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12. 謀略(2)

 それからもしばらくはレールシェリエに留まりつつ、身体を休めたり書類仕事をしたりしていた私。

 当然その間にも内乱は続いているのだが、現在の情勢は大まかに言ってしまえばラーゼリアの軍勢が現宰相を大きく押し込み、その隙に受ける圧力が減った私達が少しずつ反攻に転じているといったところである。

 突如として交渉を打ち切って侵攻してきた隣国の軍勢にすぐには対応しきれなかったようで、局地的には勝利を収めることもあるものの、全体的に見れば現宰相側がラーゼリアの進撃を許している様相だった。

 しかしながら、両親と団欒を楽しんでから五日後、それが覆されたという報告を受ける。

 王国の中央部のやや東寄り、つまり実家であるオーロヴィア家の領地から少し北に進んだ辺りで、第三騎士団と諸侯の連合軍がラーゼリア軍を勝利したというのだ。

 どちらもそれなりの兵力を以て臨んだ会戦に敗れたことで、これまで快進撃を続けていた隣国の勢いは止められることとなり、戦線は膠着しつつあるという。

 一方で、こちらの陣営では父の加入によって諸侯の負担がかなり減っている訳だが、それは殿下も例外ではなく彼もまた時間と仕事量に余裕が生まれており、そう頻繁にではないが自ら軍勢を率いて出撃するようになっていた。

 殿下自身カルロや第三騎士団長とも互角に戦える程の剣の腕の持ち主であるし、実権は現宰相に奪われているとはいえ仮にも王族であるために、その権威は大きい。

 封建制の国家であるこの国においては、権威や大義名分というものは目には見えないがしかし大きな力となり得る。

 彼自ら率いる軍勢は、そうした目に見える以上の力もあって幾度も現宰相の軍勢を撃破していた。

 地図上においては一見して均衡を保ちながらも、しかし次第に動き始めた情勢。

 動員可能な兵力こそ最大であっても、こうなれば三者の中で最も不利であるのは現宰相である。

 そしてその傾向は、時間が経過すればする程に強くなっていく。

 王族という権威と大義名分に対抗出来るのは、ただ一つ同じ王族のみである。

 執務を終えて休んでいた私の元に、王都より大軍が出撃したという報告が届けられたのは、そんな折であった。


 その報告を受けて、急遽軍議が召集された。

 大軍の襲来ということで騒然とする室内だが、時を追うにつれてより詳細な報告が次々と届けられてくる。

 河が生活や移動、経済の中心となっている南部地域においては伝令などは陸路よりも遥かに高速で運航出来る専用の小型船によって行われているので、後方にいてもかなり新しい情報を知ることが出来るのだ。

 それによると迫っているのが三十万近い大軍であることが判明したために更に騒然とした室内であったが、しかし最も衝撃的な事柄はそれではなかった。

 軍勢にはベルファンシア公爵本人と、そして第二王子がおり、つまりは彼の親征という体裁を取っているそうなのだ。

 第二王子をこの国の王として推戴する動きの一環であると同時に、自ら軍勢を率いている殿下に対抗する意図もあり、なおかつこちらを叩くことによって厳しくなってきた情勢を覆そうという狙いなのだろう。

 さすがにここまで思い切った手を打ってくるとは思わなかったので、いささか驚いた私であるが、とはいえ考えてみれば非常に理に適っている。

 あちらが出てきたからには、当然こちらとしても迎撃の軍勢を編成しなければならない。

 騒然とざわめく場を殿下が静めると、どのような編成にすべきかが話し合われるが、しかし導き出されるべき答えは明白であった。

 現宰相もそうしたように、王族の持つ権威に対抗することが出来るのは同じ王族を置いて外にはいないのだ。

 逆に言えばこちらの迎撃軍に殿下がいなければ、それだけで大苦戦を強いられることだろう。

 故に、当然ながらこちらも殿下の親征という体裁を取り、彼自ら出陣することとなる。


 可能な下限ぎりぎりの守備兵だけを支配地域に残して残りの兵を掻き集めると、親征軍は船に乗ってレールシェリエを出撃した。

 この頃になると、敵軍の編成に関する詳細な報告も届き始める。

 現宰相の私兵が十万強、その他の諸侯の兵が十数万、そして第一騎士団と第三騎士団という編成であるようだ。

 ベルファンシア公爵家が動員可能な私兵は三十万近いので後二十万が残っている計算になるが、これに関しては膠着したラーゼリア軍との戦線に備えるために残してきているのだろう。

 つまり、いつの間にか現宰相側の総兵力が五十万を超えているということだ。

 第二王子を王として擁立する動きのせいなのか、或いは単に苦境に陥りつつあることによってこれまでは控えていた積極的な諸侯の動員をせざるを得なくなっただけなのか、明らかにあちら側の諸侯の動員数が増加していた。

 第一騎士団は完全に弱体化していて(これに関しては、王家直轄であるという団の性質上歴代の宰相が意図的に弱体化させてきた部分もあるだろう)戦場では役に立たないだろうが、しかし第二王子の親征という形を取っている都合上、名分と形式を保つために連れてきているらしい。

 一方で、こちらの兵力は全軍でほぼ十一万である。

 各地に守備兵も配しており、また辺境伯家の軍勢が領地に戻っていることを考えればこちらも開戦当初より兵数が増えてはいるのだが、しかしやはりあちらと比べればかなり少ない。

 苦戦は免れないだろう。

 何しろ敵の兵力はこちらの三倍近くにも上り、しかも先日あれ程苦戦させられた第三騎士団がその中に従軍しているのだ。

 正直なところ、苦戦どころか惨敗を喫してもおかしくないと思っているし、勝利を収めるための道筋が私には見えない。

 仮に第三騎士団を騎兵同士私の部隊が止められたとしても(それとてかなり厳しいが)私はその相手に手一杯になるし、だとしても依然として圧倒的な兵力差があるので極めて厳しい戦いを強いられることは明白であるし、口に出すことは出来ないがラーゼリア軍が戦場に乱入してくるなどの余程の事態が起こらない限りまず敗北は必至だろうと思っている。

 唯一可能性があるとすれば、私の騎兵で敵の本陣を急襲して現宰相と第二王子の身柄を確保することであるが、十分以上の兵数があるからにはそれが可能な隙を見せてくれる可能性はほぼ無いだろう。

 となれば、私が事前にしておくべきことは素早く退却出来る態勢の構築と、敵の追撃を足止めするための準備である。

 少しでも犠牲を少なくし、かつ速やかにルヴジェントの街に籠城出来る態勢を整えておかなければならない。

 あの城に十分な兵を入れれば、水上から兵糧を補給し続けられる限り年単位の籠城は続けられる。

 戦線が膠着した隙を見てこちらへと向かってきた現宰相の側はラーゼリアの軍勢がいる以上いつまでも包囲を続けてなどいられないであろうし、撤退するまで籠城を続けて敵を足止めしつつ態勢を立て直す時間を確保すればいい。

 可能性は低いだろうが、万が一ルヴジェントを素通りして南下してくるようであれば、河からいくらかの兵力を北へと送った上で補給線を切り、南北から挟撃を仕掛けて大損害を与えることも出来る。

 此度のような大規模な会戦で敗北を喫するのは痛いところではあるが、だからといって即継戦能力を失う訳ではないのだから、それが避け難いのならば次へと繋がる戦略を考えておかなければ。

 十万の軍勢を輸送するとなれば、それに必要な輸送船は千人乗りの大型なものであっても実に百艘にも上る。

 全長が百メートルを超えるような巨大な船が百艘も並んでいる光景はまさに壮観と形容する他なく、それを目にした兵達の士気は当然ながら大きく盛り上がっていた。

 そうして乗り込んだ軍勢は河を遡上してルヴジェントへと到着し、そして城外へと出る。

 せいぜい数万程度であっても何時間も要した街並みの通行時間は兵数が増えたことによって更に跳ね上がり、丸一日近くを必要としていた。

 当然、それまでは既に外に出た軍勢も全軍が揃うのを待つことになる。

 私はその間にクララとテオドールにもし敗れた際に敵を足止めする工作の準備のために先に戦場近くに向かわせ、一方で殿下とこの地の守備隊長であるバルブロに話を通して、住民を後程城の中に収容することを決定した。

 ここに撤退して来る際にも今のように狭い街並みは大変な混雑に陥ることが明らかであり、住民をあらかじめ城内に収容しておくことによってそれを少しでも緩和しておこうという狙いである。

 もちろん、軍勢が外に出ようとしている今それをすることは出来ない(無理にやろうとすればそれこそ大混乱だ)ので、全軍が外に出終えてここを出立してからになるのだが。

 そして二夜を明かした二日後、やっと移動を終えた全軍は一日休息を取った後に北へと向かって進んでいく。

 当然この辺りも街道が整備されているので、その上を通っていく軍勢。

 森、畑、そして水道橋などが見えるこの国らしい景色を眺めながらも、数日に渡り進軍を続ける。

 当然ながら、十万単位の軍勢同士が激突するにはそれ相応の広く開けた地形が必要となる(無論、状況によっては敢えて少数同士しかぶつかることの出来ない地形を選んで長期戦に持ち込む場合もあるが)のだが、そういった地点は限られている。

 やがて戦場になると思われる開けた場所に辿り着くと、布陣を済ませていく。

 まだそこには現宰相側の軍勢の姿は存在しておらず、斥候の報告によればまだ敵軍の到着までは後五日程度は要するだろうとのことであったが、しかしそれはゆっくりと態勢を整えることが出来るという以上の意味を持たなかった。

 これが街道の整備されていない国であれば、たとえ数十万の大軍を集めようともそれを一度に進めることが出来ないので何路かに分けざるを得ず、戦場と見込まれる場所に先に到着していれば順次到着する敵勢とその都度交戦して各個撃破を狙うことが出来るというチャンスであるのだが、しかしこの国においては街道が国中に張り巡らされ整備されているのだ。

 故にたとえ三十万の軍勢であっても一団になりながら進むことが可能であり、先に到着したことには身体を休めて体力を回復しておけるという程度の意味しかない。

 いつかのように運んできた酒樽と肉で宴をして兵の士気を盛り上げたりしつつ、敵軍の到着を待ちわびる私達。

 それから五日後、敵の先鋒の存在がこちらから視認される。

 三十万もの大軍となればその姿は壮観であり、まるで平野一帯を埋め尽くしているかのような錯覚にも襲われる。

 こちらから一定の距離を保ちつつ、ゆっくりと隊列を整えていく現宰相側の軍勢。

 そして、私達は広い平野の中で正面から睨み合った。

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