EP 1
特A級エンジニアと、甘い物と、傷だらけの獅子
「ふぅ……ようやく終わった。これで今日こそ、アレに間に合うぞ」
東京・丸の内にある高層オフィスビル。
日本有数のIT企業の中枢で、俺――百夜 玲王は、メインフレームの最終デバッグを終えて大きく伸びをした。
年齢は25歳。職業は、一応これでも【特A級AIエンジニア】という肩書きを持っている。
国境を越えたサイバー攻撃の防衛から、次世代AIのシステム構築まで、俺の組んだコード一つで億単位の金が動くらしい。
同僚たちは俺のことを「機械より機械らしい天才」なんて呼ぶが、それは大きな誤解だ。
俺が光の速さで仕事を終わらせる理由は、世界平和のためでも、出世のためでもない。
「急げ……! 限定20個の『プレミアム・極上ハチミツロールケーキ』が売り切れてしまう!」
そう、俺は三度の飯より甘い物が好きな、重度の甘党なのだ。
脳をフル回転させた後の糖分補給は、至高のエンターテイメントである。
オフィスを飛び出し、夜の東京を足早に駆け抜ける。
数年前、突如として異空間から『ダンジョン』が出現して以来、この街の景色は少し変わった。
ダンジョンの周囲には『魔将機』と呼ばれる正体不明の機械化モンスターが徘徊している。
当初は自衛隊が出動したが、未知の装甲と火力の前になす術もなく大敗。結局、政府は「ダンジョン周辺から出てこないなら放置」という見ざる言わざる方針を固めた。
代わりに導入されたのが、民間人に討伐を委ねる『ハンター資格制度』だ。
今では一攫千金を夢見る命知らずたちが、武器を片手に魔将機を狩っている。
「……ま、俺には関係ない話だけどな」
俺にとっての死活問題は、魔将機の脅威よりも、目の前のスイーツショップの在庫だ。
「いらっしゃいませ! あ、百夜様。いつもありがとうございます。お目当てのロールケーキ、最後の一個でお取り置きしてますよ」
「神か……っ!」
馴染みの店員から黄金色に輝く箱を受け取り、俺はホクホク顔で帰路についた。
早く帰って、極上の甘みと共に最高のコーヒーを淹れよう。
そんな甘い妄想に浸りながら、近道のために薄暗い路地裏へ足を踏み入れた時のことだった。
――バチッ! バチバチッ!!
「ん?」
路地の奥から、青白い火花が散るのが見えた。
同時に、鼻をつく焦げた金属の匂いと、重たい機械の駆動音が響く。
「ハンターの戦闘か? こんな市街地で……」
巻き込まれてケーキを落としてはたまらない。
引き返そうとした俺の足は、路地裏の光景を見てピタリと止まった。
そこに倒れていたのは、ハンターでも、見慣れた醜悪な魔将機でもなかった。
「……ライオン、のロボット?」
全長3メートルはあろうかという、巨大な鋼鉄の獅子。
青と金を基調とした美しい装甲はボロボロにひび割れ、各部から青白い光(おそらくマナやエネルギーの類だろう)が血液のように漏れ出している。
『……人間か。去れ……。ここは、貴様らのような軟弱者が来る場所ではない……』
突然、俺の脳内に直接、低く威厳のある声が響いた。
驚くべきことに、その声の主は目の前で倒れている鋼鉄の獅子だった。
「お前が喋ったのか?」
『我はガオン。魔将機を狩る者だ……。だが、不覚を取った。群れで襲われるとはな……』
ガオンと名乗ったその獅子は、前足を震わせて立ち上がろうとするが、激しい火花を散らして再び崩れ落ちた。
見れば見るほど、凄まじいシステム構造だ。特A級エンジニアとしての血が騒ぐ。
こいつの中枢AIは、どうやってその質量とエネルギーを制御しているんだ……?
と、感心している場合ではなかった。
ズシン……ズシン……。
路地裏の入り口を塞ぐように、巨大な影が現れた。
三つの赤いカメラアイを鈍く光らせる、異形の機械兵。はぐれの魔将機だ。ガオンを追ってきたらしい。
『……チッ。しつこい奴らだ。人間、死にたくなければ早く逃げろ。足手まといだ』
ガオンは毒づきながらも、俺を庇うように前に出ようとする。
ボロボロのくせに、正義感だけは立派なものだ。
「おいおい、そんな状態で勝てるわけないだろ。エネルギー残量はほぼゼロじゃないか」
俺は逃げるどころか、ガオンの横に並び立った。
特A級の眼力と演算能力で、ガオンの外部ポートとエネルギー変換システムを瞬時に解析する。
「なるほど、マナを動力源にしてるのか。しかも、有機物を高効率でエネルギーに変換できる『超高密度カロリー変換炉』まで備わってる」
『貴様、なぜ我が機体構造を……!?』
「ただの通りすがりのAIエンジニアさ」
俺は手に持っていた黄金色の箱を開けた。
中には、俺が今日一番楽しみにしていた、超高カロリーかつ極上の甘さを誇る『プレミアム・極上ハチミツロールケーキ』が鎮座している。
血の涙を飲む思いだが、背に腹は代えられない。
この気高き獅子を、こんな薄暗い路地裏でスクラップにするのは寝覚めが悪い。
「ガオンって言ったな。お前、甘い物は嫌いか?」
『は……? 何を馬鹿なことを――むぐっ!?』
俺は、ガオンの鋭い牙が並ぶ口に、ロールケーキを箱ごと(紙箱は無害な成分なのでヨシ!)思いっきり突っ込んだ。
『な、なんだこれは!? 凄まじい密度と甘味……そして、爆発的なエネルギーが炉心に満ちていく……!!』
ガオンの機体の隙間から、黄金色のオーラが噴き出した。
システムエラーの警告音が鳴り止み、駆動音が力強い咆哮へと変わる。
「システム再起動、エネルギー充填率120%。さあ、反撃の時間だ」
俺の言葉に応えるように、完全復活を果たした鋼鉄の獅子が、夜の闇を切り裂くような雄叫びを上げた。




