12⭐︎箱推しアイドルがお手伝いに来るそうです。
とある日の昼下がり。奏の務める、しのぶ保育園の事務所にて、会議が行われていた。園全体で共有すべき園児の様子などを報告し合い、どのように対応をしていくかを話し合っていた。時刻は午後二時四十六分。もう少しで会議が終わる、という時に、園長が思い出したかのように話し始める。
「そういえば言い忘れていたんだが。」
周囲に"またか…"という空気が流れる。会議がある日は、少しでも早く保育室に戻って、子ども達が起きてくる前にやりたいことを片付けたいところだが、それは無理なのだろう、と、その場にいる全員が悟った。
「来週の金曜日、てぃあーず?おぶ、すたーだすと?が職場体験に来ます。」
・ ・ ・ 。
一瞬の静寂、からの、徐々に広がっていく、ざわざわ。奏は、開いた口が塞がらない。
「えー、うぐいす組に吉良流星さん、おおるり組に橋屋煌さん。テレビの撮影らしいが、手伝えることはなんでも手伝ってくれるそうだ。職場体験のようなものだな。」
えっ……………え!?
ようやく脳内奏が反応。
「みつば先生と奏先生、よろしくお願いしますね。」
「ああああの、園長先生?」
狼狽えながらも、奏はなんとか声を発した。
「なんだい?」
「てぃあーず?おぶ、すたーだすと?って、Tears of Stardust(発音はなまる)、略してT//Sのことですかっ!?」
「おぉ、確かそうだったかと思うが。」
「ああああの大人気アイドルが!?この保育園に!?何をしに来るって!?」
声が段々と大きくなり、鼻息も荒く、血走る目で園長先生に迫る奏。
そんな奏に少しも動じない、にこやか糸目の園長。
「だから、お手伝いに。テレビ撮影。」
「テレビ撮影だなんて……!!ものすごいことなのに、なぜそんなふわっとさらっと……しかも来週の金曜日!?」
「すまんな、言い忘れてて。」
「もっと早く知りたかったですぅぅぅぅ!!!!」
ズシャァァァァ(奏がその場に崩れ落ちる音)
奏と園長の掛け合いを、ただただ見ていた先生達。冷静に状況を整理しようとする者もいれば、お花の背景を背負って歓喜に小躍りする者、興味のない者…しかし全員が共通して思っていたのは………
"芸能人がテレビの撮影に来る!!どうしましょう!?"
収拾のつかなそうなざわめきの中、主任保育士の服部千鶴の一声が――――
「みなさん。」
――――響く。決して大きな声ではない。その声は、どんな状況でも、その場にいる全員の耳に届く。なぜだろう。
「今日の会議はこれで終わりです。この後も気を引き締めてお仕事お願いしますね。」
にこり、と、笑顔の圧。こうして、ようやく会議は終了。先生達はいそいそとそれぞれの業務に戻っていく。そんな中、奏の元に駆け寄って肩を叩いたのは、うぐいす組(年中組)担任の赤城みつば。
「奏先生っ、なんかすごいことになったね!?」
「みつば先生…あたし今顔面どうなってます?」
「うーん、見事に緩んで決壊してるね。」
「どうしましょう…。」
「奏先生が大好きなアイドルが来るんだもんね、そりゃそうなるよ。」
みつばは、しのぶ保育園に来てまだ二年目だが、奏より歳が二個上。出勤初日から"この保育園に勤めてウン十年"と言ってもいいくらい、とてつもない速さで馴染んだ、コミュ力おばけである。奏の好きなアイドルも、当然把握済み。
「活動内容、何にしたらいいんでしょう?」
「あたしさ、もう週案提出しちゃってて…その日、ごっこ遊びからの劇遊びにしようとしてたんだよね。」
「え!?りゅーちゃんにぴったりすぎる内容じゃないですか!!」
「そう思う!?自分でも"こわ"って思ったよ。T//Sの流星さんって、演技派で有名だもんね!?」
「みつば先生予言者か何かですか?」
「だったらどうする?」
意味深な笑みを浮かべるみつばを前に、少し後ずさる奏。
「うそうそ、そんな能力ないよあたしに!」
「で、ですよね〜!!」
そんな話をして盛り上がりつつ、二人はそれぞれの保育室に戻っていった。
保育室に入ると、ほとんどの子ども達は起きていて、午後おやつの準備に取り掛かっていた。午睡(保育園でいうお昼寝のこと)中に会議などが入っている時は、フリー(補助的存在)の先生が各保育室に入って、子ども達を見守りながら室内の掃除や玩具の消毒などをしてくれている。今日、おおるり組に入ってくれていたのは、奏が大好きな大ベテラン、伊藤織江。奏が保育室に入ってきたことな気づくと、子ども達に指示を出しながらも、穏やかな笑顔で迎えた。
「奏先生、おかえり。」
「ただいまです…。」
「どーしたの?会議大変だった?」
「大変というか大事件というかなんというか…キャパオーバー気味です。」
「なるほど。わかった。奏先生、今日休憩まだだったでしょ。あたし見てるから、ゆっくりコーヒーでも飲んどいで。」
「織江先生神ですかぁぁぁ。ありがとうございますぅぅぅ。」
フリーの先生方が心強いので、担任も頑張れるなぁと、心の底から思う奏であった。
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場面変わって、とあるスタジオ。T//Sの四人は雑誌の撮影に来ていた。
「えー!?僕、かなちゃんのクラスじゃないの!?」
休憩中の流星が大きな声を出した。
「お前なぁ…ちょっかい出す気満々やないかぃ!奏さん人妻やぞ!!」
「リーダー代わってよぉ〜!!」
「却下!!」
グループの冠番組、『T//Sレンジャー出動します!』の次回のロケ地は、しのぶ保育園と、とある有名な介護施設の二ヶ所に決まり、保育園には煌と流星、介護施設には光里と彗人が行くことになった。実は、奏が勤めるしのぶ保育園は、忍者の末裔が寺子屋を始めたことが起源の、由緒正しき長寿保育園であり、名前を聞けば、"あー、あの保育園ね"と分かるくらいの有名保育園であった。今回の企画が、メンバー、スタッフ共に初めての試みであり、まずは有名所から回ろう、ということになり、リサーチをしながらいくつか候補をあげていった。流星は、彗人経由で柚月から、奏の務める保育園を聞いて知っていたので、候補の中にその保育園を見つけると、言葉巧みに誘導、さらには奏のいるクラスに入りたいと駄々をこねた。メンバーはなんとか阻止しようと奮闘。流星が奏をロックオンしていることは、メンバー全員が気づいていたので、介護施設に行くよう説得していたのだが、流星の上手い口車に乗せられたスタッフが、最終的に負けてしまった。煌の必死の抗議で、流星が手伝いに入るクラスを、奏のクラスではない方にしてもらったが、ロケ中は流星の行動に目を光らせておく必要がある。
「煌、当日は気苦労かけるかもだけど…よろしくね。」
「ま、仕方ねぇわな。彗人の嫁さんの親友に、身内が迷惑かけるわけにはいかねーし。」
「なんかすみません。煌くんだけめちゃくちゃ大変そうなロケになりそうで。」
「ねーえ!みんなして僕のこと問題児扱いしないでよー!!」
「「「 じゃねーか。
実際問題児じゃん。
だろ。 」」」
声が揃うも語尾だけ違う三人と、きょとん顔の流星。それを見ていた周りの人達は、腹を抱えて笑った。四人のやりとりは、さながらコントのようで、現場を明るくさせる。これもT//Sの魅力なのである。
「さーて、仕事仕事!」
煌が手を叩きながら声を張り上げると、全員がスイッチを入れて立ち位置に入る。カメラマンがファインダーをのぞくと、そこには、撮り直しもいらなそうなキメ顔が、バランス良く四つ、並んでいる。ゾクリ、というより、ゾワリ。そのプロ意識の高さは、芸能界の中でもトップを争う程、というのが、よく分かる。
(さーて、どうやってかなちゃんにアプローチしていこっかな。)
撮影中の流星の脳内は、"かなちゃん落とすプロジェクト"でいっぱいだ。そんな流星にいち早く気づいた煌が、カメラマンやスタッフに気づかれないように背中をつねる。"痛い"ということを表情に出さず、煌のネクタイに手をかけ、魅惑の目線を向けて反撃に出る流星。
「おっ、なんかその絡みいいね!そのまま他のメンバーもカメラ目線外してみて!」
カメラマンの声に、"してやったぜ"というドヤ顔の流星。煌も対抗して、流星の頬に手を触れながら本気の目線を向ける。光里と彗人は、二人の攻防に"やれやれ"と思いつつ、お互いに甘い視線を交えて、光里は彗人の顎に手を、彗人は光里の唇に人差し指を添えた。周囲はその光景に、ただただ見惚れている。
「美術館のアートみたいだ…。」
ファインダーをのぞいていたカメラマンは、小さな声でそう漏らした。




