表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Still Green  作者: 匡成 深夜
ミライのために
4/11

ミライのために 3

 2月14日のバレンタインデーは、学校の下駄箱を包む雰囲気はやっぱり少し異様だ。芙美子は女子の大半に友チョコ・ファミチョコが定着していると言ったけど、奧手の子にとっては何らかの形できっかけが欲しいはずだ。そしてまた男子も「女子から男子へ」のイベントだと信じている子も多い。


 自分が一目置かれる存在だとは思ってないだろうけど、想いを寄せられる男でいたいという期待の表れだろうか。言葉にはしないものの男子たちはラブレターやチョコレートが入っていることを期待していることが空気を通して伝わってくるものだ。下駄箱になかった男子は教室の自分の机の中かといそいそと去っていく。


「田中、お前いくつあった? オレ3つもあったぜ」 

おっ、お前は2つか、勝った。

 

 そんな風にこぼれ聞こえてくる。義理チョコでも友チョコでも、みんなが幸せそうなのは良いことだけれど、今日の私はキュッと胸が痛んだ。私への「恋の終わり」と書かれた手紙を携えて見えざるお爺さん執事がコツコツと近づいて来る冷たい靴音がすぐそこまで聞こえているのだから。正午に出会ってからは私にとってこの2年は恋人イベントだった。

 恋の香りが立つ下駄箱を抜けてゆっくり歩きながら正午にメールを打った。


「ハッピーバレンタイン」

 これが今年の私が正午にできる、唯一の恋人らしい演出だ。

「今年は何もあげない。誤解しないでね。少しずつ離れていかないと別れ辛くなるから」

 打ち終えるとすぐにブレザーの内ポケットにしまった。階段の辺りまで来た時バイブが震えたけれど、階段登る足を止めることはなかった。今まで相手が正午だと分かっていても笑顔を隠したくなるようなトキメキがあったのに、ただ一瞬着信が気になっただけだった。

 

 教室に入ると、いくつか男子のグループができていた。きっと今日の釣果について話しているのだろう。女子のグループは素知らぬ雰囲気を漂わせている。思った通り決戦に挑んだ子もいるかもしれない。でも私には誰が誰にというのは分からなかった。芙美子たちに挨拶を送って自分の席に座ってケータイを取り出す。正午からは「了解」と一言返って来ていた。


 彼はどんな風に私のメールを読んだだろう。今は自分の席だろうか。私の愛した長い指は了解のRを押す時少しは躊躇ってくれたのだろうか。

「傷つけたくない人に限って傷つけてしまうのは、相手に触れるからなんだ」

それでも触れなきゃ愛せないよ。いつか正午がこともなげに言った言葉に胸の中で駄々をこねるとまた少し泣きそうになった。


 下校は私と未来2人で帰る。部活のない日はこうして一緒に帰ることが多い。きっと友チョコがどうと言っていた芙美子も想い人には渡したいはずだった。

「今日私、掃除当番だから」

「うん分かった。頑張ってね。深谷とかサボったらお得意のキックしていいからね」

 私にいつもしてるやつ、と未来がからかう。

 深谷は掃除サボり常習犯の男子だ。それに応えて芙美子がキックの真似をこちらに振ってくる。「痛い」とこの間蹴られた辺りをさする真似をこちらも見せる。こうしておどけながらも3人とも「バレンタイン」特有の居残る正当な理由にしていることを知っている。今日、芙美子は掃除当番ではないはずだ。


「フミちゃん、大丈夫かな」 大丈夫だよと私は答える。

「うん、そうだね。ダメでもフミちゃんはフミちゃんだよね」 

そうだよ。もう一度私が鸚鵡返しする。

「あれだよね。浅尾君、ちょっと手のかかる弟っていう感じだよね」と私が言う。


名前は確か征史まさしだったと思う、浅尾征史。男子の間では浅尾のアサとか、間2文字を取ってオマと呼ばれている。

「私は苦手だな。浅尾君」と未来は思い出すように少し上を見上げた。明るい紫のマフラーが眩しい。耳に触りたかったけれど、出ているのは右側だから、外側を歩いている私からは遠く触れられなかった。


「ちょっと未来に似てるよね」

 えぇ~、そんなことないよ。と未来はギョッという目をこちらに向け全身で否定した。「心外だよ、ミカちゃん。チョー心外」と。

 膨れてしまった。未来ごめんなさい。

 

 芙美子の想い人である浅尾君はちょっと茶目っ気のある人だ。芙美子の妹たちを知っている私にとって、芙美子の浅尾君への感情は彼女の私たちや妹たちに対する感覚と同じように「手のかかる弟」という感覚に近いように思った。

 長身で、いろんなことにちょっかい出してはすぐに飽きてしまう。それが私の浅尾君に対する印象だ。それがどことなく今隣りを歩く未来に似ている気がした。笑顔が絶えなくて汚い言葉を使わない点では正午も敵わない。正午だって笑わない時はあるし、言い過ぎじゃない?と思ったこともあった。


「私たちがきっとダメだよねって思ってること、フミちゃんに言ったら絶対怒るよね」

「怒るね」

 いつの間にか機嫌を直した未来の言葉に私も同意した。多分、ダメだろうと自分でも思ってるだろうしね、と。

 

 フェンスの網目が冬の日差しに白くキラめいて色の境界が曖昧になった。そこにスラッとした未来の足のスカートがヒラリと揺れて、その光景に青春の輝きという言葉が浮かんだ。今頃、芙美子は浅尾君と会ってるだろう。終わろうとしている私の恋とは違って、淡くではあっても現在進行形である芙美子が羨ましかった。


「気持ち伝えるのかな?」 

 私はどうだろと首をかしげる。

「芙美子の中で、これが恋愛だと感じてるなら伝えるんじゃない。それほど期待してるわけじゃないと思うからダメでも全然OKな感じで」

「何か寂しいね」

 去年の私と正午みたいにどこか校外に出てデートすることはないだろうし、ロマンティックに飾るほど2人の仲は近くない。それにさっき言ったみたいに本物の恋愛対象なのか微妙なところなのだ。多分芙美子もそう感じていると思う。


 たとえば安易に「いいよ」と交際をOKされるとしても芙美子は喜ばない。少女コミックのように、最初の告白で両想いだったというオチでは絶対に苦手な方だ。浅尾君が来る者拒まず的なノリの男子ではないと信じたいけれど、そうじゃないからこそ浅尾君なのだろうし本気の恋かどうかに関係なく母性本能をくすぐられて仕方ない。そんな感じなんだと思う。女子ネタの情報収集に余念がない所とか「恋愛女子」を演じているのは、心のどこかで妹たちとも私たちとも違う微妙なニュアンスの違いを感じているからなんだろう。

「1番嫌なのは、ちゃんと失恋の痛みがあるのに実は恋じゃなかった時だよね」

「あぁ、それはあるかもね。告白したのは良いけど、実はそれほど憧れていなかったんじゃないかなって不安になるの」

「ちゃんと心が痛いの…」

「そうだね。芙美子が痛くないといいね」 うん、と未来は頷いた。

 大した想いでもないのに告白して、しかも断られる。付き合って心とか体とかその人の爪の跡が付く前で良かったと思ってみるけれど失恋の痛みが残ってしまう。

「私の場合は、想い人が今どこにいるのか、分からないだけから恋じゃないっていうわけじゃないと思いたいけど」


 鼻白む未来に「今でも好きなの?岡本先生のこと」と訊いてみる。後の岡本君のことだ。センチメンタルな話をしているのに、今日が暖かく感じられることが何か悔しかった。

「2年くらい経つけど、まだ先生以上に好きな人には会ってないな」

次の恋でもしてたら楽なのかな。とおどける未来がいつもより大人に見えた。


「ミカちゃんの方は大丈夫?」

「大丈夫って何が? もう何ヶ月も話し合って別れることは決まってるから」

 

 決まってるからの後が上手く継げなかった。どうしようもないなのか、さっぱりしたものだよ、なのか。どちらとも断定できなかった。理由はどうあれもうこの決定は覆らない。

「うん知ってる。なんていうか、心の整理みたいなこと」

「全然、グチャグチャ。着ていく服をあれこれ悩んで散らかしたみたい。足の踏み場もないくらい」


 未来が怪訝そうな顔をする。

 自分でも言ってる意味が良く分からなかった。

「心の整理は出来てないんだけど、あぁそうだ。引っ越しの準備で部屋はごちゃごちゃしてるけど、もうこの部屋を出ていくことだけは決まってるみたいな感じかな。正午との思い出とかプレゼントとか、何をどうして分けて、持って行くか置いて行くかを悩んでる」

「そうなんだ。でももう別れる・別れたくないでは迷ってないんだね」

「それは別れたくないよ。大好きだもん。高2女子が何を子供みたいに言ってるんだって言われそうだけど、正午に頼って、逆に正午に甘えられてだんだん好きの気持ちが強くなって、そこは嘘つけないよ」

 朝は冷たかったけれど、午後の陽気が温かい気分にさせ手袋は外していた。それでも時々ツンと来る冷たさが妙に心地よかった。


 住宅街に来た辺りで未来と別れる。私は駅のこちら側だけど未来は向こう側なのだ。

「未来、待って」 バッグの中を弄りながら、離れていこうとする未来に呼びかける。

「これ、クッキー。友チョコの」

 私の声に振り返った未来が、えっ?という顔でこちらに戻ってくる。

「やっぱりね。フミちゃんの手前、大っぴらには出来なかったけど、ほら」 そう言う未来の手にもゆるキャラがうるさいくらい印刷された紙袋があった。

「何、未来も持って来てたの? だったらいつでも出してくれれば良かったのに」

「でもミカちゃんが持って来てないんだったら、私1人になっちゃうじゃん?したら私の分が重い感じになっちゃうかなっと思って」

返さなきゃ、って思っちゃうでしょ?と未来は笑う。

「多分、近いうちに芙美子も持って来るよね?」

「うん、持ってくる。フミちゃんはそういう子だもん」

「浅尾君のことがどうなってもね」

「うん、浅尾君がどうなってもフミちゃんは持ってくる」


 笑い合って、ちょっと嬉しくなって未来の右耳に手を伸ばした。

「おっと、あぶねぇ」

 とっさに2,3歩後ずさりして避ける。「気安く触るんじゃねぇ」と挑戦的な笑顔をするから可笑しくなってまた2人で笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ