新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 22
もうもうと土煙を巻き上げながら、レイは渾身の突進を薔薇の兵士に叩きつけた。
奇跡のよう急速な成長であったが、それでも魔物に大きな負傷を与えるものにはならない。
苛立たしげな顔をしてはいるが、大きな傷もなく突進の衝撃に姿勢を崩しただけだ。
わかっていたとはいえ、レベルによるステータスの差は、無情である。
「くそ、やっぱりこの程度じゃ、死なないか」
レイは残念そうにいう。
「こんな短時間で〈突撃剣〉を使えるようになっただけで上等だ。それも麻痺のおまけつきとは、運命に愛されてる、な!」
麻痺の追加効果が発生するのは、運。
当たりくじを一発目で引くレイの引きの良さに、素直に感心する。
雷は薔薇の兵士が麻痺で動きを鈍らせていることに、ほくそ笑んだ。麻痺状態となり避けられない体に《遅滞》を打ち込む。
完封、とまでは行かないが狙ったところにぴたりとはまった。
「武人精神だか知らんが、周りの雑魚を留め置いてくれたのはありがたいな。周りを一切気にせずデク人形を殴り続けられる状況は助かる」
雷は全く効かない攻撃を、スキルの熟練度上げのために一方的に続ける。ロッドを振りかざす顔は、幼さに見合わない酷薄さがあった。
麻痺と《遅滞》により、いばらの女兵士はまともに攻撃を仕掛けることができない。
やっとの思い出繰り出したであろうお粗末な槍の突きを悠々と避け、雷は鼻で笑った。
「楽に仕留められると意気揚々としていた相手に、一方的に殴られるのはどんな気持ちだ?」
調子に乗って吐き捨てながら雷が魔物の女を殴ると、かたわらにいたレイが嫌悪で顔をしかめた。
「おい、チビ。相手が魔物だからってゲスな言動はやめろ。なんでお前、恥ずかしげもなく意気がってるクズみたいなことを平然というんだ。一緒にいる俺のほうが恥ずかしくなるだろうが」
手を止め、たしなめてくるレイに雷ははっきりと「クズだからだろ」と、恥ずかしげもなく言い返した。
格下の悪あがきとはいえ、策がはまりさえすれば、やってることは一方的な暴行である。どんなに言葉を飾ろうと下衆の所行であることに間違いはなく、雷はそれを否定することはなかった。
だいたい、雷は自分を殺そうとしてきた相手に悪態をつかずにいられるような、大人しい性格をしていないのだ。
高慢な態度で殺そうとしてきた魔物に対し、煽れる機会が訪れたのならば、しっかりと煽っておく。それが異世界転生で擦れに擦れまくった雷礼央という男の精神だった。肉体は、幼女であるが。
「おい、お前。さっさと手を動かせ。無駄な騎士道精神だか良心を、こんなときに魔物相手に発揮するなよな。反撃を気にせず攻撃できる最大のチャンスなんだ。動けるようになったら、即殺してくる相手なんだ。無駄に手心を加えられるほど、俺たちは強くない。
それに、ここで手を止めることはある種の侮辱だぞ。薔薇の乙女たちをわざわざ留め置いてくれている強者に対し、最大限の敬意を払って全力を尽くすべきだ」
雷が幼い顔を引き締めて重々しくいうと、レイは盛大に顔をしかめた。
「チビ、黙れ。頼むから、黙ってくれ。もっともらしく言ってるように見せて、結局やってることはクズだろうが。同じことをしている俺がしんどくなるから、やめてくれ。だいたい、変に挑発して薔薇の兵士が、周りの薔薇女たちをけしかけたらどうするつもりなんだ。あの数をどうにかできるのかよ」
レイの懸念にたいし、それも最もだと表情をあらためた雷は、ふむと一拍考える。その間も、スキルの熟練度をあげるために絶え間なく殴り続けている。
「まさか。薔薇の兵士ともあろう魔物が、自分の部が悪くなったからといって部下をけしかけるわけないだろう」
考えた雷は、薔薇の兵士に向けて悪い顔で笑った。
雷の下卑た問いかけに「そのような振る舞いを誰がするものか!」と言いたげに女兵士の目が燃え上がる。
女兵士の攻撃の号令を今か今かと待っている薔薇の乙女たちは、上位者の様相に足を止める。風とともに吹き付けるような殺意をぶつけながら包囲する輪をじりじりと小さくしていたが、忌々しそうに雷たちを睨みつけるだけにとどめていた。
単純で、プライドが高くて、変な意地を張ってくれる手合だ。本当に、それに助けられている。雷は孤軍奮闘を続ける薔薇の兵士ににやりと笑みを見せた。
「その顔を! 頼むから! やめろ! ガラの悪い挑発を、やめてくれ!」
レイは雷の態度に青筋を立てて怒鳴る。
しかし、雷の言葉に反意は示すものの、レイは薔薇の兵士を斬りつけていた。変に善良ぶって、命を捨てたくないのはこの少年も同じであるらしい。
雷の嘲弄に対してどれほど己の中の良心が訴えてこようとも、攻撃を与えて〈剣術〉スキル上げ、ほんのわずかでも勝率を上げる重要性を、レイは捨てきれなかったのだ。
これで攻撃をためらうのであれば、雷はレイに対して呆れ果てていただろう。
「麻痺効果が切れる前に、何度か〈突撃剣〉を頼む」
蠅が止まりそうな槍の横なぎをかわし、雷はレイに頼む。
一回で麻痺が入るような幸運はそうそう起こらないので、そろそろ〈突撃剣〉を二撃、三撃と与えていたほうがいいだろう。
「おう」
雷の指示に素直に従い、レイはやや距離をとり剣を構えた。切っ先を薔薇の兵士に向け、緩く膝の力を抜く。次の瞬間、全身を強靭なバネのようにしならせて薔薇の兵士に突撃した。
繰り返すこと三度。
二度目の〈突撃剣〉で、薔薇の兵士の腕に捕まりそうになるひやりとした場面があったが、おおむね安定している。
レイが三度目の〈突撃剣〉を喰らわせたあと、もう一度《遅滞》をかける。そろそろ麻痺が発動しているだろうか。レイの体力に余裕があるのならば、もう一度くらい〈突撃剣〉をしてもらいたい。
戦技の発動は、体力を消費する。レイは肩で息をしていた。
剣を杖にするほどではないが、体は重そうだ。
この状態でもう一度頼むと、今度は倒れてしまうかもしれない。
(三回のうちどれかで麻痺の掛け直しができていればいいんだけどな)
レイの体力回復を待ちつつ、雷は〈盾破〉を習得すべく、薔薇の兵士に一切効果がない殴打を繰り返す。
そんなとき、周囲の空気が変わった。
「おーい! 無事か!?」
薔薇の乙女が作る輪の外側から、男からの問いかけが聞こえた。
近い場所で、自分たち以外の戦いの音がする。
ようやく援軍が来たのだ。
「はー、やっとか」
雷は安堵した。
時間稼ぎが功を奏したのだ。
雷たちだけでは結局薔薇の兵士に致命傷を負わせられなかったが、死なずにすんだだけ御の字といえよう。
薔薇の兵士から目線だけは外さず、最低限の警戒をはらうが、雷はいくぶんか気を抜いた。
「ああ、無事だ! どっちも無事だ、生きてる!」
あろうことか、レイは声が聞こえた方向に振り向いた。
「おっま、レイ、このばかか!」
今日だけで、馬鹿という罵倒を何回口にしたであろう。
口にするたびに本気を込めたが、その中でも渾身の感情がこもっていた。
苛立ちと、焦り。
いかにひよっこであろうとも、命のかかった場所で完全に油断するなどしてはいけないことだ。
そこそこの経験をつんでいるはずなのに、基礎的なことを忘れて声を張り上げたレイ。狩猟士という仕事に慣れてきたから見せてしまった油断なのか、はたまた格上と向き合うことに疲れ果ててこの失態をみせたのか。
雷には知る由もない。
雷の焦りは、杞憂とならなかった。
心底舐め切っていた相手に、痛くも痒くもないとはいえ一方的に攻撃される屈辱に燃えていた魔物は、その一瞬の隙を見逃さない。
不幸というのは重なる。
あるいは、奇跡という天秤は魔物であろうと人間であろうと平等に傾くものなのか、薔薇の兵士が幸運を勝ち取っただけなのかもしれない。
どのような状況に陥ろうと決して諦めず、逆境に陥ろうと部下を使うような真似をせずに、孤高と誇りを貫いた。自らの力でのみ戦い続けたからこそ、反撃の好機を手に入れたのだ。
麻痺の重ねがけは、成功していなかった。
雷は、薔薇の兵士の動きで瞬時に悟った。
状態異常にかかっていない俊敏な動きだった。槍と化した腕で、レイの首を刈り取ろうとしている。
雷の怒声にレイが振り返るが、それでは回避には決して間に合わないことを雷の第六感が告げる。
(間に合わない!)
雷はレイに体当たりをした。雷にぶつかったレイはその場に転げる。雷は衝突の衝撃でたたらを踏む。
頭上を掠めていくなぎ払い。
雷たちが回避のために体勢を立て直すのと、薔薇の兵士が再度槍を構え突きを繰り出すのとでは、後者の方がはやかった。
(ああ、これは)
レイが死んだな、とこころのなかで雷はつぶやいた。
集中した意識は瞬きのような短い時間の中で、凝縮された高速思考を行った。
自分ならば、薔薇の兵士の突きを避けられる。
——だが、後ろで転がっているレイは逃げられない。
厳粛とした事実だった。この攻撃さえ凌げば、冒険者の助けによって生き延びられるだろう。
——だが、無防備なレイは死ぬ。
雷は、残念ながら知っていた。
雷のレベルと神聖魔法によるバフ、刻印による防御力上昇、装備品の質。それらを鑑みると、一発くらいであれば薔薇の兵士の攻撃に耐えられる。
そのうえ、体には万が一の可能性を考えて《停止》の刻印を血で描いてある。
攻撃されて槍腕が突き刺さった瞬間、意識さえ飛ばさなければ、雷は薔薇の兵士を完全に足止めができる。あとから来る冒険者たちが、楽に倒せるようになるだろう。
雷が攻撃を避けず、その体で受け止めさえすれば、レイが死なないうえに薔薇の兵士を無力化できるのだ。なんて最悪な一石二鳥だろうか。
(迷惑料、ふっかける。絶対、大金を払わせてやる!)
仕方なく、本当に仕方なく雷は立ち塞がり、渋々レイをかばった。




