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9⭐︎高級ホテルで現実逃避です。

 ―――かなちゃん。かなちゃん。


 あれ?彗人くんがあたしを呼んでる…。


 ―――かなちゃん、起きて。


 ほぇ?光里さんまであたしのことかなちゃんて呼んでる…!?


 ―――かーなーちゃん。起きないとちゅーするよ?


 りゅーちゃん!?そそそそれは刺激が強すぎです……(鼻血ぶしゅー)!!


 ―――かなちゃん、起きーや。


 煌くん…!お顔が近すぎる……(顔面爆発)!!


 ―――奏。


 えっ、亜弥?


 ―――奏、なんで帰ってこなかったの?


 えっ?なんでって……なんで?


 ―――一緒にお風呂入るって、約束したよなぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!


 「ぎょぺーーーーーーーーー!!!!」


 訳のわからない大絶叫と共に、開眼した奏。見知らぬ天井、いつもの触り心地ではない布団。恐る恐る体を起こすと、頭の中をぐわんぐわんと痛みが駆け巡った。


 お察しの通り、冒頭は奏の夢。T//Sに気持ちよく起こされるようないい夢と思いきや、奏溺愛モンスターが登場するホラーな夢でした。…正夢になりそうで余計怖い。


 「いっ…た。」


 頭痛は、飲み過ぎたせいなのは分かる。この痛みはどこから…?布団を捲ると、両足のかかとに絆創膏が貼ってある。そう言えば、亜弥と出口を探し回った時に、靴擦れしてたんだっけ。


 ベッドに対して横向きになり、足だけだらんとおろして座り直すと、目の前のサイドテーブルに、奏の荷物とメモが置いてあった。とりあえずiPhoneを取り出してロック画面を見ると、亜弥からの連絡通知でびっしり。時刻は七時三分。今日が日曜日で一安心。ロックを解除する気にはなれず、そっとiPhoneをサイドテーブルに伏せた。メモを手に取ると、柚月の字でこう書いてある。


 パーティーに来てくれてありがとう。

 あやちゃんに連絡しちゃったことは、今度ちゃんと説明するね。

 疲れちゃうと思ってたから、ホテルの部屋取っておいたよ。

 11時チェックアウトまで、少しゆっくりしてってね。    柚月


 昨日、亜弥をタクシーに押し込んだ後、ロビーのソファにもたれてからの記憶がない。どうやってこの部屋まで来た?とか、靴擦れの処置は誰が?とか、色々と疑問に思うことはあるが、柚月がせっかく準備してくれたので、贅沢な午前の時間を楽しむことにした。


 ひとまずシャワーをあび、モーニングを頼んだ。窓辺に座って、優雅に食事を済ませた後、コーヒーを飲みながらテレビをつける。平日でも休日でも、朝にテレビをつけることはないので、この時間帯に何か面白い番組はないかと適当にチャンネルを回してみる。すると、"T//Sの伊月彗人、ウェディングパーティーで見せる、王子スマイル"、"超有名音楽家に芸能人…大盛り上がりのウェディングパーティー"、"急に始まる音楽家達のセッションに、涼しい顔で応える伊月彗人"などなど、どの局に替えても、昨日のウェディングパーティーの話題で持ちきりだ。昨日の今日なのに、メディアってすごい。"伊月彗人のウェディングパーティーに、有名コスプレイヤー乱入!?"という見出しと共に亜弥が映り、即テレビOFF。数秒考えてから、はぁぁぁ、と、深いため息をついた。


 自分を溺愛してくれているのは、嬉しい。黙っていれば長身のイケメンが、自分のことを愛してやまないなんて、周りから見れば羨望の的だ。ただ、推し活が自由にできないとなると、話が違ってくる。十年も推してきたアイドルだ、解散するその時まで推し続けていく。亜弥には申し訳ないが、多少の我慢はし続けてもらう。


 それにしても、グロ執事のジャック、かっこよかったな。帰ったら、ちゃんと謝らないとね。


 ん?帰ったら?そうだ、高級ホテルの贅沢時間を楽しんだ後は、家に帰らなければならない。はて、あたしは何を着て帰ろうか?


 今はガウンで事足りているが、パーティー用のインナーやドレスをもう一度着て行かねばならんのか?汗かいたしあまり着たくはないのだが…そうなると、メイクもヘアセットもしないとアンバランスでいけない。泊まる想定はしていなかったので、メイク道具もそろっていないし、ヘアセットを自分で…?無理がある。


 現実逃避したい時に限って、後先のことを考え出すと止まらなくなる。これってあたしだけ?意外とあるあるな気がするんだけど。


 部屋の時計を見ると近くは九時十三分。思考を放棄してほけーとしていると、突然、電話の音が鳴り響き、びくっとした勢いで二センチくらい浮いた(気のせい)。音の鳴る方へ行くと、室内備え付けの電話が鳴っていた。どきどきしている胸を押さえながら受話器を取ると、ホテルのスタッフさんが、穏やかな声で話しかける。


 「穂坂様、旦那様がお見えになっていますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」

 「え、あ、はい…。」

 「かしこまりました。では、そちらに向かうようお伝えします。何かご不便なことはごさいませんか?」

 「いや、特には…。」

 「何かありましたら、お気軽にご連絡ください。では失礼いたします。」

 「はぁ。」


 がちゃり。


 あいつ迎えに来やがった……!!!!(ズシャァァァァ)


 贅沢な時間がもう終わってしまうと思うと、名残惜しい気はする。でも、昨夜は約束しといて帰らなかったし、ここまで迎えに来てくれる旦那の優しさに免じて、せめて笑顔で迎え入れよう。


 待っている間は暇なので、再びコーヒーを淹れてテレビを付ける。まだ昨日のウェディングパーティーの話題で持ちきりだ。こんな有名アイドルのメンバーの嫁が、自分の親友だなんて…こんな奇跡級にすごいことが自分の身に起こるなんて…人生って、本当、何が起こるか分かったもんじゃない。


 ふわふわと漂う思考に意識を預けていると、ノック音で我に返る。


 …奴が来た(顔面ゴ◯ゴ)。


 ゆっくりとした足取りでドアの前まで行き、声をかける。


 「亜弥?」

 「…うん。」


 声だけでは、どんな気持ちで亜弥がそこに立っているのかは分からなかった。少し気まずい気持ちで、ドアロックを外して扉を開けかけて…ぐわん、と、ドアノブごと体を引っ張られた。ドアノブを離していたら転倒していたかもしれない。それは免れて、前傾姿勢のまま顔を上げると、亜弥が荷物を抱えて立っていて、目が合った瞬間、部屋の中に押し込まれて、きつく、きつく、抱きしめられた。


 「だからっ…お前はなんちゅーかっこで……!!」

 「ぐ、ぐる゛じぃ…。」


 自分の今の格好を忘れていたが、ノーブラノーパン、ガウン一枚。亜弥がこうなるに決まっている。


 「亜弥っ、きの…ごめ…。」

 「それはもういい。」


 パチン(亜弥の溺愛獣モードスイッチON)


     〜〜しばらくお待ちください〜〜


 なんやかんやありまして、二人は無事仲直り。亜弥が持ってきてくれた服とメイク道具で身なりを整え、チェックアウト時間までにホテルを後にした。それなりに、有意義な時間を過ごせたような、気がする(そういうことにしておこう)。



/



 所変わって、T//Sの元ルームシェア宅。メンバーとスタッフが朝から集まり、ミーティングを開いていた。


 T//Sには、土曜の夜八時に『T//Sレンジャー出動します!』という冠番組を持っている。T//Sメンバーが、それぞれのメンカラのレンジャーに扮し、"巷で噂の◯◯"とか"謎の◯◯"などを調査&深掘りしたり、何でも屋のように困っていることを解決しに行ったりする、人気番組だ。今日は次の企画をどうするか、案を出し合う日になっていた。


 意見を出し合うものの、なかなかいい案が出ず、その場の雰囲気が暗く澱んできた。光里は、いち早くその空気を払拭しようと、彗人のウェディングパーティーの話題を振った。そこから、主役二人の衣装がすごかった、招待客がやばかった、セッションに感動した、乱入者が有名コスプレイヤーだった、などなど…それぞれに意気揚々と話題をあげていった。話は逸れたがちょっと盛り上がり、いい小休憩となった。


 光里は、この流れはチャンス、と思い、柚月を衣装メンバーに迎え入れてはどうか?という提案をした。スタッフの反応としては、賛成も反対も五分五分。本人も交えた話し合いも必要なので、一旦保留となった。それでも光里は、心の中で"よしっ!"と拳に力を込めた。


 「あのさー。」


 ソファに寝転がって、不真面目そうにしていた流星が声を発した。


 「この国ってさ、小さい子ども達を育てる現場と、お年寄りを介護する現場が過酷じゃん?その辺を理解したり手助けしたりするってのは、企画として成り立ちそう?」


 その場にいた全員の目が点になった。流星から、そんなまともな意見が出てくるとは。流星の発言から、あれはどうだ、これはどうだと、たくさんのいいアイディアが出始めた。


 流星は、ふふん、と勝ち誇ったような顔をしている。煌・光里・彗人の三人は、そんな流星を見て、なんとなーく嫌な予感を感じ取る。…まさか。


 「僕、保育園に手伝いに行ってみたいな〜。」


 三人の予感は、的中。こいつは、一旦ロックオンした人を落とすのを、ゲーム感覚で楽しむ奴だったと、頭を抱える三人であった。

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