新米狩猟士レイの冒険はまだまだこれからだ! 21
四方を薔薇の乙女に囲まれ、薔薇の兵士を振り切れたところで逃げ場はないように見える。
そんな状態に追い込んだことに慢心している薔薇の兵士に、一泡吹かせてやれねばなるまい。
自分が、生きるために。
雷はロッドを握る。
ロッドをまともに使うのは、本当に久しぶりのことだった。
こんなことになるのならば、素振りでもして〈棒術〉のレベル上げをしておけばよかったという後悔がある。
向いていないし、接近戦をするのが嫌だと言っても、魔法が使えなくなったときの護身のために少しくらい鍛えていれば、生存率があがっていたかもしれない。
(とにかく、今は避ける。そして当てる!)
過去の自分を責める猶予すら、薔薇の兵士はゆるさない。
《遅滞》の効果が切れた女の魔物の一撃は鋭く、他所ごとを考えている暇などない。
息をつかせぬ連撃の間隙を狙い、雷はやっとの思いでロッドを振る。しかし、雷の魔法を警戒している薔薇の兵士には当たらない。
一寸たりとも触れないように体を大きくそらして逃げる。その不自然に逸らされた体勢は、次の行動に繋がりにくい。レイはすかさず〈斜斬剣〉を繰り出した。
戦技による一撃は、予想通り、薔薇の兵士にはかすり傷しかついていない。決して有効打にならない攻撃。薔薇の兵士はにやりと笑う。「その程度か」と、女の顔は語る。女は、レイが自らの無力に絶望するのを期待していたのかもしれない。しかし、レイの反応は真逆だったため、すこしだけ驚いた顔をする。攻撃を当てたとしても、小さな傷しかつかない現実を目の当たりにしてなお、レイの目から闘志は消えない。遠大な策を企てていることを知る由もない薔薇の兵士には、それは最後の悪あがきに思えた。
レイのほうに視線を向け気をとられている一瞬のうちに、雷はロッドを当てたかった。だが、そう上手くはいかず、あっさりと避けられる。
雷の攻撃を避けた後に、レイは一撃を当てる。
命がけの攻防の間に成功した攻撃は、たったの二回。それもダメージにはなっていない。
体力と集中力が目減りしていく。
(いいぞ、レイ。とにかく当てろ。素振りでも技能の経験値はもらえるが、格上に当てたほうが上がりが早い)
雷は心の中で、レイによくやったと褒める。雷の攻撃は最大限に警戒されて避けられるが、それが薔薇の兵士の行動リズムを大幅に崩し、隙を作れるのだから歓迎すべきだろう。
薔薇の兵士の両腕が槍になる。中心に挟み込むようななぎ払いが雷を襲う。後方に飛び退き逃げる。それを追いかける薔薇の兵士の背後に、レイは〈強撃〉を叩き込む。
「おい! この薔薇女、こっちを向け! 俺が相手をしてやる!」
薔薇の兵士にとって、無防備な背中に切り描かれても取るに足らない微々たるダメージだった。少年剣士の攻撃など一切気にせずに、凶悪ななぎ払いをしながら逃げる雷を追いかける。
(あっぶねえ! だけどこれは使える、かもな)
雷は必死で逃げ回りながら、薔薇の乙女が作る包囲へと近づく。無我夢中で逃げ場のないそこまでたどり着いたような様子を装っていた。薔薇の兵士との間合いと攻撃のタイミングを読みながら、最前列の観客たる薔薇の乙女に《遅滞》をかける。動きが緩慢になったいばらの魔物に足払いをかけ、前方へと崩す。そう、薔薇の兵士の攻撃の間合いの中へと。
無機物が崩れる音が響く。いばらの女兵士の攻撃は、狙いの雷ではなく同類の部下たる乙女の命を刈り取った。
一応仲間にあたるであろう存在を同士討ちにしたにしては、女兵士の魔物は無反応だった。無能な観客に邪魔をされたことが、苛立たしげですらある。
魔物の同士討ちに忌避がない。それを瞬時に察した雷は、薔薇の乙女を攻撃に巻き込む位置で逃げ回ることを決めた。今のところは上位者の命令でしかけてこないが、雷が考え出した作戦が上手くいって薔薇の兵士を倒したあとのことや、逃げ出すときのことを考えると、薔薇の乙女の数は少なければ少ないほうがいい。
雷が薔薇の乙女たちの近くを逃げ回ると、いばらの女兵士の容赦ない攻撃の巻き添えを嫌がって包囲の輪が広がった。密集して作られた輪の中に隙間ができる。
薔薇の乙女たちがざわめきまどう行動に、雷の策を悟ったのか、薔薇の兵士は仲間に被害がいく可能性が高いなぎ払いではなく、突き攻撃に切り替えた。
叩き落とすように、低身長の雷の頭部を鋭く狙ってくる。
広範囲に気を配らなければならない攻撃が、点での攻撃になった。無駄のない鋭い一迅に、冷や汗が流れる。
「ぐっ」
体勢を崩しながらも、避けきる。
「チビ!」
レイが焦った声をあげた。
雷は転びかけた先にいた薔薇の乙女に、《遅滞》をかける。動きの鈍くなった木偶となった観客を盾に、雷は二撃目の突きをしのいだ。
上位者の命令で、自らこちらに仕掛けてこれない薔薇の乙女は、雷にとって最高の盾だった。
盾にした薔薇の乙女の後ろで無防備な姿を見せても、彼女たちは襲ってこれない。
そして、薔薇の乙女の中にはいってしまうと、ひしめく彼女たちが邪魔で雷に攻撃が通らない。すぐに魔物がつくった垣根は割れて薔薇の兵士の目の前に雷の姿がさらされたが、少ない間であったが雷は息をつかせぬ猛攻から逃れ息を整えることができた。
(この調子なら、レイが〈突撃剣〉を覚えるまで、きっと耐えられる)
光明が見えた気がした。
一瞬たりとも気をけないので油断できないのは変わらない。だが、わずかな生き残りのチャンスに縋っただけの不確かだった作戦の成否が、良い方に傾いた。
手応えを得ていたのは、雷だけではない。
「人のこと、舐めやがって。俺のことは眼中になしか」
レイは燃えるように瞳を輝かせ、全身がうっすらと輝く光の泡に包まれている。
「その思い上がり、後悔させてやる!」
怒りが、本来ならば到達しうるまで時間がかかる壁を叩き壊したのか、はたまた諦めぬひたむきさち勇気を精霊に気に入られたか。
「〈突撃剣〉!」
雷の想像以上よりもずっと早く習得した戦技で、薔薇の兵士に光の泡と共に突撃した。




