれば良かったのに。仕方無いですね、もう始末させましたよ。もう安心」
「どういう、意味ですか...」
「貴女の家族です。母、父、兄、姉が居ましたね。今頃、全員、私の部下に抹殺された頃でしょう。信じられないのなら、死体を提示させても良いですが」
「っ...外道!」
一つ疑問が残っていた。私と赤城さんはこの日初めて会ったばかり。外部に連絡したそぶりもない。それなのに何故、部下に家族を殺せと命令が出来るのだろうか。
「その疑問は簡単です。既に命令しておきました。私が貴女の写真を彼に見せ、彼が言葉を発した時点で、貴女は私の”お気に入り”へと変わりましたからね」
「写真が何だって言うんですか」
「彼はね...写真を見ただけでその人間の本性が分かるんです。それで、彼は言いました。貴女は...」
『血に飢えている』
彼はそう告げた。
その人の顔を見るだけで本性が分かるだなんて、そんなの有り得ない。私は今の今まで人を殺したいなんて思った事はないし、目の前で人が死んだ事はあっても、自分で殺そうだなんて物騒な事は思っていなかった。
「大丈夫、信じられなくて当たり前です。彼が見えるのは、その人間の深層心理ーー所謂”無意識”なものですから。本性に従われたら、私殺されちゃいますねー」
「...」
目の前の男に怒りを感じていた。冗談だとしても、私の家族を殺したなんて言ったり、私を殺人者みたいな言い方をするのは我慢ならなかった。
何時の間にか自分の体から何か気のようなものが放出される気がして、私は何時の間にかソファから立ち上がっていた。
「ほら、殺気が凄いです。流石『立花』の娘。叔父さんにソックリ」
「どの口が言う...」
怖かった。こんな男の所為で、自分の人生が壊れて行くのが怖かった。黒川さんと死の狭間に揺れた。まだ家族が死んだというのは確証してはいない。でも、『生け贄』というのは俄に信じられる事はではなかった。
**
その後、私は走って自分の家に帰った。人気がない家に飛び込み、何時もは家族が楽しく食事をしているはずの居間を見た所で、私は絶望した。ーー嘘じゃなかった。
「お父さん...お母さん...」
血の染み込んだ畳の上に膝をつき、私はボロボロと大粒の涙を流した。彼はそれを楽しそうに見つめていた。私の手の先には、母親と父親ーーそして兄姉の無惨な遺体が横たわっていた。ナイフで胴体を何度も刺され、部屋は荒れ、近くには母の長刀が落ちていた。
「ね、嘘じゃなかったでしょう?」
丁度車で追いつき、土足で入って来た赤城さんはニコッと笑う。
「悪魔...私の人生を奪って...」
「うーん、そんなに私のものになるのが嫌なんですか? まぁ...特別に新しい家族を紹介してあげても良いのですが、どうしますか?」
命の恩人であり家族の敵である赤城さん。
赤城さんが紹介してくれた人達は、「赤城組」と少し関わりのある大手企業の社長一家。彼らは喜んで私を養女として受け入れてくれた。
だが、名前が「立花 リン」から「蛇名 リン」へ移り変わった途端、分家の人々は私を気遣わなくなった。婚約者も、愛していたのはリンではなく立花だったのだ。
私はもう赤城さんとの関わりもあまり持たず、彼が何をしたかったのかもよく分からなかった。でもただ一つ言える事は...
「私はあの人が嫌いです」
”彼”とは、別作品に背て来る「黒川さん」の事です。
ん? 赤城さんが若干別作品の「黒川さん」と被ってるって? うん、気の所為だよ。




