7⭐︎絶妙にすれ違う、ウブな二人です。
※柚月と伊月のちょいラブ回です。
ウェディングパーティーはお開きになり、二人は、ホテルの部屋に入ってすぐ、ベッドにダイブした。柚月はうつ伏せに、伊月は仰向けに(効果音をつけるなら、"ずさぁぁぁ、ちーん")。予想はしていたが、それを上回る疲労感。表情筋はぴくぴくしてるし、足はパンパンで、文字通り"動きたくない"状態。ホテル併設の会場にしたのは正解だった。招待客は、厳選に厳選を重ねて減らしたつもりだったが、なかなか多いし、一癖も二癖もある個性豊かな面子。悪い人達ではないのだが、集まるとあることないことぺちゃくちゃぺちゃくちゃ…。まぁ、セッションは楽しかったし、なんだかんだでいいパーティーになったんじゃないかな、と、心の中で自画自賛する柚月であった。
(伊月くんをプロデュース出来たのは大満足!夢叶った〜。)
写真を何枚撮っただろう。ファンに見せたらなかなかいい値で売れそうな。でも、絶対にそうはしない。世界に一つだけの、自分だけのフォトアルバムを作成するのだ。心の奥で、むふふとほくそ笑む。
結局、奏とは会って話が出来なかった。遠くからその姿は確認できていたし、親友がそこにいると分かっているだけで、緊張はだいぶ和らいだ。心が折れかけそうになることばかりだったが、伊月の横で笑顔を崩さずにいられたのは、奏のおかげだ。親友って、やっぱりすごい。
(まーたかなちゃんのことばっかり。伊月くんに妬かれちゃうな。)
顔だけ横を向く。仰向けになっている伊月は、今にも寝落ちそうになっていて、慌てて跳ね起きた。
「服、脱がないと。しわになっちゃう。」
実は、柚月が今回プロデュースした衣装は、完全オーダーメイド。今後着る機会はないのだろうが、家に飾って置いておきたいほど、思い入れのある衣装なのだ。
「うん…分かってはいるんだけどな…ちょっと今、動けない…。」
「もー。しょーがないなぁ。」
柚月は伊月にまたがってネクタイをほどき始めた。伊月はぎょっとして固まる。
「どうしたの、そんな緊張して。」
「いや…スタイリストとかに、散々服の脱ぎ着されてきたけど…なんだろう、柚月にされると、恥ずかしいな。」
「えー!?」
「この態勢のせいか?」
「もー、何言ってんの、童貞じゃあるまいし。」
「いや、実際童貞なんだ俺は。」
「へっ!?」
冗談で言った言葉。まさかのカミングアウト。童貞のアイドルなんて、都市伝説だ。でもその照れ顔は…本当みたい。ゴクリ、と喉が鳴る。ネクタイが、するり、とほどけた。
十六歳のあたしは、『星屑の涙』を歌う伊月の姿に一目惚れした。それから、ずっとずっと伊月推し。推しの、最初で最後になれたら、なんて、妄想の中だけの夢だった。結婚できることすら奇跡なのに、こんなこと、あってもいいんだろうか。
ワイシャツのボタンを一つずつ外しながら、柚月の心臓もドキドキし始めた。ワイシャツ越しからでも分かる、鍛え上げられた体。十年分、いやそのもっと前からの、努力の賜物。
「柚月…。」
甘い雰囲気が漂う。手が汗ばんできた。もう少しでボタンを外し終わる…という時に、伊月は起き上がりながら柚月を遠ざけ、気まずそうにベッドを降りた。
「あとは自分でやるよ。柚月も着替えちゃいな。」
そう言いながら、着替えとスキンケアセットをさっと準備して、伊月は洗面所に入ってしまった。
ぱたん、と、虚しく扉の閉まる音。静かな音のはずなのに、やけに響いて聞こえた。ベッドに取り残された柚月は、いい雰囲気だったのに、と思いながらも、自分が小刻みに震えていることに気づく。
(肝心なとこで臆病者。)
有名音楽家の一人娘だ、それはもう、大事に大事に、甘やかされて育ってきた。恋愛は人並みにしてきたが、推し活のことを知られると、みんな離れていってしまった。アイドルを好きな自分のことを、なぜ受け入れてもらえないのか。隠せば隠すほど、"本当の自分"で恋愛を出来ないことが悲しくて、二十歳を越えてからは、色々と諦めた。一線をこえたことはない。いつそうなるのか、いつそうしていいのか、分かるわけもない。
残念な気持ちと、安堵する気持ちが入り混じった複雑な心境で、着替えを済ませた。メイクを落としてシャワーも浴びたかったが、伊月が出てくる気配はない。髪飾りを外してベッドに横になると、自然と瞼が落ちてきて、そのまま柚月は眠ってしまった。
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伊月は、手に持っていたものをどさっとその辺に置いて、長く、息を吐いた。顔の熱が下がらない。鏡に映った自分を見て、情けない、と顔を背ける。
大事にしたい。それなのに、一気に湧き上がってくる欲望を、全部、ぶちまけてしまいたくなる。こんな気持ちになることなんて、柚月に会うまではなかったから、正直なところ、戸惑っている。
お互いの両親が決めた婚約だった。顔は知っていたが、話したことは数回で、意識したこともなかった。顔合わせの日、後はお若いお二人で、と言われた直後、『ずっとファンでした!』と叫んだ柚月の姿を見て、稲妻が落ちてきたかのような衝撃を受けた。あれが、俗にいう"運命の人だと分かった瞬間"なのだろう。話せば話すほど惹かれていき、この先の人生にこの人がいない未来はない、と言い切れるほど、お互いがお互いを必要としていることが、ひしひしと伝わってきた。そんなわけで、婚約はめでたく成立。パーティー後に籍を入れたら、親族のみの結婚式をして、二人での生活をスタートさせることになっている。
楽しみなことしかない。でも、所詮童貞。プライベートの充実よりも、仕事を第一優先にしてきたから、もちろん恋愛ごとは遠ざけていた。遠ざけていた、というより、近づいてくる女性は、潔癖症が出るとみんな引いていった。煌くんと光里さんには、恋愛事情を深く探られたことはないが、流星には、事あるごとに根掘り葉掘り聞かれ、笑われることばかり。結ばれたい気持ちもあるが、どうしたらいいのかと困惑する気持ちの方が、今はまだ強い。現に、震える柚月を目の前にして、洗面所に逃げてしまった。
(ヘタレだと思われただろうなぁ…。)
重たい気持ちのまま、着替えをする。脱いだ服をきちっとハンガーにかけ、近くにあった除菌スプレーを吹きかける。柚月が、自分のために準備してくれた、メンカラの水色を基調としたスタイリッシュな衣装。柚月のドレスとリンクした、二つで一つの作品のような衣装で、初めて見た時は感動で言葉が出なかった。時間のない中で、オーダーメイド店のスタッフと連日打ち合わせを重ねて、ギリギリで完成したこの衣装は、今回の出番だけで終わらせるのはもったいない。そのことを光里さんに相談したら、次のツアーで着てもいいかもね、と言ってくれた(ステージ衣装担当は大体光里)。
(そういえば、柚月に話したいことができた、って言ってたよな。…なんだろう?)
頭の中で色々と考えながら、無意識に動く手でメイクを落とし、気づいたらスキンケアまで済んでいた。ワックスとスプレーでガチガチの頭をリセットしたかったが、シャワーまで浴びる気にはなれなかった。
柚月はまだ起きているだろうか。起きていて欲しいような、寝ていて欲しいような。平常心を装いながら、洗面所の扉を開けてベッドに向かうと、柚月は静かな寝息を立てて眠っていた。がっかりしたような、ほっとしたような。
柚月が起きないように、そっとベッドの端に腰掛け、口元にある食べかけられそうな髪の毛をよけてやった。
(メイクを落としてないな…。)
可愛い寝顔を見ていたら、起こす気にはなれなかったが、そのままにしておくのは忍びなくて、メイクは自分が落としてやることにした。寝ている柚月を仰向けにし、メイク落とし成分がたっぷりと染み込んだコットンで、そっと、顔中を撫でた。途中、柚月の吐息が漏れて変な気分になりつつも、最後のスキンケアまで起こさずにやり遂げた。達成感はあったが、なんだかいけないことをしているような気がして、変な汗をかいた。それでもやっぱり、シャワーを浴びる気にはなれず、伊月もすぐに眠りについた。
次の日の朝、二人は起きてどんな話をするのだろうか。容易く予想できる。ウブな二人の愛が深まるのは、もう少し先のこと。




