第二章 国家の介入と、ブチギレ邪神のカチコミ!
国家の影、ハイライトを燻らせる男
東京湾での『大魔将機』討伐から数日が経過した。
世間は連日、海を割って現れ、圧倒的な力でバケモノを一刀両断した「謎の極彩色ロボット(ガオガオン)」の話題で持ちきりだった。
「……ふぅ。今日も平和だ」
俺――百夜玲王は、オフィス街を歩きながらスマホの画面を見て満足げに頷いた。
ネット上には無数の憶測が飛び交い、各国の諜報機関や日本の公安も血眼になってパイロットの正体を探しているらしい。
だが、特A級AIエンジニアである俺の隠蔽工作は完璧だ。
防犯カメラの映像、通信記録、マナの残留波形に至るまで、俺と四神たちが関与した痕跡はシステム上から一文字残らずデリートされている。
俺の平和なスイーツライフは、完全に守られたはずだった。
「さて、今日の定時後は銀座の『季節限定・極上マロンパフェ』を――」
キキィッ。
路地を曲がろうとした瞬間、俺の目の前に滑り込むように一台の黒塗り高級車が停まった。
後部座席のドアが静かに開き、黒スーツに身を包んだ屈強な男(どう見てもプロのSPだ)が、無表情のまま俺に頭を下げる。
「百夜玲王様ですね。……『先生』がお待ちです。どうぞ、中へ」
「……人違いじゃないか? 俺はただのしがないIT企業の――」
『警告。対象の周囲に配置された人員、退路なし。逃走成功率、0.002%』
脳内のAIが即座に冷徹な数値を弾き出した。
物理的に完全に包囲されている。この手際の良さ、ただのチンピラやハンター崩れではない。国家権力そのものだ。
「……マロンパフェの予約時間までには解放してくれよ」
俺はため息をつき、黒塗り車に乗り込んだ。
***
案内されたのは、赤坂にある看板すらない超高級料亭の一室だった。
畳の匂いと、微かに漂う……煙草の匂い。
「やあ、よく来てくれたね。百夜玲王くん」
上座で胡座をかいていた男が、飄々とした笑みを浮かべて口を開いた。
ロマンスグレーのオールバックに、年齢を感じさせないガッチリとした体格。少し緩められたネクタイ。
そして、その手には火のついた『ハイライト』が握られている。
「……与党幹事長、若林幸隆氏。元防衛大臣にして、現政権の事実上のトップ……。そんな大物政治家が、俺みたいな一般市民に何の用ですか?」
俺の問いに、若林幹事長は紫煙をフゥーッと吐き出し、灰皿にハイライトを押し付けた。
「単刀直入に言おう。先日の東京湾での花火大会……君の『おもちゃ』、少々目立ちすぎたな」
心臓が嫌な音を立てた。
だが、俺は表情を一切崩さず、AIのように冷徹に返す。
「何の話か分かりませんね。あの時間、俺は新宿でマカロンを買っていました。監視カメラの映像も、レシートの電子記録も残っているはずですが」
「ああ、完璧だったよ。君のデジタル上のアリバイは、我が国のサイバー防衛隊が束になっても破れなかった。……だがね、百夜くん。私は元弁護士でね。法とロジックの限界は熟知している」
若林は手元の徳利を傾け、自分の猪口に日本酒を注いだ。
「合気道と同じでね。相手の『力の流れ』を読めば、姿は見えずとも重心の位置はわかるんだよ」
「重心……?」
「スイーツだよ」
若林がニヤリと笑った。その目の奥は、一切笑っていない「政界の古狸」のそれだった。
「路地裏での戦闘跡地の近くで買われたロールケーキ。原宿での戦闘直前に消費されたクレープ。丸の内でバケモノが撃ち落とされたビルに持ち込まれた高級チョコ。……そして、東京湾の騒動の直前、君が新宿の屋上で『天空の金箔マカロン』を購入したというアナログな目撃証言」
「……っ」
「デジタルデータは消せても、君が美味いお菓子を求めて移動した『人間の欲求の痕跡』までは消しきれなかったというわけだ。……極上のスイーツと、謎の巨大ロボット。点と点を線で結べば、君という特異点に辿り着く」
完全に、一本取られた。
俺のAIは「国家のシステム」は欺けたが、この昭和の匂いがする老獪な政治家の「直感と経験」には敵わなかったのだ。
「……で? 俺を国家反逆罪か何かでしょっ引くつもりですか? それとも、あのロボットを自衛隊に接収させるとか」
俺が警戒を強めると、若林はカラカラと笑い声を上げた。
「冗談じゃない。防衛省のポンコツ共にアレを扱えるわけがないだろう。……私が君を呼んだのは、取引をするためだ」
若林は懐から新しいハイライトを取り出し、火をつける。
「私はかつて、自衛隊をダンジョンに送り込み、多くの若者を死なせた。国が真正面からあのバケモノどもに介入するのは不可能だ。だから『ハンター制度』を作り、自己責任という名目で民間に丸投げした」
「……随分と冷酷な合理主義ですね」
「政治とはそういうものだ。だが、先日の『大魔将機』のような、国を滅ぼしかねない規格外のバグ(脅威)が現れた時……我が国にはそれをデバッグする手段がない」
若林は鋭い三白眼で、俺を真っ直ぐに射抜いた。
「君の正体と平穏な日常は、私が国家権力を使って隠蔽・保護してやる。面倒な法律も、他国からの干渉も、私がすべて引き受けよう」
「……その代償は?」
「国が手を出せない規格外のバグが出た時……君が、非公式にソイツを処理しろ。国とお前の利益、どっちが重いか計算してみろ」
つまり、国家の裏の『専属デバッガー(掃除屋)』になれということだ。
断れば、明日から俺の正体は世界中に暴露され、スイーツ巡りどころか一生モルモット扱いだろう。
「……特A級AIエンジニアを雇うなら、高くつきますよ」
「構わん。領収書は『国家機密費』で落としてやる」
「あと、どんな緊急事態でも、俺の『限定スイーツ確保』の時間は最優先で保障してもらいます」
俺の要求に、若林は少しだけ呆れたような顔をした後、愉快そうに笑った。
「フッ……いいだろう。商談成立だ。君のような『合理的な若者』は嫌いじゃない」
「俺も、話の分かる『悪徳政治家』は嫌いじゃありませんよ」
かくして。
特A級AIエンジニアと、昭和の古狸である与党幹事長。
決して表には出ない、奇妙な『裏の協力関係』がここに結ばれたのだった。
***
同じ頃。
日本の遥か地下深く、誰も立ち入ることのない『最終ダンジョン』の最深部にて。
「……おどれら、ええ加減にせえよ」
黒革の高級ソファに深く腰掛け、アルマーニのスーツを着こなしたプラチナブロンドの男が、ギリッと奥歯を噛み鳴らしていた。
男――邪神デュアダロスは、魔法で生成したトカレフの手入れをしながら、虚空に映し出された『地上の映像(原宿でクレープを食べる白虎の姿)』を血走った目で睨みつけている。
「ワシの弁当の差し入れ、もう一ヶ月も来とらんのじゃが……? シャバで遊び呆けやがって……許さん。絶対に落とし前つけさしたる……ッ!!」
怒れるインテリヤクザ邪神による、地上へのカチコミの準備が、静かに進められていた。




