11. 謀略(1)
殿下と共に馬車競走を観戦し終えて帰ってきた私は、父の部屋で少し早めの夕食を両親とカルロと共にしていた。
以前さりげなく魚料理を出してみた私であるが、どうやら両親もムニエルなどの火を通しているものについては気に入ってくれたようで、今日も目の前の机上にはそうしたメニューが並んでいる。
一方で、生のまま食すものに関してはやはりと言うべきか苦手らしく、食べるのはカルロを含めて家族の中で私くらいであった。
故に私は魚の切り身を細かく刻んだものを混ぜた蕎麦粥を食べているのに対し、それぞれ南部以外の地域で食されているオーソドックスなものを口にしている三人。
父も多忙でこそあれどレールシェリエには留まっているので、これまでとは違いこうして家族の団欒の時間を作ることが出来るのは嬉しかった。
ただ粥に切り身を放り込んだだけではなく、塩や醤油、そして貝の出汁などで味付けされているそれはとても美味しい。
匙で掬って口へと運ぶ度に濃厚で深い風味が口腔へと広がり、そこに魚の食感と風味も加わって私の味覚を楽しませる。
そして食事を終えると、侍女によって食器が下げられていくのを眺めつつ私達は歓談を交わしていく。
父は官吏としてあちこちを頻繁に飛び回っていて不在であることが多かったので、こうしてゆっくりと家族全員が揃って食事をしたり話をすることなど、学園に入学する前に実家で生活をしていた頃でも年に数度程度だった。
そのことを考えれば、ほぼ毎日共に過ごすことが出来る現在は充実していると言うことが出来るのだろう。
とはいえ、今度は私が軍務でよくレールシェリエを空けることが増えているのだが。
「サフィーナ、これを。貴女に似合うと思って市場で買ってきたの」
「ありがとうございます。あら、これは翠玉ですか?」
「そうよ、貴女の瞳の色とも同じだもの、きっと似合うと思うわ」
そして、母が小さな紙袋から市場で購入したというエメラルドのブローチを取り出し、こちらへと手渡す。
十字状の装飾の中央に大きなエメラルドが装着されているそれはとても魅力的なものであり、眺めていると心が惹きつけられる。
装飾のデザインから見て、恐らくこのブローチは南方諸国で作られて貿易により輸入されたものだろう。
気品や優雅さ、そして華やかさを併せ持った素敵なものであり、これを選び取った母のセンスはさすがだった。
「それにしても、この街の市場は面白いわね。今まで見たことがないようなものが沢山あるんだもの」
そう言って、楽しげな微笑みを浮かべる母。
彼女がそのように感想を述べるのも無理はないだろう、何しろ、南方諸国との貿易においては南部地域でしか出回らない(単純に需要の問題だ)輸入品も多くあるのだ。
例えば真珠などは南部においては貴族の間でもやや安価なものとしてであるとはいえ宝石の一種として親しまれているが、しかしそれ以外の地域の貴族は真珠を纏うことなどまずないというか、そもそも真珠という存在を知らない者も多い。
存在があまり知られていないということはそこには需要も無いということであり、故に南方からの輸入品には南部地域にしか出回っていないものがかなりある。
もちろん、紅茶や一部の香辛料のように国内に広く流通しているものもあるのだが。
なので、王国の中央部出身であり一度も南部を訪れたことのなかった母にとっては初めて目にするものが多く存在しており、それらに対して興味を惹かれているに違いなかった。
娯楽が現代日本程多くないこの国においては、珍しいものを見たり買ったりすることも貴族女性にとっては娯楽の一つなのだ。
特に気候が違ったりする訳ではないとはいえ、母が慣れないこの街での暮らしを楽しんでもらえるようで何よりである。
「はい。馴染みはありませんが、しかし素敵なものが多くあると存じます」
この国においてもそうであるように、美術品の作風の流行は時間の経過と共に変遷していく。
それは南方諸国においてももちろん例外ではなく、前世から二百年もの時間が過ぎているということもあって、私にとっても輸入された美術品や工芸品の意匠は真新しいものが多かった。
そして、故にそれらは眺めた私の目を楽しませてくれる。
「その通りね。素敵なものが多くて買い物に夢中になってしまうわ」
「他にも何か買われたのですか?」
母に対し、そう尋ね返す私。
「ええ。真珠という珍しい宝石を使った装身具に素敵なものがいくつかあったから、それらを購入してみたの。他にも、必要無いから買わなかったけれど、素敵な家具や絨毯なども多くあって目移りしてしまったわ」
実家の屋敷では庭だけでなく室内の内装や家具選びなども母が担当していた(そのおかげで屋内はかなり優美な空間となっていた)のでその頃であれば喜んで購入したであろうが、しかし王家の所有物である執政府の客間を勝手に模様替えしてしまう訳にはいかないので、現在は用無しであると言ってよかった。
とはいえ眺めるだけでも楽しかったようなので、内乱が終わり母が領地に戻った暁には、きっと実家の屋敷の室内には南方風の調度品や家具などが増えることだろう。
その後も、しばらく母とアクセサリや菓子などについての会話を続ける私。
「そういえばお父様、第二王子殿下はどのような方ですの?」
父はファッションなどには疎く、自分で衣服などを選ぶと残念なことになってしまうために、舞踏会や晩餐会などに出席する際には服装のコーディネートは母が行っている。
故に彼は母と私の会話についてくることが出来なかったようで、やや手持ち無沙汰な様子で茶を飲んでいた。
母との会話が途切れた折を見計らって、私はそんな父に対して尋ねる。
官吏として仕事を続けていた彼ならば、第二王子と顔を合わせたことがあってもおかしくはないだろう。
彼を擁立する動きが始まったことによって、現宰相の陣営に多少なりとも何らかの変化が起きていることは間違いない。
とは言っても第二王子との間に接点も無く、王宮を訪れたことも一度もない私には彼の性格や王宮内の人間関係は分からない(そしてそういった事柄の調査はクララ達が最も不得手としていることだ)ので、参考に話を聞いておきたかった。
既に殿下にも同じことを尋ねているが、参考にする情報は少しでも多い方がいい。
「そうだね……。アルフェリオ殿下はとても聡明なお方だと思う。あの歳にして、既に王族としての駆け引きを存じておられる。サフィーナといい殿下といい、精霊に愛されているとはこのようなことを言うのだろうね」
精霊に愛されている。
先程まで蚊帳の外のような形であったためか、会話を振られてどこか嬉しそうな様子の父は、ベルフェリート語に存在するそのような慣用句を用いて第二王子のことを評する。
殿下の評価と父の評価を合わせて考えてみても、どうやら私より三つ年下である彼が非常に聡明な人物であることは確からしい。
ということは、もしかするとこの一連の不可解な動きは第二王子自身が先導しているものなのかもしれなかった。
何しろ、小貴族の娘である上にまだ学園に入学してから半年程度の年齢である私が、功績を積み重ねることにより今こうして一軍を任される程の立場にまで来ることが出来ているのだ。
いくら実権は現宰相の手にあるとはいえ、相応の能力さえあれば初めから王族という地位と権威を持つ第二王子が何らかの動きを先導することくらいは十分に可能だろう。
とはいえ、それには現宰相ではなく第二王子自身の手足として動く者の存在が不可欠であるが、彼に近いのが一体誰であるのかなどは私には分からない。
今後の敵の動きを予想するためにも、ぜひともその辺りは確かめておきたかった。
「では、第二王子殿下に近しい人物はどなたかご存知ですか?」
父も含めて代々の当主が官吏として働いていたので、本来オーロヴィア家の立ち位置は現宰相に近い。
そして、我が家はもう何年も前のことであるが第二王子の行啓の途中の宿泊先として選ばれている。
現在のベルフェリート王国においては王族の行啓のルートの選定にも当然現宰相の意図が強く絡むことになるので、つまり私達の屋敷が宿泊先として選定されたということはそれだけ父がベルファンシア公爵から信を置かれていたということである。
そういった背景があったからこそ、私は仮にこちらが敗れたとしても事前に手をいくつか打ってさえおけば両親へは累を及ぼさずに済むと踏んでいた訳だ。
……その考え自体は、事前の予想以上に現宰相側の軍勢がラーゼリア軍に押し込まれることとなったために救出に向かわなければならなくなり、頓挫してしまったのだが。
それはさておき、そんな父ならば王宮の勢力図をある程度詳しいところまで知っていてもおかしくはなかった。
「すまない、私は殿下とはあまり顔を合わせたことがないんだ」
「いえ、お父様のお話はとても参考になりましたわ」
兵力では劣っている以上、相手の行動を先読みすることが出来なければ勝ち目は無い。
先日は逆にこちらの行動が読まれた結果、あのような窮地に陥ることになったのだ。
予測のためには判断材料となる情報が必要不可欠であるため、こうして敵陣営の情報を少しなりとも教えてくれることは、とてもありがたい。
「もう……。フェルミールもサフィーナも、そんな話は後にしましょう。せっかく家族皆でゆっくりと出来るんですもの。今くらい仕事を忘れてゆっくりくつろいでも構わないはずよ」
「それもそうですね。申し訳ありません、お母様」
「ああ、ソフィア。こうして皆でゆっくりと過ごせる時間はこれまであまり取れなかったからね。団欒を楽しもうか」
横合いから、咎めるような口調でそう口にする母。
父と私は彼女に対して謝罪の言葉を返し、それまでの話題をそこで終える。
そして話題を南部地域の物産に関してのものに戻すと、そのまま眠りにつく時間になるまで家族四人での団欒を楽しんでいた。




