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4. 送迎

 翌日の昼過ぎ、私達は実家であり故郷であるオーロヴィア子爵家領を発っていた。

 宴が終わった後に両親の説得を開始した私は黙って戦っていたことに関して多少怒られはしたものの、しかし説得そのものはあっさりと受け入れられる。

 当主である父が官吏として働いていることもあってオーロヴィア家は元々現宰相に近いのだが、にもかかわらず私の言葉をあっさりと受け入れてくれた両親。

 ―――だから二人には言いたくなかったのだ。

 今回は迎えに来た形だったが、たとえそうではなかったとしても、どこかで私が戦場に立っていることを知れば両親はこちら側についただろう。

 親として愛してくれていることには感謝と喜びしかないが、だからこそ二人を巻き込むようなことは避けたかった。

 ともあれ、説得は無事に成功して私は両親と馬を並べて街道を駆けている。

 父は官吏として多忙を極めていたこともあって、何気に家族全員で遠乗り(果たしてこれをそう言ってよいのかは分からないが)をするのはこれが初めてだ。

 こうして共に馬を駆けさせながら見る景色は、不思議といつもと少し違うものに見えた。

 どちらも下級貴族の生まれである両親は五千という規模の軍勢を見るのが初めて(私が最初に王都に行った際に護衛をしてくれていた第三騎士団の人数でさえ従士を含めても百人足らずだったのだ)であるようで、当初は戸惑っていたものの、もう慣れたらしく現在は周囲の景色を眺める余裕が生まれている。

 前回両親が一緒に遠乗りをしたのは父がまだ爵位を継ぐ前、即ち十数年前にまで遡るらしく、二人ともそのことを喜びながら惚気ているのが娘として微笑ましかった。

 道中には現宰相側の貴族の領地もそれなりにあるので警戒は怠らずに進んでいたが、特に戦闘などは起きることがなく、こちら側の勢力圏へと辿り着く。

 普段ならばともかく、両親を護送中である今は戦闘は極力避けたいと思っていたので、このことは幸いだった。

 さすがに両親を伴っている状態で長時間疾駆を続ける訳にはいかないために行きよりも少し時間を要しつつもルヴジェントへと到着した私達は、いつものように数時間を要しながら町並みを通り抜け、城内へと入る。

 そして埠頭に向かうと何艘かの輸送船に乗り込んで下流を目指すのであるが、私は両親のことが心配だった。

 南部に来るのがこれが初めてであるということは、つまり必然的に船に乗るのも初めてであるということである。

 いくら比較的揺れの少ないジャンク型の大型船であるとはいえ、これが初めてであり慣れていない二人が船酔いしないとは限らない。

 こればかりは実際に乗ってみなければ分からないので、気分が悪くなった時にすぐに甲板へと出てもらえるように最上階の部屋を用意しておき、その際は甲板に出て風を浴びるように伝えておくことにした。

 全員が乗り終えると碇が上げられ、川の流れに沿って船がゆっくりと動き出す。

 もう何度も体感しているために、すっかり慣れることとなった穏やかな横揺れ。

 南部生まれの人間以外には本来縁の無いそれを味わいながら地図を眺めたり本を読んだりして自室で過ごしていると、やがて碇が下ろされて船は止まり、兵から目的地へと到着したことが報告される。


「お疲れ様です、お父様、お母様。初めての船は如何でしたか?」


 私は兵達が船を下りていく中で並んで甲板に立っている両親の姿を見つけると、彼らの方へと近付いてそう声を掛ける。


「ああ、サフィーナ。確かに揺れの中で過ごすのは大変だったよ。僕は大丈夫だったけど、ソフィアが少し気分を悪くしてしまってね。風に当たらせていたんだ」

「この揺れには慣れられそうにないわ……。付き合わせてしまってごめんなさい、フェルミール」


 細い背中を擦りながらこちらにそう言葉を返す父と、その隣でマストの柱にもたれるようにしている母。

 彼女の顔色はかなり悪く、船酔いがかなり酷かったことが分かる。

 無理もないだろう、既に乗り慣れている私にとってはそう大したことのない揺れであっても、普段確固たる大地の上で生きており生まれてから一度も船に乗った経験の無い人間にとってはそれとて大きな揺れとして感じることになるのだ。

 私は、念のために用意していた薬湯を母へと手渡す。

 器を受け取ると、母は湯気と共に薬草の独特の香りを漂わせているそれを少しずつ飲んでいく。

 程よい温かさで胃に優しいので、これで少しは楽になるだろう。


「ありがとう、少し落ち着いたわ。それでは、そろそろ行きましょうか」

「もう大丈夫なのかい? ソフィア」

「ええ。私のために皆を待たせる訳にはいかないもの」


 全てを飲み干すと自らの侍従であるイヴァノイに空になった器を手渡し、母は身体を預けていた柱から離れて歩き始める。

 それに対し父が案ずるように言葉を掛けるが、彼女は安心させるように少し微笑みを浮かべてそう口にした。

 ともあれ、歩いても問題ない程度にまで回復したのならば、早く執政府へと向かってベッドで休んでもらわなければならない。

 埠頭へと降り立った兵を纏めて隊列を作ると、乗馬した両親と共に軍勢は通りを進み街の中央を目指した。


 川へと向けて迫り出している長大な埠頭は即ち港の役割を果たしており、それと周辺だけ窪んだ形になっている城壁の間には南方諸国から船でもたらされた大量の物品を扱う市が開かれている。

 そこに並んでいる民芸品や農産物などの品々はこの国においては南部地域においてしか基本的に目にすることの無いものばかりであり、初めて南方へと訪れた両親はそれらを興味深げに眺めていた。


「あの銀色の球は何かしら。見たところ宝石のようだけれど」

「あちらは真珠ですわ。貝という生物によって作られたものであり、南方諸国では我が国における紅玉のような主要な宝石として用いられているそうです」

「貝? それは一体どのような生き物なの?」

「種類によって若干形態や生態は異なりますが、主に水中に棲み二枚の殻を鎧のように纏い、危険が迫ると殻を閉じて身を護る習性を持つ生物です。この地域では肉が食されることもありますし、南方諸国の中には色合いが美しい種類のものの殻を宝石として用いている国も存在するそうですわ」

「二枚の殻……。川にはそのような生き物もいるのね」


 この辺りが南部地域の特色であり他の地域との違いなのだが、真珠は南部においてはそれなりに流通しているが、国内には鉱山が多く存在し多くの宝石が産出されているために他の地域では真珠があまり流通しておらず、一部の大貴族の女性を除けば一度も目にしたことが無いことも然程珍しくはない。

 また、魚食(貝は魚ではないが)文化が存在せず、人々の生活に川があまり関わっていない南部以外の地域の人間はそもそも貝という生き物の存在そのものを知らないことも多い(貴族であればなおさらだ)ので、立ち並ぶ店の一つの店頭に並べられているそれを遠目に見て興味を抱いたらしい母に対してまずそこから解説していく。

 他にも国内で作られているものとは大きく雰囲気や作風が異なっている輸入された美術品の数々や、この港で水揚げされた魚介類の数々が市の中には並んでおり、それらの大半を初めて見る両親は大きく興味を惹かれた様子だった。


「こうして眺めているだけでもなかなか面白いものね。後で見て回りたいわ」

「いけませんわ、お母様。体調を崩されているのですから、本日は休まれなくては。市場にでるのは明日になさってください」

「サフィーナの言う通りだ。今日はゆっくりと休みなさい」

「そうね、今日はこのまま休むことにするわ。心配を掛けてごめんなさい、二人とも」


 買い物への意欲を口にした母を諌める私と父。

 地に降りたことと薬湯の効果もあってか調子は先程と比べればかなり良くなっているようだが、しかし真っ青と形容しても間違いではないくらいに体調を悪くしていたのだから、少なくとも今日のうちは部屋で休んでいてもらわなくてはならない。

 今とて、まだ心配した父が馬を寄せて背中を支えているくらいなのだ。

 見たこともない花や衣服、装身具などを目にして心踊る気持ちはよく分かるものの、申し訳ないが、この状態で買い物をさせる訳にはいかなかった。

 まあたかが船酔いであることは間違いがないので一晩眠れば回復するだろうし、念のために後で薬を作って持っていくので、明日には希望通り買い物を楽しめるようになっているだろう。

 少し残念そうな様子を見せる母をよそに、軍勢は城門を潜って市内へと入る。

 王都のそれと比べれば若干狭いものの、それでも百メートル以上の幅を持っているレールシェリエの大通り。

 串のように都市の中央を十字に貫く通りの両側にはやはり南方産の珍しい品々がよく並んでおり、両親は先程と同じようにそれを眺めている。

 他の地方と違って魚食文化が盛んであるここでは街中の料理屋においても魚料理が多く振舞われており、どこからか風に乗ってきた焼き魚の食欲を誘う香りが私の鼻腔を刺激した。

 せっかくなので両親にも今宵は魚料理を食べてもらおうかとふと思うが、しかしこれまでに口にした経験どころか魚という生物の存在を知っているかさえ怪しい人間の口に合うかは分からない。

 殿下を初めとしたレールシェリエに身を寄せている人々も皆それまでと変わらず肉料理を食べているようであるし、やめておいた方がいいだろうか。

 少し考えた末、普段貴族達が食しているようなメニューの中に試しに一品だけ魚料理を入れてもらうことにした。

 偏に魚料理と言っても塩焼きやムニエルや干物、果ては薄くスライスした生の切り身を酢に漬けたものを炊いて飯にした大麦と共に食する、ほとんど寿司のようなものまで多くの種類が存在している。

 肉料理を中心とした献立の中に魚料理を上手く入れるのは難しいだろうが、しかしこうして執政府に雇われる程の腕を持った一流であるシェフならばその注文にもきっと上手く応えてくれるだろう。

 そのようなことを考えているとやがて軍勢は執政府を囲む城壁の内側へと辿り着き、それに伴って両親の護送も完了したので、いつものように麾下の兵達に解散と休暇を言い渡す。

 そしてヴァトラや両親を乗せていた馬を厩舎へと預けると、私達は揃って執政府の建物へと入る。

 当然ではあるが出撃前に両親のための部屋は取ってあるし、ここまでの旅の疲れを考慮して謁見を翌日にするように殿下に対して断りも入れてあるので、このまま部屋へと案内して身体を休めてもらえばいいだけだ。

 アネットだけは主が不在になった屋敷で最後に残ったあれこれを任せてきたのでこの場にはいない(それらが終わり次第こちらに合流する手筈になっている)が、それでも両親とカルロという私にとって家族と言える人物達と共に廊下を進む私。

 四階へと上がり、それぞれの部屋へと案内した私はそろそろ日が傾いてきたので夕食に関してのリクエストを厨房へと伝えると、五人で食卓を共にしたのだった。

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