テスト明けの食卓で
「テスト、お疲れ様~」
「はい、お疲れ様でした」
カツン、と小気味よい音を立ててグラス同士を軽く打ち合わせる。
中身はただのジュースだが、張り詰めていたテスト期間から解放されたせいか、少し浮かれたような気分になっていた。
晩ごはんのお供としては少し不似合いかもしれないが、プチ贅沢くらい許されるだろう。
「テストどうだった?」
「ええと、自己採点はしてみましたが……ちょっと難しかった気がします」
初日の数学。幸先悪く、そこでつまずいてしまった。
最後の大問が思った以上に難しく、結局それらしいことは書いてみたものの、正解している自信はない。
英語も似たようなものだった。リスニングは一度きりだし、似たような単語が飛び交っていて、頭がこんがらがってしまったのだ。
「ね~、私もちょっと時間かかっちゃったな」
やっぱり難しかったんだな。
花宮は前回の中間試験で確か4位だったはずだ。
そんな成績上位の彼女ですら苦戦するほど、今回のテストは難しかったらしい。
「でも、おかげで一学期より点数は高いと思ってます」
「そうなんだ! 教えた甲斐があったな~?」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らす花宮の姿に、思わず苦笑いがこぼれる。
「はい、ありがとうございました」
花宮がじっと俺の顔を見てくる。
花宮の希望でトンカツを作ったのだが、ソースでも顔についているのだろうか。
いや、それならさすがに気づくはずだし……ホコリでもついているのか?
「あの、どうかしました?」
「ん⁉ ううん! なんでもないの!」
……まあいいか。
それにしても、花宮って案外大食いなのか?
勝手なイメージだが、女性は脂っこい料理をあまり好まないと思っていた。
けれど花宮は、そんなことをまったく気にしていない様子だ。
というか、改めて思う。細いよな。
たぶん、女性が一番羨むような体型なんじゃないだろうか。
……いや、待て。
本人を前にそんなことを考えているのはキモいな。
別に俺が気にすることでもないか。
作った料理を美味しそうに食べてもらえる。それだけで素直に嬉しいしほっこりとした気分になる。
「ねえねえ。幸村くんはどうして料理が上手なの?」
花宮が興味津々といった様子で、小首をかしげる。
「きっかけとかあるのかな~、って」
「きっかけ……が何かは覚えていないんですけど。父親がシェフをしてるんで、成り行きですかね」
幼稚園の年長の頃だったか、それとも小学校低学年の頃だったか。
正確には覚えていないが、たぶんそのあたりの年齢だったと思う。
うちの料理担当は、職業柄、父さんがすることが多かった。
皿洗いをしたり、配膳を手伝ったり。
そんなことをしているうちに、いつの間にか色々と叩き込まれていた。
料理上手と言われてもあまりピンとこない。もし花宮が父さんの料理を口にすれば多分ひっくり返る。比喩というより物理的に、だ。
それくらい差があると思っている。
もしかしたら、俺に店を継いでほしくて鍛えたのかもしれないが……どうなんだろう。
「へぇ! そうなんだ~。いいなぁ。私のお家はあんまり料理上手がいなくってね~。お惣菜とか多くって」
……花宮の料理スキルは、前に見た包丁さばきからして、まあ予想通りではある。
その代わり、皿洗いは妙に手際がよかった。
なんというか、適材適所というやつなのかもしれない。
「だから、あの日、朝ごはんまでおよばれしちゃったでしょ? とっても美味しくって」
花宮は、えへへ、と照れくさそうにはにかむ。
面と向かってそう言われると、やっぱり照れる。
俺にとっては、ただのいつも通りの朝ごはんだ。けれど花宮にとっては、そうじゃなかったらしい。
「じゃあ今まで……というか、金曜日以外はどうしてるんですか?」
「それこそお惣菜だね~。学校ある日のお昼はだいたいパンだし。
あ! でもお米は炊けるよ!」
「それだけだけど……」と、そう小さく付け加えながら、花宮は恥ずかしそうに頬をかいた。
「……花宮さんがいいのなら、毎日来てもらっても、俺は構いませんよ?」
「ううん、ちょっと申し訳ないかな。……だって、毎日およばれしてたら、リラックスしすぎて毎回遅くなっちゃう」
ああ、確かに。
遅くなる ということは、そういうことだ。
花宮の甘え上戸に遭遇することが、一度や二度で済むとは思えない。
一息つくように花宮はジュースを飲みほした。
本人にその時間の記憶がないとはいえ、俺の前で毎回見せてしまうのは、恥ずかしいどころではないだろう。
……可愛いのは確かだが。
正直、俺の理性のほうが耐えられない。
「それもそうですね」
夜のことを想像してつい苦笑が浮かぶ。
それをどう捉えたのかわからないが、花宮は分かりやすくムスッとしている。
花宮は楽しそうに友人の話をする。
俺はそれを聞く側に回る。
自分の話なんて、特に面白いものがあるわけでもないし。
それに、花宮の話は単純に聞いていて楽しい。
そんな他愛のない会話が、食卓をゆっくりと彩っていく。
最近では、これがすっかり週課になりつつあった。
――そして気づけば、俺自身もこの時間を楽しみにしている。
こんな光景をクラスメイトが見たら、きっと嫉妬するだろうな。
優越感、というほど大げさなものじゃない。
独占欲……とも、少し違う気がする。
ただこのささやかな幸せを、もう少しだけ味わっていたい。
そう思ってしまう自分がいた。
3月は忙しいですね(´△`)




