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お手伝いとカレー

『おーい! シノ~、どこ~?』


 俺のスマホから流れた声は、効果てきめんだった。

 男子は体をビクッと震わせると、勢いよく音のした方――つまり俺のいる方向へ振り向く。

 もちろん俺は物陰に隠れているため、見つかるはずもない。


「あ、ごめん! 呼ばれてるみたいだから、もう行かなきゃ!」


 ここを好機と見た花宮は、引き留めようと軽く手を伸ばした男子には目もくれず、お菓子売り場を後にした。


 


「わー! やっぱり紗奈ちゃんの声だ~」


 お菓子売り場を急いで離れた俺たちは、カレーを適当に取ってから、そのまま会計を済ませて店の外へ出ていた。

 今いるのは、程よく日陰になった駐車場。車は何台も停まっているが、人影はほとんどない。


『シノはもう少し気を付けなさい! わかった?』

「うん、もちろんだよ!」

『それ、絶対分かってないよね?』


 花宮と通話越しの声の主――志崎紗奈が言い合っている様子は、なんとも奇妙な光景だった。

 なぜこんなことになったのかというと、あの瞬間に俺が思いついたのは、「友達を呼ぶ」という方法だった。

 本当ならその場へ来てもらえれば一番よかったが、テレポート能力なんて現実にあるわけがない。

 だから昨日のオフ会で交換したアプリのアカウントから、志崎へ通話をかけたのだ。

 出てくれるかどうかは半分賭けだったが、わずか二コールで応答してくれたのは本当に助かった。

 事情を手短に説明すると、志崎は深いため息を一つつきながらも協力を了承してくれた――というわけだ。


『幸村くんもありがとう。そっちから電話がかかってきたから何事かと思ったけど、シノ絡みなら……うん、納得』

「ひどい!」

『ひどくないよ。ほら、シノも幸村くんにお礼言わないと』

「ほんとだ! ごめんね、幸村くん。おかげで助かったよ~」

「いえ、結局あの場を切り抜けられたのは志崎さんのおかげですし」

「ううん。君が機転を利かせてくれなかったら、もっと大変だったと思うから。そーゆー謙遜はなしだよ!」


 謙遜したつもりはない

 あの場を切り抜けられたのは、志崎が通話に出てくれたからだ。

 俺は、友達付き合いをもっと大事にしておけばよかったと後悔しただけ。

 別に褒められるようなことじゃない。


『何はともあれ、一件落着ってことでいい?』


 そうなるな。

 後は家に帰ってカレーを作るだけだ。


『じゃあ聞きたいんだけど、どうしてシノと幸村くんは一緒にいるのかな?』


 あ。




「あー、お腹空いた!」

「すぐ作るので待っててください。……そういえば、ルーは中辛ですけど大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう。私、何か手伝うことある?」

「そうですね……じゃあ、玉ねぎの皮を剥いて、ニンジンとジャガイモを洗ってもらってもいいですか? その間に俺が米を研ぐので」

「OK! まっかせて!」


 なんだかんだあって家へ戻ってきた俺たちは、ようやく夕食作りに取り掛かっていた。

 花宮には野菜の下準備を任せ、その間に俺は米を研ぐ。

 最初の水は素早く捨て、その後は優しくかき混ぜるように研いでいく。力任せに擦れば米が割れ、炊き上がりにも影響が出る。何度か水を替え、軽く濁る程度になったところで炊飯器へ移した。


 すぐには炊飯を始めないで、少し吸水させておいた方が、芯までふっくらと炊き上がる。

 カレーを作っている時間を考えれば、ちょうどいいだろう。

 炊飯器の蓋を閉じたタイミングで、向こうの作業も終わったようだ。


「ありがとうございます。それじゃあ、まずは玉ねぎを摺り下ろします」

「私も見てていい?」

「いいですけど。ただ、包丁も使うので、少しだけ離れてくださいね」


 まな板へ玉ねぎを置き、上下を切り落としてから縦半分に割る。

 そして、半分に割った玉ねぎを力強くおろし金ですり下ろす。


「おぉ……すごい」

「案外力仕事なのでちょっときついです」


 すり下ろした玉ねぎは一旦まな板の隅へどかす。

 続いてエコバッグから牛肉のパックを取り出した。


「次はお肉?」

「はい。焼く前の下準備だけ済ませておきます」


 パックを開封し、キッチンペーパーで表面のドリップを軽く拭き取る。

 余分な水分が残っていると焼き色が付きにくく、旨味も逃げやすい。

 そのまま皿へ広げ、表面へハチミツを薄く塗る。さらに、先ほど刻んだ玉ねぎを全体へ均一に乗せた。


「すぐ使わないの?」

「冷えたまま焼くと火の通りにムラができやすいんです。少し室温になじませておくと均一に火が入ります」

「じゃあ、ハチミツと玉ねぎは?」

「どちらも肉を柔らかくする効果が期待できるんです。他にもキウイやパイナップル、炭酸水を使う方法なんかもありますね」

「へぇ……料理って理科の実験みたい」

「案外そんな感じですよ」


 とは言ったものの、そこまでは知らない。

 肉を置いたまま、今度は野菜へ取り掛かる。

 その前に、少し早いが炊飯器のスイッチを入れる。


「よし。じゃあ次はニンジンとジャガイモですね。はい、ピーラーです。ニンジンの皮剥きをお願いしてもいいですか?」

「まっかせて!」


 元気よく返事をした花宮がニンジンを手に取る。

 その間、俺はジャガイモを担当する。

 包丁で皮を剥きながら、芽や緑色になった部分が残っていないかを一本ずつ確認する。

 剥き終えたら一口大に切り分け、そのまま水を張ったボウルへ入れていく。


「なんで水に入れるの?」

「表面のでんぷんを軽く落とせるので、煮崩れしにくくなるんです。それに変色防止にもなります」

「へぇ~。ちゃんと理由があるんだ」


 十分ほど水へさらす間に、花宮が剥き終えたニンジンを受け取る。


「はい、できた!」

「ありがとうございます。じゃあ俺はニンジンを切るので、花宮さんは……そうですね。ジャガイモを入れている丼の水を捨てて、ラップをかけてもらってもいいですか? ラップの場所は――」

「了解! 場所は把握してるよっ」


 花宮は返事をすると、戸棚からラップを取り出した。

 以前、一緒に食事をした時にも何度か取り出していたし、その時に覚えたのだろう。

 ピーラー捌きはたどたどしかったが、こういうことは手際がいい。


「それじゃあ、そのまま電子レンジに入れて三分お願いします」


 花宮は無言のまま、ビシッと敬礼するような仕草を見せた。

 その間に俺はニンジンを、火の通りが均一になるよう、大きさを揃えながら乱切りにしていく。


「ここからようやく炒める工程ですね」


 コンロへ大きめの鍋を置き、中火で温める。

 鍋肌が温まったところでサラダ油を回し入れ、薄く全体へなじませた。


「最初はニンジンを炒めます」


 炒め始めてニンジンの甘い香りが出てきたところで電子レンジの終了音が鳴り、花宮がすぐに扉を開けた。指示は出していなかったのに、察して動いてくれるあたり、本当に頼もしい。


「あっつ!」


 しまった。ミトンを渡し忘れていた。


「すいません、大丈夫ですか?」

「うん、平気だよ」

「えっと、火傷してませんか?」

「だ、大丈夫だって!」


 そうは言われても気になるだろう。

 普段から耐熱皿を使わず、そのまま器ごと加熱する癖が、こんなところで裏目に出てしまった。

 俺は花宮の手を取り、丼を持っていた手を確かめる。

 少し赤くなっているようにも見えたが、大したことはなさそうだ。


「念のため、冷やしておきますか」

「ううん、本当に大丈夫。私が気をつければよかっただけだから」


 本人がそこまで言うなら無理に勧めるわけにもいかず。せめて、このあとは注意して見ておこう。

 気を取り直した花宮は渡したミトンをはめ、電子レンジから丼を取り出してラップを剥がす。

 湯気とともに、蒸されたジャガイモのほくほくとした香りがふわりと広がった。

ここ一週間カレーのことしか考えてなかったなって

Googleで調べたり、クックパッドを使ったり、書いたり消したりを繰り返したり

食べたのはハヤシライスだけども

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